【対談者】
江守 正多氏 東京大学未来ビジョン研究センター教授
深津 学治氏 グリーン購入ネットワーク(GPN)事務局長

IPCC第5、6次評価報告書の主執筆者であると同時に“気候変動の解説のおじさん”と自ら名乗り、気候変動について平易な言葉で発信している東京大学未来ビジョン研究センター教授江守 正多氏。グリーン購入に取り組む企業、行政、民間団体等へ必要な情報の収集・提供、ガイドラインづくりを行い、普及啓発などを支援するグリーン購入ネットワーク(GPN)の事務局長として活動する深津 学治氏。ともに気候変動対策や環境負荷軽減に対して、より多くの人々への啓蒙や行動を推進する両者が対談し、鍵となる「自分ごと化」をテーマに対談した。

現在の活動は?

深津:私から簡単な自己紹介をさせていただきたいと思います。新卒で生活協同組合コープこうべに就職し、店舗スタッフとして接客や販売に従事していましたが、大学院でリサイクルを研究し、環境問題に関心があったことから20年以上前に公益財団法人日本環境協会に転職いたしました。2016年にGPN事務局長を拝命し、今に至ります。業務としてはGPNには企業、団体や様々な組織が会員として参画していますので、そういう人たちにグリーン購入や持続可能性を考えた調達とは何か、また、どのように取り組めばよいか?といったことをお話ししています。グリーン購入法基本方針は、表現が難しいので、それを解説したりしています。

江守:私は国立環境研究所で長く、気候変動の研究しておりましたが、2024年度の4月から東京大学に完全に移り、未来ビジョン研究センターに在籍しています。国立環境研究所時代は、気候問題の将来予測などを専門にしていましたが、今はそういった研究成果を社会にわかりやすく発信していく活動に注力しています。

写真左)江守正多 氏 東京大学未来ビジョン研究センター教授 / 写真右)深津学治 氏 グリーン購入ネットワーク(GPN)事務局長

気候危機の “現在位置”は?

江守氏:一言で言うなら過去10 万年の中で一番暑い時期にいます。世界の平均気温は、産業革命前から地球温暖化によって上昇し、1.3℃まで上がったといわれています。一方、2015年COP21 で採択されたパリ協定では1.5℃に抑制しようという目標を示し、世界はそれを目指しています。しかし、既に2024年単年では1.6℃超えたとも言われており、このままではおよそ10年後には平均的にも1.5℃上昇に達する見込みです。それを止めるためには世界の温室効果ガスの排出量を実質0まで減らす必要がありますが、まだせいぜい横ばいという状態です。

その中で記録的な猛暑や洪水、海面上昇や干ばつが発生しています。今後は0.1℃平均気温が上がるごとにさらに深刻になっていくことはまちがいありません。地球環境には、もはやいかなる対策をとっても後戻りできない状況となるティッピングポイントというものがあります。最新の研究ですと世界の平均気温が1.5℃を超えるとグリーンランド氷床の崩壊、西南極氷床の崩壊、低緯度サンゴ礁の死滅、永久凍土の広範で急激な融解という4つのティッピングポイントを超えてしまう可能性が高いことが指摘されています。つまり、地球規模で後戻りできない大きな変化が起ころうとしている。それが我々の“現在位置”です。

深津:私たちの普段の生活を見ていても、気候変動の影響かも知れないと考える事象が多々あります。しかし、残念ながらそれが、「ああ大変だ」でとどまっており、実生活のなかではなかなか環境に配慮した行動もできていないのが現実です。なぜ、自分ごと化は進まないのでしょうか。

気候変動の自分ごと化は進まない要因は?

江守氏:一つはわかりにくいこと。たとえば排出されたCO2の量は目には見えません。その上で地球規模の世界平均気温と言われても話が大き過ぎて、ピンとこないのかもしれません。対策が必要と言われて自分が何かをやってもどうにもならない気がします。さらに気候変動に対して何か、取り組むとしても我慢や負担が必要なイメージを抱いてしまいます。今の快適さを犠牲にするのが嫌だし、自分は何もしていないから、あえて気候変動の話題から遠ざかるようになり、自分ごと化を妨げています。

深津氏:気候変動は、自分たちの行為による影響が、回りまわって自分たちに戻ってきていることなのに、それが実感できていないのかも知れません。あるいは気候変動の影響を受けているとは何となく感じながら、何をすれば温室効果ガスの削減につながっていくのかがわかりにくいことも自分ごと化のブレーキになっている気がします。

国レベルの取り組みは効果があるか?

深津:環境省では国民運動としてデコ活を推進していますが、生活者にはあまり届いていないように感じます。チームマイナス6%、COOLCHOICEと経て今のデコ活がありますが、国レベルのそういった取り組みは、江守さんにはどのように映っていますか。

江守:残念ながら、まだそういった取り組み自体を認知し、関心を持つ人は、私の実感としては、人口の数パーセントのように思います。また、本来自発的であるべき、国民運動を国が推奨するところに違和感を持つ人もいます。

深津:国民自体が、環境負荷の少ない行動を選択することで何かが変わる。それを国レベルで伝えていけば、そういった取り組みはもっと進んでいくのかも知れません。

江守:ところでグリーン購入の進展具合はいかがでしょうか。

グリーン購入の現状は?

深津:グリーン購入を推進する仕組みの一つにグリーン購入法があります。グリーン購入法では国等の機関は取り組むことが義務付けられていますが、地方自治体や企業・団体は努力義務であり、自発的な取り組みに委ねる形となっています。グリーン購入するためには、環境配慮型製品かどうかを見分けられる必要があります。フェアトレードラベルは、パッケージの前面にラベル表示をするルールがありますが、その他の環境ラベルは商品の裏側に表示されることが多く、なかなか認知されていないようです。自治体や企業を訪問すると、知らず知らずのうちに環境ラベルの付いた事務用品やオフィス用品を購入しているケースを多く目にします。このことは個人の生活でも同じで、普段購入している製品に環境ラベルの付いた製品が多くあることに気づけば、グリーン購入することは特別でないことが分かり、取り組みの推進にもつながると思います。

そういった事務用品やオフィス用品だけではなく、企業では製品をつくるための部品や原材料の調達もグリーン購入に当たります。これに関しては、GPN会員をはじめ、多くの企業の皆様の努力によってグリーン購入は進んでいます。

江守:なるほど。ただ、私は購入については東京都の太陽光パネルのように義務化も大事だと考えています。たとえば電球はLEDしか売ってないからそれを購入せざるを得ません。そうなるためにはある程度国民の合意が必要ですし、そのためのコミュニケーションも不可欠だとは思います。

深津:自治体の場合、集中購買する場合と各課が個別に購入する場合とがありますが、各課が個別に購入する場合、各課職員に理解を浸透させることが課題の一つで、グリーン購入が進まないケースも多く見られます。「これしか選べない」というルールづくりの提案は、今後も取り組んでいきたいと思っています。

人々の意識は変わるか?

深津:最近は物価高もあり、気候変動や環境に対して行動するよりも、自分の生活防衛が先に立ってしまっています。私は最近、「半径30cmのグリーン購入」と話すことがあります。30cmというのは、手を伸ばせば届く範囲という意味です。テレビやインターネットで、先進的な取り組みを知っても、それが自分の生活範囲・行動範囲の中にないと、行動に移すことは困難です。個人消費者の意識を高めると同時に行動を変えるには、情報を届けて共感を与えるとともに、それを行動に移せる機会を提供することがポイントではないかと考えています。

江守:そして、その範囲をどこまで広くできるか、が課題だと思います。途上国の人たちは、自分たちに責任がないのに、理不尽にも海面上昇で国が沈み、暮らしの基盤をなくしてしまう危機にさらされています。またパキスタンの洪水など気候変動で激甚化した災害も各地で起きて多くの人が生命を奪われています。そして、グレタさんが国連気候行動サミットで語ったように、気候変動で深刻な影響を受けるのは、誰よりも未来世代です。自分たちの住む空間や暮らす時間を超えて、意識の範囲をどこまで拡大するか、それはもはや「自分ごと化」とは異なるメカニズムであり、「自分たちごと化」という概念がふさわしいように考えています。

深津:取り組む場とその幅を広げていくという観点では、GPNが実施しているグリーン購入大賞は、組織や企業の規模や既成概念に囚われず、その取り組みを顕彰していますが大変にクリエイティブであり、業界を超えてコラボレーションが進んでいます。この表彰を通してそういった成功事例を共有することで、自分たちもワクワクしながら何かできるのではないか、という啓発につながっています。

江守:大切なのはポジティブな感覚ですね。何かをしなければならないという辛さではなく、楽しさや豊かさ、そして新しい社会を造ることのポジティブさを実感できる。それが意識を変え、自分たちごと化をしていく上で私自身も鍵になると思います。