これからの人類の明るい未来図を描く際に、「Beyond Growth(成長を超えて)」という言葉が、重要な鍵となるかもしれない。

地球環境を破壊・汚染し、人間の尊厳を蹂躙し、忌まわしい戦争や紛争の火種ともなっている根源には、現下の無限に膨張拡大する悍ましき「宿痾」のごとき属性を内包した人類社会経済システムの欠陥がある。

この「Beyond Growth」という新しい考えは、その根本病巣に対する有効な処方箋となるかもしれない。

今年2023年5月15日から17日の3日間、ベルギーのブリュッセルにある欧州議会で「Beyond Growth Conference(成長を超えて 2023会議)」が開催された。

経済、社会、環境の持続可能性と、ヨーロッパにおける持続可能な繁栄をもたらす政策を策定するためのこの会議は、20名の欧州議会議員によって主催され、EUと国家の政策形成者、アカデミア、企業、市民社会組織からの利害関係者が参加し、さまざまなパートナー団体の支援を受けて行われた。

GDPの成長だけを追求する従来の「成長至上主義」の有害性への省察を起点に、プラネタリー・バウンダリー(Planetary boundaries;地球の境界)[1]が示す地球の資源の限界を念頭に、社会福祉と経済開発を組み合わせる新しいアプローチを採用することで、経済成長時代後のEUの新たなヴィジョンの具体化を目指した。

そして、高齢化、エネルギーの輸入依存、所得格差といったヨーロッパが直面する問題に対し、既存の枠組みにとらわれず、新しい視点とアプローチによる解決策を探求する場となった。これらの問題は全世界が直面している課題であり、その先鞭をきって、解決の糸口を探った意義は大きいと考える。

確かに、「経済成長」は多くの国々や地域に変化をもたらした。そのおかげで、人々の生活水準は向上し、貧困は減り、公共政策の資金提供につながる税収も増加した。しかし、本当に、「経済成長」は、良いことばかりだったのだろうか。

「経済成長」の焦点は、往々にして社会的および環境的な悪影響を見落としているのではないか。現在、我々が当たり前としている経済指標・GDPが、はたして、本当に我々を良い場所に導いてくれるのか。こうした本源的な問い直しから、その先にある新たな概念を模索するために、この会議は、開催された。

今回の会議では、主に以下の問題提起がなされた。

●「成長を超えた物語」~「経済成長」の意義についての検証とGDPの脱構築(deconstruct)欧州連合(EU)が、「成長」よりも「繁栄」を目指すためには、どのような「物語」が必要か?

●「政策」と「指標」~成長を超えた政策と指標の検証
市民の幸福(Well-being)を尊重し、プラネタリー・バウンダリー(地球の境界)を尊重する社会を構築するためには、どのような「政策」と「指標」が必要か?

●「ガバナンス」~新しい提言を伴った具体策の提言
今日の環境、社会、経済の相互関連した課題に対処し、あらゆる政策領域が、欧州グリーンデイ―ルとSDGs等のEUの共通目標に貢献するようにするためには、どのような「ガバナンス」の仕組みが必要か?

●「ポスト成長経済」~現行の政策との不一致の解消
現行のEUの政策と欧州の「ポスト成長経済」の課題との間の不一致をどのように取り扱い、市民、学界、市民団体、意思決定者等の様々な関係者(stakeholders)間も適切な再調整をどうするのか?

そして、こうした問題提起をめぐって、会議は、参加者全員を対象とした「本会議」、トピックを絞った「パネルディスカッション」、政策提言を共創するための招待者限定の「政策ラボ」の3軸で実施された。


[1] プラネタリー・バウンダリー(Planetary boundaries;地球の境界)は、人類が生存できる安全な活動領域とその限界点を定義する概念である。「地球の限界」あるいは「惑星限界」とも呼ばれる。プラネタリー・バウンダリーは、安全域や程度を示す限界値を有する9つのプロセスを定めている。人間活動が限界値を超えた場合、地球環境に不可逆的な変化が急激に起きる可能性がある。定量化できていないプロセスもあり、研究が進められている。科学者によってプラネタリー・バウンダリーにもとづく政策提案が行われており、持続可能な開発目標(SDGs)の内容にも採用された。提唱者の1人であるヨハン・ロックストロームは、プラネタリー・バウンダリーが人類による大惨事を防ぐためのものだとしており、崖道に付けられたガードレールにたとえている。Johan Rockström, Mattias Klum (2015), Big World Small Planet – Abundance within Planetary Boundaries

そして、こうした問題提起をめぐって、会議は、参加者全員を対象とした「本会議」、トピックを絞った「パネルディスカッション」、政策提言を共創するための招待者限定の「政策ラボ」の3軸で実施された。

そして、「ケアエコノミー(マイノリティグループの社会経済的状況)」「ブルー・ドーナツ(健全な海洋経済のための枠組み)」「社会生態系モデル(成長に依存しない福祉財源確保)」「エコロジカルリミット(生態学的制限に適合するエネルギーセクター構築)」等の様々なセッションで、実に面白い議論が展開した。

それでは、はたして、旧来の「成長(growth)」の概念に代わる新しい概念とは、何なのか。この議論は、百花繚乱の感もあるが、「成長」概念に代わる新しい概念について、世界の主な潮流は、以下の3つに分類できる。

「成長」概念に代わる新しい概念の世界の主な潮流>
①「グリーン成長(Green -growth)」
②「ポスト成長(Post -growth)」
③「脱成長(De-growth)」

「グリーン成長(Green -growth)」

現在の成長路線に最も近い概念で、成長を否定してはいない。自然資産が今後も我々の健全で幸福な生活のよりどころとなる資源と環境サービスを提供し続けるようにしつつ、経済成長および開発を促進していくことである。このため、グリーン成長は、持続可能な成長を下支えし、新たな経済的機会をもたらす投資とイノベーションの触媒役を果たす。「パリ協定」で合意された地球温暖化の公約に沿うことを目指し、エネルギーを再生可能な資源に移行し、テクノロジーと炭素吸収源によって排出量を回収することを志向している。この定義は、OECD、UNEP、世界銀行等よって多様であり、その強度にも相違があるが、基本的に「イノベーションによって環境負荷を減らして、より資源効率の高い経済への転換を目指す」点では一致している。

「ポスト成長(Post -growth)」

「グリーン成長」と「脱成長」の間の中間的な位置にあり、経済活動とその影響が地球の生態系の制約内に収まるような社会を目指すものである。これは経済の規模の縮小や安定を含むこともあり「ポスト成長」の視点では、GDP成長率だけが社会的な成功の指標ではなく、その主な焦点は、社会全体の福祉、公平性、環境の持続可能性の向上にある。必ずしも「脱成長」を絶対的な前提としない「成長にこだわらない」考えである。経済成長を伴うか否かにかかわらず、環境および社会的目標を達成するように経済は再設計されるべきとする考え方で、EUが取り組み始めた「成長を超えて(Beyond Growth)」や「非成長依存(A-growth)」の考え方はこのジャンルに入る[2] 。GDPは事実上無視され、大気や水質の改善、余暇時間の増加、医療の向上と平等などの目標が政策を決定する鍵としている。「サーキュラーエコノミー(循環経済)」が注目され、廃棄物をゼロに近づけ、エネルギー使用量を最小限に抑えるような方法で、商品のライフサイクルが管理されることを目指しており、自然界と生物多様性、そして排出量にプラスの効果をもたらすとしている。

「脱成長(De-growth)」

物質的な豊かさよりも生態系の幸福を優先し、大量生産・大量消費のパターンから脱却しようとする動きである。経済成長を目指すグローバルな資本主義が人的搾取や環境破壊を生むとして、それを批判し、経済成長を盲目的に信仰する現代消費社会の価値規範そのものを問い直し、資本主義の世界の中で疎外されてきた、経済以外のものに価値を置いた生活を再評価・模索する。「資源の再分配」「物質の削減」「ケアと連帯の価値観の普及」などを目指し、生態系への負荷軽減や社会的な不平等の是正が提案されている。グリーン成長だけでは各国が排出量削減目標を達成できないという問題意識がその起点となっている。脱成長を目指す社会では、物質的なものの蓄積ではなく、充実した生活や社会的な革新が価値観の中心になる。この「脱成長」の考え方は、21世紀の初頭から南ヨーロッパを中心に広がった新たな思想運動であり、フランスの思想家、セルジュ・ラトゥーシュらによって消費社会のグローバル化による生活の質の悪化を是正するための、様々な理論や実践が提唱された。そして、気候変動や新型コロナウイルス感染症のパンデミックなど、現代の問題によって再び注目を集めており、さらに世界情勢の不確実性も、よりローカルな活動を求める動きを加速させている。産業革命以来、経済に対する一般的な考え方を特徴付けてきた神聖で犯してはならないような事柄のほとんどを再構築するものである。

興味深いのは、これらの3つの考えに対する支持者の割合である。気候変動関連分野の研究者789名に対するアンケートの結果では、一番支持者が多かったのが「ポスト成長(Post -growth)」で45%であった。その次が「脱成長(De-growth)」で28%、最も支持者が少なかったのが「グリーン成長(Green -growth)」で27%であった。

今後何が世界の主流の考え方になって行くのかどうかは、興味深い。むろん、3択で決着つける筋の単純な話でもなかろうが、いずれにしても、現在EUが取り組んでいる「成長を超えて(Beyond Growth)」の議論は、社会全体の思考の枠組みを変える可能性を秘めていて目が離せない。


[2] 「非成長依存(A-growth)」または「成長にとらわれない(growth agnostic)」として知られるこのモデルは、社会的および環境的な側面を優先させる経済発展アプローチを想定している。GDPは事実上無視され、大気や水質の改善、余暇時間の増加、医療の向上と平等など、他の目標が政策を決定し、成功を定義している。ここでは、「サーキュラーエコノミー(循環経済)」という考え方が注目される。つまり、廃棄物をゼロに近づけ、エネルギー使用量を最小限に抑えるような方法で、商品のライフサイクルが管理されるのである。これは、自然界と生物多様性、そして排出量にプラスの効果をもたらすとされている。脱成長モデルでは視点の全面的な転換が必要となる可能性があるのに対し、非成長依存モデルにはこれまでのスト―リーをリセットするための実質的な協力が必要となる。このモデルの提唱者の中には、国際通貨基金や世界銀行などの国際機関が「成長中立」パラダイムを採用するよう働きかけている人もいる。しかし、物質的な豊かさではなく、幸福度を計測しようとする代替案には依然として、私たちが慣れ親しんでいる経済指標の単純明快さや比較の一貫性に欠けている。欧州委員会と欧州議会のメンバーによる「GDPを超えて(Beyond GDP)」構想は、この隔たりを解消しようとする長期的な取り組みである。