ワルキューレの微笑 ~ある地球環境学者の鎌倉日記~ 作:古屋 力

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2022.4.26 掲載

8. インベンション

思えば、2年前の今頃は、中国北京の中国社会科学院で講演をしていた。

参加者40名超の大盛況!みなさまに、喜んでいただき、しかも、素晴らしい質問が、続々とあって、大感謝。講演終了後も、名刺交換の行列。驚いたことに名刺交換の後、必ず「微信(LINEの中国版)」の友達申請を求められたことが、山岡にとっては、とっても新鮮な体験で、強く印象に残っている。

受講してくださった方々の顔触れは、中国社会科学院の張季風副所長他、多士済々で、同院の錚々たる研究者に加え、中国国際交流中心、北京外国語大学教授、天津社会科学院、元在日本中国大使館公使の全国日本経済学会副会長、北京市発展改革委員会、中国対外交流委員会等々、様々な方々が参加。講演後は、名刺交換希望者の長蛇の列。中には、ぜひ、日本出張の際に、本郷の山岡研究室に来訪したいともありがたい具体的リクエストもあった。光栄なことである。様々な心の交流もできて収穫の多い、講演会となった。

インベンション01

中国社会科学院会議室で開催された講演会のテーマは「東アジア脱炭素経済共同体構想の意義とその実現可能性について~東アジアにおける炭素通貨と再生可能エネルギーを軸とした「協働型コモンズ」構築の必然性と可能性についての一考察~」

講演骨子は、以下。いまや、「パリ協定」を軸に世界は、脱炭素社会構築に向けて急速にパラダイムシフトを初めている。その中で、世界有数の環境先進地域欧州においてかつて持続可能な恒久的平和を目指す装置として誕生した欧州石炭鉄鋼共同体(European Coal and Steel Community:ECSC)と共通通貨ユーロ(EURO)の東アジアにおけるimplicationを念頭に、「再生可能エネルギー共同体」と「炭素通貨圏」を軸とした「東アジア脱炭素経済共同体」構想を論じた。世界髄一の成長地域で、かつ、世界一最大のエネルギー消費需要拡大地域であり、加えて、世界最大の再生可能エネルギー潜在力を誇る東アジア地域において、この構想を実現する意義は大きい。これは戦争発生可能性を抑制する恒久的平和構築装置としても有効である。本講演では、この構想の、東アジア地域における実現可能性とその有効性、さらには中国が推進している「一帯一路」構想との関係性、シナジー、想定される課題等についても多角的に論じ、中国の一線級の専門家と、示唆に富む積極的な意見交換がなされた。

今回の中国出張では、北京、上海を訪問。様々な中国の専門家から実際にお話を伺って、探求心の強さと、学術的水準の高さと、その先進性に驚いた。多くは、当たり前のように、ハーバードやMIT、シカゴ大学等の米国の一流大学の博士号を有していた。いかに、日本が出遅れているか、再認識した。

中国製の太陽光パネルは日本製より3~5割安く、2017年の世界シェアは71%にもなっていた。かつて首位だった日本は2%とお恥ずかしい状況。中国の再生可能エネルギー関連特許出願件数は2009年に日本を抜き、首位になっているが、2016年時点で保有する特許は約17万件と米国の1.6倍、日本の2倍に達している。再生可能エネルギー関連機器の納入をきっかけに、工場やオフィスへの電力を最適に制御するエネルギーマネジメントでも先行していた。中国では、2018年までの10年間で風力の発電容量が22倍、太陽光は700倍弱に急拡大している。世界全体で風力が5倍、太陽光が33倍になったけん引役が中国。水力を合わせた世界の再生エネで中国の割合は18年に30%と、2位の米国(10%)に大差をつけているが、背景には、習近平最高指導部が掲げているハイテク産業育成策「中国製造2025」がある。

インベンション02

ちなみに、講演会当日は、中国社会科学院の会場が、ホテルから徒歩圏なので、北京の下町「胡同」を歩きながら、中国社会科学院に向かった。典型的な中国の下町の風物詩でもある上半身裸のおっちゃんがいたり、路地で将棋さしていたり、山岡は、こうした下町の風情が大好きであった。

中国では、講演以外にも多くの専門家と意見交換できた。清華大学エネルギー環境経済研究所准教授Dr.GU Alunとの意見交換も実に劇的あった。ご専門は、環境経済モデル、排出量取引、国際競争力で、当方の研究テーマのカーボンマネーや世界各国のカーボンマーケットのグローバル・リンケージについて、共通の関心分野も多くあり、議論も盛り上がった。また、日本出張の機会に再会を約束した。

ちなみに、国務院教育部直属の国家重点大学である清華大学は、14の学院と56の系を有する総合大学。清華大出身者には、習近平中国国家主席(党総書記)はじめ、各界に多数の人材を輩出しており、特に工程技術人材を大量に養成してきたため、「エンジニアの揺籃」とも称される。校訓は、「自強不息、厚徳載物(自ら強めて息まず、厚き徳をもって物を載せる。意味は:自らを向上させることを怠らず、人徳を高く保ち物事を成し遂げる)」

また、北京大学の能源环境经济与政策研究所の戴瀚程先生(Ph.D., Assistant Professor,Head, Laboratory of Energy & Environmental Economics and Policy (LEEEP),College of Environmental Sciences and Engineering, Peking University)も訪問して、大いに刺激をもらった。

広大な北京大学のキャンパスをご案内くださり、感謝!緑豊かで静寂な環境がうらやましい!!その後、研究室で現在取り組んでいらっしゃる研究テーマについてわざわざスクリーンにパワーポイントでプレゼンテーションをしていただき、興味深く拝聴。彼の研究室は、バッハ(J.S.Bach)のインベンション(Ientionen und Sinfonien)が流れていた。

当方からも、同じく、現在研究中の炭素通貨と再生可能エネルギーをベースにした東アジア共同体構想について、プレゼンを行い、有意義な意見交換ができた。戴瀚程先生は、ドイツのミュンヘン工科大学での留学経験もあり、共通の話題も多く、話も盛り上がった。新しい友人ができ、うれしく思った。出会いに感謝!!謝謝!!今でも、バッハのインベンションを聴くと、あの日の、北京大学の、知的空気に満ちた戴先生の研究室で会話した至福のひとときを思い出す。

インベンション03

(次章に続く)

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