「この惑星が暗闇の中にあっても、まだ希望はある。
世界をより良い場所にするために力を尽くさねばならない。
あなた方には、変化をもたらす力があるのです。」

(環境保護活動家 ジェーン・グドール )

1. 「グランド・バーゲン(Grand Bargain)」

「グランド・バーゲン(Grand Bargain)」[1]という聴きなれない言葉がある。これは、なにもクリスマスのバーゲンセールの意味ではない。国際政治の専門用語である。

リアリズムに基づいた「大国間の取引」の意味である。米国のジョージ・ワシントン大学国際関係大学院のチャールズ・グレイザー(Charles Glaser)[2]教授 が10年前の2015年の論文で「グランド・バーゲン」と称した[3]

そして、台湾が米国と中国を大規模な戦争へと引きずり込む可能性が最も高い争点であるとの認識から、米国は中国との「グランド・バーゲン」によって、米国は、台湾防衛から手を引き、中国は、東アジアにおける米国の安全保障上の役割を認めることで、相互宥和を図るべきだと主張した。

トランプ第2期政権は、まだ台湾防衛から手を引いてはいないが、先日2025年12月19日のシンガポールの「聯合早報」が「トランプと習近平は台湾平和統一に関して合意する」と報じている[4]。すでに経済分野については、今年の大統領就任以来展開してきた攻撃的な高額関税による強制外交から、米中二国の「グランド・バーゲン」へと政策を変えつつある[5]。そして、来年2026年4月のトランプ氏の訪中と、同年後半の習氏の国賓としての訪米について習氏と合意している。

現在のトランプ政権は、中国に対し対中経済圧力の強化よりも米中の合意形成に政策の基軸を移している。その理由は明白で、相手の行動を変える手段に経済を使う強制外交は有効性が低く、中国のように競争力が高い相手国に関税戦争のような圧力を加えても効果は少ない気付いたからである。米中経済関係は対立から限定的合意の模索に変わらざるをえなかったのである。日本政府も、この底流に流れる微妙な本質的変化に鈍感であってはなるまい。


(寄稿文 全文は下記リンク先PDFでご覧ください)

[1] 「グランド・バーゲン(Grand Bargain)」とは、「大きな取引」「包括的な合意」という意味である。

[2] チャールズ・グレイザー(Charles Glaser)は、ジョージ・ワシントン大学国際関係大学院教授(政治学・国際関係学)で同大学院安全保障・紛争研究所所長。論文は『国際政治の合理的理論』等多数。

[3] チャールズ・グレイザー(Charles Glaser)教授は、台湾は、米国と中国を大規模な戦争へと引きずり込む可能性が最も高い争点であると認識。台湾への米国の関与は、この地域における米国の意図に対する中国の懸念を増幅させ、東アジアのシーレーン(SLOC)をめぐる競争を激化させていると指摘。そして、米国は、台湾に関する宥和を中国側の譲歩と結び付けるべきであると提言。具体的には、中国が南シナ海および東シナ海における紛争を平和的に解決し、かつ東アジアにおける米国の長期的な軍事的プレゼンスを公式に受け入れることが条件となるとしている。仮に米中が「包括的な大取引(グランド・バーゲン)」に到達した場合、米国は東アジアの同盟国を防衛するという自国のコミットメントを強化するための措置を講じることが可能となるとしている。Charles L. Glaser(2015)”Time for a U.S.-China Grand Bargain”(Harvard Kennedy School) https://www.belfercenter.org/publication/time-us-china-grand-bargain

[4] 2025年12月19日、台北では「中国戦略学会、国立政治大学国際問題学院・両岸政治経済研究センター、中国民族統一協会、中華民国忠誠同志協会」などの共催で「2026年世界情勢フォーラム」が開催された。「聯合早報」はその日のフォーラムで、台湾の林中斌元国防部副部長が「トランプと習近平は両岸平和統一に関して合意する」と指摘したと報道した。

[5] 米国のトランプ大統領と中国の習近平国家主席は、今年2025年10月30日韓国で会談し、追加関税率の修正や輸出管理措置の1年間の停止で合意した。米国は、来年2026年11月3日の米国中間選挙を視野に、米中の合意形成に政策の基軸を移している。今回の合意を経て、米中関係はいったん小康状態にある。トランプ氏の中国に対する強硬にみえる姿勢は、中国と「ディール」をしたいためで、J.D.バンス副大統領やマルコ・ルビオ国務長官などのような対中タカ派ではない。むしろ、トランプ氏は台湾に対する関心が高くないとの評価もある。政権内から安全保障上の問題を指摘されてもエヌビディアの半導体の対中輸出を許可し、中国の人権問題を指摘せず、民主主義の価値を啓発しないことなどから、「中国にとって史上最もよい大統領」との指摘すらある。しかし、方や、今後も緊張と緩和を繰り返すとの予測もある。首都ワシントンの業界団体やシンクタンク、大学の研究者、連邦議会スタッフなどの米中合意に対する評価は、米国の対中依存を緩和するために時間を買っただけで、米中間にある課題は「何も解決していない」との声が多く、両国関係は1年間の停止期間を待たずに再度緊張すると予測している。米中関係は、むろん依然として予断は許されない状況にあることには一定の留意が必要である。