
東レとタイGC、食料と競合しない「でんぷん残さ」から100%バイオベースナイロン66の一貫製造技術を世界初確立。ILUCリスクを低減する次世代サステナブル素材の可能性。
世界的な温室効果ガス(GHG)の排出削減や、化石資源への依存抑制が急務となる中、化学産業をはじめとする製造業には、サプライチェーン全体を通じたカーボンニュートラルへの貢献が厳しく求められている。こうした中、東レ株式会社(以下、東レ)は、タイの化学大手PTT Global Chemical Public Company Limited(以下、GC)との共同取り組みにより、未利用のバイオマス資源である「でんぷん残さ」を原料に、100%バイオベースのナイロン66を一貫製造する技術を世界で初めて確立したと発表した。
持続可能な素材転換(マテリアル・トランジション)における最大の壁の一つであった「食料との競合」や「土地利用変化」の課題をクリアする、画期的なイノベーションの全容と、そのサステナビリティにおける意義がある。
バイオマスプラスチックが抱える「食料競合」と「ILUCリスク」の課題
従来のバイオマスプラスチック開発においては、トウモロコシやサトウキビなど、人間の食料や家畜の飼料となる作物の可食部を原料とするケースが多く見られた。しかし、脱炭素を目的とするあまり、世界的な人口増加に伴う食料不足を助長しかねないという「食料との競合」が倫理的・社会的な課題として指摘されてきた。
さらに、バイオマス燃料や素材の需要拡大が、結果として森林伐採や新たな農地拡大を招く「間接的な土地利用変化(ILUC: Indirect Land Use Change)」のリスクも懸念されている。農地転換によって土壌や森林に蓄えられていた膨大な炭素が放出されれば、バイオマス素材によるGHG削減効果が相殺されてしまうためだ
今回、東レとGCが着目したのは、タイをはじめとする東南アジアで大量に栽培されているキャッサバイモから、でんぷん(タピオカの原料など)を抽出・製造するプロセスで大量に発生する繊維質などの「かす(キャッサバパルプ)」だ。本来は廃棄、あるいは低付加価値で処理されていたこの未利用資源(でんぷん残さ)を原料に採用することで、新たな農地拡大を必要とせず、ILUCリスクの大幅な低減を可能にした。
技術の全容:独自の膜技術とバイオプロセスを融合した5つの工程
両社は2023年から継続的な共同研究および実証試験を行ってきました。今回の世界初の成果は、東レが誇る独自の「分離膜技術」や「化学変換・高分子重合技術」と、GCが持つ「最先端の発酵技術」という、日タイを代表するトップランナーの強みが融合したことで実現した。
実証試験における一連の製造フローとポイントは以下の通り。
① 糖化工程(担当:東レ)
原料となるキャッサバパルプ(水分約85%)を1日あたり66トン投入し、発酵のベースとなるグルコース(糖)を1日5トン製造する実証を行った。ここでは、東レ独自の「分離膜」を用いた糖化技術が活用されており、従来手法に比べて極めて省エネルギーでありながら、不純物の少ない高品質な糖液を得ることに成功した。
② 発酵工程(担当:GC)
東レが製造した糖液を元に、GCの独自微生物株を用いて、ナイロン66の原料起点となる「ムコン酸」の発酵液を生産する。ラボスケールにとどまらず、約50m³の大型発酵槽へのスケールアップを確認しており、高効率かつ安定的な生産プロセスの目処を立てた。
③ 精製工程(担当:両社協働)
生産されたムコン酸発酵液から、次の化学変換プロセスに耐えうる「高純度ムコン酸」を抽出する。ここでは両社がそれぞれの独自技術を持ち寄り、最適な精製手法を確立した。
④ 化学変換工程(担当:東レ)
精製された高純度ムコン酸に水素添加等を行い、ナイロン66の主要原料である「バイオベースアジピン酸」を製造する。自動車部品や衣料用繊維に求められる高い物性を担保するためには、極めて高い純度が求められるが、東レの化学変換技術によってその品質要求をクリアした。
⑤ 重合・繊維化工程(担当:東レ)
こうして得られたバイオベースアジピン酸と、同じく植物由来のバイオベースヘキサメチレンジアミン(HMDA)を組み合わせることで、ラボスケールでの「100%バイオベースナイロン66」の重合、および繊維化(糸化)に成功した。

社会的・環境的意義:グローバルサウスとのサステナブルな共創
本プロジェクトは、単なる一企業の技術開発にとどまらず、国家レベルのインフラ・環境投資としての側面も持っている。今回の成果は、経済産業省の令和5年度補正「グローバルサウス未来志向型共創等事業費補助金(我が国企業によるインフラ海外展開促進調査)」の採択を受けて実施されたものである。
新興国・途上国(グローバルサウス)において豊富に存在する未利用の農業廃棄物を、先進的な技術によって高付加価値な工業製品へと転換する仕組みは、現地における新しいグリーン産業の創出や、地域経済の活性化にも寄与する。まさに「持続可能な経済循環(サーキュラーエコノミー)」をグローバルなサプライチェーンで体現する、未来志向の共創モデルと言える。
今後の展望:2028年度の繊維製品販売に向けたロードマップ
画期的な技術確立を遂げた両社だが、実用化・社会実装に向けた動きはすでに始まっている。今後は、ムコン酸およびアジピン酸製造のさらなる「スケールアップ(量産化)」と「コストダウン」という、商業化における最大のハードルに挑む。
東レは、この100%バイオベースナイロン66を用いた繊維製品(アパレル用途や産業資材用途など)の販売開始目標を「2028年度」と定めており、それに向けて堅固なサプライチェーンの構築を急ぐ方針である。これまで「環境配慮型プラスチックはコストが高い」「物性が石油由来に劣る」「食料競合の懸念がある」といった理由から、全面的な移行を躊躇していた市場に対し、今回の「100%バイオベース」「未利用資源由来」というソリューションは、強力なゲームチェンジャーとなる可能性を秘めている。循環型社会の実現に向け、一歩先を行く東レとGCの挑戦に、今後も国内外のサステナビリティ先進企業から熱い視線が注がれる。





