MSC(海洋管理協議会)は「世界海洋デー」の6月8日、過剰漁獲を終わらせることによって現状より数百万人分多くの栄養素をもたらすことができ、栄養素の欠乏により命を脅かす深刻な健康状態に陥ることを防げるというデータを発表した。水産物は、ビタミンが豊富で最も栄養価の高い食品の一つであり、世界の30億以上の人々に、1日に必要となるタンパク質の5分の1を供給している[1]。
最新の推定によると、世界のすべての漁業が持続可能になるよう管理された場合、現在よりも毎年1,600万トン以上多くの水産物を漁獲することができる[2]。この増加分を、2030年の天然水産物の推定漁獲量である9,600万トンと合わせれば[3]、400万人分の鉄分と1,800万人分のビタミンB12の不足を補うことができる[4]。これによって、世界的な公衆衛生の問題であり、5歳未満の幼児の約半数と妊婦の40%が罹患している貧血の緩和に役立つ[5]。
また、水産物の総漁獲量が増加することで、250万人以上の亜鉛不足と2,400万人のカルシウム不足が解消され、500万人のビタミンA摂取量の増加にもつながる[6]。予防が可能である子供の失明は、ビタミンAの欠乏がその主な原因とされている[7]。
水産食品による恩恵を享受するためには、各国政府は水産食品を国家の食料戦略の中心に据えることが求められる。持続可能な漁業が認められ、支援されるようなルールを策定するとともに、特に新興国において、より多くの人々が栄養豊富な水産物にアクセスできるように改善しなければならないとMSCは考えている。
非営利団体であるMSCの分析では、主に水産物に含まれる[8]必須脂肪酸であるオメガ3脂肪酸(DHAとEPA)[9]を十分に摂取できていない3,800万の人々も、持続可能な漁業が行われることで、1日に必要な摂取量を確保し、心臓病や脳卒中による死亡を減らすことにもつながるとしている[10]。
これらの推定値は、ハーバード大学T・H・チャン公衆衛生大学院ゴールデンラボが水産食品の栄養効果の理解を深めるために作成した、3,500種類以上の水産食品と数百の栄養素に関する世界で最も包括的なデータベースである「水産食品栄養組成データベース」[11]を基に算出したもの。
また、最近の研究[12]によって、水産物の栄養素は、野菜やサプリメントに含まれる栄養素よりも体内への吸収・利用率が高いことがわかってきた。一方、海が直面している課題は 非常に大きく、世界の水産資源の3分の1以上が持続可能ではないレベルで漁獲されている[13]。
MSCの最高責任者であるルパート・ハウズは次のように述べている。
「80億人を超える世界人口や、気候変動によってもたらされる壊滅的な影響により、世界の食糧生産システムはかつてないほどの圧力にさらされています。その中で天然魚介類は重要な役割を担っており、何十億人もの人々にタンパク質を供給し、自然で低炭素な食料生産形態として、他の追随を許さない存在となっています。
世界のより多くの漁業が持続可能になるように管理されれば、増加していく人口に必要となる栄養をより多く供給することができます。そのためには早急な行動が必要です。現在、世界の水産資源の3分の1が脅威にさらされているからです。過剰漁獲という課題への取り組みは、食料不足の解消や健康障害の防止につながるものです。消費者、漁業者、企業はすでにこの取り組みを支えています。しかし、世界的な食料システムの急速な変化を確実なものにするためには、各国政府がさらに力を入れなければなりません」
注記
1. 国連食糧農業機関(FAO)『世界漁業・養殖業白書 2020年』(英語)
2. Costelloらが 2016年に発表した「対照的な管理体制下での世界の漁業の見通し」(英語)では、1,600万トン以上の漁獲の増加が可能であり、Yeらも2012年に、漁業がより適切に管理されれば、追加で1,650万トン以上の漁獲の増加が可能であるという類似の数字を発表(英語)している。
3. 総漁獲量の推定値には、『世界漁業・養殖業白書 2020年』(英語)で推定された2030年の天然魚の漁獲量9,600万トンと、Costello らが示した1,600万トンが含まれている(注2参照)。
4. 栄養価はFAO の『世界漁業・養殖業白書』(英語)の天然魚対象漁業による漁獲量のデータおよび「水産食品栄養組成データベース」(英語)を基に、すべての漁業が持続可能である場合に推定される天然魚の漁獲増加分の1,600万トンを適用した場合の数値(Costello, et al 2016)。潜在的な漁獲量は、1,600万トンの増加分と、2020年の『世界漁業・養殖業白書』で推定された2030年の天然漁獲量9,600万トンを合せたものとなる。この合計である1億1,200万トンの天然水産物が仮に漁獲された場合、400万人の鉄分不足、270万人の亜鉛不足、2,460万人のカルシウム不足、1800万人のビタミンB12不足、3,840万人のDHAとEPA不足が解消され、500万人のビタミンA摂取量が増えることになる。これは、栄養不足に陥っている人々に天然水産物が供給されるものと仮定した場合で、『ネイチャー』誌598、315-320(2021年)に掲載の「各国の国民に栄養を与えるための水産食品」(英語)で発表された世界全体の栄養素の不足分を、『世界漁業・養殖業白書 2020年』の天然漁獲と養殖による生産量で割った数値。これには貿易の内訳は考慮されておらず、それを理解することによって水産養殖と天然漁獲が既存の食料システムにどのように関係しているかが明らかになるため、現在アメリカン大学のジェシカ・ジェファート氏が分析を行っている(英語)。
5. 世界保健機関(WHO)による。
6. 注4を参照。
7. 世界保健機関(WHO)による。
8. 「持続可能な水生オメガ3のグローバルサプライチェーンの最適化は、栄養格差を大幅に縮小する可能性を秘めている」『資源、保全、リサイクル』(2022年6月) https://doi.org/10.1016/j.resconrec.2022.106260(英語)
9. 注4を参照。
10. 水産物や魚油から摂取されるオメガ3オイルが、心血管疾患や心臓発作、脳卒中を予防することは、数多くの大規模な研究によって証明されている。
11. 「水産食品栄養組成データベース」(英語)は、ハーバード大学T・H・チャン公衆衛生大学院の研究者が、他大学の研究者と協働でまとめた『ネイチャー』誌598、315-320(2021年)掲載の報告書「各国の国民に栄養を与えるための水産食品」(英語)のために開発された。
12. Bogard J R, Thilsted S H, Marks G C, Wahab M A, Hossain M A R, Jakobsen J and Stangoulis J (2015)「バングラデシュにおける重要魚種の栄養組成および推奨栄養摂取量に寄与する可能性」(英語)
J. Food Compos. Anal. 42 120-33, Thilsted S H, Thorne-Lyman A, Webb P, Bogard J R, Subasinghe R, Phillips M J and Allison E H(2016)「健康な食生活の維持:ポスト2015年時代における栄養改善のための漁業と養殖業の役割」『フードポリシー』61 126-31(英語)
13. 国連食糧農業機関(FAO)『世界漁業・養殖業白書 2020年』(英語)
MSC(海洋管理協議会)について
将来の世代まで水産資源を残していくために、認証制度と水産エコラベルを通じて、持続可能で適切に管理された漁業の普及に努める国際的な非営利団体です。本部をロンドンとし1997年に設立され、現在は約20か国に事務所を置き世界中で活動しているMSCジャパンは2007年に設立。MSC「海のエコラベル」の付いた水産品は、2021年度には世界62カ国で20,000品目以上、日本では500品目以上が販売されました。国内ではイオングループ、生協・コープ、セブン&アイグループ、マクドナルドなどで購入できる。
持続可能で適切に管理された漁業のためのMSC漁業認証規格は、世界で広く認知されており、最新の科学的根拠に基づき策定されたものです。FAO(国連食糧農業機関)とISEAL(国際社会環境認定表示連合)双方の要求事項を満たした世界で唯一の漁業認証プログラムでもある。漁業がこの規格を満たすためには、(1)水産資源が持続可能なレベルにあり、(2)漁業による環境への負荷が最小限に抑えられており、(3)長期的な持続可能性を確実なものにする管理システムが機能していることを、第三者審査機関による審査を通じて実証することが求められる。
詳しくはMSCウェブサイトを参照:https://www.msc.org/jp