地球が未来へと持続していくために今、求められる人の意識や行動の変革。地球SAMURAIでは、そこに波動を及す野心的な人物にクローズアップしている。Vol.4では、濱川明日香氏を取材した。インドネシア・バリ島を拠点に、「次世代につなぐ未来」の創出に取り組むNGOであるEarth Companyを夫の濱川知宏氏と共同創設し、社会の変革を担う人物の支援や教育活動を展開する明日香氏。そんな彼女が“社会を変える”道を選択した想いを伺い、目指す未来をインタビューした。
一生分の価値観と世界観を与えてくれたサモアの島
──Earth Companyの活動に投じるきっかけはオセアニアの海・サモアの島での体験だと伺っています。安定し、経済的に豊かな生活が保障され外資系コンサルタントとしての道から、リジェネラティブな活動を選択するに至った理由はどこにあったでしょうか。
明日香:米国の大学を5月に卒業し、翌年4月から外資系コンサルティング会社に就職が決まっていた私は、それまでの11ヶ月間、バックパックにテントと寝袋を入れ、沖縄の離島、ハワイ、オセアニアをアイランドホッピングしながら過ごしました。そして、サモアの島を訪れたときに「経済発展が人を幸せにする」という概念が一気に崩れたのです。
その島の人たちは経済的な発展については先進国と比べようがないにも関わらず、イキイキとして目が輝いていることに経験したことのない感動を覚えました。そして、一人ひとりが助け合いや思いやりの心を持ち、村社会に自分の居場所もしっかりあったのです。
一方、世界に貧富の差を生み出し、地球上にCO2を排出し続けながら経済の発展を遂げてきた先進国はどうでしょうか。その一員である日本で生まれ育ってきた私は、サモアの人々のように生きることを楽しんでいる人に出会えていませんでした。そして、「日本で人は幸せに暮らしているか」と問いかければすぐに「YES」と答えられない自分がいたのです。
そのときはただ主観的にそれを感じただけでした。しかし、ある英国の調査ではGDP、つまり、経済的な発展とウェルビーイングが連動しないことがわかっています。当時はそのようなデータは、まったく知らない私でしたが、島の人たちは、それを事実として伝えてくれていたように思います。
数年後にEarth Companyの事業を立ち上げる人生を選んだのは、そういった私の一生分の価値観や世界観をつくってくれた恩人であるサモアや太平洋沿岸の島々で暮らす人が最も気候変動の影響を受けている現実に直面したからです。
変革力に溢れる親友との出会いが人生の転機に
──Earth Companyの事業の中で特徴的なのはインパクトヒーローのような人を支援し、研修を通じてインパクト人財を育てるなど人間に関連する事業だと思います。そこになぜ着目したのでしょうか。
明日香:アースカンパニーを起業しようと思った理由の一つには、初代インパクトヒーローであるベラ・ガルヨスさんの活動を支えたいという想いがありました。彼女は想像を絶する試練を乗り越え、当時インドネシア領だった東ティモールの独立に大きく貢献した国民の英雄です。戦乱で荒廃した東ティモールの土地と人々の心に豊かさを取り戻すため、同国初の環境教育を実施。現在は大統領補佐官として女性のエンパワメントやLGBTQ支援に奔走しています。
実は彼女は大学院時代の親友であり、彼女を支援したら国が変わるという確信を私自身が抱いていました。それほどの変革力が溢れていたのです。
そのタイミングが7年後に巡って来て誕生したのがインパクトヒーローです。組織や団体は、いろいろな状況で継続できなくなることもあるでしょう。しかし彼女のように信念をぶれることなく抱き続ける人はいます。変革とはレーンの奥に並ぶボーリングのピンに似ています。1番影響力のあるセンターピンに支援という球を送ることで波及的にコミュニティ全体の社会課題を加速することができると私は思っています。
人を動かすのは人にしかできません。そして、「人を動かす」とは、人の気持ち、意識を動かすことだと思います。だからこそ私は、人とそれがもたらすエネルギーに着目し、インパクトヒーロー支援を共同創設者の知宏と一緒に始動させました。地球レベルでの危機を覆し、救うブレークスルーのきっかけとなる人たちをアジア太平洋中に育成したい。2030年までの目標としては、アジア太平洋に100人のインパクトヒーローを誕生させたいと考えています。
意識と行動を変える教育事業に力を注ぐ
──Earth Companyは「EARTH1.0」という従来の世界から「EARTH3.0」という地球上のすべての命のウェルビーイングを向上するあり方を目指すリジェネラティブな世界を構想しています。その実現には何が最も重要であるとお考えでしょうか。
明日香:Earth Companyでは変革の方向性を「EARTH1.0」、「EARTH2.0」「EARTH3.0」という3つの段階で構想しています。社会課題を生み出しながらでしか発展できない「EARTH1.0」ではなく、社会の発展が相乗効果を持って、人と社会と自然が「共繁栄」する「EARTH3.0」を目指しています。
その構想に必要不可欠なのは構造変革ですが、その鍵となるのは人の意識変革であり、それを可能にするのは教育です。教育で対象とするのは、これからを担う若い世代と、多くの課題を抱える資本主義において甚大な影響力を持つ企業です。
地球レベルの危機からの救済には、同じく地球レベルという大きなスケールでの改革が求められています。しかし、多くの企業は、社会貢献のために自社の短期的な利益を犠牲にはできない、という「トレードオフ思考」がボトルネックとなり、変革をスローダウンさせています。それは変革を長期的な「機会」として捉える意識が企業の中で醸成されていないことが要因の一つです。そういった意識・認識を育むためには、世界の現状や、国際社会やグローバル企業の動向を理解する必要があります。さらに創造力や課題解決力も不可欠です。その意味からEarth Companyでは教育に力を注ぎ、インパクトアカデミー研修事業を運営しています。
特に企業では、せっかく意識をもった優秀な若者たちが入社しても、旧態依然としていれば、彼らが活躍できる場がなく優秀な社員が転職していってしまう現象がすでに課題となっています。インパクトアカデミーでは、社会にポジティブな価値を創造しつつ、利益を生み出していく「トレードオン思考」へのシフトを促していますが、これは社会にとってのみならず、企業の人事においても課題解決の一翼となり得ると考えています。
──本年で10周年を迎えるEarth Company。今後、力を注ぎたい分野は何でしょうか。
明日香:地球が抱える様々な状況はますます深刻度を増しています。その中でも希望を感じることは、若者のポテンシャルはもちろん、企業の意識・認識が少なからず変わってきていることです。特に企業経営者が気候変動対策を、「社会貢献」ではなく「リスクヘッジ」と捉え始めたことは大きな変化です。ただ、求められるアクションを具体的に認識できていない企業が多いのも事実。その意味では、世界の課題や解決策に精通するNGOと企業との連携に大きなポテンシャルがあります。その強みをかけあわせて、構造改革を加速させていきたいと考えています。
自身を突き動かす心の原動力を若い世代へ
──様々な調査では地球の将来に不安を感じている若い世代が世界で増加していることが伝えられています。その原因は急激な気候変動をはじめとする環境の不安定さなどが将来への不安を高めていると推察できます。そういった不安を抱く若者に対してどのような言葉をかけていますか。
明日香:私も多くの若者からそのような心情を聞く機会があり、若い世代が希望を持ちにくい時代であることを痛感しています。共通するのは、「何のために生きるのか」「どこに向かっていくべきなのか」といった「未来への失望感」です。でも私は、だからこそ、「未来が不安だから何もしない」のではなく、「未来が不安だから何かを変えよう」という行動を選んでほしいと伝えています。できることはたくさんあります。ただその選択をするのには、自身を突き動かす原動力が必要です。たとえば南の島で平和に暮らしている家族が、気候変動で海面が上昇し、暮らし失われようとしている姿を目の前で見れば、心を痛めない人はいないでしょう。その苦悩を知れば知るほど心が動かされ、苦しませる原因に自分がなりたくないと心から思ったときに、変革という選択が生まれると思っています。ですから私は、世界の現状を見ることの必要性を若者たちに語るようにしています。
私自身がEarth Companyで生きる選択をしたときもそうでした。2004年に私が出会った島の人たちを救いたい気持ちでこの道に進みましたが、彼らを救えていないだけでなく、今や世界の至るところの人たちがさらに気候変動で生活がおびやかされています。その悔しさが今も仕事を続けるモチベーションになっています。
濱川 明日香 氏 プロフィール
Earth Company 代表理事
インドネシア・バリ島在住。ボストン大学卒業後、プライスウォーターハウスクーパーズに勤務。ハワイ大学大学院にて太平洋島嶼国における気候変動研究で修士号取得。2014年夫・知宏と一般社団法人Earth Compnay を設立し、代表理事に。2014年、ダライ・ラマ14世より「Unsung Heroes of Compassion(謳われることなき英雄)」受賞。2018年Newsweek誌「Women of the Future」、2021年Newsweek誌「世界が尊敬する日本人100」に選出。2022 アジア・ソサイエティーよりASIA 21 Young Leaders に選出。バリ島のエシカルホテルMana Earthly Paradise 共同創設者。
取材を終えて
人は日々、自分の意志で何かを選び生活を営んでいる。ある意味で人生とは、その連続と言えるかもしれない。濱川明日香氏のインタビューからは、人の意識と直結する選択こそが、ウェルビーイングの実現や地球的危機の解決の鍵となることが感じられた。
地球的危機が深刻化する緊迫感の中で今、何を選ぶべきか、が我々に問われている。しかし、できることはたくさんあり、その数だけ希望があることも彼女の言葉から伝わってきた。
(取材・記事 宮崎達也)