
【研究概要】
名古屋大学宇宙地球環境研究所の三野 義尚 助教らの研究グループは、海洋研究開発機構との共同研究により、海の中に沈む粒子の窒素同位体比から海洋の基礎生産力の時間変化を復元し、それを用いて生産された有機炭素がどの程度深海に運ばれるか(隔離効率)の季節変動を明らかにした。
海洋は大気中の二酸化炭素を吸収し、その一部を深海へ運ぶことで気候を安定化させているが、その効率がどのように季節的に変化するのかは十分に理解されていないのが現状だった。
同研究では、北太平洋の亜寒帯と亜熱帯の2つの海域において、約4年間にわたり時系列で捕集した沈降粒子サンプルを分析し、深さ500mにおける炭素隔離効率を定量化。その結果、亜寒帯では隔離効率がほぼ一定であるのに対し、亜熱帯では季節によって大きく変動することを明らかにした。さらに、炭酸カルシウムやオパールといった鉱物成分が、沈降粒子の沈降速度や壊れにくさを左右し、炭素フラックスの鉛直減衰を制御するという新しいメカニズムを提案した。
同研究は、表層生態系の違いが粒子の性質を通じて炭素の運ばれ方を決定することを示しており、海洋による二酸化炭素の吸収・隔離の将来変化をより正確に予測するための重要な手がかりとなることが期待される。

【研究背景と内容】
海洋は、人間活動によって排出された二酸化炭素(CO2)の約1/4を吸収しており、その重要な仕組みの一つが「生物炭素ポンプ」となる。これは、植物プランクトンが光合成によってCO2を取り込み、有機物として固定し、その一部が沈降粒子として深海へ運ばれる過程を指す。しかし、表層で生産された有機炭素の多くは、水深200~1000mの「トワイライトゾーン」と呼ばれる層で分解されてしまい、深海まで到達する割合(炭素隔離効率)は大きく低下します。この有機炭素の減衰過程がどのような要因によって制御され、どのように季節変化するのかは、十分に解明されていなかった。
同研究では、西部北太平洋の亜寒帯観測点K2と亜熱帯観測点S1(図1)において、セジメントトラップを用いて約4年間にわたり沈降粒子を時系列で捕集し、その粒子状有機炭素(POC)フラックスや化学組成、窒素同位体比(δ15N)を分析。δ15Nは、植物プランクトンが利用する窒素源注7)や生産環境を反映する指標であり、同研究ではδ15Nと基礎生産力(NPP)の間に成立する経験的な関係式を用いて、観測期間中のNPPの時間変化を復元した。これにより、従来広く用いられてきた人工衛星観測では把握が難しかった亜寒帯域の季節変動を、高い時間分解能で推定することが可能となった。

【成果の意義】
現在、海に吸収されたCO2が、どの程度の量・期間にわたって海中に貯留されるのか、言い換えれば大気からどれくらい隔離されるのかを正確に把握することが求められており、そのためにはCO2を海洋内部へ効率的に輸送する沈降粒子の研究が注目されている。同研究は、沈降粒子の窒素同位体比から海の生産力の時間変化を復元し、それをもとに炭素がどれだけ深海に運ばれるかを評価する新しい手法を示した。さらに、亜寒帯と亜熱帯で炭素隔離効率の季節変動が大きく異なることを明らかにし、その違いが粒子に含まれる鉱物によって左右される可能性を示した。特に、これまでモデル化が難しかった「粒子凝集体の破砕」という過程の重要性を示した点は、海洋の炭素循環の将来予測に大きな影響を与える成果といえる。
注1)沈降粒子:
海中を沈降する粒子の総称。プランクトンなどの生物の死骸や排泄物、陸起源物質などが集まってできる。水中をゆらゆらと沈む様子が雪のように見えることから「マリンスノー」とも呼ばれる。通常はセジメントトラップと呼ばれる装置を海中に設置して捕集する。
注2)窒素同位体比:
自然界に存在する軽い窒素(14N)と重い窒素(15N)の比率を示す指標。物質の起源や、栄養塩の利用割合、食物連鎖の仕組みを調べるために用いられる。
注3)基礎生産力:
太陽光が届く表層(有光層)において、植物プランクトンなどの独立栄養生物が光合成によって二酸化炭素から有機物を合成する能力やその量を指す。
注4)炭素隔離効率:
同研究では、表層で生産された有機炭素のうち、一定の水深(ここでは500m)より深くまで沈降粒子として運ばれる割合を指す。炭素がより深く、かつ多く運ばれるほど、大気からより長い時間にわたり多くの炭素(CO2)が隔離される。
注5)鉱物成分:
沈降粒子の有機物以外の成分のうち、主に炭酸カルシウム、生物起源オパール(シリカ)、および陸起源物質を指す。
注6)炭素フラックスの鉛直減衰:
有光層より深い海中を粒子が沈む過程で、分解や摂食、破砕などの作用により有機炭素の量が急速に減少する現象。海域ごとの特徴は「マーチンカーブ」と呼ばれる経験式で表されることが多い。
注7)窒素源:
植物プランクトンが利用する窒素の供給源のこと。主に硝酸やアンモニウムが利用されるが、これらが極めて少ない海域では、溶存態の窒素ガスが「窒素固定」によって利用されることもある。





