3.いまこそ、「未来世代法」の立法化を

以上、日本が世界一幸福な環境先進国実現に向けたパラダイムシフトを実現するための鍵となる「幸福度」と「環境パフォーマンス」の2つについて、論点整理をしてきた。

本稿では、「幸福度」を担保するための処方箋として、「格差」問題解消のため「人生前半の社会保障」を強化し、若者世代と未来世代の各人が人生の初めにおいて共通のスタートラインに立てる環境を担保できる政策遂行の必要性を説いた。同時に「環境パフォーマンス」を担保するための処方箋として、「環境パフォーマンス」の低劣な状況を惹起している政治と国民総意との間に横たわる深刻な断絶と情報の対称性の問題の解消の必要性を説いた。前者は、若者や未来世代の人生への未来志向的な対策強化の要請であり、後者は、未来世代が被るであろう地球環境リスクを未然に軽減させるための未来志向的な予防強化の要請である。そのいずれにも共通している視座は、「未来世代」の視点である。実は、この「未来世代」の視点の欠落そのものが、日本が直面している深刻な問題に通底している根本問題でもある。

こうした「幸福度」と「環境パフォーマンス」の2つの最重要課題解決のためのパラダイムシフトの実現可能性を担保するため、最後に、ここで「未来世代法」の立法化を提案したい。

このささやかな提案は、今生きてる人も、これから生まれてくる未来の人も、そして地球環境も、みんなが幸せでいられる未来をつくることを目指す画期的な立法の提案である。

この立法の目指すところは、自分たちの幸福を満たしながら、未来世代の幸せにもつながる選択をすることで、永続的な地域社会、国、地球環境をつくっていくことができる社会である。そして、この立法は、その実効性を担保できるように、国民の総意と政治との乖離と情報の非対称性を解消すべく、評価基準の透明性と、政策遂行の検証可能性を実装している。

この「未来世代法」の原点は、いまから9年前の2015年に、英国ウェールズで実際に施行された「法や政策を策定する際に未来世代の権利を考慮すること」を義務付けた法律「未来世代法(Well-Being of Future Generations Act)」にある[1]。今を生きる若者たちや子どもたちのみならず、これから生まれてくるいのちまで含めて幸福に生きる権利があることを認めた世界初の法律である[2]。ウェールズでは、この「未来世代法」を策定するにあたり、大規模な国民対話が実施され、そこで議論された「私たちが望むウェールズ」のビジョンが、下図【図5】の「7つの幸せの指標(Seven Well-Being Goals)」として法律に反映されている[3]

【図5】「7つの幸せの指標(Seven Well-Being Goals)」
(出所)Future Generations Commissioner for Wales(2024)” Well-being of Future Generations (Wales) Act 2015”
中村民雄(2019)「ウェールズの将来世代コミッショナー ─概要と活動成果─」(比較法学 53 巻 3 号)



この法律は、客観的な数値で測る指標を独自に用意しており、国や公共機関が何かを決めるときに「その決断は、未来世代のWell-Beingにつながる選択なのかどうか?」「7つの目標のどの施策に貢献する施策で現状はどんな位置にあるのか」をチェックし、国や公共機関に対して透明性と客観性が担保されたレポートを文章で残し、しかも公開することを義務づけている。

下図【図6】は、ウェールズの「未来世代法」に基づく実際の「幸福指標(National well-being indicators)」である。

指標項目は、驚くことに、あらゆる要素を網羅できるよう、実に具体的かつ多岐に及んでいる。例えば、「温室効果ガス排出量」「徒歩、自転車、公共交通機関を利用した移動の割合」「再生可能エネルギー設備導入容量(MW)推移」「大気中の二酸化窒素(NO2)汚染レベル」「一人当たり可処分世帯総所得」「人々の精神的幸福度の平均点」「性別、障がい、民族による賃金格差」「教育、雇用、訓練を受けている人の割合」「住む場所として地元に満足している人の割合」「生物学的多様性の状況」「積極的な地球市民活動」等々で、こうした説明責任を義務化した具体的な指標で、しかもガラス張りで監視されていれば、為政者も、問題の先送りも責任転嫁も、もはや不可能であろう。

【図6】ウェールズの「未来世代法」による「幸福指標(National well-being indicators)」
(出所)Future Generations Commissioner for Wales(2024)” Well-being of Future Generations (Wales) Act 2015”

(注)指標項目は、随時追加され増えている。(現在50)



しかも、特に秀逸な点は、国や公共機関に透明性が担保された文書による説明責任を義務付けることである。これにより、知らない間にさまざまな法案や条例の議論が、よくわからないまま進むという事態をなくし、あいまいな責任回避や問題のすり替えができない仕組みをあらかじめ設けているのである。要は、今を生きる若者たちや子どもたちのみならず、これから生まれてくるいのちまで含めて幸福に生きる権利を担保できる政策執行を義務化し、そのすべてをガラス張りにしているのである。

実際に、ウェールズでは、2015年の「未来世代法」施行以降、未来世代法に基づくチェック項目や公開された情報をもとにした議論が機能し、さまざまな政策判断や予算が実行されるようになり、実際に、高速道路建設の工事が取りやめになり、自転車専用道路や歩道の整備に、今までの10倍予算をかけられるようになり、街中に人々の憩いの場としてテーブルと椅子、パラソルなどが設置される等、着々と成果が生まれている。

この「未来世代法」の大きな功績は、GDP等の経済的指標ではなく、「幸福度」に基づいて進歩を評価することにしたことにある。つまり、依拠する価値観と方法を根本的に変えた点である 。そして、なによりも革新的なのは、この「未来世代法」が、説明責任を義務化した具体的な指標で、ガラス張りで監視する装置を実装していることで、政策責任者が問題の先送りも責任転嫁も不可能にすることによって、同じ2015年に誕生した画期的な国際合意と絶賛されたあの「パリ協定」でも「SDGs」ですらもいまだになかなか実現しえていない持続可能な真の幸福を、誰1人取り残すことなく実現できる画期的な実現装置になっていることである。

こうした画期的なウェールズの「未来世代法」施行がもたらした国際社会への反響は大きく、既に今年2024年9月には、ニューヨーク国連本部で「未来サミット(Summit of the Future)」が開催されることが決まっており、すでに準備会合がはじまっている。そして「未来世代宣言(Declaration of the Future Generations)」が採択される予定ある。また、ウェールズ以外でも、いままさに、世界中の約12の国で同様の法律の制定を目指す動きもある[4]。世界中で、燎原の火のごとく、「未来世代法」施行に向けたモメンタムが起動しているのである。

そして、「未来世代法」施行の動きが日本でも始まっている。この日本版「未来世代法」を実現すべく、市民一人ひとりの行動からボトムアップで、未来世代の幸せにつながる行動と選択をつくるムーブメントを起こそうと、日本で「未来世代法」制定を目指すための有志からなる「私たちの手でつくる未来世代法日本版プロジェクトチーム」が結成され、すでに2年前の2022年7月から活動を開始している[5]

では、なぜ、いま、この「未来世代法」を日本でも、いますぐにでも、立法化すべきなのか。その理由は、明確である。世界有数の課題先進国である日本こそが、最も必要としているからである。

まさに、この「未来世代法」が、「経済」はなく「幸福度」に基づいた価値観に基づいていること、そして、この「未来世代法」の導入によって、この国のお金の使い方やその流れを変え、気候変動対策等の地球環境問題への取組みをよりパワフルに進める動きを促し、現下の危機的な状況にある日本の政治のあり方そのものを大きく変えられる可能性があるからである。

日本で、この「未来世代法」の立法化についての議論が盛んになれば、さまざまな社会問題に関わっている人たちや将来について不安に思っている人たちの間で、自由に意見交換され、国民が政治的な話を日常的に議論する風土を醸成する一助となるであろう。この法律の立法化と同等に、あるいはそれ以上に、立法化に向けた国民的議論のプロセス自体が重要な意味を持つと考える。やがて、「未来世代法」に対する人々の関心が高まり、こうした「未来世代法」の立法化についての議論が、燎原の火のごとく日本各地の街角で生まれ、未来世代委員会や未来世代宣言等の具体的な動きが日本の全国の多くの地域、地方議会、学校、職場などで生まれ、やがて、国民の総意に基づく「未来世代法」が国会で成立するであろう。これは、もはや、出来るか否かの問題ではなく、いつできるかの時間の問題であろう。

そして、その「未来世代法」のもとで、日本国民が、「幸福度」と「環境パフォーマンス」の向上に向かって「自分ごと」として、一緒に行動するようになり、さらなる社会の変革が着実に実現してゆく。これは、決して絵空事ではなく、現にウェールズのみならず、世界各地で実現しつつある近未来現実なのである。

ウェールズにできて、日本でできないことはない。

「未来世代法」は、世界を根底から変える可能性を持つ法律である。同時に、むしろいまこそ変革の時期を迎えている課題先進国の日本にとってこそ、画期的な変革の起爆剤となるであろう。

必ずしや、やがて「未来世代法」が立法化された暁には、この国のお金の使い方やその流れが抜本的に変わり、気候変動対策等の地球環境問題への取組みがよりパワフルに加速し、不条理な格差問題が解消し、若者に未来が戻って来るであろう。そして、現下の危機的な状況にある日本の政治のあり方そのものを大きく変え、国民1人1人に「真の幸福」が戻ってくる近未来の風景が見えてくるであろう。
それでは、日本で、この「未来世代法」の立法化を、いつやるの?
今でしょ!!

(end of documents)

[1] この法律では「未来世代(Future Generations)」を10~25年先の世代として想定している。(出所) Future Generations Commissioner for Wales(2024)” Well-being of Future Generations (Wales) Act 2015” https://www.futuregenerations.wales/

[2] ウェールズ政府は、2011年4月に「持続可能な将来コミッショナー(Commissioner for Sustainable Futures)」を置き,持続可能な発展を助言・監視する委員会業務を実施。そして、広く市民各層や非政府団体(NGO)から意見を聴取して報告書(“The Wales We Want”)をまとめた。この中でウェールズの長期政策諸目標案が示された。これをウェールズ議会が取り入れて2015年に「未来世代法(Well-Being of Future Generations Act)」として明文化した。それと並び同法のもとでウェールズ将来世代コミッショナーが設置され,2016年 2 月に初代コミッショナーSophie Howe 氏が着任した。

[3] ここに列挙された幸福目標は「繁栄するウェールズ」「打たれ強く回復力のあるウェールズ」 「より平等なウェールズ」「結束したコミュニティのウェールズ」「健康なウェールズ」「豊かな文化そして活発なウェールズ語のウェールズ」「国際的責任を果たすウェールズ」の7つである。このすべてが、今の日本にとっても必須不可欠な要件であり、日本の幸福目標になりうる。

[4] 実際の現行制度として,ウェールズ以外でも、Committee for the Future(Finland); Parliamentary Advi sory Council on Sustainable Development(Germany); Commissioner of the Environment and Sustainable Development(Canada); Parliamentary Commissioner for the Environment(New Zealand); Ombudsman for Children(Norway); Commissioner for Fundamental Rights(Hungary); Commissioner for Sustainability and the Environment(Australia Capital Territory)等がある。

[5] 日本でも、すでに国政で未来世代法の法制化チームができており、「民間人で構成された未来世代委員会を国会内に常設する」法案作成が完了し国会提出準備も進みつつあるが、現下の政策決定過程の透明性や国会審議への国民の関与、第三者による政策の事後評価などへの疑問もあり、国民の声を政治に反映することの困難さと立法実現への疑問視を背景に、こうした困難を克服するために、市民一人ひとりの行動からボトムアップで地方自治体に働きかけ、国会だけでなく、地方行政、国民レベルの総意で「未来世代の幸せにつながる行動と選択」を求める動きをつくる必要があると考えた有志が「私たちの手でつくる未来世代法プロジェクトチーム」が結成した経緯がある。(参考)私たちの手でつくる未来世代法日本版プロジェクトチーム(2024)「ウェールズではじまった未来世代法について」