東レ株式会社(以下「東レ」)は、2050年に目指す世界を示した「東レグループ サステナビリティ・ビジョン」や、持続的かつ健全な成長の実現に向けた長期経営ビジョン“TORAY VISION 2030”において、安全な水の提供を取り組むべき課題として掲げ、水処理膜システムの展開に取り組んできた。そういった中でこの3月に東レがリリースで発表した世界の水不足に挑む2つの取り組みを紹介する。

【Challenge1】
廃水再利用での水需要拡大に対応する高耐久性逆浸透(RO)膜を開発
- 耐薬品性を2倍に向上、交換頻度・CO2排出量を半減 -

東レは、工場廃水の再利用、下水処理等での厳しい使用条件において、これまでの高い除去性を維持したまま、長期間安定して良質な水を製造できる、高耐久逆浸透(RO)膜※1を開発した。同開発品は、膜の洗浄時の薬品に対する耐久性を従来比2倍に向上させたことで、膜の劣化による性能の低下が抑えられ、運転管理が容易となることに加え、交換頻度の半減やカーボンフットプリントの改善が期待できる。現在、量産準備を進めており2024年上期に、市場が急速に拡大する中国での発売を目指し、日本を含むその他の国・地域に向けた製品開発に活用していく。

RO膜は、持続的な水源を確保するための技術として、海水や河川水等の淡水化、廃水再利用、飲料水製造など幅広い用途で用いられている。廃水再利用の分野では、多様な水質の水がRO膜で処理されるが、処理性能を維持するために膜の汚れを除去する洗浄薬品の使用頻度が増えることで、膜の孔が変形し、除去性能が低下することが課題となっていた。そのためRO膜にはさらなる耐久性の向上が求められていた。

今回、東レは、株式会社東レリサーチセンターが保有する、原子配列を直接観察することが可能な最先端の構造解析技術(走査透過型電子顕微鏡:STEM※2)とDX(デジタルトランスフォーメーション)によるデータ解析技術を融合することで、RO膜の分離機能層を構成する架橋芳香族ポリアミドの1 ナノメートル(10億分の1メートル)以下の微小な孔構造を定量的に解析した。この解析に基づき、洗浄薬品に接触した際の孔構造の安定性に寄与する部分構造を見いだし、革新的な製造プロセスの改善により、ポリマー構造を新たに設計することによって、安定な孔構造を有するRO膜を創出した。

【図】RO膜の構造解析結果



東レは、今回開発したRO膜を用いて、過酷な薬品洗浄条件を模擬した廃水再利用プラントでの運転試験を行い、得られる水の品質悪化を50%抑制する効果を実証した。高頻度の薬品洗浄が必要な、下水処理場、化学・鉄鋼・染色工場等での廃水再利用をはじめ、廃水の排出量を無くすZLD(ゼロリキッドディスチャージ)※3等への活用において、RO膜の寿命を延長し、交換・廃棄に伴うCO2排出量を半減することが期待でき、今後は、顧客ニーズに応える製品の供給に向け、量産体制を整えていく。



【用語説明および補足】

※1 逆浸透(RO : reverse osmosis membrane)膜
濃厚水溶液と希薄水溶液とを半透膜で隔てて接触させると、濃度差で生じる浸透圧によって希薄水溶液側から濃厚水溶液側に水が移動。ここで浸透圧より大きな圧力を濃厚水溶液側にかけると、水が半透膜を透過して希薄水溶液側に移動する。この現象を利用した膜分離法を逆浸透法と呼び、逆浸透法に用いる膜を逆浸透(RO)膜という。RO膜は、ナトリウムやカルシウムなどの金属イオン、塩素イオンや硫酸イオンなどの陰イオン、あるいは農薬などの低分子の有機化合物を除去対象としている。

※2 走査透過型電子顕微鏡(STEM)について
株式会社東レリサーチセンター 2023年2月24日ニュースリリース
透過型電子顕微鏡による最先端イメージング法の受託分析サービス開始について

※3 ゼロリキッドディスチャージ(ZLD : zero liquid discharge)
工場などから出る廃水をRO膜などで処理した後に環境中や下水道に放出せずに、濃縮装置や晶析装置を使用することで、最終的には固形廃棄物だけを排出し、途中段階で得られる水を再利用する仕組み。

【Challenge2】
水需要が急増するインドで下水再利用実証プラント稼働
-深刻な水不足解消のために水処理膜技術を適用-

東レは、インド国タミル・ナドゥ州チェンナイ市において、水処理膜を用いた下水再利用システム実証を開始する。

インドでは急速な都市化により、特に大都市で水需要が急増している。一方、全土の約50%が干ばつで※1、水需要に対する供給能力は30~40%不足しており(東レ調べ)、高額なコストをかけて他地域から水を輸送している状況となっている。また、下水のうち適切な処理が行われているのは約30%のみで※2、大部分の下水は河川などへそのまま放流されて水質汚染が問題となっており、工業用水や生活用水としての水の再利用はほとんど進んでいない。

このように急増する水需要に対して、東レは、独立行政法人国際協力機構(JICA)の民間連携事業である「中小企業・SDGsビジネス支援事業~普及・実証・ビジネス化事業(SDGsビジネス支援型)~」※3に対して「インド国 水処理膜を用いた省エネ型下水再利用浄水システム普及・実証・ビジネス化事業」を提案し、2021年4月に採択された。また、インド工科大学マドラス校(Indian Institute of Technology Madras、以下「IITM」)の産学連携拠点である同校リサーチパーク(Indian Institute of Technology Madras Research Park)内に、2022年8月にインド水処理研究拠点(Toray India Water Research Center、TIWRC)を新たに開設し※4、同大学と共同で水処理膜を用いた下水再利用研究に関する基礎検討を行いつつ、下水再利用システムの実証プラント建設を進め、このたび、実証プラントが稼働する運びとなった。

同システムは、以下の図に示されるように、下水を
(Ⅰ)生物処理+UF(限外ろ過)膜+RO(逆浸透)膜
(Ⅱ)MBR(膜分離活性汚泥法)膜+RO膜
で処理する。UF膜、MBR膜のろ過水は下水中の有機物、濁質、微生物が除去されており、湖などへ放流することで、間接的に飲料水再利用が可能となる。またRO膜により塩類、重金属、ヒ素、フッ素などを除去することで更に良質な再生水を得ることができる。東レは近年、RO膜、UF膜、MBR膜それぞれにおいて、省エネ型の新製品を開発・上市しており、これらの製品を適用することで、造水量当たりの電力消費量について従来(同社)製品比30%低減を目指している。インドの電気料金はこの10年間で約2倍に上昇しており(東レ調べ)、省エネ効果の高い同システムはインド市場において高い訴求力を有すると期待される。



インドではチェンナイやムンバイにおいて、2027年度以降、膜を用いた下水再利用が計画されており、同システムの実証・PRを通じて、チェンナイ市を始めとした大都市における下水再利用量向上を図り、インドでの深刻な水不足解消に向け、貢献していく。

●インド国 水処理膜を用いた省エネ型下水再利用浄水システム普及・実証・ビジネス化事業の概要

1.契約期間: 2023年5月~2026年2月
2.対象国・地域 : インド国タミル・ナドゥ州チェンナイ市
3.相手国実施機関 :インド国 インド工科大学マドラス校
4.事業概要:

下水から良質な再生水を得ることが可能な水処理膜を用いた省エネ型廃水再利用浄水システムについてパイロット実証を行い、ビジネス展開を図る。

【参考情報】

※1:ジェトロ 2019/7/19 海外・分析レポート
タイトル:インド全土の4割以上が干ばつ状態に深刻化するインドの水不足とモディ政権の取り組み(1)
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2019/4991eec7d7b1104f.html

※2: ジェトロ 2019/7/19 海外・分析レポート
タイトル:第2期モディ政権、水専門の省庁を設立(インド)深刻化するインドの水不足とモディ政権の取り組み(2)
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2019/27aa6cce39bf7163.html

※3:ジャイカ 普及・実証・ビジネス化事業(SDGsビジネス支援型)の概要
https://www.jica.go.jp/activities/schemes/priv_partner/activities/sdgsbvs/index.html