世界で多様な社会的問題が発生している。気候危機問題や格差問題、貧困問題、紛争等、枚挙にいとまがないほど、事態の深刻化が加速しつつあり、世界中の弱者が不条理に遭遇し、喫緊の課題が山積している。

こうした社会的問題の解決に貢献したいと、いまや、世界中で、燎原の火のごとく、志の高い多くの社会的起業家(Social entrepreneur)が誕生し、社会的事業(Social business)が活発に拡大展開されている。

しかし、その一方で、こうした社会的起業家やNPO・NGO、政府の努力だけで問題を解決することは、なかなか難しいのが実情である。1995年から毎年開催されてきた国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)やSDGs等による国際的連携の努力すらも、一定の評価に値するものの、その進捗は、なかなかはかばかしくない。

最終的には、現下の資本主義システムの基幹的稼働装置でもある「企業」自体の意識変革と行動変革なくして、こうした多様な社会的問題の抜本的な解決には結実しないというのが、専門家間の共通認識である。

そのためには、「企業」に自発的な意識変革と行動変革を促すような、環境や社会に配慮した公益性の高い企業を客観的に評価できる公明正大な国際的認証システムやインパクト投資等の環境造りが、必須不可欠となる。

こうした中、先日、長年旧知の堀内教授からのご招待で、彼が所長をやってる多摩大学社会的投資研究所主催の資本主義の教養学公開講座「Bコープを通じて考える新しい資本主義の姿」に参加した。社会的問題の解決に向けた重要な鍵となるヒントを学べた、実に示唆に富んだ議論が展開され、面白い時間を過ごせた。

このテーマにあるBコープとは、「B Corporation」の略称である。日本では、あまり聴きなれない言葉であるが、環境や社会に配慮した公益性の高い企業に与えられる国際認証制度「B impact assessment(以下BIAと略)」を通じて、米国の非営利団体B Labによって認証された企業のことである[1]。BIAは、いまから16年前の2007年から開始した国際認証制度である。ちなみに、このB コープの「B」は、「Benefit(利益)」の意味である。社会や環境、従業員、顧客といったすべてのstake holderに対する利益を表している[2] 。

結論から言うと、このBIAによって認証されたBコープは、これからの企業にとって、今後の自社のレゾンデートルの持続可能性を担保する重要な鍵となるであろう。換言すれば、もはや、この認証なくしては、世界中の消費者や取引先等のstake holderからまともな企業として相手にしてもらえなくなる時代も到来するかもしれない。

すでに、今日現在、世界では、7,238社がB コープ認定されている。日本でも、31社が認証されているが、まだまだ認知度が低い。1社でも多くの日本企業が、B コープ認定されるようになってほしいと思っている。

それでは、はたして、このB コープとは、そして、BIAとは、いったい何なのか?以下、簡単に、その意義や重要性、さらには企業のメリットや認定手続も含めて、ここに網羅的に論点整理をしておきたい。

BIAは、「企業の社会性を認証する制度」である[3]。具体的には、環境や社会に配慮した事業をおこない、透明性や説明責任などといったB Labが定めた厳しい基準をクリアした企業だけに対して与えられる国際認証である。このBコープ認証を取得すると、「公益性のある企業」と正式に認められることになる。その認定企業が享受できるメリットは計り知れないほど大きい。Bコープ認証の主なメリットして、以下諸点が挙げられている。

[1] 内閣府の「社会性認証」に関する委託調査 「社会性評価・認証制度に係る調査・実証事業 調査報告書」で、この「B impact assessment(以下BIAと略)」を取り上げている。この調査報告書は、BIAの概要と共に、B Corp認証機関であるB LabやB コープ認証取得企業などのヒアリングなどを経て分析を行い、認証におけるエコシステムの形成の重要性を指摘した80ページ強のレポートで、日本ファンドレイジング協会により作成されたもので「社会性」を測るものとしてB Corp取得に必要な自己アセスメントであるBIAを高く評価している。

[2] B コープと同じくB Corpと省略されB Corporationと混合されやすいものにベネフィット・コーポレーション(Benefit Corporation)がある。これはB Corporationとは異なる。B コープは、正確には「Certified B Corporation」と呼ばれ、非営利団体のB Labが社会的環境的パフォーマンス、説明責任、透明性に関する基準を満たした企業に対してB Corp認証を付与する一方、「ベネフィット・コーポレーション」は、米国の40の州とワシントンDCで法的に認められている法人形態の一つで、B Labからの認証は不要である。

[3] いままで、世界一般に知名度も高い「フェアトレード認証」や「LEED認証」等、商品や建物を認証する国際的な認定制度はあった。気候変動対策としてCDPやcarbon pricing等の企業の環境配慮活動へのインパクトを与える試みもあり、相応の効果を挙げている。しかし財務格付け制度とと同等な、企業そのものの社会性を客観的に評価する国際認定制度はなかった。その試みが、このBIAである。

「B コープ」認証取得から認証企業が得られる主なメリット

1)ミレニアル世代の就職先候補になりやすい
世界の労働人口の半数近くを占めるミレニアル世代やZ世代の多くは、消費のみならず勤務先の選択においても社会性を重視する傾向が他世代よりも高いといわれており、仕事において収入を求めるだけでなく、社会や環境への影響を考慮している。ミレニアル世代におこなわれたグローバル調査「The Deloitte Global Millennial Survey 2019」の報告によると、ビジネスを始めたり関係性を深めたりする際、ミレニアル世代の42%は、企業や商品が社会や環境へいい影響を与えるかどうかを重視すると答えている。そのためBコープ認証を受けることで、これからの社会を担うミレニアル世代にとって、就職先候補になりやすくなると期待でき、若年層の人材獲得競争で有利に働く。

2)エシカルなユーザーの社会的信用を獲得できる
ミレニアル世代に限らず、SDGs等の影響もあって、世界中でエシカル感度の高いユーザーが増加している。こうした世界の潮流を背景に、Bコープに認証された企業は、「社会や環境にいい影響を与える企業」として、ブランド価値や社会的信用を獲得できる。これにより、エシカル感度の高いユーザーにアプローチが可能となり、売上の増加にもつながる。

3)国際認証取得でグローバル化が期待できる
B コープは、世界で認められている国際認証制度である。国際基準に準拠していることを証明できるため、海外でのビジネスチャンスを狙う企業にとって、メリットが大きい。

4)買い物のスタンダードになる
B コープ認証を、マーケテイングに活用できるメリットも大きい。店舗の入り口にB コープ認証ロゴを貼る事例もある。「せっかくならBコープ認証のものを買おう」と、B コープ認証のものかどうかが、消費者にとって、商品やサービスを取捨選択する際の基準の一つになっていくだろう。少々価格が高くても社会課題解決に熱心な企業からの購入を行う消費者が社会には一定割合おり、シグナリング効果によるブランディング価値が生じる。

5)企業使命の維持 (Mission Lock)になる
企業の持ち主が変わったりした時に、もともとあった value 等がゆるがないようにするための「企業使命の維持 (Mission Lock)」にもなる。

6)コミュニティーやstake holderとのより良い関係構築になる
企業価値が合致するサプライヤーやコミュニティー等のstake holderとのより良い経済循環の仕組みをつくることに貢献が期待できる。

7)資金調達における比較優位性を担保できる
BIA は、すでに、多くのインパクト投資家の投資判断に活用されている。第三者機関から社会に貢献しているという認証を得ているというシグナリング効果によって、資金調達における比較優位性を担保できるメリットがある。第一にサステイナビリティ志向、責任投資意向を持つ投資家を惹き付けることが容易になる。第二に、投資家側から見ても、第三者機関が認定した企業向けの投資であれば「社会をよくするための投資を行っている」ことを堂々と主張でき、投資家の背後にいる資金の出し手に対する挙証責任を果たせるようになる。ただし、投資を呼び込み、安定した収益を生み出し、事業を継続するために完璧なものではなく、あくまで、1つのフレームワークとして採用したという企業は少なくない。

以下、B コープの具体的な認証手続と段取りについても、紹介しておきたい。

B コープの認証を受けるには、B Labが無料で提供するオンライン認証試験BIAを受け、200の質問のうち80点以上を獲得する必要がある。この認証試験は無料で受けられる。そのほかに、B コープ認証を受けるための法的な要件について、企業に関する質問に回答する。さらに、その企業がある国や地域、法人規模等により異なるが、B Corporationの規定に沿った定款文書をつくり、サインする。

これらを提出後、B Labが、対象企業に対して、電話レビューをおこなう。これらのプロセスを経て、無事に審査が通れば、認証を取得することができる。なお、B コープ認証の日本語ページはないため、申請等はすべて英語でおこなう必要がある。

すべてのプロセスが完了するまで要する期間は6~10か月ほど。認証取得後、企業の収益に応じた年会費をB Labに納める必要がある。認証の更新は3年ごとにおこなわれる。その都度BIAを受けて評価を更新しなければならず、自社の取り組みに関する「B Impact Report」の提出と公開を求められる。

認証試験BIAで出題される200の質問は、コミュニティー、環境、顧客、ガバナンス、従業員の5分野における企業パフォーマンスを測定するためのもので、200点中80点が合格ラインである。一見簡単そうではあるが、実はなかなか簡単ではない。完了までの所要時間は1〜3時間ほどだ。

ちなみに、BIAで出題される質問内容には、以下のようなものがある。社会や環境に対して企業が与えるインパクトや、企業の透明性・説明責任を評価する内容になっている。

<B Impact Assessment(BIA)で出題される主な質問内容>

●従業員に企業の財務状況が公開されているか?
●業界における社会や環境基準改善に向けて取り組みをおこなっているか?
●管理職における女性、マイノリティ、障害者、低所得コミュニティーなどの割合は?
●企業における省エネ率は?
●企業で消費する再生可能エネルギーの割合は?
●事業で排出される廃棄物量を記録しているか?
●従業員の有休休暇・病気休暇などは年間何日?
●従業員の学びの機会に対する、経済的なサポートの割合は?



なお、このBIA によるBコープ認証は、内閣府の委託調査 「社会性評価・認証制度に係る調査・実証事業 調査報告書」(2020)でも注目され、取り上げられている。

この調査では、企業の「社会性」を測るものとして、このB コープ認証取得に必要な自己アセスメントであるBIAに注目しており、また、「事業性」を測るものとしては、国際的な統一基準設定を目指すImpact Management Projectのフレームワークに注目し、その双方を使用し、「インパクト投資」を行う上で有用かを実証している。

この調査報告書では、興味深いことに、このBIAに関して、アジア地域の企業を対象に調査結果として、下表のような「Bコープ認証のSWOTプロット分析結果」も報告されている。

表】Bコープ認証のSWOTプロット分析結果(アジア地域)

(出所)内閣府(2020)「社会性評価・認証制度に係る調査・実証事業 調査報告書」
(認定特定非営利活動法人 日本ファンドレイジング協会;令和2年3月24日)


しかし、BIAも万全ではない。試行錯誤の途上にある。幾つか課題も指摘されている[4]。特に日本では、BIAを受ける側からすると、「マイノリティ」、「フルタイム雇用」「カーボンニュートラル」「取引先選定基準」などにおいて日本の文脈では難しいとの問題提起もある。投資家視点では、特にBIAは「今どうか」という評価なので「将来どうなりそうか」という投資判断にかなり重要な問いの答えを得るには投資家自身で情報の補足が必要となる点も指摘されている。また提言の中で認証を支えるエコシステムづくりの重要性を指摘しているが、制度だけが存在していても、その意義や価値が伝わらなければ「ムーブメント」や、より多様なステークホルダーの認知や行動変容に繋がらないし、投資家にとって使えないものとなってしまうとの指摘もある。B コープやBIAは、投資を呼び込み、安定した収益を生み出し、事業を継続するために完璧なものではないとの指摘もある。

方や、BIA と同様の国際認定の動きもある。2年前の2021年3月には、国際機関のIFCが、民間セクターと共に、投資の評価や報告に使える統一基準として『共通インパクト指標』(Joint Impact Indicators)を発表している。その指標には女性管理職の数や、投資により増加した仕事の数、温室効果ガスの排出量、水道使用量などBIAでも問われている項目がいくつか含まれている。今後こうした類似した国際基準が互いに収斂されていくであろう。その過程で、BIAも、上掲の課題を改善しながら、さらなる改訂を通じて、進化してゆくであろう。

改善点はあるものの、企業の「社会性」を客観的に認証するB コープやBIAへの評価は高い。年々、その認証実績も着実に増加傾向にある。クリントン政権時代の副大統領を務め、引退後は環境活動家としても活躍しているアル・ゴア氏は、2021年2月初めに開催された英国学士院主催の「Future of the Corporation」というプログラムのオンラインサミットの中で、このBコープを高く称賛している。

いずれにしても、わが国日本企業も日本政府等の行政も、こうした新しい資本主義の鍵となるであろうB コープやBIAの理念とその含意をしっかり先取りして受け止めつつ、世界の潮流への後追いではなく、バスに乗り遅れないように、確実に内部化して実装ゆくだけでなく、BIA等の国際認定制度のさらなる進化に対して、主体的かつ能動的に貢献してゆくことが肝要であろう。

[4]認知や信用力の不足、株主利益最大化を求める株主からの圧力と訴訟リスク、ミッションドリフトの懸念などへの対処等社会企業が直面する課題もある。また、内閣府の調査報告書でも、課題について言及されている。(出所)内閣府(2020)「社会性評価・認証制度に係る調査・実証事業 調査報告書」(認定特定非営利活動法人 日本ファンドレイジング協会;令和 2 年 3 月 24 日)



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