1960年代後半からアメリカの経営者などによって叫ばれるようになってきた考え方に「企業市民」がある。利益を追求する以前に企業は良き市民であるべきであるというその概念は、80年代後半には、日本にも浸透し、よく聞かれるようになった。
気候変動や生物多様性など地球レベルの諸問題が深刻化する今、その言葉の重みは増している。自分の企業は良き市民であるか──その問いかけを自らに課し、社会貢献活動を行う企業は少なくない。総合素材メーカーとしてグローバルなステージで事業活動を展開する東レもその一社に挙げられるだろう。ここではCSR活動の一環として出張授業を精力的に行うCSR推進室主任部員 中嶋環氏にインタビュー。企業市民の一員として出張授業という次世代教育支援活動に取り組む意義などを伺った。
「科学技術振興」を重点分野として掲げ、次世代育成を支援
──東レグループではCSR活動の一環として、2007年より小・中学生や高校生を対象とした出張授業・教材提供による次世代育成支援活動を展開しています。教育という分野で社会貢献活動を行う理由を教えてください。
中嶋:東レグループは企業理念「新しい価値の創造を通じて社会に貢献します」に基づき、本業とともに、地域社会との信頼関係を構築することが事業活動の基盤と考え、企業市民としてCSR活動を継続してきました。その活動の具体的な目標、主な取り組みなどをまとめた「CSRガイドライン」では10の推進項目を定め、その1つである「良き企業市民としての社会貢献活動」に「科学技術振興」を重点分野の一つとして掲げ、次世代育成支援活動もここに位置付けられています。
では、なぜあえて教育という分野に東レが関わっていくのでしょうか。それは今、世界ではイノベーションを担う科学技術系の人材が求められているのにも関わらず、日本においては理科に対する子どもの興味関心の低下、若者の進路選択時における理工系離れなど、「理科離れ」の問題が指摘されているからです。こうした傾向は、やがて研究者不足を生み出していくことになります。ここに歯止めをかけるには、早期の段階から理科への関心を持ってもらう必要があります。新しい科学技術の芽は子どもたちの中にあります。だからこそ
私たちは、教育現場のみに任せるのではなく、産業界の一員としてその支援を行っています。
次世代の「理科離れ」に歯止めをかける
──東レグループの出張授業では、「理科離れ」を防ぐためにどのような役割を果たしていますか。
中嶋:「理科離れ」の原因の一つとして、理科で習っている内容が、実社会でどのように役立っているか、自分たちの生活にどのように関わってくるかが分からないため、興味や関心が持てないということが挙げられます。東レの出張授業は、小中学校の学習指導要領に準拠しており、当社製品をろ過実験で体感することで、理科の授業と実社会との結びつきを感じられるプログラムです。ろ紙ではろ過できない絵具が入った色水が、東レの水処理膜を使うことで透明な水になる瞬間には歓声が湧きあがります。実験を通じて物質によって粒子の大きさが違うことに気づかせ、粒子の大きさに応じた水処理膜を使うことで海水を真水にできること、それが世界で起きている深刻な水不足の解決に役立っているということを学習します。ろ過の原理という理科で習う知識を利用した水処理膜で救われる人がいることを理解すると理科が実社会と関係があるとわかっていきます。
──出張授業での反応はいかがでしょうか。
中嶋:先ほど申し上げたような歓声が聞こえる授業もあれば静かなままで終わる場合もあります。しかし、感想文を読むと「理科に興味が持てた」「理科で学んだことが世の中でどのように役立っているかに気づいた」などが書かれており、確かな手応えを感じます。特に最近はSDGsについて小学校や中学校で必ず習うため、授業の後で書いていただく感想文にも世界の水問題の解決に科学が貢献していることを知った感動が多く綴られています。
そして、授業を見守ってくださる先生方からも「実際に社会課題の解決に関わっている企業が話をすることに説得力を感じた」などの言葉をいただいています。また出張授業の講師を担当した当社の社員に感想を聞くと「やってみて良かった」と目を輝かせて話してくれます。東レグループは、「2050年に向け東レグループが目指す世界(①地球規模での温室効果ガスの排出と吸収のバランスが達成された世界、②資源が持続可能な形で管理される世界、③誰もが安全な水・空気を利用し、自然環境が回復した世界、④すべての人が健康で衛生的な生活を送る世界)」と、その実現のための「東レグループの取り組み」と「2030年度に向けた数値目標」を盛り込んだ「東レグループ サステナビリティ・ビジョン」を策定し、その達成に向けた取り組みを推進しています。「誰もが安全な水・空気を利用し、自然環境が回復した世界」の実現に向けた取り組みとして、「人々の環境への関心を高める」ことを掲げており、次世代育成支援活動はその取り組みに関連していることを強く意識しています。
人生の先輩としてキャリア授業も実施
──今後、出張授業はどういった方向を目指していきますか。
中嶋:現場の先生方から、最近相談されることは、生徒が課題について調査し結論をまとめる「調べ学習」もサポートできないか、ということです。その学習では自分で資料を分析し、結論を出すなど主体的に考える力が求められますが、私たちもさらに授業内容を精査して、理科に対する視点や物の見方、発想力を伸ばす内容にしていきたいと考えています。
また、最近は理科ではなく、東レの社員が教壇に立ち、なぜこの道を歩んだかなどを話す「キャリア授業」も実施しています。子どもたちが、社会に出て働くことについて理解を深め、自らの進路について考えるきっかけを持つ一助を担うため、研究職や営業職など様々な社員を講師として派遣しています。
人生の先輩として、仕事の内容や、働きがいや働くことの魅力、何をどのように取捨選択し今日に至ったかを語る授業は、想定していた以上に好評であるため、今後も力を注いでいきたいと思います。
──最後にこの出張授業に対する中嶋さんの想いをお聞かせください。
中嶋:以前の授業で使用済みペットボトルを原料にリサイクル繊維である&+®(アンドプラス)が生まれる話をした際に大変に子どもたちが感動した表情を今もよく覚えています。理科の学習は、自分たちに関係ないどころか、社会を変える力になっているという驚きがそこにあったのではないでしょうか。これからも東レの「素材には社会を変える力がある」というメッセージで心に抱いて、出張授業をはじめとする社会貢献活動に取り組んでまいりたいと考えています。
──本日は大変にありがとうございました。