「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ。(Life is a tragedy when seen in close-up, but a comedy in long-shot.)」(Charlie Chaplin)

「今日は『解放の日』だ」「4月2日は米国を再び裕福にするために我々が動き始めた日として永遠に記憶されるだろう」(Donald John Trump on 2nd April 2025)

1.狂気の沙汰~エイプリルフールの悪夢

おお、なんということか。まさに、「悪夢」が「正夢」になってしまった。

かねてより想定されていたことではあったが、日本時間の2025年4月3日未明(米国時間4月2日)、トランプ米大統領は、ホワイトハウスで演説し、米国との貿易関係に基づく「相互関税(reciprocal tariff )」を導入すると発表した。そして「巨額の貿易赤字はわれわれの生活を脅かす国家非常事態に当たる」と強調。「関税措置により米国の黄金時代になる。私たちは力強く復活する」と自画自賛し、今日は『解放の日』だと宣言した。

この「トランプ関税」は、米国にとっても「自損行為」に他ならない。世界中の誰も喜ばない「百害あって一利なしの愚策」である。トランプの勝手な独りよがりだ。実に困ったことである。奇しくも前日4月1日は、「エイプリルフール」であったが、この「トランプ関税」宣言は、実に質の悪い冗談であると思った。

「相互関税」についてトランプ氏は全貿易相手国・地域に10%を、中国には34%、欧州連合(EU)には20%をそれぞれ課すと表明した。日本も対象となり、24%の「相互関税」を課すと表明した。

加えて、輸入する自動車への25%の「追加関税(additional tariffs)」を発動する。米東部時間3日未明(日本時間3日午後)発表された車への「追加関税」措置に伴い、日本から輸出する乗用車の関税率は現行の2.5%から27.5%に、一部トラックは25%から50%にそれぞれ引き上がる。エンジンやトランスミッションといった主要部品にも25%上乗せし、5月3日までに適用する。

米国向け輸出依存の高い日本にとっては、あってはならない「悪夢」が「正夢」となってしまった。

自動車産業への打撃は避けられず、相互関税を含めて日本経済の悪化の懸念が高まっている。トランプは、何ら合理的根拠なく、やみくもに関税に固執している。「貿易戦争に勝者はいない」というのが「歴史の教訓」であり「常識」である。可能であれば、トランプの頭の中を覗いてみたいものであるが、おそらくトランプの頭の中には、この「歴史の教訓」も「常識」もないのであろう。

トランプ氏は、包括的な関税政策を、歳入増や米製造業の復興をもたらし、貿易相手国を自分の優先課題に従わせる手段の一つと見なしており、米国に生産を呼び込み雇用を確保することや貿易赤字解消が狙いだとのこと。果たして、その実効性はあるのか。その効果はいささか怪しい[1]

今春の珍事「トランプ関税」騒動は、トランプの自作自演のおそまつな「オウンゴール」である。俯瞰してみれば「喜劇」でしかないが当の米国民にとってはとんでもない「悲劇」である。無知・過信の「混ぜるな、危険!」を体現したのがトランプである!それを選んでしまった米国民の不幸な帰趨を案じ気の毒に思う。そして、その怪物を制御できない米国の断末魔を感じざるをえない。

このまま「トランプ2.0」が独断推進していったら、米国は世界からの信任を急速に失う。いままで享受してきた基軸通貨国であることの巨大な恩恵を一気に失う。本当の衰退が加速する。これは杞憂ではない。そして、それは、単に米国の問題にとどまらない。そのマイナス影響は、直接・間接に、確実に世界中に及ぶ。むろん日本にとっても「対岸の火事」ではない。事態は深刻である。

[1] 外国製品をブロックすることで、米国の製造業が復活し、いわゆるラストベルトが活気を取り戻すというシナリオも実現性には疑問符がつく。米国の輸入品のほぼ半分が米メーカーの使う原材料や部品といわれ、輸入品への課税強化はむしろ製造業の弱体化を招く恐れもある。

2.自損的な「トランプ関税」の不毛と世界経済への深刻な弊害

「トランプ関税」に対して、内外の経済専門家からは、以前から、その関税賦課政策の効果に否定的な意見が多く出されていた。すでに幾つかの先行研究結果が公表されている。

その中の1つに、トランプ関税政策が実施された場合の世界経済と日本への影響について、アジア経済研究所の経済地理シミュレーションモデル(IDE-GSM)[2]を用いた分析結果の報告書がある。

以下、その分析結果を参照したい[3]

(トランプ関税政策が実施された場合の世界経済と日本への影響についての分析結果)

●米国経済への影響
トランプ政権が掲げる強硬な関税政策によって、米国の実質GDPはベースライン比で2.7%減少することが予想され、米国経済に深刻な悪影響を及ぼす可能性が高いことが示されている。結果として米国の経済成長率はマイナスに落ち込む。特に、関税20%のケースの場合、米国経済へのマイナス影響が最大化する[4]

●中国経済への影響
対中関税が60%と変わらないため、他国への関税が10%の場合と20%の場合であまり変わらない。

●日本経済への影響
日本の実質GDPへの影響は10%の関税時には0.02%だったものが、−0.02%とわずかながらもマイナスになる。「漁夫の利」の効果を日本への20%の関税のマイナスの影響が上回る。

その他諸国への影響
ASEAN各国やインドなど10%関税時には「漁夫の利」を得ていた国も20%関税時にはプラスの影響が縮小し、特にASEANの電子・電機産業などはマイナスの影響が顕著になっている。

●世界経済全体への影響
世界経済全体にとっては、10%から20%への関税引き上げ率の拡大によって、−0.5%から−0.8%へと負の影響が拡大している。

以下の【表1】が、トランプ関税政策が実施された場合の世界経済と日本への影響について、一表にして示したものである。トランプ関税政策がいかに危険な政策かは、一目瞭然である。

【表1】トランプ関税政策が実施された場合の世界経済と日本への影響
(出所)I. Isono,S. Keola(2024)”The Economic Impacts of Trump’s Second-Term Trade Policies: A Global and Japanese Perspective” 
(注)前提;中国60%関税、他国20%関税の影響(2027年)



日本への関税が現行どおりであれば、米中対立で米国と中国のみが大きくダメージを受け、日本は自動車、電子・電機という得意分野で「漁夫の利」を受ける。

しかし、全世界への米国の関税率が高まると、日本から米国への直接の輸出が減少するとともに、米国を含む世界経済がベースライン比で縮小するため、二重の意味で日本の各産業は売り先を失ってしまうことになるためと考えられる。特に、輸出依存度が高い自動車産業への影響は大きなマイナスに転じる可能性が高い。

この分析から、今回、「トランプ2.0」で、トランプ政権が掲げる強硬な関税政策によって、米国の実質GDPはベースライン比で2.7%減少することが予想され、米国経済に深刻な悪影響を及ぼす可能性が高いことが示されている[5]。結果として米国の経済成長率はマイナスに落ち込むことも考えられ、国民生活に直接的な打撃を与えることが懸念される[6]

すでに中国政府は、「トランプ2.0」の米国による今回の一方的かつ高圧的な関税政策に対抗して、米国の措置発動と同じ日本時間の今月4月10日午後1時1分から米国からのすべての輸入品に同じ34%の追加関税を課すと発表した。このままでは、米中が互いに報復関税(retaliatory tariffs)を掛け合う事態となっていて貿易摩擦が一段と激しさを増してゆくことは必至である[7]。また、EUのフォンデアライエン欧州委員長も先日4月3日「われわれは応じる用意がある」と報復措置をとる構えを示す一方「まだ遅すぎない」とも述べ、交渉による摩擦解消を米国に呼び掛けた。カナダのカーニー首相も、トランプ政権を非難するとともに「関税に対抗する。そのための対策も講じる」と述べている。こうした形で、世界中がドミノ倒し状態に陥り、各国が米国向報復関税に踏み切れば、米国からの輸出は減り、米国自体も景気後退と同時にインフレが加速し、スタグフレーション(stagflation)[8]に陥るのは必至である。こうした事情に鑑み、すでにエコノミストからは、このままでは、今年2025年の米国経済は、マイナス成長になるとの予想すら出ている。トランプの不規則な言動が、不確実性を高め、設備投資や技術投資が遅滞するリスクもあり、世界経済の不安定要因となっている。「トランプ関税」が、自損的で百害あって一利なしと言われる所以である。

ちなみに『フォーリン・アフェアーズ(Foreign Affairs)』に“How Tariffs Can Help America”(関税はいかにアメリカを助けるか)という論説(2024年12月)[9]を寄稿した経済学者マイケル・ペティス氏は「貿易を扱う場合、一国に対する関税や一般的な二国間関税の視点からだけみるのは、まったく時間の無駄で、貿易不均衡に何の影響も与えない。これから起きるのは迂回路のような貿易のシフトだ。だから私は、25年のアメリカの貿易赤字は、24年よりも拡大すると予測する」と指摘している。つまり、関税政策は必ずしも成功しないばかりか逆効果もあるのである[10]

もはやトランプが標榜してきた「Make America Great Again(MAGA)」どころの話ではない[11]

この喜劇にも似た自虐的茶番の不毛さをトランプは認識しているのであろうか。

また、また、この政策は世界経済にも実質GDP比-0.8%の影響をもたらすと予測され、ここ四半世紀、世界経済がグローバル化で受けてきた恩恵を手放すものとなる。中国経済は0.9%の実質GDPの減少、日本経済は0.02%の実質GDPの減少など、米国が対立を深める中国のみならず、米国にとっての主要な友好国にも悪影響が及ぶことが予測される。

これらの多くの分析結果は、自国中心の高関税政策が、政策実施国自身に最も大きな経済的損失をもたらす「自損行為」となる可能性が高いことを示唆している。

また、グローバルサプライチェーンの分断やそれに伴う経済効率の低下は、世界経済全体の成長を抑制する要因となることが懸念される。本分析は、国際協調に基づく通商政策の推進とグローバルサプライチェーンの効率性維持が世界経済の持続的な成長にとって重要であることを示唆している。

[2] IDE-GSMは、空間経済学に基づく計算可能な一般均衡(CGE)モデルの一種であり、2007年からアジア経済研究所で開発が進められてきた。このモデルは、ERIA(東アジア・アセアン経済研究センター)、世界銀行やアジア開発銀行などの国際機関において、インフラ開発の経済効果分析に広く活用されている。IDE-GSMの特徴は、世界を3000以上の地域に分割し、州や県レベルでの詳細な経済効果の推計が可能な点である。また、2万以上の道路・海路・空路・鉄道のネットワークデータに基づき、各ルートの距離、輸送モード、通行可能速度、国境での通関時間・コストなどを考慮した分析が可能である。これにより、新規ルートの開設や既存ルートの改善といったインフラ整備の経済効果を精緻に分析することができる。IDE-GSMの大きな利点は、関税・非関税障壁・輸送費などの広義の貿易費用についての設定を変更することで、様々な政策シナリオの分析が可能な点である。また、限られたデータでもシミュレーションを実施できるため、大規模な国際プロジェクトの経済効果を迅速に試算することができる。今回は広義の貿易費用の内の関税データを変更することで、第2次トランプ政権が掲げる関税政策の世界経済への影響をシミュレーションで算出している。

[3]  去年2024年11月に公表されたアジア経済研究所の報告書である。検証の前提としている数値等の諸条件は、現時点と違う箇所もあるが、基本的問題提起の趣旨を損ねるものではない。シミュレーションの前提条件は、トランプ次期大統領が唱える米国が中国に60%の関税を課し、他の全世界の国に対し20%の関税をかけるという関税政策に基づいてシミュレーションを行い世界経済と日本へのへの影響について詳しく分析したもの。  分析シナリオを以下。ベースライン──米国がすべての国に対して関税のさらなる引き上げを行わないケースとする。2018年に開始された米中貿易戦争における両国間の関税率の引き上げに加え、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)と 地域的な包括的経済連携(RCEP)協定によるメンバー国間の関税率の引き下げスケジュールを含む。中国に対する関税引き上げ──米国が中国の全品目に対する関税を60%に引き上げる。全世界に対する関税の引き上げ──中国に対する60%の関税に加え、世界の他のすべての国に対して全品目について現行の関税率と20%のいずれか高い方の率の関税を課す。
関税の引き上げは2025年に開始されると仮定し、ベースライン・シナリオと関税引き上げシナリオについて、2年後の2027年時点で比較し、各国・各地域のGDPの差分を関税引き上げの影響とみなしている。S. Keola(2024)”The Economic Impacts of Trump’s Second-Term Trade Policies: A Global and Japanese Perspective” (I. Isono, S. Kumagai, etc. Institute of Developing Economies, Japan External Trade Organization)https://www.ide.go.jp/Japanese/IDEsquare/Eyes/2024/ISQ202420_034.html

[4] これは、①米国の消費者が高関税により、より高価な財を購入しなければならない影響、②米国の産業がより高価な部材やサービスを他国から購入しなければならない影響、および、③トランプ次期大統領が唱えるような他国の財やサービスの購入が減り、米国民や米国企業がより国内の財やサービスを購入することによって米国企業に裨益する影響の3点をすべて合算したものである。

[5] Jennifer Clarke(2025)”What are tariffs and why is Trump using them?” (BBC)

[6] 米国内外の多くの専門家は、今回の「トランプ関税」に対して、「米国の消費者の負担を引き上げるだけで、同国の雇用は増えないだろう。」と手厳しい。相互関税に先んじて発表された自動車関税について、伝統的に共和党支持で知られる米ウォール・ストリート・ジャーナル紙も「読者は近いうちに自分の車の価格が上がり、おまけに選択肢が減りそうだということを知っておくべきだ」と社説で皮肉った。品ぞろえ豊富で手ごろな価格の輸入品を享受してきた米国の消費者が、「トランプ関税」の最大の被害者かもしれない。Wall Street Journal(2025)”Trump Tariffs: How Much More Will Consumers Pay?”(Wednesday, March 5, 2025)

[7] 報復関税自体は、輸出国の補助金を受けた輸入貨物に対し、国内産業保護のために補助金額の範囲内で割増関税を課す制度であり、世界の貿易自由化と貿易ルールの強化を目指すWTO(世界貿易機関)の協定でも一定の規律の下に認められている。なお、中国政府は、報復的追加関税と並行して、中国商務省は、アメリカの16社の企業に軍事転用が可能な物資の輸出を禁止することや、無人機の製造などに関わるアメリカの企業11社が台湾への武器の売却に関わったとして中国との貿易などを禁止する制裁を科すとしている。また、中国税関総署は、鶏肉製品や穀物などを扱うアメリカ企業6社について、検疫上の問題があるとして、中国への輸出資格を一時停止するとしている。また、中国国家市場監督管理総局は、アメリカの大手化学メーカー、デュポンについて、独占禁止法違反の疑いで調査を始めると発表した。

[8] スタグフレーション(stagflation)は、経済活動の停滞(不況)・失業率が高い状態・物価の持続的な上昇が併存する状態を指す。stagnation(停滞)とinflation(物価上昇)を組み合わせた造語で、「景気が上向くと消費が活発化し、物価が上がる」「景気が落ちこむと需要が縮小し、物価が下がる」という通常の流れとは異なる経済現象を指す。

[9] Michael Pettis(2024)“How Tariffs Can Help America ;Economists Have Drawn the Wrong Lessons From the Failures of the 1930s”(Foreign Affairs ;December 27, 2024)https://www.foreignaffairs.com/united-states/how-tariffs-can-help-america

[10] 現在の米中間貿易摩擦は1980年代の日米貿易摩擦とは性質が大きく違うことに留意しなければならない。1980年代の貿易摩擦は、自動車などを中心にアメリカでも生産できるものに関してのものだった。輸入自動車に関税を課すと、海外の輸出メーカーが工場をアメリカに移すかもしれない。だから、確実ではないがアメリカの労働者の雇用が増える可能性がある。それに対して今回、トランプが念頭に入れている対象は、自動車以外に電子部品等が多い。これらは、先で述べたようにアメリカ国内でのサプライチェーンの再構築はほぼ不可能だ。それゆえ、アメリカ国内で電子部品の生産が増え、雇用が増えることはほとんど考えられない。つまり、「トランプ関税」によって米国内の雇用が増えるというシナリオが現実的でないケースが多い。

[11] 米国元財務長官のサマーズは英紙Financial Times誌(2024年12月10日)掲載インタビューでトランプの「移民大量強制送還政策」と「高関税政策」がインフレの衝撃がバイデン政権以上に深刻なものになると警告している。また、イエレン財務長官もテレビインタビューで、同様の警告をしている。Martin Wolf(2024)” interviews Larry Summers: Is Trump a threat to the US economy? ” (December 11 2024 Financial Times)

3.保護主義が世界大戦の導火線になった歴史的教訓の含意

このままでは、一方的な米国トランプの措置に報復関税で対抗する「保護主義」が世界中で拡散し、「貿易戦争」に広がりかねない情勢にある。そして、世界の自由貿易体制が危機に瀕することになる。さらに懸念すべきは、保護主義が世界大戦の導火線になるリスクである。それは、歴史の教訓である。

高校時代、「世界史」を学んだ者であれば、「1930年代にまん延した保護主義が第二次世界大戦の一因となった」事は、大同小異、認識している周知の事実であり「常識」であろう。世界史の教訓は、過剰な保護主義が経済的な分断を招くだけでは済まないことを示している。

1世紀前の1929年に発生した米ウォールストリートの株価大暴落を機に、世界経済は大不況に突入した。その時の米フーバー政権は翌年1939年に、不況から自国産業を守るため「関税法(Tariff Act of 1930:Smoot-Hawley Tariff Act;スムート・ホーレイ関税法)」を成立させた。その結果、各主要国は自国の植民地や海外領土との間では特恵関税を設定することで市場・資源を確保する一方で、圏外諸国に対しては高い関税を設ける排他的な経済圏を構築し、共通通貨を用いた排他的な貿易体制の構築による世界的な「ブロック経済化」が進んだ。そして、こうした世界中の保護主義拡散が、結果的に、後の第二次世界大戦の一因となった。

この反省から、1948年に多国間の貿易自由化を目指した「関税貿易一般協定(General Agreement on Tariffs and Trade;GATT)」が発効した。それが、いまの「世界貿易機関(World Trade Organization:WTO)」につながっている。いずれも米国のリーダーシップの下で設立されたものである。この点、6年前の経済産業省の「通商白書」(2019年)でも「保護主義の歴史とそれを乗り越え進展した自由貿易」と題し戦後国際社会が自由貿易を発展させてきた歴史を解説している。

しかし、こともあろうか、2度と不幸な戦火を惹起さないため、米国自ら率先して地道に築き上げてきたこの多国間の貿易自由化の仕組み自体を、長年自由貿易の旗振り役を担ってきた米国が破壊しようとしている。米国は、第1次トランプ政権以降、一方的に関税を引き上げ、「最恵国待遇」を一方的に取り消し、明らかなWTOルール違反を繰り返し、国際貿易秩序を破壊してきてた。そこには、「パクス・アメリカーナ(Pax Americana)」の終焉が近い断末魔の覇権国米国が、ノーブレス・オブリージュ(noblesse oblige)[12]をも放棄した、寒々しくも危険な兆候が見てとれる。

仮に、百歩譲って、トランプが目指すものが、外国資源に依存せず自国内で全部生産する国家像であるならば、それは「孤立主義」に他ならない。しかし、そうであるならば、それだけの米国内に製造能力とそれを支える高質な技術水準とそれを指せる人材が確保できているのか。その実態はお寒い限りで、米国内の産業は産業の空洞化が進み、もはやそこまで盤石ではないのが実情である。米国では、グローバリゼーションにより、企業は賃金の安い国へ工場を移転させるようになり、特に、電子機器や家具など幅広い産業で工場が海外へ移転してしまった。付加価値の相対的に高い上流部分(設計・開発等)と下流部分(ブランド・マーケティング等)を米国内に残し,付加価値の低い中流部分(製造等)を海外拠点・企業に移管するというサプライチェーンの仕組みが定常化したことによって、米国では1970年代後半からこうした産業の空洞化が問題となってきた[13]。その結果、製造業の空洞化により、生産能力や人材の品質管理能力が低下してるのが実態である。加えて重要物資の過度の海外依存が安全保障上のリスクとして顕在化しつつある。つまり、米国は、いまさら「孤立主義」ではやってゆけない国家になってしまっているのである。

高関税政策を軸とした「保護主義」「孤立主義」がいかに不毛であるばかりか世界大戦の導火線となった意味でもいかに危険であったかという事を示すシミュレーションは、当然政策当事者であるトランプ陣営の政策移行準備チームの秀逸な専門家によって精査されているはずであるが、当事者のトランプ陣営サイドからこのあたりのアナウンスは聞こえてこない。あるいは、シミュレーション結果が「トランプ関税」の正当性を担保できないことを知ってあえて公表しないのかもしれない。

はたして、トランプは、国際協調に基づく通商政策の重要性についてまったく無知なのか、歴史から何も学んでいないのか。もしもまったく無知であるならば大統領の適格性に疑問が生ずる。もしそれを知っていて確信犯であえてやっているのいるのであれば、それは重罪である。いずれにせよ、トランプは、気は確かなのか、大丈夫なのかと、心配になる。不適切にもほどがある。

以下の【図1】は、新聞報道における「保護主義」に関連する記事割合の推移を示している[14]

【図1】新聞報道における「保護主義」に関連する記事割合の推移

(出所)経済産業省(2019)「保護主義の歴史とそれを乗り越え進展した自由貿易」
(「自由貿易に迫る危機と新たな国際秩序の必要性」『通商白書(2019年』)



この【図1】は、『通商白書(2019年)』に掲載されたものであるが、新聞報道における保護主義に関連する記事割合の長期的な推移を示している。世の中の関心を反映するともいえる新聞報道における保護主義関連の記事割合の変動は、世界における保護主義的な動きと一定程度連動するものと想定できる。この図から、①世界恐慌後、②1980年代の日米貿易摩擦期、③米国トランプ政権の誕生以降の足下の2~3年の3つの時期に、保護主義思想・動きが高まったことが確認できる。

いまから1世紀近くも前の話であるが、1929年10月24日の「暗黒の木曜日」に起きたウォール街の株価大暴落を契機として、世界経済は連鎖的な不況に陥っていった。1930年に、米国は、自国農業保護のための高関税や輸入制限などを導入する「関税法(Tariff Act of 1930;スムート・ホーレイ関税法)」を成立させた。ことを契機とし、各国は、自国産業を守るための関税引上げ、輸入数量制限や輸入割当の導入、輸出補助金の交付による輸出促進、為替制限による輸入の抑制、金本位制からの離脱による平価の切り下げなど、あらゆる保護主義的措置を打ち出した。こうした保護主義的措置の応酬により、ブロック経済化が加速し、世界貿易は阻害され、1932年の主要75ヵ国の総輸入は1929年の4割以下にまで減少した。以下の【図2】は、日米英独仏の貿易額推移を示したものである。1930年の米国の「関税法」施行以降、世界の総輸入が急激に減少したことが分かる。これは、歴史の教訓である。この史実を、トランプ自身は、正しく理解しているのであろうか。

【図2】日米英独仏の貿易額推移

(出所)経済産業省(2019)「保護主義の歴史とそれを乗り越え進展した自由貿易」
(「自由貿易に迫る危機と新たな国際秩序の必要性」『通商白書(2019年』)



かくして、1930年の米国の「関税法」施行をトリガーに、世界中の各主要国は、自国の植民地や海外領土との間では特恵関税を設定することで市場・資源を確保する一方で、圏外諸国に対しては高い関税を設ける排他的な経済圏を構築し、排他的な貿易体制の構築による「ブロック経済(bloc economy)[15]」の拡大が、全球的に加速していった。以下の【表2】は、当時の列強のブロック経済化を明示的にまとめたものである。

【表2】列強のブロック経済化

(出所)経済産業省(2019)「保護主義の歴史とそれを乗り越え進展した自由貿易」
(「自由貿易に迫る危機と新たな国際秩序の必要性」『通商白書(2019年』)



こうした「ブロック経済」は、自由貿易を阻害し、不況を長期化させただけではなく、各国の経済ナショナリズムの台頭、ブロック相互間の政治的・経済的な摩擦を強め、第二次世界大戦を引き起こす一つの要因となった。この歴史の教訓から何も学んでいないのが他ならぬトランプである。はたして、トランプは、高校時代に「世界史」をちゃんと学んだことがなかったのだろうか。はたして、トランプの辞書には、「良心の呵責」と言う言葉はないのであろうか。

ちなみに周知の通り「トランプ関税」はいまに始まった話ではない。すでにトランプは、7年前の前回の第1次トランプ政権時代に「トランプ関税」を2本立てで導入している[16]。2018年3月23日付の「安全保障への脅威」を理由にした措置(1962年通商拡大法232条)[17]と、2018年3月22日付の「通商協定の違反」等を理由にした一方的措置(1974年通商法301条)[18]であった。

その効果は、結果的には、いずれも芳しくなかった。その反省もなく、今回また「トランプ関税」が発令されたのである。はたして、トランプが前回の「トランプ関税」の検証をしっかりした上で、それを踏まえて、今回「トランプ関税」を決断したのか、はなはだ疑問である。

[12] ノーブレス・オブリージュ(noblesse oblige)は、フランス語で「高貴な者が果たすべき義務」を意味する。財産や権力、社会的地位を有する者は、それに応じた社会的責任と義務があるという考え方である。

[13] これには,2001年,中国がWTOに加盟したことによる製造工程オフショアリングの爆発的増加が大きく貢献している。この動きは「チャイナ・ショック」と呼ばれ,労働集約的な産業・工程において,米国内製造業雇用の大量喪失の一因となった。

[14] この図で示した保護主義指標①は、日・米・欧の6紙について、1960年~2018年の期間において「保護主義」に相当する単語が記載されている記事の割合について、期間平均を100となるように指数化したものである。なお1960年代以前については、「保護主義」という言葉がまだ報道上浸透していなかったことにより、大幅に記事数は減少する。そのため1960年以前のトレンドについて観察するために、日本の主要2紙(日経新聞・読売新聞)に絞った上で、保護主義を具体的に指し示す措置についての記事割合指数化したものが、保護主義指標②となる。(出所)経済産業省(2019)「保護主義の歴史とそれを乗り越え進展した自由貿易」(「自由貿易に迫る危機と新たな国際秩序の必要性」『通商白書(2019年)』)

[15] 「ブロック経済(bloc economy)」とは、世界恐慌後にイギリス連邦やフランスなどの植民地又は同じ通貨圏を持つ国が、植民地を「ブロック」として、特恵関税を設定するための関税同盟を結び、第三国に対し高率関税や貿易協定などの関税障壁を張り巡らせて、或いは通商条約の破棄を行って、他のブロックへ需要が漏れ出さないようにすることで、経済保護した状態の経済体制のこと。一般に、自由貿易の下では、自国の内需が拡大する場合、輸入も拡大する。しかし、関税障壁を高くすると、輸入を通じて外国へ漏れる需要が減少する。輸入の減少は、他国にとっては輸出の減少となり国民所得を減少させる。国際分業がおこなわれている状況で、特定国がこの政策を採用すればそれ以前の国際分業体制が崩れるため、世界経済全体が非効率になる可能性があり望ましい状態ではない。

[16] この措置に対して、EU、カナダ、メキシコ、中国、ロシア、トルコの6カ国・地域が関税賦課による対抗措置を発動している。また報復関税に加えWTO協定に基づく紛争解決手続きの活用も併せて行われ、EUやカナダは鉄鋼輸入に対するセーフガード措置の発動も行っている。ちなみに、貿易制限的措置は、これまでは主に自国の産業保護を目的に用いられてきたが、近年では、相手国で行われている市場歪曲的な措置・慣行・政策の改善を行うことを目的として発せられているケースも存在する。

[17] 2018年3月23日、鉄鋼やアルミニウムの輸入が米国の安全保障に重大な影響を与えるとして、1962年通商拡大法232条に基づく鉄鋼及びアルミニウムへの追加関税(それぞれ、25%と10%)の賦課を開始した。当初は、一時免除国・地域(EU、カナダ、メキシコ、アルゼンチン、ブラジル、韓国、豪州)を除く、鉄鋼・アルミニウムの対米輸出国・地域に対する102億ドル相当(2017年度の実績)の追加関税措置であったが、さらに同年6月には、一時免除国のうち豪州99を除く6カ国・地域にも、131億ドル相当の追加関税措置と55億ドル相当の輸入割当措置を発動した。米国が措置の対象とした品目は、2017年の米国の輸入額ベースでみると、鉄鋼(HS72類~73類)全体の45.0%、アルミ(HS76類)全体の76.8%を占めている。

[18] トランプ大統領は2018年3月22日、1974年通商法301条に基づく、中国に対する制裁措置を命ずる大統領覚書に署名した。これは、2017年8月からのUSTRの調査結果104において、米国企業の知的財産や技術を中国企業に移転するために中国政府が不当に介入しているとされたことを受け、対中制裁措置の発動を命じたものである。具体的には、中国からの対象品目輸入に対する追加関税の賦課、WTO紛争解決手続きを通じた中国の差別的な技術ライセンス慣行への対処、米国のエマージング技術等に対する中国の投資にかかる規制強化105の提案などが含まれる。追加関税賦課については、2018年に3回にわたって発動されており、第1弾が7月6日、第2弾が8月23日、第3弾が9月24日に発動されている。この対抗措置として、中国も米国からの輸入について米国側の措置の発動日とそれぞれ同日に、追加関税の賦課を開始している。

4.百害あって一利なしの「トランプ関税」と心中しない処方箋

トランプは、プロレス好きで知られている。プロレスと政治は無縁ではない。トランプは、業界用語でいう「ヒール(Heel)」である。悪役、悪玉、悪党派などとも呼ばれる。

通常、ヒールは反則を多用したラフファイトを展開する。凶器の使用といった反則はもちろん、レフェリーへの暴行、挑発行為、観客席での場外乱闘、果ては他者の試合への乱入なども行う。ちなみに、ヒールの対義語として、善玉、正統派を意味するベビーフェイス(Babyface)が存在する。

ヒールにはいくつかの類型が存在する。正常とは思えないような凶暴な行動やラフファイトでベビーフェイスを攻撃し、観客の反感を買うことを主眼とした「狂人ヒール」。常人離れした巨大な体格を活かし、その巨躯とパワーにものを言わせた怪物的なファイトとパフォーマンスで観客の恐怖心を煽り立てる「モンスターヒール」。馬鹿げた発言や、大人げないパフォーマンス、もしくはパフォーマンス失敗、身体を張った恥晒しなどで観客から笑われる「バカヒール」。実力に見合わない高待遇・抜擢を受け、インタビューではビッグマウスを叩くもふがいない試合運びをし、客から自然とヒールとして扱われるいわゆる嫌われ者である「ナチュラルヒール」、エゴイスト(利己主義者)として尊大に振舞う「エゴイストヒール」等多種多彩である。トランプがどのヒールに属するかは、各位のご判断にお任せしたいが、個人的には、トランプは、様々な要素が混在しているヒールに見える。ちなみに、さしずめイーロン・マスクは「ナチュラルヒール」であろう。

いま、そのヒール役のトランプが、よせばいいのに自ら率先して、世界中を巻き込んで「関税戦争」「貿易戦争」という「バトル・ロイヤル(Battle Royal)」を仕掛けて崖っぷちに立たされてる。「バトル・ロイヤル」とは、プロレスのゲーム形式の1つで、3名以上の個人またはチームが同時に戦い、自分または自分たち以外はすべて敵という状況の中で、失格にならずに最後まで生き残った個人またはチームを勝者と認めるゲームである。フランス語では「 bataille royale(バタイユ・ロワイヤル)」と呼ぶ。多数のレスラーが入り乱れるので、細かい攻防などは望むべくもないが、見た目の派手さとレスラー間の駆け引きが味わえる。多人数で入り乱れる序盤には、うかつにフォールに行くとそのまま自分もほかのレスラーにフォールされてしまうことがある。いままだゴングが鳴ったばかりで序盤ではあるが、トランプ流バトル・ロイヤルの帰趨が気になるところである。

いま、ヒール役のトランプの眼下には、奈落の底の闇がまっている。このままだと、崖から奈落の底に転落しそうである。そうしたら、トランプの米国は、「Make America Great Again(MGA)」ではなく、「Make America Worst Again(MAWA)」になってしまうであろう 。

その崖っぷちに立っているトランプの足に結ばれている鎖には、米国民の人生が、そして、さらには日本も含めた世界中の無辜な市民の1人1人の命運も繋がっている。トランプが奈落の底に落ちたら、米国民のみならず、世界中の人々が、一緒に引きずりこまれて、奈落の底に落ちてしまう。

誰とて、トランプとともに奈落の底に落ちたいと思う者はいまい。トランプとともに全世界が心中するわけにはいかないだろう。どんなに親米派が多い日本とて、トランプと心中する義理はない。

このまま、トランプの愚策によって、戦後の世界経済の発展を支えた自由貿易の時代にピリオドが打たれ、各国が自国の産業を守るために関税引き上げ競争に走った1930年代の愚挙が、もう一度繰り返されるのであろうか。それは「悲劇」に他ならない。

かの喜劇王のチャップリン(Charlie Chaplin)は、「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ。(Life is a tragedy when seen in close-up, but a comedy in long-shot.)」との名言を残したが、確かに、宇宙人が地球上で繰り広げられているトランプ流バトル・ロイヤルをロングショットで見る限り、これは、まさに愚かな人類同士の狂騒的な「喜劇」であろうが、現場で生きている米国人や、その「とばっちり」を被った世界中の無辜な人々にとっては「悲劇」以外の何物でもない。誰も歓迎していないゴメン被りたい「悲劇」である。

世界最大の経済大国の米国が、自国第一主義のもと排外的な関税の壁を築き、内向きを強め、戦後の世界経済の発展を支えた自由貿易の仕組みを破壊する負の影響は計り知れない。世界の貿易に急ブレーキがかかる。多くの国や企業や人が経済変調や破綻や失業の危機にさらされる。まさに百害あって一利なし。トランプだけが奈落の底に落ちればいいという単純な話ではないのである。しかも、一旦奈落の底に世界中が落ちてしまったら、這い上がることは容易ではない。やり直しの効かない話なのである。まさに「後悔先に立たず」である。

ここで、冷静に観察しなければならないことは、いまや、米国は、「20世紀モデル」から決別しようとしている不可逆的な事実である。それが、覇権国米国の断末魔の醜悪な姿なのである。そして、すでにパンドラの箱は開けられてしまった。もう元には戻りそうにない。かつての覇権国の米国が主導した「20世紀モデル」とは、2つ世界大戦を経験して、それに懲りて、2度と忌まわしき戦火に遭遇しないように構築された全球的な安全装置の仕組みである。この米国流の対外経済戦略は、「ワシントン・コンセンサス(Washington Consensus)」[19]と呼ばれ、「国際主義」と「多国間協調主義」という共通の価値基準に基づき、国連や国際通貨基金・世界銀行といった制度設計で主導することで、世界の紛争を制御し、国際社会を安定しようと努力をしてきた経緯がある。この人類が築き上げてきた恒久平和のための仕組みを根本から破壊しようとしているのがトランプである。

いまや、トランプは、「Make America Great Again(MAGA)」を連呼し、「アメリカ・ファースト」を掲げ、「孤立主義」「単独行動主義」を標榜することで、この「国際主義」と「多国間協調主義」に依拠してきた「20世紀モデル」から決別し、自由貿易の仕組みを破壊しようとしている。そして、こともあろうか、ロシアのプーチンに同調し、権威主義陣営に同調すらしている。まったく理解に苦しむ展開がいままさに進展している。それが「トランプ2.0」の本質であり正体である。

それでは、日本は、こうした百害あって一利なしの「トランプ関税」の愚挙に対して、どのように向き合っていったらいいのであろうか。悄然として、狼狽していても、何ら解決にはならない。

いま、日本政府は表向き「関税の適用除外を米国に求める」というお行儀のよい無難な主張を繰り返しているが、なんとも歯切れが悪い。はたして、それで、本当にいいのだろうか[20]

日本政府は、報復関税など強い対抗措置には慎重な姿勢だ。石破茂首相はトランプ氏との直接交渉の可能性にも言及したが反対意見も強く打つ手は乏しい様子である。相互関税が日米関係全体や安全保障環境に悪影響を及ぼしかねないとの懸念もある。経済産業省は4月3日、「米国関税対策本部」を発足させ、政府系金融機関から融資を受ける際の要件を緩和するなど国内企業の支援策を強化した。加藤財務相は「日米の経済関係、世界全体の貿易体制に大きな影響を及ぼしかねない」と指摘。官邸には連日のように関係省庁の幹部が集まり、外交ルートでの働きかけなど「回避策」を探っているが、「相互関税」に日本の打つ手乏しい状況で、なんとも歯がゆい感じが否めない。

日本は、来るべき大津波に対してそれに耐えうるだけの準備万端を図る[21]ことは言うまでもないことであるが、それと同時に、トランプに対して、わが国の石破首相は、一刻も早く、早々に、戦略的利益を共有する同盟国として、こうしたシミュレーション結果を共有し、毅然として忌憚なく直截的に問題提起をし、自由で開かれた貿易システムと経済安全保障のあるべきバランスを提唱直言するべきであろう。米国が保護主義に大きく傾斜するなかでも日本が一定の存在感を発揮して、自由貿易や自由経済の価値を未来につなぐ役回りを石破外交ははたすべきではないのか。何なら「世界史」の教科書を持参して、トランプに対して、その愚策の危険性を説明してもよかろう。

真の同盟国を自負するのならば、裸の王様に向かって、「あなたは裸の王様だ」と毅然と直言すべきでだろう。そもそも、日本政府はこうした自由貿易の原則に鑑みて根拠薄弱で道理がまったく通らない「トランプ関税」に対して、徹底して戦略的に対応するべきであろう。そして、相互関税や自動車関税の即時撤回を迫るべきであろう。当然、EU等諸外国と同様に、米国への抑止力として不当な関税引き上げへの対抗措置も準備すべきであろう。そこに不毛な忖度や遠慮は不要である。

「あの肝心な時に、日本はなにもアクションを起こさなかった」と言われてはなるまい。

ここで忘れてはならないのは、すでに6年前の2019年に第1次トランプ政権が日本政府と合意している「日米貿易協定」である。この協定で日本は米国産の牛肉や豚肉の関税を引き下げた。その協定の趣旨に今回の一連の関税措置は反する[22]。おかしいものはおかしい。協定違反は協定違反である。そこに不毛な忖度や逡巡は不要であるばかりかマイナスでしかない。なんら遠慮は不要である。牛・豚の関税についても再検討も含め、協定抵触の問題提起を、明確に示すべきであろう。無用な報復の連鎖は避ける必要はあるが、自発的隷従を正当化する根拠はない。間違っていることは間違っていると、毅然と言うべき時は言うべきだろう。そこに躊躇や忖度は無用である。

当然、米国への直言と同時に、アジアや欧州各国との連携強化も欠かせない。すでに日本が参加している「包括的・先進的環太平洋経済連携協定(Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership; CPTPP)[23]」のメンバー拡大も鍵となろう。また、東アジアの地域的な包括的経済連携(Regional Comprehensive Economic Partnership Agreement ;RCEP)[24]の深掘りも、肝要であろう。昨年交渉再開で合意した日中韓の自由貿易協定(FTA)なども検討課題となろう。いまこそ、心ある諸国と連携して、結束すべき好機であろう。中国を巻き込んだ形での、気候変動問題への連携共闘を念頭にした新しい全球的枠組みの提案等、全く異次元の「Plan B」の提言を日本が試みるのも、意外に有効な処方箋かもしれない。

このまま、日本が自発的隷従を続け同じ泥船に乗っていてはあまりに危険である。日本が、米国トランプ政権に対して盲目的に隷従する合理的正当性は皆無である。何の忖度も不要である。

まだ、間に合う。まだ、いまなら、悲劇の幕はあがりきっていないのだから。

(end of documents)

[19] 「ワシントン・コンセンサス(Washington Consensus)」とは、国際経済学者のジョン・ウィリアムソンが、1989年に発表した論文の中で定式化した経済用語であるが、以下の10項目の政策を「最大公約数」として抽出し列記している。「財政赤字の是正」「補助金カットなど政府支出の削減」「税制改革」「金利の自由化」「競争力ある為替レート」「貿易の自由化」「直接投資の受け入れ促進」「公営企業の民営化」「規制緩和」「所有権法の確立」。ちなみに、伊藤忠商事会長で経済財政諮問会議委員の丹羽宇一郎は、『文藝春秋』(2007年3月号)の寄稿文の中で、「ワシントン・コンセンサス」について、「1989年のベルリンの壁崩壊後、社会主義の敗北が明らかになって以降、IMF、世銀およびアメリカ合衆国財務省の間で広く合意されたアメリカ合衆国流の対外経済戦略で、「小さな政府」「規制緩和」「市場原理」「民営化」を世界中に広く輸出し、アメリカ主導の資本主義を押し広げようとする動きである」として、批判している。

[20] 経済産業省(2025)「武藤経済産業大臣の閣議後記者会見の概要」(2025年3月28日)https://www.meti.go.jp/speeches/kaiken/2024/20250328001.html

[21] トランプ関税の衝撃は、米国への経済依存度の高い日本企業にとって大きい。特に、日産自動車のような業態が脆弱で経営不振企業にはさらにダブルパンチとなる。地域経済や下請け企業への影響を最小限に抑えるためにも再建の加速が急務である。同時に、サプライチェーンの組み替えも重要である。長期的には米市場への依存を引き下げ、地域的によりバランスのとれた収益構造をめざすことが肝要である。インドなどの新興市場で基盤を固めることも重要で、それによって経営安定性は大きく高まる。また、関税の対象になりにくいコンテンツなどソフト分野でグローバルプレーヤーを育てる努力も重要であろう。

[22] 2019年の9月の日米共同声明においては「誠実に履行されている間、両協定及び本共同声明の精神に反する行動を取らない」旨の明記がある。これが日本の自動車・自動車部品に対して米国が追加関税を課さないという趣旨であることは、当時、米国との首脳会談において、安倍総理からトランプ大統領に明確に確認をした。この協定からも、米国に対し措置の対象からの我が国の除外を強く求めることの正当性はある。

[23] 「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership; CPTPP)は、オーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、日本、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポール、ベトナムの11ヶ国によって締結された多国間貿易協定。TPP11 (TPP Eleven) とも呼ばれている。2023年3月31日、CPTPPの11ヶ国はオンライン形式で閣僚会合を開き、イギリス加入を認めることで合意した。7月16日に正式承認され、加入議定書に署名がされた。加入議定書は、2024年12月15日に発効した。2018年末のCPTPP発効後、新規加入は初となる。CPTPPはイギリスを加えた12ヶ国に広がり、欧州連合(EU)に迫る巨大経済圏となった。

[24] 「地域的な包括的経済連携(Regional Comprehensive Economic Partnership Agreement ;RCEP)協定」は、「東アジア地域包括的経済連携」と呼ばれる日本・中国・韓国・ASEAN10ヵ国に、オーストラリアとニュージーランドを加えた15カ国が参加している自由貿易の協定である。2012年11月に交渉を開始し、2020年11月15日に署名された。日本が2013年に交渉に参加することを表明し、日本の農業に多大なダメージを与えるとして連日メディアでも報道された環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)に代わる協定として注目されている。RCEPは日本の貿易総額のおよそ半数をカバーする地域との経済連携協定であり、これらの地域との貿易の活性化が見込めることは、日本にとっても日本企業にとっても大きなメリットである。アジア地域は2030年には世界のGDP6割を占めるまでに成長すると言われており、今後の発展に期待が持てるASEAN市場へ参入しやすくなるRCEPが日本企業にもたらす利益は計り知れない。その他にも、ASEANで製造した製品を例えば中国などで安価に販売することができたり、知的財産権をRCEP加盟国内で守ることができたりするのも日本企業にとってのメリットと言える。RECPの問題点としては、まず海外の商品が日本へ安い価格で輸入されることが挙げられる。それによって国内の生産者や企業は価格競争に巻き込まれることが懸念されている。その中でも農業の問題点が大きくクローズアップされたが、米・麦、牛肉・豚肉、乳製品などの重要5品目は関税削減・撤廃の対象から除外されることとなった。また、知的財産権の侵害も懸念されている。具体的には、中国などから偽物のブランド商品が輸入されて市場を荒らしてしまうことも問題点として挙げられている。