
【出席者】
山本 良一 氏(東京大学名誉教授)
河 郁京 氏(かわ いくきょう:医師/鎌倉市 材木座診療所 院長)
古屋 力 氏(ファシリテーター/東京大学未来ビジョンセンター客員研究員)
気候危機と自然の危機に立ち向かう
〈プラネタリーヘルスが切り拓く持続可能な未来〉
地球規模での気候変動や自然環境の劣化が急速に進行する中、人間の健康や生命そのものが大きな脅威に晒されている。環境・CSR情報「VaneOnline」では、この深刻な課題に立ち向かうべく、「人間の健康を守るためには、地球の健康を守る」をテーマとした特別座談会を開催した。
本座談会には、環境問題の第一人者である東京大学名誉教授の山本良一氏と、地域医療の現場で市民の健康を支え続ける鎌倉市・材木座診療所院長の河郁京氏を招き、東京大学未来ビジョンセンター客員研究員の古屋 力氏がファシリテーターを務めた。
連日のように記録的な酷暑が続く中、気候危機がもたらす熱中症や感染症をはじめとする健康被害の実態、自治体や医療現場における「気候非常事態宣言」の意義、そして過剰消費社会からの脱却を目指す「プラネタリーヘルス(地球の健康)」戦略について、科学的エビデンスと臨床現場のリアルな視点を交えた多角的な議論が交わされた。 地球環境と人間の健康を不可分なものとして捉え、未来へ向けた具体的な行動(アクション)へと繋げるための白熱した対談の模様をお届けする。

1)現状認識と重要性の共有
古屋:今日は、東京大学の山本先生、そして鎌倉の材木座診療所の河郁京先生、お二人にご多忙の中にご参加いただきまして、ありがとうございます。まさに猛暑でめちゃくちゃ暑いんですよね。こういう酷暑の中にご参加いただき、ありがとうございます。
これから「人間の健康を守るためには、地球の健康を守る」というテーマでお話をじっくりと伺ってみたいと思います。まず山本先生からは「気候危機は健康危機である」という観点から、この秋、9月の最終週(9月30日)に予定されている「気候と自然についての緊急ブリーフィング」を念頭にお話を伺いたいと思っています。
また河先生は、鎌倉の材木座診療所の院長をされておられ、消化器科、漢方をもご専門とされています。鎌倉の地域医療への貢献、新型コロナ流行時の発熱外来や自宅療養者への往診、入院調整などのご尽力も評価されています。今日は一人の医師として、現在の気候と自然の危機、そして健康の問題について率直なご意見を伺いたいと思っています。
今日は非常に貴重な対話です。気候変動が何万種もの生物を絶滅の危機に変移させていく厳しい事態、極端な暑さの人間への影響、そして2009年4月の日本医師会「地球と人類の健康を守る」宣言、2019年10月の鎌倉市「気候非常事態宣言」、2021年4月の鎌倉市医師会「気候非常事態宣言」、さらに2022年6月の日本プライマリ・ケア連合学会「気候非常事態宣言」など、さまざまな動きがございます。今日はこうした動向を視野に入れながら、地球と人の健康の両方を同時に守る「プラネタリーヘルス戦略」の重要性について大いに語っていただき、9月30日予定の緊急ブリーフィングにつながる議論を伺いたいと思っております。まずは現状認識と重要性の共有から始めていきましょう。山本先生、口火を切っていただけますでしょうか。

2)エビデンスと科学的背景の提示
山本: 私の方から最近の情勢をご紹介したいと思います。世界の至る所で今、熱波が起きており、深刻な被害を生んでいます。日本では7月に入り各地で40℃を超える最高気温が記録されました。例えば7月21日には多治見、豊田、郡上八幡の3地点で40℃を超え、22日は4箇所、23日は7箇所、24日は2箇所、25日は6箇所、27~28日は1箇所、8月に入っても2日に3箇所、3日に7箇所も観測されています。
専門家としてすぐ気になりましたのは、これらの街の人々が「この気候が非常事態にある」と認識されているかどうかです。多治見、豊田、八百津、桑名、美濃、天竜、浜松、甲府、田子の浦、四万十などを調べましたが、気候非常事態宣言は全くされていないんですよね。これがまず1つの問題です。
ただし何もされていないわけではなく、2050年カーボンニュートラルを目指す「ゼロカーボンシティ宣言」はされています。しかし本来であれば、まず気候非常事態宣言をして、その後どう解決するかという順番でゼロカーボンシティ(2050年ネットゼロ)を目標とするのが良いと思うのです。
報道によれば、7月13日〜19日の1週間で熱中症による救急搬送者は1万857人、死者14人、重症者321人でした。搬送者数は大阪が最多で1041人、次が愛知797人、東京783人です。
またヨーロッパを見ますと、今年2026年の熱波は5月後半から何度も見舞われており、7月22日にはイタリアのシチリア島で46.5℃を記録しました。5月後半から7月にかけてWikipediaに載っているデータでは、ヨーロッパ全体で3万2,612人が死亡しています。フランスで1万人、ドイツで9,800人、スペインで3,000人、イングランド&ウェールズで2,877人、イタリアで2,700人です。科学的には気候変動がなければ起こり得ない熱波と考えられています。
世界全体の平均気温についてですが、2023年は産業革命以前に比べ1.45℃高く、2024年には1.55℃と観測史上最高を記録しました。2025年は1.44℃で史上3番目の高さとなり、今年2026年は2024年を上回る可能性があります。さらに来年2027年は、専門家の意見がほぼ一致しており、現在発生中のスーパーエルニーニョの影響で全世界の平均気温がおそらく1.7℃高くなると予想されています。今年経験した熱波どころではない大変な酷暑になり、アジア各国で農業への悪影響や食料高騰、飢餓リスクが非常に心配されています。
こうした中で、神奈川県鎌倉市が全国で2番目に(自治体として)気候非常事態宣言を出し、さらに自治体医師会として全国で唯一、鎌倉市医師会が気候非常事態宣言を出されていることに大変関心があります。

河:鎌倉市でこう言った非常事態宣言を出した経過など、古屋先生ご存じでしたよね。
古屋: はい、微力ながらお手伝いさせていただきました。最初に市長や行政からではなく、市民と市議会への働きかけから始めました。気候危機問題に関心がある熱心な中堅議員さんがいっぱいいて、気候危機の勉強会もやって説明させていただきました。その後、鎌倉市長にも山本先生と2人で説明申し上げ ”大学の成績でAを取りたいでよね。鎌倉市も気候危機対策でAを取りましょうよ。” と言ったら笑っておられましたけどね。そうした市民や市議会の気候非常事態宣言の動きを受け、鎌倉市として決断がされた経緯があります。
当時、私ども鎌倉市民としては誇りもございましたので、長崎県の壱岐市さんより前に「日本で初めてやった」と言いたかったところですが(笑)、一歩及ばずでしたね。でも山本先生が熱心に鎌倉市へ行って説得してくださったからこそ、鎌倉市も理解して進んだわけです。早い時期にやっていただいて本当に良かったです。
河: 鎌倉市医師会の非常事態宣言についても、会員の中で関心のある人もいればそうでない人もいて、当初はさまざまな意見がありました。事前に医師会員約215名にアンケートをとったところ、72件の回答がありました。「我々の仕事ではない」という断りの返事は2件のみで、その他の会員は基本的に賛成で「大変な状況だ」という認識を共有していました。気候と健康は切り離せないテーマですので、医療者が積極的に行動を起こすべきだと感じていました。
当時、私は鎌倉市医師会の理事(学術・広報担当)をしておりましたので、学術講演会に山本先生をお招きし、広報の立場から非常事態宣言を出すという流れが速やかに進みました。
山本:世界医師会は気候非常事態宣言を出していますが、日本の全国組織である日本医師会は明確な気候非常事態宣言までは至っていません。2009年に環境や健康に関する宣言は出されていますが、「気候」という言葉自体は明確には使われていませんでしたね。
河:はい。鎌倉市医師会として宣言を出した以上は、ペットボトルを減らす、車の利用を控えるなど日常的な啓発や実践を市民に示していくことが大切だと思っています。
山本:鎌倉市の取り組みが周辺の葉山町、二宮町、大磯町、寒川町などへ好影響を与えて伝播しました。
河:それは素晴らしいですね。


3)具体的な課題とその原因分析
山本:お医者様が日常の診療の中で患者さんと接触し、「あなたの健康とプラネタリーヘルス(地球の健康)は相関しているんですよ」と日常的にお話しされると、非常に大きな影響を与えると思うのですが、現場での実態はいかがでしょうか?
河:患者さんはご高齢の方が多いのですが、「その通りだ、なんとかしなきゃ」と前向きに捉える方もいれば、「自分には関係ない、逃げ切れる」というお考えの方もいます。そういう方には「お孫さんはいらっしゃいますか?」と聞いて、お孫さんやそのお友達の顔を思い浮かべていただくようにしています。 ただ、患者さんから「自分一人の力じゃどうにもならないでしょ」「やって何が変わるんですか?」と言われることも多いのが実情です。
現場で対話を進める上での課題として、日常診療の多忙さがあります。次々と来院される患者さんを診る中で、一人ひとりと気候や環境について熱く話し込んでいると、10分ほどかかってしまい、全体の診療が滞ってしまうという時間的制約があります。
現実の臨床現場では、一人あたり数分という極めて限られた時間枠の中で症状の確認や処方を行わざるを得ない構造があります。その多忙さや過密な診療スケジュールが、患者さんへの丁寧な環境・健康教育や対話を難しくしている大きな要因だと実感しています。日本の医療のあり方や現場の運用体制そのものから考えていかないと、こうした深掘りした会話に時間を割くのは容易ではありません。
山本:最近の調査では、開業医の約3割は「プラネタリーヘルス」を理解しているというデータもあります。この割合をさらに上げていきたいですね。また、病院の環境マネジメントも進んでおり、茅ヶ崎市立病院の再エネ100%達成や、藤沢市民病院のグリーン電力導入・全館LED化などの事例も出てきています。
ところで現場での熱中症症状についてですが、めまい、ほてり、だるさ、吐き気、高体温、発汗異常、呼びかけへの反応低下、まっすぐ歩けない等の症状があります。重症と軽症の対応はどう分かれていますか?
河: 意識障害や水分補給ができないなどの重症者は救急車で直ちに搬送・点滴補水が必要です。電話相談などの軽症・中等症の初期であれば、来院させずに自宅で体を冷やし、経口補水液(OS-1など)を摂取して安静にして悪化するようなら救急外来を受診するように指示しています。
古屋: 臨床で熱中症患者を診る際に、気候変動や化石燃料の過剰消費という根本原因と自分たちの暮らしのつながりについて、患者さんの解像度や当事者意識はどうでしょうか?
河: 患者さんに「暑いですね」と言われた際、「まあ人間がしてきたことを考えると自業自得ですからね」とお返しすると、「本当にその通りだ」と納得される方もいます。ただ、一人が行動を起こしても変わらないという諦め感を持つ方も多いです。
古屋: ここで「ハチドリのひとしずく」のお話が思い起こされます。山火事が起きた際、ハチドリが小さなクチバシで水滴を落として火を消そうとし、周りの動物に笑われても「私は私にできることをしている」と答える物語です。私たちが接する若い世代も「微力だが、無力ではない」と言っています。ドイツで長く生活して感じたのは、一人ひとりの主体性と当事者意識の高さでした。日本には「自分一人やったってダメだ」という空気や、無作為を正当化してしまう傾向が一部にあります。

4)未来へのビジョンとアクションの提案
山本: ヨーロッパでは今年5月のWHO(世界保健機関)総会に際し、ヨーロッパ地域事務所等から「新型コロナと同様に気候変動に対してもWHOが緊急事態(気候非常事態)を宣言すべきだ」という提案が出されました。国際保健規則に基づく拘束力のある法的運用地位に引き上げようという動きですが、残念ながら今年の総会では採択に至りませんでした。
また、今年発表されたレポートによると、女性や女児は男性に比べて気候リスクに対して生物学的に繊細(センシティブ)であることが示されています。心臓の容量や発汗量の違い(高齢女性の発汗量は高齢男性の半分程度)などが理由に挙げられています。スイスでは65歳以上のシニア女性たちが「政府の気候政策遅れによって健康が脅かされている」と欧州人権裁判所に訴訟を起こし、勝利した事例もあります。
河: 女性の発汗特性や体感の違いについては医療面でも非常に興味深いエビデンスですね。
医療者が何をすべきかという点についてですが、個人の節電やゴミ削減といった日常の実践はもちろん大切ですが、医療界全体のCO2排出量は社会全体の約6〜7%程度です。医療現場で使い捨て部材をゼロにするのは衛生・安全面から困難であり、削減できても数%にとどまります。
だからこそ重要なのは、制度や政治、政策を変革していくための働きかけです。患者さんとの対話や日常の選択を通じて、気候問題に真摯に取り組む政治家を選んでいくこと、そして市民一人ひとりの意識を高めていくことが不可欠です。
山本: 今年9月30日に予定している「気候と自然についての緊急ブリーフィング」の大きな特徴は、日本学術会議、超党派の国会議員連盟(カーボンニュートラルを実現する会)、そして企業約240社が参加する日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)が後援・協力している点にあります。科学者の知見を政策に反映させ、真剣に取り組む政治家を後押ししていく枠組みです。
河: 企業や社会を変える上では、購買運動(エシカル消費)や不買運動、消費者の選択が非常に大きな力を持ちます。南アフリカのアパルトヘイト撤廃やさまざまな社会変革においても、不買運動や消費者行動が大きな役割を果たしてきました。
日常的な節電やゴミの削減は「忘れないための日々のトレーニング」として続けつつ、本質的には社会の構造や消費のあり方を変えていく必要があります。人間はどうしても贅沢や過剰消費に流されがちですが、本当に必要なものを見極める視点が求められます。
また、医療の現場においても、地域医療の計画的な連携システムが必要です。基幹病院とクリニックが役割分担し、診療時間を集約・計画化することで、医療従事者の疲弊を防ぎつつ持続可能な医療体制を構築できます。これはコロナ禍の地域連携(発熱外来や往診体制)でも実証された手法です。
古屋: 現在、研究会で大きなテーマとなっているのが「オーバーシュート(過剰)」です。健康も資産も企業活動も、右肩上がり45度の直線的拡大を続けるネバーエンディングストーリーは幻想であり、持続可能ではありません。最適値や均衡点(横ばいの安定)にこそ本当の幸福や持続可能性が存在します。過剰な処方や過剰な消費から脱却し、最適値を目指す姿勢が重要です。
山本: 生物としての人間は地球の限界にぶつかり始めています。科学者の論文では、地球環境と調和して持続可能に暮らせる最適な世界人口は20億人程度(日本であれば4,000万人程度)というシミュレーションも出ています。人口減少を単に危機として捉えるのではなく、健康寿命を延ばし(定年を75〜80歳へ伸ばすなど)、人間にとっても地球にとっても好ましい均衡状態へ移行していくチャンスと捉える視点も大切です。

5)メッセージ
古屋: 倫理的な議論や過剰消費の克服など、根深い課題はありますが、いやおうなく地球の限界や気候危機、食料・紛争リスクは迫っています。最後に、お2人から、読者や市民の皆様に向けたメッセージと今後のステップについてお話をお願いします。
山本: 9月30日の緊急ブリーフィングをはじめ、科学・政治・産業界が一体となった動きを加速させていきます。市民の皆様には、過剰消費からエシカル消費(環境・社会に配慮した選択)へのシフトを進めていただきたいと考えています。
河: 本来、健康や幸福とは過剰な富や消費ではなく、美しい自然、文化、人間同士の信頼や愛から得られるものではないでしょうか。日々の小さな省エネや環境配慮を「意識を保つためのトレーニング」として継続しながら、社会や政策を変えていくための意志表示を行っていきましょう。
古屋: 「人間の健康を守るためには、地球の健康を守る(プラネタリーヘルス)」という考え方を、医療者、行政、市民、企業が一体となって実践していく時です。本日の議論を足がかりに、一人ひとりが自分事として行動を起こしていくことを期待しております。
———— 本日は誠にありがとうございました。

編集後記
〈ハチドリのひとしずくから、社会構造の変革へ〉
今回の座談会を通じ、改めて痛感させられたのは「地球の病と人間の病は表裏一体である」という冷徹な現実であった。山本先生が提示された連日の酷暑や世界規模のデータは、気候危機がもはや遠い未来の予測ではなく、今まさに私たちの命を脅かす「現在進行形の健康危機」であることを明確に突き示していた。
一方で、臨床現場で患者一人ひとりと向き合う河先生のお話からは、過密な診療体制などの現実的な壁に直面しながらも、地域医師会としての「気候非常事態宣言」や市民への地道な対話を通じ、命を守る立場から行動を起こす強い意志が伝わってきた。
議論の中で印象的であったのは、ファシリテーターの古屋氏が投げかけた「ハチドリのひとしずく」のエピソードと、「過剰(オーバーシュート)」からの脱却というキーワードである。一人の小さな行動や省エネの実践は、意識を保ち続けるための「日々のトレーニング」として欠かせない。しかし同時に、社会構造や政策、購買行動そのものを地球の許容量(限界)に合わせた「最適値」へとシフトさせていく決断が、今まさに求められている。
「人間の健康を守るために、まず地球の健康を守る」——このプラネタリーヘルスの思想を理念で終わらせず、個人・地域・企業・政治が一体となって連携し、具体的な選択と行動に変えていくことの大切さを再認識させられた座談会となった。本企画が、読者の皆様にとって明日からのアクションを踏み出すきっかけとなれば幸いである。





