広島県庄原市と三次市の大小15ヵ所に点在するアサヒグループの社有林「アサヒの森」。その総面積2,165ヘクタールは、東京ドーム461個分に相当する。

アサヒグループではこの広大な森に対し、長い年月に渡る適切な森林管理を自らの責任で運営できる体制にするため、2007年より「アサヒグループ森林管理事務所」を開設。そこにある自然の恵みを社会と共有し活用することを目指している。ここでは同事務所所長 松岡洋一郎氏とアサヒグループジャパン サステナビリティ推進部 南雲裕司氏に取材。「アサヒの森」が果たす役割とこの森だけにとどまらないグループの気候危機の緩和や生物多様性保全への取り組みについてインタビューした。

10の原則を順守し、「FSC森林認証」を日本で3番目に取得

──「アサヒの森」は、瓶ビールの蓋に用いられていたコルク材の代用品としてアベマキの樹皮を確保するために1941年に広島の山林を購入したことが始まりだったと伺っています。 原料を購入するのではなく、“森を自ら所有する”という発想はなぜ生まれたのでしょうか。

松岡:あくまで推測になりますが、当時、輸入していたコルク材の原料が、戦争という外部要因によって途絶え、事業の継続が危ぶまれるというリスクを想定して、アベマキが自生している中国山地の森を選んで取得したのだと思います。もちろん森を維持するためには様々な業務も増え、その分、負荷も多くなることでしょう。しかし、それを差し引いてもあえて森を所有するという選択に至ったのは、次世代、さらに次の世代の企業経営という長期的展望を持っていたのではないでしょうか。



──「アサヒの森」は2001年に「FSC森林認証」を取得しています。そのためにどのような取り組みを行いましたか。

松岡:「アサヒの森」は「FSC森林認証」を日本で3番目に取得しました。この認証では、環境・社会・経済のバランスを重視した10の原則を定めています。これらの原則は自然環境だけではなく、法律の順守や安全面など人々の暮らしにも目を向けた内容となっており、その一つひとつに細かい基準が設けられています。

たとえば、当時作業する人は地下足袋を使用している人が主流でしたが、認証取得のためにはより安全な鉄芯入のものを必須条件にする必要がありました。チェーンソーに触れた場合などの大事故を避けるためです。また、環境面では渓流沿いには間伐した木々の搬出用のため、道を造作することが多かったのですが水辺の生物が生息できるよう、緩衝地帯として川の両側に木々を残しました。さらにチェーンソーのチェーンにつけるオイルはバイオマス由来のものを使用するようにしました。作業のしやすさや効率性、コスト面など様々な課題はありましたが一つひとつを地道に丁寧にクリアしていくことでこの認証の取得につながったと考えています。環境面だけではなく、経済面や社会的な側面でも森が持続可能であることをこの認証は求めています。今も森林の運営ではその両立を目指すようなやり方を意識しています。

施業の様子

生物多様性の保全とCO2の吸収を促進する森

──森は生物多様性の宝庫と言われながら、近年はその破壊が進み、熊やイノシシなどの森で暮らしていた生き物が街に出没するなどの事態が起きています。「アサヒの森」では森の生物多様性を守るためにどういったことを実施しているでしょうか。また実際に運営管理に携わる中でどのようなときに生物多様性がこの森で保全されていることを感じますか。

松岡:アサヒグループでは、より豊かな「自然の恵み」を守り、育み、生物多様性に配慮した事業活動を実践していくため、生物多様性保全活動の基盤となる考え方や方針をまとめ、「生物多様性宣言」を2010年3月に策定・公表しております。そういった宣言の実行にむけて、「アサヒの森」は、2014年に生物多様性の基本方針を策定し、「守る」「活かす」「協同する」の3つの観点から様々な取り組みを進めています。

2010~2012年に実施した植生・生態系モニタリング調査では多くの植生・生物の生息が確認されています。

私自身も車で林を移動中に豊かな森の象徴ともいえるツキノワグマに遭遇したこともありますし、林内に設置された自動カメラがその姿を何度も写しています。よく見かけるのはヤマドリです。ブッポウソウの姿もたまに見かけます。

その鳴き声を耳にするとこの森がまだまだ野鳥たちの居場所になっていることを実感しますし、山の恵みである山菜類を収穫し、それを頂くときは豊かな気持ちになります。

左)オオサンショウウオ / 右)自動カメラに映ったツキノワグマ



──CO2の排出についてはどういった成果がありますか。

松岡:外部に委託してCO2の吸収量の測定を2008年に実施しています。毎年、間伐材を出荷しており、その出荷量は年間5~6000㎥、多い年で1万㎥以上となっていますが、伐採した木はいわばCO2を吸収し、固定化した炭素の缶詰です。

「30by30」に貢献しながら次世代の環境教育を支援

──2020年環境省を含めた17団体を発起人として設立された「生物多様性のための30by30アライアンス」にアサヒグループも参画されました。「アサヒの森」の果たす役割は大きいと思われますが今後、「30by30目標」達成に向けてこの森も含めてどのような取り組みが予定されているでしょうか。

南雲:「30by30」の貢献という観点からお話しますと「アサヒの森」の一部で広島県庄原市ある「甲野村山」が昨年に環境省の令和5年度「自然共生サイト」に認定されました。自然共生サイトとして認定されることで国際データベースであるOECMに登録されます。OECMは国立公園などの保護地区ではない地域のうち、生物多様性を効果的にかつ長期的に保全できる地域を指していますので環境省が主催する「生物多様性のための30by30アライアンス」が取り組む「30by30目標」の達成に微力ではありますが貢献できていることとなります。

また、アサヒグループは、水を使用する飲料や食品を製造・販売していることから、その水の使用量を涵養できるよう持続可能な水資源への貢献をしていきたいと考えています。具体的な事例を申し上げますと、ビール工場の水使用量の削減を進めると同時に「アサヒの森」での適切な森林管理や管理面積拡大により、2021年のビール工場の水使用量は963万㎥「アサヒの森」の水涵養量は1,101万㎥となり100%以上の水使用量賄うことができました。それに加えて「アサヒの森」以外でも自社工場近辺の水の保全活動に取り組み、水源地の森保全活動を実施しています。「アサヒの森」以外のそのような保全エリアでも新たに「30by30」に貢献できる可能性があるのではないかと考えております。


──環境面以外で「アサヒの森」が地域に貢献している事例を教えてください。

松岡:地元の小学生を対象に森林環境教育は20年来やってきております。現在、その取り組みは地元の庄原市が「22世紀の森ビジョン」を策定し、その中で森林環境教育も行っていくことになったことから、フィールドを提供するというかたちで協力しています。

南雲:多くの生活者に森林への関心を深めてほしいという想いから2022年より広島市立大学と一緒に学部横断で森林の恵みや課題に関する講義や「アサヒの森」の現地体験を通し、そこから感じるものでプロダクトを制作していただき、それらの展示を多くの生活者の皆様に見ていただく活動などを実施しました。また中四国の友好企業様と共同で消費者キャンペーンを実施し、アサヒの森現地での環境についての講義や散策、木工体験を通して環境問題にふれていただくという機会もつくっております。

松岡:他のビジネスと比較すれば「アサヒの森」の事業活動は50年先、60年先という長期的な視点に立つ傾向が強い業務といえるでしょう。その分、社会により多くのプラスの価値を創出し、「自然の恵み」を次世代、さらに次の世代につないでいく様々な取り組みにも力が入ります。また80年以上前に森を取得するという決断したことにあらためて深い意義を感じます。


「アサヒの森」現地体験の様子