日本における環境分野の各業界トップランナー企業として、常に最前線で環境課題を探求し、その解決への活動を行う「エコ・ファースト推進協議会」。
同協議会では2015年より毎年、エコ・ファーストシンポジウムを開催してきた。
第6回となる今回のテーマは「気候危機と脱炭素社会」。
危機的状況が加速する地球温暖化の中で脱炭素社会の実現に求められる課題やそこにおけるビジネスの可能性などを議論した。ここでは主催者挨拶と基調講演、パネルディスカッションに絞り、その概要を紹介していく。
環境省と連携を密にしてより良い方向へ
主催者挨拶
エコ・ファースト推進協議会 議長 今井雅則氏
今回でエコ・ファーストシンポジウムは6回となった。終了したばかりのCOP26(英グラスゴー)では産業革命前よりも温度上昇を1.5℃以内に抑えることに各国の合意は取れたものの、具体的な手段が明確に決められなかった。特に石炭火力の廃止については各国意見が分かれ、議長の無念の涙につながった。日本は化石賞という不名誉な称号を授かった。
紆余曲折はあるが我が国が掲げた2030年に2017年比マイナス46%という温室効果ガスの削減目標は、必達課題と考える。それは最低限の国際的な日本の責任となる。
すべての企業活動、そして一人ひとりの行動や生活においても脱炭素の実践が求められる。そのためには我々エコ・ファースト推進協議会の50社が民間セクターを牽引し、可能な企業は先に先に実行することで、国際公約の達成と脱炭素社会の実践に寄与しなければならない。
我が国の新型コロナウィルスの感染者の減少は、日本国民のまじめさと協調性によるものだ。同様に脱炭素へのロードマップも民間主導で達成へ導かれればよいと考える。今、実行力が求められている。もちろんそのためには政府による有効な政策の立案と企業へのサポートが必要となる。エコ・ファースト推進協議会の担当である環境省と連携を密にしてより良い方向へ進めていければと願う。
主催者挨拶をする今井雅則氏
基調講演「気候危機と脱炭素社会」
東京大学名誉教授
東京都公立大学法人理事長
気候非常事態宣言ネットワークCEN委員長
山本良一氏
今、第二次精神革命が必要
我々がやるべきことは、社会の大転換となる。では、それをどう実現していけば良いか。まずは、現状が「気候の非常事態」だと認識すること。そしてその認識をさまざまな組織の構成員が共有していく。これが重要となる。
NASAの宇宙探査機「ボイジャー1号」は1977年に打ち上げられ、太陽系から離れつつある。太陽系から外に出る前、すなわち60億キロメートル離れた箇所から撮影された母なる地球の姿は青白い点に見える。その中で我々はあらゆる活動を行っている。
人工衛星「JAXAかぐや」が月の地平線越しに地球を撮った“地球の出”の写真も美しい。
我々が人生や暮らし、経済を営んでいる地球、それがいかに貴重で素晴らしいものであるか。これはまさに神の贈り物としか言いようがない。
70億を超える人類や3000万種の生命はこの母なる地球で薄皮1枚のところで生存している。過去1万年ほどの文明史を見渡すと、いくつもの社会矛盾も出現し、これを受けて様々な思想家が登場し、世界の「三大宗教」も始まった。これは第一次の精神革命と言えるだろう。
その文明自体が地球生命圏を巻き込んで崩壊する危機に直面している。そこで必要になってきた新た精神革命を、私は第二次精神革命と呼ぶ。地球こそ全人類の信仰の対象であり、それを守る以上に尊いものはないという思想へと変革にしていくことだ。
基調講演をする山本良一 氏
プラネタリー・バウンダリーとドーナッツ経済
近年、プラネタリー・バウンダリー(地球的境界)という考え方が生まれた。ここでは地球の環境容量を代表する9つのプラネタリーシステム(気候変動、海洋酸性化、成層圏オゾンの破壊、窒素とリンの循環、グローバルな淡水利用、土地利用変化、生物多様性の損失、大気エアロゾルの負荷、化学物質による汚染)を対象として取り上げ、それぞれにバウンダリーという閾値があると述べている。それを超え、地球的境界を出れば、地球のシステム自体が不安定になってしまうという考え方が「プラネタリー・バウンダリー」となる。
イギリスのケイト・ラワース博士はプラネタリー・バウンダリーでは不十分であり、自然環境を破壊することなく社会的正義(貧困や格差などがない社会)を実現し、全員が豊かに繁栄していくための新しい経済モデルを2011年に提唱した。そこで描かれている世界がドーナッツに似ていることから「ドーナッツ経済」と名づけた。
ドーナツの空洞部分には窮乏状態がある。エネルギーや水、住宅など、人々が暮らす上で必須のものが欠乏している状況となっている。この窮乏を満たすことで社会基盤というドーナツの食べられる部分が構築される。
しかし、その外型には地球環境に過負荷がかかる状態がある。こういった2つの境界の内側、つまりドーナツの「食べられる部分」を満たすには、経済的な成長のみの社会から脱却し、限りある地球上の資源の中で、全ての人が幸福に暮らす社会を築き上げることが必要だ。
世界ではアムステルダムをはじめ、10を超える世界の自治体がドーナッツ経済の実現にむけて試行錯誤をはじめている。我々は2030年の達成を目指すSDGsもドーナツ経済と密接不可分な関係にある。
1000年先を考えた政策決定が急務
現在、CO2の濃度は420ppmを突破したことが観測された。1ppmは重量に換算すると80億トンになる。産業革命以前が280ppmだったことから人類は一兆トンを超えるCO2を空気中に余分に蓄積したことになる。
この8月に世界の科学者集団がIPCCの第6次評価報告書を出した。この報告書では、人間が産業経済活動で放出している温室効果ガスが、地球温暖化の原因であることは疑う余地がないという強い結論を出した。
ここで申し上げたいことは2つある。
まず、我々は地球温暖化についてせいぜい100年ほど先を見据えて何とかしないといけない。しかし、温室効果ガスによる地球温暖化は500~1000年先へと続くことを覚悟しなければならない。一旦放出されたCO2は長く残る。そのため、気温の上昇を2℃のままでも抑えたとしても海面水位は相当上がり続ける。つまり、500年や1000年先を考えて政策決定をしないといけないということになる。
2つめは、地球温暖化といえば空気の温暖化を指している。しかし一番温められているのは「海」である。海は毎日、広島型原爆40発分のエネルギーに相当する熱をため込んでいる。過剰な熱の9割は海が吸収している。残りを空気と陸地が吸収。海の温暖化が知らないうちに拡大している。海水温の上昇が地球各地に大きな影響を与えている。
世界で加速する気候非常事態宣言
2019年8月19日、アイスランドで氷河のお葬式が行われた。地球温暖化の影響で初めて消滅した氷河のあった場所に銅の銘板が設置され、今後200年でアイスランドにあるすべての氷河が同じ運命をたどることになると警鐘を鳴らした。
温暖化は放置すればどうなるか。多くの科学者がティッピングポイントを連鎖反応的に超えてしまっていると述べている。2019年11月28日ネイチャーに投稿された論文では、「地球環境は、もう戻れないところまで来てしまった可能性がある」と書かれた。
ティッピングポイントを超えると地球はどうしようもなくなる。連鎖反応的に地球の表面温度は上がっていく。4℃を超えれば確実に文明の崩壊が起こると考えられている。
そういった中、世界各地・各団体で気候非常事態に対する行動が起こった。2019年9月19日の日本学術会議会長が談話「地球温暖化への取り組みに関する緊急メッセージ」を発表した。
同年9月23日、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさんはニューヨークで開かれた国連気候行動サミットに出席し、地球温暖化に本気で取り組んでいない大人たちを叱責した。
11月6日には世界の1万1000人以上の科学者が合同で気候非常事態を警告した。2021年8月20日 UNICEF(国際連合児童基金)は、世界で10億の子どもがきわめて高い気候危機にさらされていると発表した。
世界の大学で初めて宣言を出したのはイギリスのブリストル大学だった。
また欧米の大学では石炭火力などで世界の破滅や生物の絶滅を進行させ、若者の将来を奪う企業への投資撤退を要求するダイベストメント運動がハーバード大学やケンブリッジ大学、オックスフォード大学という世界の名だたる大学で起きた。
その間、気候非常事態宣言は2019年に爆発的に自治体で拡大。国家の気候非常事態宣言と同時に大学の気候非常事態宣言も加速した。
日本でもいろいろな組織が非常事態宣言へと動いた。また2019年9月25日に長崎県壱岐市、10月4日には神奈川県鎌倉市が気候非常事態宣言の声明を行った。
私は2020年11月18日に「気候非常事態ネットワーク」を設立させていただいた。そして、その翌日と翌々日に参議院・衆議院の本会議において全会一致で国会として「気候非常事態宣言」が可決した。2019年の5月にはイギリスが、次にアイルランド、ポルトガル、アルゼンチン、フランス、イタリアと続き12の国が気候非常事態宣言を可決。日本は13番目の国になった。その間、日本建築学会や鎌倉医師会なども気候非常事態宣言を発表した。
エコ・ファースト推進協議会も気候非常事態宣言を検討していただきたい。