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やんばるの森から挑む生態系保全
株式会社島嶼生物研究所が描く野生動物マネジメントの現場と未来
沖縄本島北部、通称「やんばる」。国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストに名を連ねる希少生物が数多く生息し、2021年には世界自然遺産にも登録されたこの地は、日本が世界に誇る生物多様性の宝庫である。しかし、その豊かな自然の陰には、人間が過去に持ち込んだ外来種による生態系の破壊や、気候変動がもたらす新たな危機が絶えず押し寄せている。
この繊細かつ過酷な現場の最前線で、「野生動物のマネジメント」という極めて特殊な専門領域に特化し、愚直に保全活動を続けているプロフェッショナル集団が存在する。2017年に設立された「株式会社島嶼生物研究所」だ。 今回、同社代表取締役の河内紀浩氏と、主任研究員の古田さゆり氏へのインタビューが実現した。大手建設コンサルタントからの独立劇、過酷なフィールドワークの実態、行政依存からの脱却に向けた課題、そして「人々の行動変容」を起こすための知恵と情熱について、熱く語り合われた対話の全貌を届ける。

1. 現場主義を貫くための独立
〈大手コンサルを飛び出した覚悟〉
はじめに2017年に同社を設立した背景と理由について伺った。代表取締役の河内紀浩氏は、自身の原点と独立への強い思いを次のように振り返る。
かつて大手の建設コンサルタント会社に勤務していた河内氏は、当時から沖縄における外来種マングースの対策事業などに携わっていた。しかし、日本において野生動物のマネジメントという分野は決してメジャーな事業ではなく、大きな利益を生むビジネスモデルでもない。大企業の組織構造の中では、事業の位置付けが議論になり、思い描く保全活動をスムーズに進めづらいという壁に直面していた。
「自分たちが考える理想的な手法やアプローチを、よりスムーズかつ確実に現場で実践していきたい」
その強い信念から、会社を立ち上げる決意をした。一般的な環境コンサルタント会社が得意とする環境アセスメント業務には一切手を広げず、野生動物マネジメントおよび外来種防除にのみ100%特化する。日本国内でも仕事量が限られるこの領域において、専門会社として独立を果たすことは極めて異例の挑戦であった。
現場を本当に大事にしていかないと前に進まない、我々の想像を超えるご苦労があるのではと語りかけると、河内氏は現場の厳しさを隠すことなく口にした。
「野外での捕獲作業や各種調査は、常にリスクや危険と隣り合わせです。」
ハブなどの危険生物との遭遇、鬱蒼とした山林での過酷な作業による怪我、現場ならではのトラブルなど、絶えず厳しい対応を迫られている。

写真右)調査風景
2. 25年の闘いと結実する成果
〈やんばるの生態系はいかに回復したか〉
沖縄本島北部の国頭村、大宜味村、東村のいわゆる「やんばる3村」は、世界自然遺産に登録されており、独特の進化を遂げた固有種が集中的に生息する。この地域の生態系保全の現状と課題について尋ねられると、河内氏は100年以上にわたる外来種問題の歴史を紐解いた。
沖縄における外来種問題の代表格であるマングースは、1910年(100年以上前)、ハブやネズミの駆除を目的に人間によって持ち込まれた。しかし、夜行性のハブに対して昼行性のマングースは駆除効果をあげず、代わりにヤンバルクイナをはじめとする無警戒な希少在来生物を次々と捕食し、生態系に壊滅的な負の影響を与え始めた。
事態を重く見た沖縄県や環境省など行政による本格的な防除事業が始まったのは、今から約25年前のことである。島嶼生物研究所をはじめとする現場の弛まぬ捕獲作業により、マングースの生息域は着実に南側へと押しやられていった。その成果は劇的であった。マングースの圧迫から解放されたことで、ヤンバルクイナやアカヒゲ、固有種であるオキナワトゲネズミといった希少生物たちが、かつての生息域を急速に回復させているのだ。
さらに近年では、その分布域が南の名護市にまで広がりつつあり、専門家の間では「10年後、20年後にはやんばるの定義区域そのものが広がるかもしれない」と言われるほどの成果を上げている。また、人間が持ち込んだペットに起因する問題についても対策が進んでいる。ノラ犬やノラ猫が野生化して希少種を襲う被害に対し、地域での室内飼育の推奨、屋外で発見された猫の捕獲・所有者返還・里親探しなどが強化された結果、現在やんばる地域で野生化している犬猫は大きく減少しているという。
3. 忍び寄る新たな脅威
〈タイワンハブ、気候変動、そして「行政依存」という構造問題〉
しかし、ひとつの成果に安易に安堵することはできない。やんばるの森には、次々と新たな課題が押し寄せているからだ。 過去、ハブ対マングースのショーやペット目的などで輸入されたタイワンハブやタイワンスジオといった海外由来のヘビ類が、野外へ逸出し繁殖。現在、これらの外来ヘビがやんばる地域へと侵入を始めており、新たな脅威となっている。
さらに深刻な影を落としているのが「気候変動」と「地球温暖化」の影響である。田邊プロデューサーが近年顕著になっている気温上昇や異常気象について触れると、河内氏は現場で実感している物理的・生態学的な変化を語った。
陸上生物への直接的な好悪の前に、まず現場を襲うのが巨大化・多発化する「台風」の影響だ。台風の通過によって作業道が倒木で遮断されるだけでなく、沖縄県がマングースの北上を防ぐために設置している3本の「北上防止柵(フェンス)」が暴風雨で破損し、その補修と維持管理に甚大なコストと労力が削られる。また、温暖化が進むことで、従来であれば沖縄の冬の寒さに耐え切れずに死滅していた熱帯性の外来生物が、冬を越して定着・繁殖するようになる懸念も極めて高いという。
そして、現場の情熱を阻む最大の構造的課題として浮き彫りになったのが、「事業の100%行政依存」という現実である。
主任研究員の古田さゆり氏は、現場で抱える強いもどかしさを次のように明かした。
「ヤンバルクイナの回復を見ても分かる通り、正しく防除を行えば確実に成果が出ます。しかし、それを実行するためには絶対的な予算が必要です。現在、私たちの事業は沖縄県や環境省からの受託事業がほぼ100%を占めています。行政事業である以上、予算の規模を決めるのは行政側です。現場レベルで『これだけの予算があればこれだけの成果が出せる』という確信があっても、それがダイレクトに予算化されるとは限りません」
この問題に対し、河内氏も経営者の視点から危急の課題感を共有する。
「約20名以上の社員とその家族の生活を守り、会社を存続させる責任があります。仮に行政の予算が大きく減額されたときにどうするのか。理想の保全業務を追求し続けるためには、経営基盤を強固にしなければならず、行政に依存しすぎず新しい事業形態や資金調達を模索していく必要があります」
民間企業や一般個人が自然保護や外来種問題を「自分ごと」として捉え、寄付金や独自基金といった形で資金を供給する社会構造の構築が、今まさに求められているのだ。

写真右)マングース北上防止柵の維持管理体験の様子
4. 「無関心」を「自分ごと」に変える力
〈体験型イベントと教育の再構築〉
事業を持続可能なものにし、社会全体で自然資本を守るためには、人々の「意識改革」と「行動変容」が不可欠である。無関心を自分ごとに変える行動変容についてどう考えるかという問いに対し、古田氏と河内氏はそれぞれの取り組みと持論を語った。
古田氏は、生き物に関心のない一般市民へ届けるための工夫として、「情報発信」と「体験型イベント」の重要性を強調する。
同社は沖縄県事業の一環として、外来種情報ポータルサイト「沖縄外来種.com」の運営を担当。県内のどこにどんな外来種がいて、何が問題になっているかをわかりやすく発信している。さらに近年は公式Instagramアカウントも開設し、より若い層への訴求力を高めている。
また、体感を伴うユニークな試みとして注目されているのが「グリーンアノール捕獲大会」だ。
グリーンアノールとは、北米原産の小型トカゲで、沖縄本島南部などで爆発的に繁殖している外来種である。やんばるの森への侵入を絶対に食い止めたい対象であり、行政事業として一般市民が参加する捕獲大会を企画した。今年で3年目を迎えたこのイベントでは、毎回1,000匹規模のトカゲが一般参加者の手によって捕獲されている。「楽しそうだからトカゲを捕まえてみよう」という軽い好奇心で参加した市民や子どもたちが、体験を通じて「なぜこのトカゲを捕まえなければならないのか」「在来のトカゲと何が違うのか」を問い始め、外来種問題の本質を「自分ごと」として理解していく素晴らしい機会になっているという。
一方、代表の河内氏が行動変容の根本として挙げたのが「学校教育の変革」である。
河内氏は、環境先進国として知られるニュージーランドへの視察経験を引き合いに出した。ニュージーランドでは、国鳥キーウィを守るため、国を挙げた外来種対策が徹底されている。驚くべきは、数多くのNGOやボランティア団体が活発に活動しており、民間企業からの多額の寄付金を得て外来種駆除を行い、再生した森にキーウィを野外放鳥するという循環が社会的に確立されている点だ。
「なぜそれが可能なのか。答えは子どもの頃からの徹底した環境教育にあります。ニュージーランドには充実した環境教育センターがあり、小学生の頃から実際に生き物に触れ、生態系を学ぶ機会が当たり前に用意されています。翻って日本の教育を見ると、理科の授業で『生物多様性』という言葉を耳にする程度で、経済最優先の中で自然環境教育が置き去りにされてきました。やんばるのようなモデル地域から、行政と協力して教育の仕組みを変えていきたいのです」
さらに古田氏は、日本の学校教育が抱える「道徳教育の歪み」についても一石を投じる。
「学校では『命を大切に』と教わります。それ自体は素晴らしいことですが、その教えが『飼えなくなった金魚やペットを殺すのは可哀想だから野外に逃がしてあげよう』という誤った行動につながってしまう現実があります。外来種問題の根本原因は、常に人間が本来いない場所に生き物を放してしまうことから始まります。人間がその『蛇口』を閉めさえすれば、そもそも外来種問題は発生しないのです。人間の不注意で放たれた結果、増えてしまった外来種を私たちが捕獲して殺処分しなければならないという不条理が存在します。『命を大切にする』とはどういうことなのか、学校教育の現状そのものも見直していくべきではないかという問題提起をしていきます。」

5. やんばるからの問いかけを本土の未来へ
インタビューの締めくくりとして、古田氏は力強いメッセージを残した。
「気候変動によって日本全国が温暖化していく未来において、沖縄で起きている外来種問題は決して他人事ではありません。本土の気候が暖かくなれば、今まで定着しなかった外来種が本土でも爆発的に繁殖しやすい環境へと変わってしまいます。『本土の方々も外来種問題に気をつけてほしい、自分たちの未来の問題として捉えてほしい』ということを伝えたいです」
自然保護というと、「保護区を設定する」「密猟を取り締まる」といったアプローチが思い浮かびがちだ。しかし、いくら強固な保護区を作ったとしても、そこにたった数頭の外来種が侵入して繁殖すれば、その生態系自体が破壊され、あらゆる保全努力が無効化されてしまう。外来種対策とは、すべての環境保全の土台を支える最も重要な防波堤なのだ。
「野生動物と共存する社会の実現を通じて、社会に貢献することを目指します」 この企業理念を掲げ、ハブが潜む険しい森の中で汗を流し続ける株式会社島嶼生物研究所の挑戦。彼らが発するメッセージは、行政任せの自然保護から脱却し、私たち一人ひとりが豊かな自然資本の当事者としてどう生きるべきかを強く問いかけている。
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