1970年代以降、都市化に伴い、都市における生き物の生息地が激減してきた。その中で積水ハウス株式会社(以下、積水ハウス)は、生物多様性の保全の取り組みとして、住宅購入者の庭で、生態系に配慮した造園緑化事業である「5本の樹」計画を2001年から開始した。11月26日(金)に開かれたこのフォーラムでは同社のようなネットワーク型の緑化が都市の生物多様性とってどのような意義を持つか、またそこで得られた成果はどのように活用されていくべきかなどが講演やパネルディスカッションなどで語られた。ここでこのセミナーで行われた2つの基調講演の概要を紹介していく。
「5本の樹」計画の定量化を社会変革のドライバーに
【基調講演-2】
琉球大学理学部教授/(株)シンクネイチャー代表取締役
久保田 康裕 氏
積水ハウス株式会社 ESG 経営推進本部 環境推進部 部長
佐々木 正 氏
他の住宅メーカーの植栽とは異なる
佐々木:積水ハウスが発表した実効性評価の取り組みが具体的にどういったものであるか、久保田先生のお力を借りて紹介していきたい。「5本の樹」計画について多くの人が抱く疑問は、どの住宅メーカーも在来種などを植栽としているのではないかということ。実はそうではない。日本ではそれまで身のまわりの自然が極めて豊かだったため、住宅の庭が生き物に配慮するという発想自体がなかった。そのために私たちが「5本の樹」計画を進める中でマーケットがなかった。在来種のマーケットがなかった。ではどうしたか。日本中の植木の生産者の方々に集まっていただき、在来種を植えることにどういう意義があるのか、いっしょに勉強しながら生産を始めていただいた。その結果、ようやく植木の生産において在来種のマーケット・市場ができるようになった。これが1つのポイントとなる。
(左) 琉球大学理学部教授/(株)シンクネイチャー代表取締役 久保田 康裕 氏
(右) 積水ハウス株式会社 ESG 経営推進本部 環境推進部 部長 佐々木 正 氏
鳥と樹と蝶の相関関係が一冊の本に
佐々木:もう1つのポイントがお客様にとって庭に樹を植えていただくということをどう説明するか、となる。住宅をつくるときに庭まで頭がまわらないお客様は多い。そこで庭に樹を植えていただくことでどういった楽しみのある住宅となるか、をお伝えすることを考えた。
そのために具体的にお話をする中でどういった樹を植えるとどういった生き物が来るかというセレクトブックを作った。これは鳥と樹と蝶の相関関係が一冊の本に入っている。いわば生き物の図鑑となる。この相関関係を説明した図鑑が今までなかった。
私たちが作ったセレクトブック――3つの生き物の相関関係を示したこの図鑑がお客様に有効な説明材料になった。その結果、一人ひとりのお客様からご理解をいただき、日本中に「5本の樹」が増え、1700万本を超えた。東京都の建設局によると東京都にある街路樹が100万本となるので1つの企業でその17倍となる樹をお客様の力を借りて増やすことができた。そして、それを今回、生物多様性の実効性評価ということで検証することができた。
今回の実効性評価について共同検証の効果、久保先生のご専門の立場からご覧になってどのように認識されていらっしゃるか、専門的にお話しいただきたい。
生物多様性への効果を「見える化」
久保田:重要なポイントは、庭に樹を植えるという行為が、生物多様性の保全や再生という観点でどれだけの効果を持ちうるかを数値的に「見える化」したことにある。
植樹というのは、よくある緑化活動の1つではあり、いろいろな事業者が行っている。ただその姿勢自体が評価されることはあっても、それが科学的にどれだけの効果を持ちうるのか、数値的に定量評価されることはなかった。
今回の場合、各地の気候環境にあった在来種を植えて、その在来種を利用する鳥や蝶、食物網を再生する観点で生物多様性の再生にどれだけ寄与したかということの定量評価の枠組み。評価法を作ったところが新規的な点であると考えている。
佐々木:実は「5本の樹」計画を始めた当初から、生態系に役に立つ植栽と申し上げている以上、どれだけ客観的に生物多様性の保全に意味があるのか、これを早い段階から調べようと考え、いろいろな専門家の方にご相談したが、叶わなかった。皆さんは生物多様性を調べるといえばそこにいる生物の数を目視で数えることなどをイメージすると思う。実は私どももそれを実施してきた。ある分譲地で生物多様性に配慮した分譲地とそうではない分譲地を比べて一体鳥や蝶の数がどれくらいちがうか、それを調べ、あるいは去年つくった「5本の樹」計画を行った分譲地と今年、あるいは2年後の生物多様性の変化がどの程度あったか。その内容について調べてきた。これはいわばミクロの生物多様性の調査と言われるものだ。ただ、それをいくら重ねても日本全体で生物多様性が豊かにできたか、それがなかなかわからなかった。今回久保田先生と巡りあってそれがようやくできるようになった。
実効性評価を可能にした「生物多様性ビッグデータ」の活用
久保田:今回の実効性評価が可能になった理由は、「生物多様性ビッグデータ」の活用がある。たとえば日本には自然史、ナチュラルヒストリーがあって日本全国各地で植物の研究者、あるいは蝶や鳥の愛好家の方・研究者がいて、膨大な記録情報がある。私たちの研究チームではそれを電子化してビッグデータとして分析できるようにした。それを生物多様性の地図情報システムとして公開していて、それを情報インフラとして各地に庭に樹を植えたときに潜在的にどれだけ多様性を再生しうるのか、ということを分析可能にした。この点が一番大きいブレークスルーだった。
佐々木:ビッグデータというお話を伺い、極めてデジタルな方法がベースになっていると思った。もちろんそれも採用されているが、ナチュラルヒストリーという言葉があったとおり、日本全土には生物に対する意識を持った方が日本全国にあまねくいて、その方たちが、あるいは各自治体が、各地域の大学が生き物についてのデータを精緻に分析してそれをデータとして保存されていた。それが実はわかった。それを先生が10年かけて、1万8000種類の生き物について何と1400万種類の分布データからビッグデータ・デジタルデータ化され、それを日本の地図に落とされた。そういうことがわかった。私たちも20年間やってきて。1400万の樹種を植えて、その一点一点を緯度経度情報にお客様の個人情報をはずしした上でそれについて植物の種類と合体させ、それを久保田先生のデータに照合していくことで実は社長が申しあげたように生物多様性の保全に大きな効果がある。そしてこれからも一人ひとりがそういった活動を加えることで大きな公園、あるいは自治体の保存エリアだけではなく、我々一人ひとりの活動でそれが実現できる、そういうことがわかった。
さて、その活動について今までのビッグデータよりも精緻なものになった。このことについてどのように考えていらっしゃるか。
都市の生物多様性の再生を数値的に評価
久保田:日本にはナチュラルヒストリーの分厚い記載があったが、それを電子化してAIによる分析手法も使って日本全土、あらゆる地点においてどういう生物が分布していて、希少種も含めてどういうところにいるのか、生物多様性が豊かなところはどこなのか、瞬時にわかるようなシステムを作ることができた。これによってある地域のある庭のどういう樹を植えたときにどれくらいの生物多様性を再生することができるか、を見積もることができ、結果として今回の分析では、「5本の樹」のデータを開示していただいて、ビッグデータをもとにし、日本の都市の生物多様性をどれだけ再生できたのか、ということを数値的に評価することができた。
佐々木:今回の積水ハウスの取り組みは広いエリアのみを対象にしたのではなく、一人ひとりの小さな庭でも命のことを考え、展開することで様々な生き物を私たちが守ることができる。住宅だけではなく、たくさんのNGOや市民の方たちが地域の生き物を守る活動を行っている。ただそれを理解していただき、伝える手段がなかった。コミュニケーションの方法がなかった。しかし、それが我々の方法論を使うことで命に対する尊重以外の表現で伝えることができる。生物多様性を守るということについて定量化がこれからの社会を変革するためのドライバーとなり、大きな原動力として生物多様性が経済の土俵に乗ることを意味している。つまり、我々が今まで重ねてきた小さな取り組みが大きな土俵へ、経済の大きなドライバーに乗って、これからより生物多様性を豊かにし、持続可能な社会を実現するための大きなアクションになることを願っている。