8月19日から9月19日は 世界初となる「パーム油フリー月間」が開催された。

パーム油が引き起こす課題。それはあまり知られていないのが現実だ。ここではパーム油の産地であるインドネシア ボルネオ島を舞台に豊かな森とそこに暮らす野生生物、そして人々の暮らしを守るための様々な活動を続ける環境NGO「ウータン・森と生活を考える会」 事務局長 石崎雄一郎氏にインタビュー。我々が直面する気候危機や生物多様性の損失といったサステナブルな課題と大きく関わり、その縮図があるパーム油の問題について語っていただいた。

アブラヤシ農園での集合写真:前列左から4人目が石崎氏

原生林を更地にしてしまうパーム油の生産

原生林が豊かに生い茂るインドネシアのボルネオ島。2000年を越えた頃、石崎雄一郎氏は、この島のある場所に立って呆然とした。ジャングルから一気に視界が広がるその場所は、目の前に見えるのは広大なパーム油を生み出すアブラヤシの農園だった。面積を尋ねると凡そ1万2000ヘクタールという。「山手線の内側の面積が6300ヘクタールですから、その倍の広さになります。かつてはラミンやメランティやウリンという大木が立ち並び、オランウータンやテナガザルもたくさん生息する場所だったと聞いていました。しかし、今や見る影もなく、干上がった大地と同じアブラヤシの光景が延々と続いていました」と話す。

石崎氏が事務局長を務める環境NGO「ウータン・森と生活を考える会」が設立されたのは1988年だった。その活動はマレーシアやインドネシアの原生林減少に歯止めをかけるところに重点を置き、日本の企業約500社にワシントン条約で禁じられている違法材の使用を中止するとの宣言を得るなどの成果も出すことができた。しかし、アブラヤシ農園の開墾は、それらを飲み込むような強大なスケールの森林破壊を引き起こしていた。なぜなら、従来の原生林の減少は熱帯材の大木を選んで伐採する択伐であったのに対し、パーム油をつくるアブラヤシの農園はすべてをなくす全伐であるからだ。火入れをすることで熱帯林を焼き払い、水を抜いた更地にアブラヤシが植えられる。その結果、生まれたのが視界の広がる風景だった。そこで石崎氏が覚えたのは開放感ではなく、言葉を失うほどの違和感だった。

大規模な環境破壊に加え、人権問題も指摘される農園

パーム油の生産で最も大きな問題は、アブラヤシの農園を作るために生じる森林伐採、生物多様性の消失などの環境破壊となる。その農園は、一見すると鮮やかで美しい熱帯らしい緑が広がっているように見える。しかし、それはちがうと石崎は言う。

「生命の宝庫として複雑な生態系を有した熱帯林とちがい、単純化したアブラヤシの農園の中で生物は生きられません。その結果、オランウータンやテナガザルなどの希少な野生動物は、絶滅の危機に瀕しました。ボルネオゾウやオランウータンがプランテーションに入り、捕獲されたり殺されたりしてしまう事件も起きてしまいました」。

さらにアブラヤシ農園は 森林火災も誘発しているという。湿地が広がる熱帯泥炭地で大規模な火災が起こることは多くない。しかし、1900年代後半以降にアカシアやアブラヤシなどの大規模なプランテーション開発を目的とする排水により、乾燥化と荒廃化が進行。泥炭が乾燥すると非常に燃えやすくなるとのことだ。2015年にインドネシアを襲った大規模森林火災は、ボルネオ島やスマトラ島では東京都の面積10倍を超える260万ヘクタール以上の森が焼き尽くされた。これらの森林火災で多くの温室効果ガスも排出されている。熱帯泥炭地という「炭素の貯蔵庫」は、人為的な要因によってから巨大な「炭素の放出源」へと転じてしまったことに石崎氏は嘆く。環境破壊以外に視点を広げればジャワ島などからの移住労働者や日雇い労働者など賃金の安い労働力に支えられるアブラヤシの農園では、強制労働、児童労働などの人権問題も指摘されている。

写真 左:オランウータン/中央:テングザル/右:保護したテナガザルの赤ちゃん
森林火災

暮らしの様々な場面で用いれられ、年間4㎏以上も消費

アブラヤシの原産国は西アフリカであるが1960年代以降マレーシアで、1980年代にはインドネシアでその栽培が盛んになり80%以上はマレーシアとインドネシアで行われている。

結果、現地の熱帯雨林や泥炭湿地林は、農園開発にともなって、わずか50年で40%もの面積が消失している。

パーム油が多く生産される理由は、その生産性の高さと価格の安さにある。一度植栽すると年間を通じて絶えず収穫が可能なため、生産面積当たりの油の生産性は極めて高い。

そういったパーム油と我々の暮らしは、どう関わっているのだろうか。結論から言えば“ありとあらゆる場面”になる。一例を挙げればスナック菓子、インスタント麺、マーガリン、アイスクリームといった加工食品をはじめ、洗剤、石鹸、化粧品、医薬品などに幅広く利用されている。石崎氏は「コンビニで我々が買い求めるほぼ3分の1の商品にパーム油が使われていると思ってもらえば理解が早い」と話す。パーム油は、現在世界で最も多く消費されている植物油脂となり、日本では一人当たり年間4㎏以上も消費していると言われている。しかし、その名に触れる機会は少ない。加工食品では「植物油脂」としか表記されず、その他の製品でもパーム油と記載されることは稀であるため、「見えない油」とも呼ばれているからだ。

大切なことは“3つの搾取”への気づき

では、どのようすればパーム油の生産が引き起こす問題を食い止めることができるだろうか。すぐに思い浮かぶのは、適正な機関によって認証されたエコラベルの商品を購入することだろう。パーム油に関してもRSPO(Roundtable on Sustainable Palm Oil:)認証がある。世界自然保護基金(WWF)を含む関係団体が中心となり、2004年に設立された国際NPOがパーム油に関する持続可能な生産・製造・流通・消費を行っていることを認証するものだ。しかし、石崎氏はこの認証だけでは問題の根本的な解決にならないと話す。

「アブラヤシの農園が、熱帯林を皆伐して作られたものである限り、生物多様性は存在しません。ですからパーム油に持続可能性と付加すること自体が論理的に成り立たないのではないか、という批判も生まれています」

だからこそ石崎氏をはじめ、「ウータン・森と生活を考える会」が訴えるのはパーム油を用いた商品の購入を減らし、それらを使わないパーム油フリーな暮らしを訴える。

「先ほど例にあげたパーム油を用いた商品が昔から私の生活にあったか、というとそうではありません。そのため、ライフスタイルを見直すことでパーム油フリーの生活は、けっして不可能ではないと思っています」。そこで開催したのが世界初となる「パーム油フリー月間」だ。ここではパーム油フリーの商品やパーム油の使用を減らすことに繋がるライフスタイルの提案などが投稿されていく。

消費者が変わるだけではなく、そのベースとなる企業の生産活動も大きく関連するため、「ウータン・森と生活を考える会」では、パーム油関連各社の様々な問題への対応状況を評価し、格付けする「プランテーションウォッチ」の活動にも参加している。

ただ問題はパーム油を消費、生産する側だけにあるのではない。現地の人々がパーム油の生産から解放される暮らしを実現する必要がある。

「若い人を中心にエコーツーリズムやホームステイを実施したり、コーヒー農園など森林と共存できる農法を選んだり、アブラヤシの農園で働かなくても収入が得られるサポートを行っています」

それらを実現していくために最も重要な要素は“気づき”だと石崎氏は、強調する。「パーム油は現地、人間以外の生物、そして未来から、大切なものを搾取しています。そして、それは様々なサステナブルな課題の縮図があるように思えるのです。消費する側も、生産する側もそこに気づくことが、何よりの変革につながっていくと信じます」