この美しい地球と言う稀有な惑星に住む79億人の人類とあらゆる生物種が、いま存続の危機に面している。いま必要なことは、犯人さがしでも責任回避でもなく、一刻も早く解決策を具体的な実行に移すことである。人類同士で不毛な戦争なんかしている暇はない。

先進国日本には、単にノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)としてではなく、その経済優先の思考行動習慣の結果、いままで散々、地球環境を破壊し、生物多様性を毀損し、気候危機の元凶たる温室効果ガスを出してきた加害者としての自覚と責務が求められる。

こうした危機的状況下で、はたして、わが国日本は、気候危機に真摯に取り組んでいるのだろうか。疑問である。実は、日本ほど、イナーシャ(Inertia)、特にinstitutional inertiaが強く、思い切ったパラダイムシフトができない国もないだろうと、最近つくづく思っている。

わが国政府も、すでに、2030年度の温室効果ガス46%削減、2050年のカーボンニュートラル実現という国際公約を掲げ、気候変動問題に対して国家を挙げて対応する強い決意を表明しているが、しかし、その実態は、恥ずかしいことに「羊頭狗肉」である。

その最たる事例が、エネルギー政策である。為政者のカーボンニュートラルの威勢のよい掛け声とは裏腹に、世界の潮流から3周遅れだとも揶揄されている。その実態は、利権への不毛な忖度によって、再生可能エネルギーやEV化の分野で、致命的に出遅れている。

内閣総理大臣を議長とするGX実行会議※1から「GX経済移行債」(仮称)を活用した支援案や「成長志向型カーボンプライシング構想」※2等が俎上にあがっているが、そこに再生可能エネルギーを軸としたエネルギーシフトやEVシフトへの強い意欲は微塵も感じられない。

残念なことに、政府方針には、再生可能エネルギーを日本のエネルギー政策の中心に据える明確な意思と具体的な戦略が欠落している。皮相的に「再生可能エネルギーの主力電源化」を標ぼうしつつも、意欲的な目標設定の引き上げも具体的推進策もないのが実態である※3

※1 日本政府は、2022年12月22日に開催された第5回GX実行会議で、直面する二つの危機への対応を定めた「GX実現に向けた基本方針」と題する文書を決定している。このGX実行会議は、総理と関係大臣以外は、経済団体や既存のエネルギー産業などの代表者を主要なメンバーとしており、現政府がいかに既存利権に対して忖度しているかが一目瞭然である。2022年7月開催以降、一貫して非公開で、事後に資料だけが公表されてきた経緯がある。こうした政策決定プロセスの不透明性は、議論への国民的な参加が不十分と批判された過去のエネルギー基本計画の策定過程と比較してもさらに悪質である。なぜ、かくも秘密裏に、しかも短期間に性急に策定したのか。それには、理由がある。その最大の狙いが、東京電力福島第一原子力発電所事故以来、政府が堅持してきた「可能な限り原発依存度を低減する」という原則を放棄し、既存の原子力発電所の延命をはかり、原子炉の新増設に道を開くことにあったからである。そして、当初から「化石燃料への過度な依存からの脱却」を掲げていながら、CCS火力発電や石炭との混焼を前提とするアンモニア発電を推進する政策を変えていない。まさに、その実態は「羊頭狗肉」である。

※2 環境省(2023)「2030年目標、2050年カーボンニュートラルの実現に向けた成長志向型カーボンプライシング構想について」(令和5年1月24日 令和5年1月24日)

※3 いま政府で議論されている2030年度の電源割合は、2021年の「エネルギー基本計画」で定めた再生可能エネルギーを36-38%という目標から一歩も出ていない。2022年5月に開催されたG7では、2035年までに、電源を完全に、あるいは大部分を脱炭素化することが合意されたが、今回の政府の基本方針ではこの合意の実現に向け、どのように取組むのか、全く示されていない。外面は好いが、内実は、寒々しい2面性の実態が、ここに象徴的に露呈している。

炭素賦課金の2028年度導入、排出量取引の2026年度本格稼働等の計画や、気候変動情報開示も含めたサステナブルファイナンス全体を推進するための環境整備も議論されてはいるが、能書きだけで、はたして実効性のある結果を出せるかは疑問である。

その一見華やかで総花的な政策論の実態は、水素・アンモニア等を軸とした旧態依然の既存重工長大産業への先行投資支援等が軸で、既得権への忖度感が満載である。ただ「やってる感」だけ演出しているに過ぎず、その姑息さが実にお粗末で寒々しい。

「日本の常識は、世界の非常識だ」と揶揄されて久しいが、その甚だしい彼我のギャップは、日本にとって大きな機会費用(opportunity cost)であり、カントリーリスクであり、日本国民にとって、百害あって一利なしである。そして、何よりも恥ずかしいことである。

いまや、世界全体で、再生可能エネルギー100%が、しかも、他のいかなる選択肢よりも低コストで実現でき、2050年までに、世界全体で、再生可能エネルギー100%が、技術的にも達成可能であることは、もはや自明な常識として、科学者の主流となっている※4

その背景には、太陽光発電と風力発電の驚異的なコスト低下によって、さらにはIoTの進化発展も奏功し、エネルギーや電力の旧い常識や幻想が覆され、10年前には予想さえできなかったさまざまな進化とパラダイムシフトが現実化しつつある環境変化がある。

世界は、相当以前から、旧来の化石燃料や原発を中心とする旧いパラダイムのリスクとコストに危機感を感じ、そこから卒業し、太陽光発電と風力発電等の再生可能エネルギーを中心とする新しいパラダイムへの大転換を、真摯に、しかも一気呵成に進めつつある※5

世界ではすでに、従来の「ベースロード」に替わって、太陽光発電と風力発電等の自然変動電源(VRE)を電力系統に最大限導入するための「柔軟性」が基本的考え方となってる※6。そして、同時に、EVシフトが、驚異的な勢いで展開中である事は、周知の事実である。

そして、最も安いエネルギー源となった太陽光発電と風力発電の恩恵を、温熱、交通、産業、農業等の他分野に活用し、電力にとどまらず、エネルギー需要全体の再生可能エネルギー転換を進めるという「セクター・カップリング」という考え方が主流となっている※7

方や、日本は、こうした世界のエネルギーシフトの潮流に3周遅れで後塵を拝している。残念ながら、日本政府は、既得権層への忖度で、化石燃料の継続的利用と原子力推進とに固執しており、こともあろうか、肝心の再生可能エネルギー拡大に逡巡してしまっている。

脱炭素社会実現に必須不可欠なカーボンプライシングの実現すら看板倒れにならないか危惧もあり、このままでは、内外からの投資の取り込みも、肝心の成長戦略すらも期待薄だ。こうした政治における大局観の不在と不見識自体が、日本が抱えるリスクとなっている。

かような、お粗末な状況では、2030年度の温室効果ガス46%削減達成も、さらには、2050年カーボンニュートラル実現も困難であろう。政府は、これが、日本にとって深刻なリスクであることに気付かないのだろうか。この致命的な解像度の貧困を大いに嘆いている。

多彩な自然を享受できる地理的環境に囲まれている日本は、太陽光、風力、水力、地熱、バイオマス等の豊富な再生可能エネルギー資源に恵まれている。ドイツ等欧州の何倍もの再生可能エネルギー潜在力を内包しており、むしろ、有利な立地にあるはずである。

既に様々な創意工夫も始まっており※8、科学技術力や人材にも恵まれている日本には、原子力にも化石燃料にも依存しない再生可能エネルギーを基盤とする社会の実現が、充分可能であるはずである。ただ、残された唯一の障害は、政治の機能不全と不作為の問題にある。

いまこそ、日本は、忌まわしい悪しき利権忖度の古い思考習慣から脱皮し、毅然と、真の脱炭素社会構築のトップランナーとして、その存在感を世界に示すべきろう。まだゲームは終了していない。いまからでも遅くはない。しかし、これが、最後のチャンスとなろうが。

「この世で一番むずかしいのは、新しい考えを受け入れることではなく、古い考えを忘れることだ。」と喝破した、かの英国の経済学者ジョン・メイナード・ケインズの箴言を、世界中でいま一番謙虚に理解すべきなのは、他ならぬ、わが国日本なのかもしれない。

※4 フィンランドのLUT University (Lappeenranta-Lahti University of Technology )等の世界中の専門家による研究論文による。(出所)IEEE(2022)「On the History and Future of 100% Renewable Energy Systems Research」etc.

※5 国際エネルギー機関(International Energy Agency:IEA)が2022年12月に公表した報告書によると、日本の今後5年間の再生可能エネルギーの導入見込みは、1年前から下方修正してしまっている。現在の日本の再生可能エネルギー電力割合は英国、ドイツの半分以下の2割に留まり、2030年目標を実現しても今日の欧州主要国の水準に届かない惨憺たる状況にある。方や、世界の再生可能エネルギーの今後5年間の導入見込み量は、1年前の予測に比べ30%も増加している。その主要な要因は、エネルギー危機を受けて自国の資源である自然エネルギーの開発を加速するために、中国、EU、米国が新たな戦略を導入したためであるとしているが、残念ながら、そこに日本の名前はない。

※6 電力分野でVRE(Variable Renewable Energy;自然変動電源)の比率を最大化するために「柔軟性」を高めるさまざまな手段が重要という考え方。具体的には、気象予測、他の電源や蓄電池による調整、電力輸出入、需要側の変動(DRやVPP)、電力市場の活用などを指す。

※7 「セクター・カップリング(Sector-coupling)」とは、電力部門を交通部門や産業部門、熱部門など他の消費分野 と連携させることで、社会全体の脱炭素化を進める社会インフラ改革の構想である。再生可能エネルギー電力の導入が進むドイツなど欧州で、近年この構想が唱導され、取り組み が始まっている。Van Nuffel (2018)「Sector coupling: how can it be enhanced in the EU to foster grid stability and decarbonise?」(European Parliament)

※8 わが国では、既に、各地で、地方自治体が、東京都、川崎市が住宅メーカーへの太陽光発電設置義務の導入を進めるなど先駆的な動きを始めており、ソーラーシェアリングによる農業との共生など地域電力の取組みも活発であり、多くの企業がPPAなどの活用で追加性のある自然エネルギー拡大に取組みつつある。