8か月後の11月の米国大統領選で、トランプ氏返り咲きの可能性が取り沙汰されている。

世間では、「もしもトランプ氏が返り咲きした」場合のことを、「もしトラ」と呼んでいるようだが、いよいよ、その現実味が増してきてる気がしてならない。

いや、むしろ、いまや、「もしトラ(もしかしたらトランプ再選)」から「ほぼトラ(ほぼトランプ再選)」に変わりつつあり、最近では、「確トラ(確実にトランプ再選)」と言われる状況にまで事態は進んでいるとまで言われている。

ここにきて、こともあろうか、先日3月4日に、米国連邦最高裁は、コロラド州最高裁の「国に対する反乱に加わった者は官職に就くことができない」と規定する合衆国憲法・修正第14条に基づく「トランプ氏には大統領選の出馬資格が無い」とした判決を覆し、トランプ氏の出馬資格を認めた[1]。そして、秋の米大統領選挙に向けた野党・共和党の候補者選びでトランプ前大統領と争っていたヘイリー元国連大使が選挙戦からの撤退を表明し、トランプ氏の共和党指名獲得が確実となった。このままでは、いよいよ、11月の米大統領選では、与党・民主党のバイデン大統領との対決となる。ここまでくると、何やら、悪夢でも観ている気分である。

政敵を激しく非難し、不法移民に対しても厳しい態度をとる恫喝まがいの破天荒な言いぶりや従来の慣例を全く気にしない振る舞いなどトランプ氏の言動は、共和党内の一部の熱烈なコア支持層を固める一方で、無党派層のみならず共和党内ですらも「ネバトラ」派(トランプ再選だけは絶対嫌だと思っているNever Trump派のこと)が随分と増えているとも側聞している。こうした中で、勢いあるトランプ氏が、高齢懸念がくすぶるバイデン大統領を尻目に、米国内の世論調査でもバイデン大統領を上回る支持を集めている。

だからと言って即「確トラ」かと言えば、むろん、話はそう単純ではない。「トランプ氏、選挙開戦7月に軍資金枯渇の見通し-弁護士費用で綱渡り」との報道もあり、トランプが、資金枯渇で今後苦戦する可能性もある。また、まだトランプ氏の幾多の公判も、まだこれからの段階である[2]

この11月の米大統領選の最終結果も観てみないと、今後の進展がどうなるかは不明であり、はや「確トラ」かと色めき立つのは、時期尚早であろう。いま胸中にふつふつと不穏に漂いつつある「もしトラ」や「ほぼトラ」の嫌な予感が、杞憂であって欲しいと切に願うばかりである。

いずれにしても、あってはならない「もしトラ」や「ほぼトラ」の微妙で不気味な空気感がある中で、気候変動問題等の地球環境問題対策の観点からも、ウクライナ戦争やガザ戦争等の紛争問題解決の点でも、あちらこちらから、人類の未来に暗雲の気配が立ち込め始めていると憂うる意見が多いことは確かである。そして、まさに、今年秋に控えた米国大統領選挙で、もしも「確トラ」になってしまったら、この杞憂が、現実になるのである。


[1] コロラド州最高裁は、トランプ氏が2021年の議会乱入事件に関与したとし、「国に対する反乱に加わった者は官職に就くことができない」と規定する合衆国憲法・修正第14条を根拠に、トランプ氏の米国大統領選出馬資格を認めない判断を示したが、これに対して、トランプ氏側は連邦最高裁に上訴した。そして、連邦最高裁は「州は州の官職に関する出馬資格の取り消しはできるが、大統領職に関する権限はない」との判断を示した。これを受け、トランプ前大統領は「アメリカにとって大きな日だ。自由にとって大きな日であり、この国にとって素晴らしい日だと思う」と述べた。その一方、当初議会乱入事件に関して訴訟を起こした非営利組織は「これはトランプ氏の勝利ではない。審理した全ての裁判所が議会乱入事件は『反乱』であり、ドナルド・トランプが扇動したと判断した」との声明を出している。

[2] ドナルド・トランプ前大統領は、4件の刑事事件で起訴されている係争中の渦中の人物でもある。今月3月25日には、不倫口止め料記録改ざんの初公判を控えている。また、すでに今年2024年1月26日には、米国ニューヨーク・マンハッタンの連邦地裁で、トランプ氏が在任中の2019年にコラムニスト、E・ジーン・キャロル氏を中傷しその名誉毀損したことについて、計8330万ドル(約123億4000万円)の損害賠償を支払うよう陪審団が評決を下した。連邦地裁は昨年2023年5月にすでに、トランプ氏が1990年代にキャロル氏を性的に暴行したと認定していた。大統領選の前に、これから「連邦議会襲撃」「機密文書持ち出し」「大統領選不正介入」等の公判も控えている。

もしトランプ復活となった場合、その動向が注目されるのが、まず、米国の「気候変動対策」だ。

地球環境学者間の身内話では、そうとう以前から「トランプ再選で、まさか化石燃料時代に逆戻りしてしまうのだろうか」との懸念が囁かれてきた。その「まさか」が、現実味を帯びつつある。

過去に一度、世界の平均気温を産業革命前に比べて2度未満に抑えるという「パリ協定」離脱を断行した前科をもつトランプである。かねてより、この11月の米国大統領選挙で再選の暁には「化石燃料の生産を最大化」するため、米国の気候・エネルギー政策を抜本的に見直すと宣言している。今まさに走り出している脱炭素化政策を真っ向から全面否定し、化石燃料社会を復活させようとしているのである。すでに1年前の昨年2023年3月時点で、トランプが、早々と、もし大統領選に当選すれば途上国の気候変動対策を支援する国際基金「緑の気候基金」に30億ドルを拠出する現バイデン政権の方針を破棄すると表明していたことは、彼の反脱炭素姿勢の象徴的な証左の1つである。

現段階で明らかに想定されることがある。トランプ再選後、ただちに、米国政府の気候変動対策を180度大きく転換し、燃費や排ガス基準などのエネルギー規制を撤廃し、電気自動車とクリーンエネルギーに対する優遇措置が廃止される可能性である。さらに「パリ協定」からも再び離脱するとみられている。民主党バイデン政権はこれまで、極めて積極的な気候変動対策を展開してきたが、11月の米国大統領選と同時に行われる米国議会選挙の結果次第では、「もしトラ」「ほぼトラ」が「確トラ」になり、一気に、土砂崩れ的に、「化石燃料の時代」に逆戻りするかもしれないのだ。これは、由々しき事態である。

そもそも、トランプを支持する米国保守派は、自由競争などの「小さな政府」を志向する層と、キリスト教的な伝統的価値観を重視する福音派(Evangelical)というやや立場が異なる2つの層が重なっている。中でも、福音派は、聖書を文字通り信じる人たちであり、米国の人口の20〜25%に達し、ほぼ8割程度が共和党に投票するため、共和党の最大の支持母体である。そして、この福音派には、そもそも「地球の温暖化が進んでいる」こと自体を疑う温暖化懐疑論者も多い。

加えて、トランプ陣営は、気候危機対策やEV推進策に真っ向から反対してきた守旧派たる化石燃料業界から、圧倒的な支持を受けている。そして、トランプの米国大統領選再選を圧倒的に支援しようと、トランプ陣営に対して莫大な政治資金が流れ込んできている。今秋、トランプ再選が実現したら、脱炭素化に向けた世界の潮流に完全に逆行する方針を打ち出し、現行の気候危機対策やEV推進策は即刻廃止することは必至であろう。そして、「パリ協定」からの再び脱退も現実味を帯びて来よう。そうなったら、目も当てられない。大変なことになる。このままだと、本当に「ほぼトラ」が「確トラ」になり、「悪夢よ!もう一度!」となってしまう可能性があることは、なんとも困ったことである。本来、二度寝は気持ち良いものであるが、悪夢の二度寝は、勘弁してほしい。


そうは言っても、まだ絶望するのは、時期尚早である。希望はある。仮に、「確トラ」になって、トランプが、支援層に忖度し、一気に「化石燃料の時代」に逆戻りさせようとアクセル全開で逆走を試みようとも、前回のトランプ時代もそうであったように、トランプの意向とは別に、全米の州知事や市長、企業等が、トランプとは一線を画し、主体的に気候危機対策の推進に継続的に注力してゆく可能性は十分ある。

しかも、民主党支持者のみならず、共和党支持者の中でも気候危機への対応の必要性を冷静に認識している層が着実に増えてきていることは、希望の光である。特に90年代半ば以降に生まれたZ世代を中心に、自分たちの世代に降りかかる深刻な問題としての当事者意識から、気候危機対策の推進に積極的な人口は増えつつある。そこに希望がある。さすが米国も、まんざら、捨てたもんじゃない。

そして、民間企業側も、気候危機対策が手ぬるいと訴えられ、気候訴訟が増加(2022年だけで1522件もあった)している。カーボンプライシングによる炭素コストの負荷も大きい。高炭素排出の資産は座礁資産となる。トランプが何を言おうと、すでに定着している企業の存亡に関わる重要な脱炭素行動を思い切って取りやめるという方針転換をできる状況でもない。背に腹は代えられないのである。どうやら、「確トラ」になり次第、ただちに、再生可能エネルギーを軸とした全米の脱炭素化がパタッと停滞し、化石燃料時代が一気呵成に復活するというほど、単純な図式ではなさそうである。

ちなみに、「確トラ」になった場合に、深刻な弊害が懸念されているのは、なにも、気候変動対策分野だけではない。それ以外の想定される人類の未来に影を落としかねない幾つかの懸念の諸相についても、ここで論点整理しておきたい。

トランプ氏復活に期待する外国首脳の筆頭格の1人は、何と言っても、ロシアのプーチン大統領だろう。ウクライナ侵攻は3年目に入った中、ロシア大統領選でのプーチン再選は確実な中で、ロシアが早期に和平に応じることは考えにくい。トランプ政権になれば、ウクライナに停戦に向けて圧力をかけ、ロシアに好都合になると踏んでいてもおかしくない。トランプ氏は、このウクライナ戦争を「24時間で終わらせる」と発言している。もし「確トラ」になった場合、仮に、米国がウクライナ支援を放棄して、ロシアが勝利することがあれば、いままでの西側のウクライナ支援の努力も水泡に帰すことになり、国際政治における米国の地位は一気に、かつ相当程度低下する。

さらにまた、専門家からは、「トランプ政権はNATO離脱を言い出しかねない」との不気味な懸念すらも出ている[3]。欧州における米国の軍事プレゼンスが縮小すれば、ロシアが戦力を本格的に再編して強力攻勢に出ることで、2025年以降のウクライナは、ロシアの大攻勢にさらされる恐れがあるばかりでなく、ロシアの、さらなるバルト3国への進出等、あらたな火種がさらに拡散して欧州戦線が拡大する懸念すら見えてきている。

また、トランプ大統領になれば、米国は、現バイデン政権の上をいく超親イスラエルになりかねない。米大使館をテルアビブからエルサレムに移設してしまったトランプが、2020年に発表した中東和平案は、親イスラエル色の濃い内容だった。「確トラ」になった場合に、パレスチナ国家を前提とした2国家共存策の和解努力も水泡に帰してしまう懸念があるとの専門家の意見もあるが、果たして、この帰趨はいかがなりや[4]

方や、気になるのは、中国やインドの「ほぼトラ」に対するスタンスである。肝心の中国の習近平政権も、静観スタンスながら、「トランプ待ち」の姿勢に傾き、バイデン政権への歩み寄りに慎重になる様子も垣間見られている。インドのモディ首相も、かつて前トランプ大統領時代には、自国第一主義でナショナリストといった共通点もあり、パキスタン、中国に対する外交・安全保障政策面で利害も一致し、互いに相性の良さを示したが、「ほぼトラ」に対する今後のインドの対応が注目される。いずれにしても、現段階では、すべてが、「ほぼトラ」をめぐり、五里霧中の感がある。

はたして、こうした中、日本は、今後、いかなる独自の主体的対応を打ち出してゆくのだろうか。

1つ、明らかなことがある。それは、「ほぼトラ」は、日本にとっても、気候危機問題しかり、貿易しかり、国防しかり、いずれも、「対岸の火事」ではないということである。

そして、日本が、国会内で、政治倫理問題で紛糾し、情けないことに、近視眼的な責任回避の応酬等の後ろ向きの議論で右往左往してドタバタしている内に、世界情勢は、日本を置いてきぼりに、すごい勢いで、さらに、その先の新たな構図構築に向って突き進んで行こうとしている。

いずれにしても、いま世界では、良きにつけ悪しきにつけ、この「ほぼトラ」を変節点として、日本国内の政局とはまったく異次元で大きなグランドデザインが、人類の未来の帰趨を道連れに、着実に書き換えられてゆきつつあることは間違いないであろう。


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[3] 米ニューヨーク・タイムズは、トランプ氏が米大統領在任時にNATO離脱について非公式の場で言及していたことにも触れつつ”Former President Donald J. Trump has long threatened to withdraw the United States from NATO”と伝えている。The New York Times(2024)“Favoring Foes Over Friends, Trump Threatens to Upend International Order”

[4] 共和党は保守党で、党内には中道派、穏健派と呼ばれるグループも存在するが、米国のキリスト教保守派のうち、米国最大の宗教勢力である福音派は、キリスト教シオニズムを支持しており、この世の終わりに救われるためには、古代イスラエル王国を復活させ、そこにユダヤ教徒を帰還させることでユダヤ教徒の帰還を支援するキリスト教徒も救われるという考え方を支持している。トランプは親イスラエル・親ユダヤで「ホワイトハウスに戻ったら100%イスラエルの味方になる」と宣言しているが、「トランプはシオニストとは敵対関係にあり、パスチナ人がこの地上から排除抹殺される」ことはないとの意見もある。