「気候変動の危機はまた、文化の危機であり、したがって想像力の危機でもある」
(Amitav Ghosh)

「断裂から、より良く、より強く、より公正なものを築くことはできる」
(Mark Carney)

1.大いなる錯乱 ~ 「想像力の危機」としての気候変動

現代は、想像力や文化が危機に直面している時代である。
世界全体が「錯乱(derangement)」の渦中にある。
こんな時期だからこそ、特に気候危機に関心があるみなさんに、
ぜひ一読をお勧めしたい本がある。

インドの世界的な作家アミタヴ・ゴーシュ(Amitav Ghosh)の『大いなる錯乱 気候変動と〈思考しえぬもの〉』、原書は「The Great Derangement : Climate Change and the Unthinkable」[1]である。

ゴーシュが、シカゴ大学で行った地球温暖化・気候変動に関する講演に基づく「物語」「歴史」「政治」の三部からなるエッセイ集である。気候危機を、単なる科学・政治問題ではなく、現代の物語や文化の想像力の限界が引き起こした「思考しえぬ(unthinkable)」ものとして放置してきた不作為の責任を問う、実に示唆に富む本である。10年前の2016年に英語で出版され、世界的な話題となった。

この本は、気候変動を単なる科学・政治問題ではなく、現代の想像力や文化が抱える危機として描いたノンフィクションである。ゴーシュは、人間が歴史や政治の中で気候変動の規模を正しく理解し対処できていない状況を「錯乱(derangement)」だとし、気候危機問題に対する人々の向き合い方について鋭い批判的洞察をしている。そして、人間が自然を「人間ならざるもの(non-human)」として軽視し、放置してきた人類の「無作為の罪」がもたらした帰結が気候危機だと、一刀両断に断罪した。

既に、現役の気候科学研究者の皆さんの中には、読んでおられる方もいるかもしれないが、これから気候科学を学ぼうと思っている学部学生や将来大学院で気候危機問題を本格的に研究してみたいと志している学生諸君にも、いやむしろ、全世界の人々にも、この不確実で混迷した「錯乱の時代」だからこそ、ぜひ必読書として推薦したい1冊である。

彼は、19世紀以来の多くの現代小説が、個人の内面や日常の人間関係を描くことにのみ重きを置いてきたことに触れ、大規模な気候変動や災害のような「スケールが大きく、非日常的な現象」に対して無頓着であったと指摘。気候変動はあまりに巨大で非日常的なため、既存の文化的・文学的な枠組みで描き表すこと自体が困難であり、現代の主流小説や「日常」の物語の枠組みでは「思考しえぬもの」として扱われてきたため、気候変動を現代人の想像力がそれに追いついていないと指摘。これからの時代は、気候変動を描きうる新たな物語形式と想像力の構築が必要だと主張している。

さらに面白いのは、人類学の知識を背景に「新しいアニミズム」や、人間以外の存在(非人間)がアクターとなる世界観を提示している点である。そこに新たな「解」へのヒントがありそうである。また、気候変動否定論者についても言及しており、彼らの言動は「現実を受け入れられない」「日常の物語を守りたい」という心理や政治的・文化的な物語に起因していると分析している。


(寄稿文 全文は下記リンク先PDFでご覧ください)

[1] Amitav Ghosh(2016)“The Great Derangement : Climate Change and the Unthinkable” Are we deranged? The acclaimed Indian novelist Amitav Ghosh argues that future generations may well think so. How else to explain our imaginative failure in the face of global warming? In his first major book of nonfiction since In an Antique Land, Ghosh examines our inability—at the level of literature, history, and politics—to grasp the scale and violence of climate change. https://press.uchicago.edu/ucp/books/book/chicago/G/bo22265507.html アミタヴ・ゴーシュ(2022)『大いなる錯乱 気候変動と〈思考しえぬもの〉』(以文社)https://www.ibunsha.co.jp/books/978-4753103706/