「この地上には、二種類の人間がいます。それも、品格のあるしっかりとした「人間」かまたはそうでない「人間」か、この二種類だけなのです。そしてこの二種類の人間は、両方とも一般的に広まっていて、どんなグループにも入り込み、至るところに浸透しています。つまり、どんなグループでも、品格のあるしっかりした人間だけで成り立っているということはないし、あるいは、しっかりしていない人間だけで成り立っているということもないのです。」[1] (Viktor E. Frankl)

[1] Viktor Emil Frankl(1946)” … trotzdem Ja zum Leben sagen.Ein Psychologe erlebt das Konzentrationslager”

ついに、「もしトラ(もしもトランプが再選したら)」が「確トラ(確実にトランプ再選)」になった。先日2024年11月5日(火)の米国大統領選投票の結果ドナルド・トランプ(Donald Trump)が勝利した!

今回の米国大統領選は、民主党候補のカマラ・ハリス副大統領と共和党候補のトランプ前大統領の大接戦となったが、最終的には、トランプが、過半数となる270人以上の295人もの選挙人獲得を確実にし、大差で圧勝した!大統領在職中に2回の弾劾訴追を受け、退任後も複数の罪状で刑事訴追や有罪評決を受け、連邦議会占拠事件のような暴動を招く言動をいとわないトランプが、暗殺未遂も乗り越え圧勝し、来年2025年1月20日に次期第47代米国大統領に就任することになった。この「またトラ(またトランプ大統領)」の衝撃は、瞬く間に世界中に広がり世界が騒然となった[2]。トランプ圧勝の背景は、民主党・ハリスがインフレや移民といった米国が直面する喫緊の課題に有権者の納得できる処方箋を十分に示せずその不満をトランプがすくい取った結果だとも言われている。

今回の米国大統領選については、米国政治状況にも国際政治にも精通しているわけではなく、その議論のための十分な知見も持ち合わせていないので、無責任に射程を広げて軽々に論じることは避けたいが、ただ、一介の地球環境学者として大いに気にしている「気候変動問題政策」と、長年憂慮してきた「戦争」の2点についてだけ、ここで、若干、ささやかな雑感を記したい。

[2] 今回のトランプの勝利は、今日の勝利に至るまで、いままで幾多の薄氷を踏みながらのきわどい軌跡があった。今回の圧勝の至る経緯は、首の皮1枚の奇跡とも言われている。政敵を激しく非難し、不法移民に対しても厳しい態度をとる恫喝まがいの破天荒な言いぶりや従来の慣例を全く気にしない振る舞いなどトランプの言動は、共和党内の一部の熱烈なコア支持層を固める一方で、無党派層のみならず共和党内ですらも「ネバトラ」派(トランプ再選だけは絶対嫌だと思っているNever Trump派のこと)が随分と増えており、選挙基盤は盤石でもなかった。トランプは、4件の刑事事件で起訴されている係争中の渦中の人物でもある。不倫口止め料記録改ざんの判決を今月2024年11月26日に控えている。その他に、「連邦議会襲撃」「機密文書持ち出し」「大統領選不正介入」等の公判も控えている。また、コロラド州最高裁は、トランプが2021年の議会乱入事件に関与したとし、「国に対する反乱に加わった者は官職に就くことができない」と規定する合衆国憲法・修正第14条を根拠に、トランプ氏の米国大統領選出馬資格を認めない判断を示した。これに対して、トランプ側は連邦最高裁に上訴し、今年2024年3月4日に、米国連邦最高裁は「州は州の官職に関する出馬資格の取り消しはできるが、大統領職に関する権限はない」との判断を示し、コロラド州最高裁の「国に対する反乱に加わった者は官職に就くことができない」と規定する合衆国憲法・修正第14条に基づく「トランプ氏には大統領選の出馬資格が無い」とした判決を覆し、トランプの出馬資格を認めた。これが無ければトランプの第47代米国大統領就任は実現していなかった。トランプ第47代米国大統領誕生の背景には、こうした幾つもの際どい行程があったのである。

1.「気候危機政策」について

トランプは、今まさに全米で走り出している脱炭素化政策を真っ向から全面否定し、化石燃料社会を復活させようとしている。脱炭素社会に向かう世界の趨勢と時代の必然性に逆行する暴挙である。

彼の打ち出す反脱炭素政策は、気候危機を加速させる愚策である。彼の言動は、一介の地球環境学者として、わが耳を疑い、理解に苦しむ。本来ありえない容認しがたく看過できない代物である。

すでに半年以上前の3月にも、拙いエッセー『「ほぼトラ」と気候危機と人類の未来~「パリ協定」再度脱退、気候危機対策後退、さらにはウクライナ戦争、ガザ戦争への影響等の懸念~』を書いた[3]。そこで、一介の地球環境学者として「トランプ再選で、まさか化石燃料時代に逆戻りしてしまうのだろうか」と言った「ほぼトラ」についての懸念事項を何点か論点整理した。それに対して、多くの方々から共感・賛同を含めた貴重な示唆に富むご意見を頂戴したことがあった。

そして今回、この懸念が杞憂ではなく「またトラ」が現実してしまった。悪夢が正夢となった。
まさに、「片腹痛し」の極みである。

トランプの温暖化対策については、彼自身のサイトでトランプ政権の公約として発表している「アジェンダ47」[4]と、これを実行するための詳細なマニュアルである「プロジェクト2025」に書いてある。そこには、「パリ協定」から再び離脱すると明言している。また、エネルギーの資源開発を阻んできた民主党の「グリーン・ニューディール政策」の全てを破棄するともしている。

過去に一度、世界の平均気温を産業革命前に比べて2度未満に抑えるという「パリ協定」離脱を断行した前科をもつトランプである。かねてより、今回の米国大統領選挙で再選の暁には「化石燃料の生産を最大化」するため、米国の気候・エネルギー政策を抜本的に見直すと宣言していた。すでに1年半前の昨年2023年3月時点で、トランプが、早々と、もし大統領選に当選すれば途上国の気候変動対策を支援する国際基金「緑の気候基金」に30億ドルを拠出する現バイデン政権の方針を破棄すると表明したことは、彼の反脱炭素姿勢の象徴的な証左の1つである。彼は、本気である。

残念ながら、「またトラ」が確実となってしまった今、明らかに想定されることがある。

来年2025年1月トランプ新大統領就任後、ただちに、米国政府の気候変動対策を180度大きく転換し、燃費や排ガス基準などのエネルギー規制を撤廃し、電気自動車とクリーンエネルギーに対する優遇措置が廃止される可能性である。民主党バイデン政権はこれまで、極めて積極的な気候変動対策を展開してきたが、今回「またトラ」が現実になり、「パリ協定」からの再離脱を皮切りに、一気呵成に、土砂崩れ的に、「化石燃料の時代」に逆戻りするかもしれないのだ。

そもそも、トランプを支持する米国保守派は、自由競争などの「小さな政府」を志向する層と、キリスト教的な伝統的価値観を重視する福音派(Evangelical)というやや立場が異なる2つの層が重なっている。中でも、福音派は、聖書を文字通り信じる人たちであり、米国の人口の20〜25%に達し、ほぼ8割程度が共和党に投票するため、共和党の最大の支持母体である。そして、この福音派には、そもそも「地球の温暖化が進んでいる」こと自体を疑う温暖化懐疑論者も多い。また、トランプ陣営は、気候危機対策やEV推進策に真っ向から反対してきた守旧派たる化石燃料業界から、圧倒的な支持を受けてきた。そして、トランプの米国大統領選再選を圧倒的に支援しようと、トランプ陣営に対して莫大な政治資金が流れ込んできていた。今回のトランプ再選実現で、脱炭素化に向けた世界の潮流に完全に逆行する方針を打ち出し、現行の気候危機対策やEV推進策は即刻廃止する可能性は高い。そして、「パリ協定」からの再び脱退も現実味を帯びて来よう。こうなったら目も当てられない。大変なことになってしまったと感じている。本来、二度寝は気持ち良いものであるが、悪夢の二度寝は、勘弁してほしい。

しかし、そうは言っても、まだ早計に絶望するなかれ。希望はある。

トランプが、大統領就任早々に、支援層に忖度し一気に「化石燃料の時代」に逆戻りさせようとアクセル全開で逆走を試みようとも、前回のトランプ時代もそうであったように、トランプの意向とは別に、全米の州知事や市長、企業等が、トランプとは一線を画し、主体的に気候危機対策の推進に継続的に注力してゆく可能性は十分ある。しかも、民主党支持者のみならず、共和党支持者の中でも気候危機への対応の必要性を冷静に認識している層が着実に増えてきていることは、希望の光である。特に90年代半ば以降に生まれたZ世代を中心に、自分たちの世代に降りかかる深刻な問題としての当事者意識から、気候危機対策の推進に積極的な人口は増えつつある。そこに希望がある。さすが米国も、まんざら、捨てたもんじゃない。

そして、民間企業側も、気候危機対策が手ぬるいと訴えられ、既に気候訴訟が増加(2022年だけで1522件もあった)している。カーボンプライシングによる炭素コストの負荷も大きい。高炭素排出の資産は座礁資産となる。トランプが何を言おうと、すでに定着している企業の存亡に関わる重要な脱炭素行動を思い切って取りやめるという方針転換をできる状況でもない。企業とて、自社の存亡が掛かっているから、背に腹は代えられないのである。

どうやら、トランプ新大統領就任早々ただちに再生可能エネルギーを軸とした全米の脱炭素化がパタッと停滞し、化石燃料時代が一気呵成に復活するというほど、単純な図式ではなさそうである。

[3] 古屋力(2024)『「ほぼトラ」と気候危機と人類の未来 ~「パリ協定」再度脱退、気候危機動対策後退、さらにはウクライナ戦争、ガザ戦争への影響等の懸念~』(2024/3/30掲載vane online 【特別時事寄稿】)

[4] このトランプ政権の公約「アジェンダ47」から、今度のトランプ政権が、反グローバリゼーションを看板にしてアメリカ一国主義を主張し、世界のコミットメントから撤退して自国にこもる方向に進むことがある程度見えてくる。中でも特に気になる点としては、「不法移民の完全排除。」「大統領が予算執行を停止できる没収権を復活。」「大統領令によって安全保障・情報機関を含め、あらゆる連邦政府機関から、ディープ・ステートに連なるならず者官僚を排除する。左派メディアと結託する政府職員を一掃する」「10万人分の連邦政府の役職を首都ワシントンの外に移す。公務員の天下りを禁止する。憲法を修正し、連邦議会の議員の多選に制限を設ける。クビにしたキャリア公務員はトランプ政権が人選した政治任命の人員に置き換える。」「アメリカの利益を最優先してウクライナ戦争を停戦する。」「圧倒的な戦力を整備して第3次世界大戦を防止する。」「ほとんどの外国製品を対象にした一律関税「普遍的基本関税」を導入し、アメリカ企業を保護する。」「中国に対し、「世界貿易機関(WTO)」における「最恵国待遇」を撤廃する。これで、中国への関税を引き上げる。鉄鋼や医薬品などの重要品目は中国からの輸入を段階的に止める。アメリカ企業による中国投資の阻止へ新しい仕組みを導入する。」「多様性を重視した教育否定、「トランプ大学」設立」等の過激な公約が幾つも掲げられている。    (出所)Donald Trump(2023)「Agenda 47 leaflet」(Donald Trump’s Agenda 47 on July 7, 2023)https://assets.nationbuilder.com/larouchepac/pages/5875/attachments/original/1688763534/Agenda_47_leaflet__2.pdf?1688763534

2.「戦争」について

一説によると、「またトラ」が現実となったことで、現下のウクライナ戦争とガザ戦争が早期終結するとみる期待を含んだ楽観論があるらしい。話はそう簡単ではない。はたして、その実態は、どうなんだろうか。後でぬか喜びとならないためにも、慎重な検証が必要であろう。

今年は「政治の年」だと言われている。欧州でも、欧州議会選挙はじめ、たて続けに選挙が続き、日本も新首相が誕生し新内閣が発足し、衆議院選挙も行われた。そして今回、米国で、まさに米国大統領選の結果、トランプの新大統領就任が決まった。

気になるのは、この大きな節目の年となった「政治の年」の先の未来である。確かな解像度をもって自信をもって世界の政治地図の近未来を描き切っている者は皆無であろう。こうした五里霧中の国際政治情勢の中で、「戦争」の帰趨が気になる。トランプは、政権公約「アジェンダ47」の中で、「第3次世界大戦を防止する」と明言している。

「アメリカの利益を最優先してウクライナ戦争を停戦する。」と断言し、「ロシアとウクライナの戦争は無意味だ。これまでアメリカがウクライナ支援で提供した兵器と装備の補償をヨーロッパに求める。アメリカの国益第一の外交政策を復活させる。」「圧倒的な戦力を整備して第3次世界大戦を防止する。国防費を大幅に増額する。最先端の次世代ミサイル防衛網を整備し、極超音速ミサイルの攻撃からアメリカ本土や世界の米軍と同盟国を守る。アメリカ本土にミサイルを発射する敵国は完全に破滅する。」とまで言及している。

目下、ウクライナ戦争もガザ戦争の帰趨も五里霧中である。ロシアによる全面侵攻から2年半余りが経過した今、ロシアは核の威嚇を続けている。トランプ前大統領は、プーチン氏とゼレンスキー氏に交渉させることで大統領選後「24時間以内」に戦争を終結させるとしている。ウクライナに譲歩する用意がなければならないとまで繰り返し示唆している。

トランプ復活に期待してきた外国首脳の筆頭格の1人は、何と言っても、ロシアのプーチン大統領だろう。ウクライナ侵攻は3年目に入った中、プーチンのロシアが早期に和平に応じることは考えにくい。トランプ政権になれば、ウクライナに停戦に向けて圧力をかけ、ロシアに好都合になると踏んでいてもおかしくない。仮に、米国がウクライナ支援を放棄して、ロシアが勝利することがあれば、いままでの西側のウクライナ支援の努力も水泡に帰すことになり、国際政治における米国の地位は一気に、かつ相当程度低下する。最大の援助国である米国が支援を停止すれば、ロシアの侵略を結果的に助長することで、「武力侵略した者勝ち」を裏書きすることになる。そのような展開は、台湾の武力統一を排除していない中国の習近平指導部を誤った方向に導きかねない。このあたりのリスクをどう担保するのか、トランプは言及していない。

気になるのは、まさに「混ぜるな危険」の構図でもあるトランプとプーチンの「黒い蜜月」関係である[5]。過去数年間、ジョー・バイデン米大統領がロシアのウラジーミル・プーチン大統領と対峙していたのとほぼ同じ期間にわたって、トランプは秘密裏にプーチンと対話をし、アメリカのウクライナへの軍事支援に反対していたとの情報も公開されている[6]。なぜトランプはプーチンとかくも親密なのか、このあたりの真相は理解に苦しむが、トランプは自分が大統領選に勝利すれば、ウクライナ戦争を交渉によって「24時間以内」に終結させると約束。関係者からはウクライナに領土割譲を迫るなど露に有利な形での和平を進めるとの懸念が出されている[7]。また、ウクライナに対し、ロシアに国土を譲渡してNATO加盟を断念するよう迫るとほのめかしている。さらにまた、専門家からは、「トランプ政権はNATO離脱を言い出しかねない」との不気味な懸念すらも出ている 。欧州における米国の軍事プレゼンスが縮小すれば、ロシアが戦力を本格的に再編して強力攻勢に出ることで、2025年以降のウクライナは、ロシアの大攻勢にさらされる恐れがあるばかりでなく、ロシアの、さらなるバルト3国への進出等、あらたな火種がさらに拡散して欧州戦線が拡大する懸念すら見えてきている。このあたりのリスクをトランプはどう読んでいるのか。

方や、中東地域では、戦闘が徐々に広がっている。ハマスによる2023年10月7日のイスラエルへの奇襲攻撃で約1200人が殺害されて以来、米国はイスラエルへの武器供給を続けながらも紛争拡大阻止に取り組んできたが、トランプ当選が判明した11月6日早々に、イスラム組織ハマスとパレスチナ自治政府は、トランプ氏に対し和平を実現するよう呼びかけている。しかし、現下のガザ戦争終結の具体的道筋も、イスラエルの非人道的な戦争犯罪についても、トランプは言及していない。

また、トランプは、現バイデン政権の上をいく超親イスラエル派である。米大使館をテルアビブからエルサレムに移設してしまったトランプが2020年に発表した中東和平案は、親イスラエル色の濃い内容だった。今後、パレスチナ国家を前提とした2国家共存策の和解努力も水泡に帰してしまう懸念があるとの専門家の意見もある。果たして、トランプ政権で、この帰趨はいかがなりや[8]

また、イランの核開発計画も懸念事項だ。イランは兵器に転用可能な高濃縮ウランの製造に近づいているが、米国とイスラエルはこれを阻止すると表明してきた。はたして、トランプは、大統領就任後、いかなる采配を振るのであろうか。

こうした中、気になるのは、近未来の「核戦争」勃発の懸念である。

残念ながら、ウクライナもガザも東アジアも「核リスク」が皆無とは言えない。北朝鮮の動きも不穏だ。数年後かどうか知らないが、万が一、不幸なことに局所的であっても地球のどこかで「核戦争」が勃発し、その後、さらなる全面核戦争への拡大が現実的になったら目も当てられない。その時点で、この「政治の年」2024年を振り返って後悔したところで、時すでに遅しである。

ウクライナ戦争の1か月前、2022年1月3日に、ロシア,アメリカ,中国,フランス,イギリスの5大核保有国は「核戦争に勝者はおらず,決して戦ってはならないことを確認する。」旨の共同声明”Joint Statement of the Leaders of the Five Nuclear-Weapon States on Preventing Nuclear War and Avoiding Arms Races”を初めて発出した[9]

しかし、その1か月後、ロシアのプーチンはこの声明を根底から覆した。プーチンびいきのトランプにとって、この共同声明は今後いかなる効力を持つのだろうか。

米情報機関は、ロシアが戦術核を使用する可能性を50%と分析している。プーチンは今年2024年9月、「ウクライナが西側から供与された長距離ミサイルでロシア領の奥深くまで攻撃するのを西側諸国が認めるなら、核兵器による反撃は正当化されるかもしれない」とまで明言している。

ウクライナがハルキウ州で反攻を始めた後の2022年10月、バイデンはアメリカ国民に対し、ロシアが核兵器を使用すれば「アルマゲドン(最終戦争)」に発展する可能性もあると警告を発した。そんな事態は、核兵器が使われる「直接的な脅威」が存在したキューバ・ミサイル危機以来初めてだとも彼は述べた。

ロイド・オースティン米国防長官(当時)は、2年前の2022年10月21日の電話会談で、ロシアのセルゲイ・ショイグ国防相(当時)に「われわれの指導者も、そちらの指導者も、核戦争には勝者は存在せず、絶対に手を出してはならないと繰り返し述べてきた。核を使用すれば、双方にとって存続を脅かす対立の道に踏み出すことになる。滑りやすい坂道に足を踏み入れるな」と警告している。

今回の米国大統領選の結果として、今後のトランプの出方や、日本や欧州における政治の在り方も含め、国際政治情勢の帰趨次第で、大同小異、「核戦争」への導火線となるのか、あるいは、未然抑止の装置として有効に機能するのかは、雲泥の差である。

その意味で、いまや、人類は、一歩踏み外せば「核戦争」に突入してしまう「滑りやすい坂道」に立っている。転落するかどうかわからないきわどい綱渡りをしている状況にあるのかもしれない。そして、こうした時局だけに、世界で唯一の被爆国である日本の本領発揮の好機が来ているとも、思う。いまこそ、腰を据えて、しかと未来を見据え、日本固有の哲学を発信してもよかろう。

[5] トランプは、大統領選出馬するよりもっと前、彼の経営する企業が経営不振に陥った挙げ句、資金面でロシアや旧ソ連圏の国々への依存の度を深めていた経緯があるとの分析もある。(出所)Michael Hirsh (2024)” The Enduring Mystery of Trump’s Relationship With Russia”(Foreign Policy Magazine)

[6] 米紙ワシントン・ポストの名物記者ボブ・ウッドワード氏の新著「戦争(War)」の中で、ウッドワードは、匿名の側近の証言から、トランプが大統領退任後にプーチンと最大7回電話で話したと書いている。フロリダ州の別荘マールアラーゴに滞在していたトランプが、ロシア指導者との「プライベートな電話」のために側近に部屋から出るよう命じたという具体的な証言も披露している。(出所)Bob Woodward(2024)”The Trump Tapes: Bob Woodward’s Twenty Interviews with President Donald Trump”

[7] トランプ陣営の副大統領候補バンス上院議員が示した停戦和平案には、ロシアのプーチン大統領が求める占領地の維持や、ウクライナの中立化が含まれている。この案は、ロシアが占拠している地域とウクライナ側の間の最前線の地域に非武装地帯を設定するもので、朝鮮戦争をモデルにしており、韓国と北朝鮮の間にある非武装地帯「38度線」のようなエリアを設定する構想。これでは力による現状変更を容認することになり、ゼレンスキー大統領にとっては到底受け入れることが難しい案である。

[8] 共和党は保守党で、党内には中道派、穏健派と呼ばれるグループも存在するが、米国のキリスト教保守派のうち、米国最大の宗教勢力である福音派は、キリスト教シオニズムを支持しており、この世の終わりに救われるためには、古代イスラエル王国を復活させ、そこにユダヤ教徒を帰還させることでユダヤ教徒の帰還を支援するキリスト教徒も救われるという考え方を支持している。トランプは親イスラエル・親ユダヤで「ホワイトハウスに戻ったら100%イスラエルの味方になる」と宣言しているが、「トランプはシオニストとは敵対関係にあり、パスチナ人がこの地上から排除抹殺される」ことはないとの意見もある。

[9] (出所)The White House (2022)”Joint Statement of the Leaders of the Five Nuclear-Weapon States on Preventing Nuclear War and Avoiding Arms Races” (3rd  Jan 2022) https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2022/01/03/p5-statement-on-preventing-nuclear-war-and-avoiding-arms-races/

3.「ユス・コーゲンス」と「モナントロピスムス」の含意

「ユス・コーゲンス(ius cogens)」という言葉がある。

ラテン語で「いかなる法律によっても改変が許されないとされる黙示」を意味し、国際法における強行規範を指す。強行規範は、国際社会全体が受け入れ、かつ認めた規範で、いかなる逸脱も許されない。

2年前の2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻直後に、国連では緊急特別総会が開かれ、ロシアのウクライナ侵攻は「侵略行為」であると認定され、常任理事国ロシアは、侵略を禁止する「ユス・コーゲンス」に抵触していると厳しく糾弾された。

また、翌年2023年10月から始まったハマスがいるガザ地区に対するイスラエルのジェノサイドとも言える過剰な攻撃は、民族集団の破壊を示すジェノサイドの禁止も、「ユス・コーゲンス」に抵触していることは自明である。

はたして、親プーチンでかつ親イスラエルのトランプは、この2つの醜悪な「ユス・コーゲンス」抵触に、どのように向き合ってゆくのであろうか。

現下のウクライナとガザの「残忍な限定戦争」に、そして、近未来の「核戦争」の脅威に対して、どのように向き合ってゆくのであろうか。

こうした不穏な国際政治情勢を垣間見ながら、ふと、「モナントロピスムス(Monanthropismus)」という言葉を思い出した。 

「一つの人類主義」という意味である。それは辞書にも載ってない。『夜と霧』で著名なヴィクト−ル・フランクル(Viktor E. Frankl)が自分で作った言葉である。

この地上には、品格のあるしっかりとした「人間」か、またはそうでない「人間」か、この二種類の人間がいると言ったフランクルは、同時に、世界というのは、「一つの人類」でできているとも言っている。

この地球上には、いろんな人種や宗教や価値観や考え方の違う人々がいる。しかし、そこにあるのは、一つの世界であり、一つの人類だ。みんな同じ、それぞれが同じ精神的次元を持って、「究極の意味」でつながった人たちの集まり、それが人類であると。本来、分断できない同一種である。

「世界というのは、たった一つの人類ででき上がっているんだ」と考えたフランクルは、この意味を示す「Monanthropismus」(モナントゥロピスムス)と言う言葉で、表現した。

トランプには、前述の「ユス・コーゲンス」と、この「モナントロピスムス」という2つの言葉に真摯に向き合って、深く考えて欲しいものである。

「人新生」という言葉に象徴される人為起源の地球環境問題について研究している立場から、そして、現下のグレート・アクセレレーション(環境変化大加速)時代に鑑み、「戦争」ほどの愚行はないとつくづく思っている。世界中の人々が日々地道に尽力している脱炭素化の成果を一気に無効化してしまうのが「戦争」である。戦場で多くの青年の命を奪い、無辜な市民を殺傷し、家庭を破壊し、人類から幸福を駆逐する。大量の化石燃料を燃焼させ、大量の温室効果ガスを大気にばらまき、気候危機を加速させる。誰1人とて幸福にしない。百害あって一利なしの愚行である。

いかなる大義も「戦争」を正当化する担保になりえまい。「戦争」なんかしている場合じゃないのである。いま、問われるべきは「核の正義」ではなく「気候の正義」であるから。

はたして、こうした中、日本は、今後、いかなる独自の主体的対応を打ち出してゆくのだろうか。いつまでも米国の従属変数でもあるまい。「またトラ」の時代の到来を好機として、いまこそ、国家としての矜持を抱き、右顧左眄することなく、自分で考え、自分の言葉で語り、自分の足でしっかり自立する時代が、いまそこにあると考えたい。

1つ、明らかなことがある。今回の「またトラ」は、日本にとっても、気候危機問題しかり、貿易しかり、国防しかり、いずれも、「対岸の火事」ではないということである。

いずれにしても、いま世界では、良きにつけ悪しきにつけ、この「またトラ」を変節点として、米国も変わるし、欧州も変わる。そして、世界は、ドンドン、先に進んでゆく。

今後、ますます、日本国内の政局とはまったく異次元で大きなグランドデザインが、人類の未来の帰趨を道連れに、着実に書き換えられてゆきつつあることは間違いないであろう。

むろん、「ユス・コーゲンス」と「モナントロピスムス」という2つの言葉に真摯に向き合って、深く考えることが必要なのは、トランプの米国だけではない。日本も同様であることは、言うまでもない。

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