(5)新しいパラダイムシフトの鍵 ~「新しい通貨」創造の必然性と要件~
1)気候危機問題解決と資本主義問題という2つの難解な連立方程式を解く鍵
貪欲さを伴う人類の生活習慣病の問題解決は、気候危機と資本主義危機に通底している同源問題であり、いまこそ、健全な健康体に戻し、新たな持続可能な人類社会システムへのパラダイムシフトが求められている。まさに、気候危機問題解決と資本主義問題という2つの難解な連立方程式を解く鍵が求められているのである。
通貨の本質である増殖性は、白血病における癌細胞の増殖性に酷似している。それは、単に不健全な増殖性のみならず、そのまま放置しておけば、致命的な深刻な事態に陥るリスクがあるという意味でも酷似している。
普通、血液が白血病に侵された場合の有力な治療法として、造血幹細胞移植がある。これは、先に大量の抗がん剤や放射線による治療で白血病細胞を骨髄細胞ごと一掃してしまい、代わりに、健康な造血幹細胞を移植して造血機能を復元させる治療法である。通貨にも、同様な思い切った抜本治療が必要な局面にいると考えている。換言すれば、通貨自体とそのシステムの総入れ替えが必須不可欠である。
現下の通貨システムのプラットフォームは、いまから78年前も大昔の第二次世界大戦前夜に誕生した「ブレトンウッズ体制」に拠っている。「ブレトンウッズ体制」は、英国から米国へというアングロサクソン同盟の主役交代の時代に誕生した。
しかし、これからの新しいパラダイムは、むしろ、「ブレトンウッズ体制」というアングロサクソン同盟内のOSのアップデートではない。むしろ一国家の覇権を前提としない、全世界的な「地球人」の視座から構築されたまったく新しいパラダイムシフトになるであろう。
覇権国家の通貨を基軸通貨とするシステムの問題は、「トリフィンのジレンマ」にある。「流動性のジレンマ」とも呼ばれるこのジレンマは、以前から専門家によって指摘されてきたことだが、ある国内の金融政策の目標を達成しながら、同時に他国の準備通貨の需要に合わせられないという矛盾を突いた問題提起である。つまり、特定の通貨を基軸通貨として固定する現下の国際通貨システムでは、基軸通貨の流動性向上とその信認の維持は両立が難しいという問題がある。
現下の米国ドル基軸通貨本位制度には、米国が、基軸通貨ドルの発行国であるがために、「慇懃なる無視(Benign Neglect)政策」を決め込めるという致命的な欠陥があり、変動相場制下、他国で建てられる個々の対ドル為替相場に対し配慮をすることもなく、対外決済も対内決済も等しくドル建為替による決済ができ、ドル建為替手形が指図する特定の商業銀行預金口座での振替決済で済むため、通貨発行国としてモラルハザードに陥るリスクがあるのである。
米国ドル基軸通貨本位制度が岐路に立たされているもう1つ背景は、米国の国力・威信の相対的低下にある。いまや、2020年3月の新型コロナウイルスのパンデミック、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻によって世界の分断が進み、日米欧の自由・民主主義国家vs中露を中心とする権威主義・国家資本主義体制の「新冷戦」という捉え方が台頭している。その背景には、21世紀に入り、中国をはじめ新興国の台頭が著しく、米国の国力・威信は相対的に低下している実情がある。ウクライナ危機によってロシアの弱体化が進むと同時に、もはや、欧米中心の世界秩序自体も限界に来ている。そして、コロナ禍の気候危機と言う全人類共有の喫緊のグローバルリスクが、覇権国家を軸とした国際政治システムで太刀打ちできない状況にあり、不可避的に、まったく新たなパラダイムが動き始める局面を迎えつつあることを示唆している。
こうした中、今、求められているまったく新しい通貨システムのパラダイムシフトは、かつてパクスブリタニカ全盛時代のポンド基軸通貨体制から、次なる覇権国米国を軸としたパクスアメリカ全盛時代のドル基軸通貨体制に代替わりしてきたように、その次に新たな基軸通貨の次世代の後継者候補として、ユーロや人民元を想定することではない。それは、本質を見誤る議論である。なぜなら、そうした基軸通貨国の交代が続き限りは、結局、同じ穴の貉同士の世代交代に過ぎず、堂々巡りで、なんら、根本的な問題解決にはならないからである。いまや、ウクライナ危機を火種とした核武装を伴った世界戦争への飛び火の拡散が起こってしまう前に、気候危機が人類の持続可能性に引導を渡す前に、現下の国際政治経済の基本体制が完全崩壊する前に、新しいパラダイムへの移行が急務である。ヤルタ体制の崩壊、冷戦終結後、欧州EU誕生など、現体制から離れ、むしろ超越する動きが相次いでいる中、ポスト・ブレトンウッズの新たな萌芽が期待されている。もはや欧米の覇権を前提としない、しかも、もはや一国の通貨を基軸通貨とすることを前提としない、まったく新次元のパラダイムシフトの台頭なのである。
2)新しいパラダイムシフトための2つの鍵
結論から言うと、その新しいパラダイムシフトの鍵は、新たな覇権国の基軸通貨ではなく、世界共通通貨(Single Global Currency or Universal Currency)の創設にある。
そして、資本主義の宿痾である国際通貨問題解決のための新しい国際通貨システム構築と気候危機問題解決のための脱炭素社会構築の両方に貢献できる世界共通通貨の創造が、新しいパラダイムシフトの要となろう。
人類にとって共通の喫緊の課題である気候危機対応を担保しつつ、資本主義の本質であり元凶でもある通貨自体を抜本的にアップデートし、国家の概念を超越した新たな帰属概念を実装することが、早々に必須不可欠な生存要件となろう。そのためには、小手先の治療は無力である。むしろ、思い切って、新たに健康な造血幹細胞の移植が必須不可欠なのである。
つまり、通貨を血液に例えるなら、血液の健全化を果たすには、以下の2種類の必要前提要件がある。
<新しいパラダイムシフトための2つの鍵>
1)安全装置を実装した「新たな通貨」への入れ替え
血液自体の入れ替えである。病気に侵された古い血液と新しい健全な血液を総入れ替えすることが必要である。つまり、無節操に増殖しないよう安全装置を実装した「新たな通貨」への入れ替えが必須不可欠なのである。かつては、無節操に増殖しないよう安全装置としてのアンカーとして「金本位制」が設けられていた時代もあった。しかし、いまや、気候危機問題等を視野に地球環境との均衡を念頭に、人類の社会経済活動が無節操に増殖しないよう安全装置として「地球環境本位制」が遡上に挙がっている。もはや、1国家の既存通貨を基軸通貨とする発想や金本位制から卒業した、「地球人」目線にたって新たに創造された世界共通通貨が希求されているのである。
2)安全装置を実装した「新たな通貨システム」へのパラダイムシフト
造血装置自体のバージョンアップである。つまり、「新たな通貨」を生み出すための無節操に増殖しない安全装置を実装した「新たな通貨システム」へのパラダイムシフトが、必須不可欠となる。新たに創造された世界共通通貨を一元的に発行するためには、一国の通貨を基軸通貨として使用するレジームから卒業して、覇権国に依存しない中立的な「世界中央銀行」の新設が必須不可欠となる。覇権国に依存しない通貨システム構築は、「トリフィンのジレンマ」を回避するためにも、必須不可欠な選択肢である。現下のIMFや世界銀行等の所謂「ブレトンウッズ機関」の見直し論が出ている中で、地球人目線で創設される「世界中央銀行」構想が、新たなバージョンアップの雛形の核として、浮上する必然性は高いと考える。