(3)気候危機問題と資本主義問題の共通解の不在 ~外部性と非対称性問題~

1)社会的共通資本(Social Common Capital)という近代経済学の課題

近代経済学の深刻で致命的な欠陥は、「社会的共通資本(Social Common Capital)」に対する真摯な向き合い方が欠落してきたことにある。換言すれば、「外部性」問題への取り組みが不十分であったことにある。その不作為の罪が、現下の気候危機問題と資本主義問題に共通した根源的原因となっていると言っても過言ではない。近代経済学者が負うべきその責任は重い。

社会的共通資本について、経済学者宇沢弘文は、以下のように定義している。

「社会的共通資本は、一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置を意味する」[1] 
宇沢は社会的共通資本の重要な構成要素として、大気、森林、河川、土壌などの「自然環境」、道路、交通機関、上下水道、電力・ガスなどの「社会的インフラストラクチャー」、教育、医療、司法、金融などの「制度資本」の3つの柱を挙げている。

市場経済は、万能頑健ではない。あくまで、社会的共通資本の成立を前提に、その上に安住している脆弱な存在にすぎない。社会的共通資本は、むしろ市場経済を成り立たせている土台なのである。近代経済学は、この社会的共通資本という市場経済に不可欠な非市場領域を包摂する経済学の構築を果たせていない。その不作為の罪は重い。

その弊害が顕著に表出しているのが、気候危機である。深刻化する気候危機を背景に、国連が唱えるSDGsや投資家の行動を変えつつあるESG(環境・社会・企業統治)投資[2]等の世界の動向は、社会的共通資本の重要性を示す証左である。

「経済学が、その分析対象をあまりにも狭く市場的現象に限定しすぎて、より広範な、政治的、社会的、文化的側面を無視ないし軽視しすぎた。環境破壊、公害、人間疎外、ゆたかさの中の貧困などすべて、このカテゴリーに属するものである。」との近代経済学に対する宇沢の批判は正鵠を射ている[3]

こうした、社会的共通資本の重要性は、ようやく認知されつつあるが、この重要課題の前に立ちはだかっている壁が、「外部性」と「情報の非対称性と不完全性」問題である。この問題は、近代経済学の課題という次元にとどまらず、同時に、人類社会経済システムにとって致命的な最重要課題でもある。


[1] 宇沢弘文(2000)『社会的共通資本』(岩波新書)
[2] ESGとは、Environment(環境)Social(社会)Governance(ガバナンス)を組み合わせた言葉で、2006年、当時の国連事務総長コフィー・アナン氏が発表した「責任投資原則(PRI)」の中で、投資判断の新たな観点として紹介された概念。
[3] 宇沢弘文(1977)『近代経済学の再検討』(岩波新書)ちなみに、宇沢は、同書で、「いわゆる近代経済学の理論的枠組みをかたちづくっている新古典派の経済理論が、あまりにも静学的な均衡分析に終始しすぎていて、インフレーション、失業、寡占、所得分配の不平等などという、すぐれて動学的な不均衡状態にかんする問題に対して有効な分析を行うことができないということにかかわるものである。」との批判も展開している。

2)「外部性」と「情報の非対称性と不完全性」問題

人類は、いま、1つの難解な連立方程式の前に、当惑顔で、立ち竦んでいる。気候危機問題と資本主義問題の2つの難問から構成されているやっかいな連立方程式である。この共通解を発見しない限り、いずれ遠くない将来に、人類は致命的な危機状況に陥ることは、専門家間の共通認識である。もはや、あまり時間的猶予はない。

それでは、はたして、この不可解な連立方程式の共通解をいかに見出していったら好いのか。まず、最初に、以下、問題の所在について、俯瞰してみたい。

「地球は、人類の必要は満たすことができるが、欲望は満たすことができない」と喝破したのは、かのインド独立の父ガンディー(Mahatma Gandhi)であるが、ここにきてようやく人類は、環境は経済の一部ではなく、経済が環境の一部であることに気付き始めている。我々は、いま、地球環境の回復不能性と有限性を念頭にいれて振舞わらなければならない時代に生きている。人間は、有限な地球の生態系の1つを構成する微弱な存在にすぎず、人間の営みは、あまねく回復不能な地球環境の従属変数にすぎないのである。

いまや、人類社会は、瓦解直前である。気候危機問題の解決への取り組みも、すでに8年前に2015年に誕生した「パリ協定」もSDGsも、威勢のよい政治家の掛け声や偽善的な耳触りの良い美辞麗句とは裏腹に、なかなか確固たる具体的進捗がなく、喫緊の最優先課題たる気候危機は、後戻りできない危険水域に入りつつある[4]。そして、さらに深刻なことがある。それは、この危機感が、世界中で、まったく共有されていないことである。そこに「外部性」の問題が横たわっている。

方や、資本主義システム自体も、グローバリズムの行き詰まりもあり、破綻直前である。世界中は過剰流動性であふれ、投機マネーの醸し出す不穏な空気が世界中を覆い、国際通貨危機が発生し、21世紀資本主義は変質し、民主政治に齟齬が生じ、理不尽な戦争が終わらず、不条理な格差と貧困を増幅させている。この一連の深刻な資本主義の宿痾の抜本解決が、いまや、気候危機問題とともに、世界共通の中心的な喫緊の政治課題となっている。

それら2つの問題に共通して通底している問題は何なのだろうか。かような気候危機等の地球環境問題や、国際通貨問題、格差問題、貧困問題等の人類のしでかしてきた「愚かな実態」の根本原因は、何なのだろうか。

実は、その根本原因は、現下の資本主義システムにおける「外部性(externality)」問題と「情報の非対称性(Information asymmetry)」・「情報の不完全性(Information incompleteness)」問題にある。これが、「愚かな実態」の元凶なのである[5]

本論考では、「情報の非対称性」「情報の不完全性」の問題を、地球環境問題の視点から、本来人類の社会経済活動の意思決定において「内部化」すべき情報が「外部化」してしまっている情報ギャップ問題や、同じ人類間や国家間での情報の偏在や不公平性等の問題に注目して論じる。

驚くべきことに、本来内部化すべき、地球環境への負荷コスト等の極めて重要な基本情報がすっかり「外部化」されてしまっている。それゆえに、人類は、その潜在リスクやコストに無知で鈍感なまま今日に至っている。あたかも、目隠ししたまま、アクセル全開で、地雷原を爆走するようなものである。実に危険極まりない無謀な状況下にあるのである。

加えて、人類全体で共有すべき情報が偏在し、「非対称」で「不完全」であるがゆえに、その結果、人類全体で受容できる総効用が最適水準を下回り、同時に人類間で格差が生じ、結果的に、それによって生じるリスクとコストによって、資本主義が蹉跌し、格差も戦争も気候危機も加速し、混迷化していった。

この問題を放置したままでは、いずれ、遅かれ早かれ、本来回避できたかもしれない気候危機問題と資本主義問題の2つの難問の呪縛から解放されず、人類は、自らの不作為のつけとして、破綻の危機に突入してしまうのである。

そもそも、地球環境問題の元凶は、人類の性懲りもない貪欲な飽くなき経済活動にある。その問題解決の最大の障害が、自分のリスク責任が明示的に自己認識できない「外部性」問題なのである。つまり、従来、人類の大半は、「気候危機」のリスクやコストや環境破壊や「生態系サービス」の毀損が、仮に自分の経済活動に起因した帰結であっても、自分自身に直接リスクやコストして跳ね返ってこない限り、結局「他人事(ひとごと)」であり、あるいは、気づいていても、あえて知らぬフリをしてきた。事程左様に、人類は、鈍感で察しが悪いのである。そして、この肝心な地球環境要素を「内部化」してこなかった不作為が、結果的に、人類全体の致命傷となることにも、気が付かないのである。

その結果、そのコストとリスクが、時間差を伴って、やがて、自分自身の負荷となって何倍ものダメージとなって襲いかかって来る。また同時に、同じ人類同士間でも、その個々人の入手し持てる情報の質と量や、個人の受容能力や解像度に格差があり、そこに情報の非対称性と不完全性が生じ、その結果、リスク回避の程度や、受容できる効用や利益、さらには資産や富の多寡にも影響を与え、人類間で個人差が生じることも多々あった。


[4] ちなみに、「カーボンニュートラル」宣言をしている日本が掲げるカーボンニュートラルの達成期限は2050年であるが、それまでに、2020年時点で11.49億トンもあるGHG(温室効果ガス)排出量を実質ゼロにしなければならない。果たして、100%達成可能なのか。いまだに楽観できない状況が続いている。
[5] 一般には、「情報の非対称性(Information asymmetry)」の議論は、ミクロ経済学において、売り手と買い手の間に情報の格差があることを意味し、情報を多く持っている情報の優位者と情報劣位者が生み出され、取引において不公平が生じる問題を議論することが多いが、本論考では、さらに広い概念で扱う。

3)「内部化」の必然性

自分のリスク責任が明示的に自己認識できない「外部性」問題は、「自動車の運転」に例えると、分かりやすい。運転手に、飲酒した時には運転しない規則を周知徹底させ、危険な際に必要に応じブレーキをかけさせ、事故を軽減させるためには、法的整備等のルール作りに加え、安全装置としてのスピードメーターとガードレールと罰金制度が必要である。そのスピードメーターは、リスクを見える化(visualization)するための装置である。そして、リスク認識していて惹起した過失責任は、明らかに自己責任となり、対価として厳罰が課せられ、リスクとコストとして、直接自分に跳ね返ってくる仕掛けができる。つまり、これで、リスクとコストを「内部化」できるわけである。そして、市民は、公平平等に可視化された一定のルールの下で、完全な費用対効果の情報を共有でき、個々人のリスクと社会全体のリスクを最小化できる。これが「内部化」問題と「情報の非対称性」問題の肝となる。

国際通貨危機問題も、気候危機問題も、不条理な戦争も、忌まわしい格差問題も、すべて、この「内部化」問題と「情報の非対称性・不完全性」問題を解決できていないことに起因する。この問題を改善できれば、人類は、おそらく、現下の様々な愚行を最小限に抑制でき、本来のもっとまともな合理的行動がとれるようになり、地球環境負荷も最小化し、過剰消費や無駄な廃棄をなくし、全体としての幸福値も最適化を達成できはずである。

むろん、「内部化問題と情報の非対称性と不完全性の問題を解消できれば、すべてはうまく行くはずだ」なんて、能天気な楽観論をここで述べるつもりは毛頭ない。しかし、現下の資本主義の深刻な問題も、その派生としての、貧困格差問題も、気候危機問題も、不条理な戦争も、その多くが、究極的には「内部化」と「情報の非対称性と不完全性」の問題に起因していることには、重要な含意がある。

ここで、なぜ、「内部化」と「情報の非対称性と不完全性」の問題が重要なのかについて、あらためて、論点整理しておくことは重要である。

4)「可視化」の必然性

「内部化」と「情報の非対称性と不完全性」の問題解決のためには、「可視化」の議論が、必然的に出てくる。この議論の要点を分かりやすくするために、ここで、「宇宙船」を想定してみよう。

仮に、3人の宇宙飛行士が、1つの宇宙船内で何カ月も長期共同生活をしているシーンを想定してみよう。出身国も言語も宗教も違う3人は、お互いを信頼し合いながら、一個の宇宙船という運命共同体に中で生きている。宇宙船内の生命維持に必要不可欠な酸素や水、食糧、電気等の残存量は、その都度の状態をいつでも観れる様に、宇宙船の壁に掲げたモニターにグラフで明示されている。現段階で、あとどのくらいの時間軸で酸素や水等を費消し生命が危険な状態に陥るかまで、一目瞭然で認識できる仕組みになっている。そして、必要なら、誰がどの程度消費したかの履歴が確認できる仕組みとなっている。

仮に1人が身勝手に規定量を超えた暴飲暴食をすれとしよう。その場合、全体の余裕在庫が予定より早く枯渇するリスクが増加する。そして、他者に迷惑をかける。モニターには、個人が暴走した場合は、警告が出る仕組みになっている。この宇宙船内で身勝手な抜け駆けはできない仕組みとなっている。こうした安全装置の仕組みは、まさに、リスク情報を「内部化」し、「情報の非対称性・不完全性問題」を解決する手法が分かりやすく示されている。そして、各人が、宇宙船という運命共同体の乗員である自覚を持ち、リスク認識を共有し、主体的に節度ある行いをすることが、最終的に、3人とも無事に地球に生還できる唯一の選択肢であることが理解できる。

この地球上で生きる79億人の人類は、この「宇宙船」の乗員と同様である。宗教や思想信条は違えども、誰とても、幸福に持続可能で安寧な人生を送りたいと願っているであろう。この地球上には、それを担保できる自然資源も、そこそこ十分にある。しかし、不幸なことに、内部化が不全で、情報の非対称性と不完全性のため、地球環境への配慮が欠け、その生産と配分に不均衡が生じる。そして、方や、資源の過剰消費と過剰廃棄といた無駄が常態化する一方で、飢餓と貧困が常態化する不均衡な状況に陥ってしまう。理由は、「宇宙船のモニター」がないからである。

そして、人類の行き過ぎた経済活動が加速し、持続可能な適正水準をオーバーシュートしてしまい、地球環境破壊と自然資源減価を生み、過剰競争が不均衡を生み、適正配分を困難にし、資源配分の偏在が発生し、その結果、深刻な格差・貧困問題を起こす。そして、それを背景に、過去の様々な歴史的因縁も絡みあいながら不条理な戦争が起き、その戦争がさらに地球環境破壊と格差・貧困問題を加速させ、留まるところを知らない悪循環のスパイラルに陥って行く。個々人としては効用の最大化を目指し合理的行動をとっているつもりなのに、その総和としての、人類全体の総効用で見ると、愚かで不合理な結果をもたらす悲劇の実態がそこにある。これを、「合成の誤謬(fallacy of composition)」と呼ぶ。

では、なぜ、合成の誤謬が、生じるのか。なぜ、情報の非対称性と不完全性のため、過剰な経済活動が加速し、均衡点を突き抜けて不安定な不均衡点に向ってオーバーシュートしてしまうのか。この厄介な事情について、以下、分かりやすく、説明しよう。

その理解をしやすくするために、前述の宇宙船の話の抽象度をさらに上げて、逆に、リスクが100%内部化されており、情報が非対称でなく完全である理想的な状況を想定すると分かりやすい。仮に、誰しもが、自己の行動の結果や他者への影響を客観的に把握でき、その行動の帰結として発生するコストとリスクが、価格等の数値で「可視化(visualization)」され、その行動が最終的に自分に跳ね返ってくるコストとリスクを客観的に認識でき、かつ、個々人が、その道理を理解しており予測可能であると仮定しよう。その場合、人々は、自己のあるべき最適行動を認識でき、自らの行動に対する責任の範囲と影響を冷静に認識できる。

そして、人は、一定の解像度と行動力を持っていれば、「過ぎたるは及ばざるがごとし」のわきまえを持つことができ、他者や地球環境への合理的な配慮行動が自然とできるようになる。「度を過ぎたら結局自分自身のコストとリスクになってしっぺ返しがくること」が自覚できることで、あえて自分に不益な行動は避けるのだ。なぜなら、その行動が、自分にとっても他者にとっても持続可能な最適行動であることを自覚しているからである。その結果、過剰な大量消費・大量生産・大量廃棄が、実は、適正値を超えた不健全なオーバーシュートであり、自らにとって最適な幸福を必ずしも担保していないことに気付き、地球環境負荷への加速が、結果的に、自ら負担するだろうコストやリスクの増加要因に帰結することも把握できる。同時に、企業も、従来の過剰な売上競争や成長至上主義が、実は不適正な行動であったことを自覚し、持続可能性を担保する安全経営に留意するようになる。加えて、投資家も、自らの投資判断材料に、いままで外部化して無視してきた地球環境コスト等の外部経済を内部化することで、温室効果ガス排出が多く環境配慮の欠落した企業への投資リスクが大きく、割にあわないことに気付き、不健全で持続不可能な企業への投資は回避するようになる。つまり、必要かつ公正な情報が共有でき、情報の非対称性と不完全性問題が解消することで、各人が合理的な行動をすれば、多くの問題は解決できる状況にあるのである。

5)カーボン・プライシング等の試行錯誤

こうした内部化や情報の非対称性問題への「可視化」を通じた改善努力は、むろん、いままで、まったくなかったわけではない。むしろ、相当以前から、国際会議でも議論の俎上に上がり、様々な志ある有志によって、多種多様なグローバルなスケールでの試行錯誤が、行われてきた経緯がある。そして世界各地ですでに着実に成果を挙げつつある。

その典型としてカーボン・プライシング(carbon pricing;以下CPと略称する)がある。気候変動問題の主因である炭素に価格を付ける仕組みである。このCPの導入により、炭素を排出する企業などに排出量見合いの金銭的負担を求めることが可能になる。過去COP等の国際会議で永年議論されてきたテーマで、すでに世界中で燎原の火のごとく拡大している。

CPの具体的な制度は、「明示的CP」と「暗示的CP」に分類される。このうち「明示的CP」は、排出される炭素量に直接的に値付けする点が特徴で、特に各国が精力的に導入・整備を進めている「明示的CP」の代表的な手法としては「炭素税(carbon tax)」[6]と「排出量取引制度(emissions trading scheme)」[7]が注目されている。また、「暗示的CP」としては、固定価格買取制度(Feed-in Tariff; FIT)や、補助金・税制優遇制度、エネルギー課税等があげられる。

最近では、グローバルなカーボン・プライシングともいえる「炭素国境調整メカニズム(以下CBAMと略称)」の動向が注目を集めている。CBAMは、2021年7月、欧州委員会が温暖化ガス排出削減目標を40%から55%に引き上げたことにあわせ採択した政策「Fit for 55」の一部で、カーボン・リーケージを防止することを主な目的として設定された[8]

また、企業が排出する温室効果ガス排出を格付けして投資家に環境配慮型投資を促す活動をしているCDP(Carbon Disclosure Project)のような環境NGO等の活動も盛んになっており、着実に成果をあがってきている好事例もある。それと同時に、「気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures ; TCFD)」や「自然関連財務情報開示タスクフォース(Task Force for Nature-Related Financial Disclosure ; TNFD)」等の世界基準も誕生している。

特筆すべきは、環境先進地域のEUの欧州グリーンディールにおけるサステナビリティ情報の開⽰・報告に関する EU規制の動向である。既に2022 年 11⽉に「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)」案が欧州議会・理事会において承認されている[9]。そこで求められる開示情報には、企業の気候変動緩和のための移行計画もあり、企業の過去・現在・将来における気候変動緩和努力を開示し、企業の事業戦略やビジネスモデルが持続可能経済への移⾏、パリ協定約定(気候上昇 1.5℃以内)および 2050 年までの気候中立⽬標に整合的であることを確認することを目的としている[10]

こうしたカーボン・プライシングをはじめ、環境NGO活動や国際的な標準化は、世界中のすべての企業にとって情報開示の大前提となりつつある。そして、完全ではないものも、すでに、世界の潮流は、着々と、ガバナンス(Governance)、戦略(Strategy)、リスク管理(Risk Management)、指標と目標(Metrics and Targets)等の多角的な側面で「脱炭素」や「生物多様性保護」への貢献が求められる時代になってきている。

同時に、資金調達面でも、投資家の資金と企業の設備投資を「脱炭素化」に集中させるべく、持続可能性に貢献する経済活動を分類判別する「タクソノミー(taxonomy) 」[11]が標準化し、環境に配慮した投資融資行動により、資金調達をする企業行動にも劇的な行動変容が起こりつつある。わが国の多くの企業も、こうしたTCFDや、SBT(Science Based Targets)[12]、さらにはRE100[13]等の脱炭素に関するコミットを表明して、率先垂範して活動を展開している。

すでに2030年度の温室効果ガス46%削減、2050年のカーボンニュートラル実現という国際公約を掲げ、気候変動問題に対して国家を挙げて対応する強い決意を表明しているわが国政府も、内閣総理大臣を議長とするGX実行会議から「成長志向型カーボン・プライシング構想」が提示され、炭素に対する賦課金は2028年度から、排出量取引は2026年度から本格稼働する計画や、気候変動情報の開示も含めたサステナブルファイナンス全体を推進するための環境整備も俎上に上がっている。中央環境審議会炭素中立型経済社会変革小委員会においては、カーボン・プライシングへの取り組みについて積極的な議論も進んでいる。エネルギー政策等、課題山積だが[14]、実効性のある政策の早期実現を期待したい。

こうした持続可能な人類社会構築に向けた内部化や、情報の非対称性や不完全性への改善努力の世界的潮流は、好ましい帰結であり、大歓迎である。しかし、それで充分かと問われれば、まったく十分ではない。あくまで、対処療法の域をでない。その本質的な現下の人類の社会経済システムに巣くう病巣までメスをいれているわけではなく、依然として、その根本治療には至っていないのが実態である。

それでは、はたして、根本治療とは何なのか。公正な情報を疎外し、情報の非対称性と不完全性を生み出し、過剰な消費・生産・廃棄委を加速させ、地球環境破壊を促進し、人類間の不均衡を生み出し、適正配分を困難にし、格差・貧困問題を深刻化させている根本原因は何なのか。そして、それを解決する処方箋は何なのだろうか。

[6]「炭素税」は、政府が「税」の形を通じて、炭素価格を直接的にコントロールする手法である。炭素排出1トンあたりX円と表示される。企業から見た場合、炭素価格が固定されるためコスト負担の見通しが立てやすいメリットがある。デメリットは、企業が炭素価格に対してどのように反応するかが不確実なため、国全体での排出削減「量」について確実な見通しが作れない欠点がある。現在の国際的な気候変動対策は、「2050年カーボンニュートラル(=実質排出量ゼロ)」のように排出量(削減量)で評価されていることもあり、炭素税の価格アプローチはやや迂遠な印象があるとの指摘もある。

[7] 「排出量取引制度」は、各企業・国などが温室効果ガスを排出することのできる量を排出枠という形で定め、排出枠を超えて排出をしてしまったところが、排出枠より実際の排出量が少ないところから排出枠を買ってくることを可能にし、それによって削減したとみなすことができるようにする制度である。

[8] 「CBAM(炭素国境調整メカニズム)」は、製品に含まれる炭素量に応じて、国内製品と輸入品に同じ炭素価格を適用する仕組みで、対象となる輸入品はセメント、電力、肥料、鉄鋼、アルミニウムなどである。2023年1月から導入され、2025年12月までの3年間は移行期間として主にデータ収集と輸入申告者への告知期間とされている。EUではすでにEU-ETSにおける無償排出枠制度が運用されているが、CBAMの導入にあわせ徐々に縮小される予定である。ちなみに、カーボン・リーケージとは、排出削減努力を行わない国・地域から流れ込む輸入品が、価格競争力の面で国内品(排出削減努力によるコストが乗っている)を駆逐してしまい、産業の空洞化に繋がるリスクを言う。EUに対して他国・地域の排出削減努力が不十分な場合のみ、このカーボン・リーケージが問題となる。こうしたカーボン・リーケージ防止の視点からCBAMは誕生した経緯がある。

[9] 企業サステナビリティ報告指令(CSRD) は、現⾏の EU の⾮財務情報開示指令(NFRD)を⼀新し、開示義務強化・適⽤範囲拡⼤を⾏う新たな開示規制である。⼤きな制度枠組みを定めるものであり、具体的な開示項⽬や基準については欧州委の委託を受けた欧州財務報告諮問グループ(EFRAG:European Financial Reporting Advisory Group)が開発を担う。

[10] 具体的な開示情報としては、GHG 排出削減⽬標、気候変動緩和のための活動やグリーン移⾏を実現するための投資に関する説明、企業の主要資産・製品から排出されるロックイン(固定化された)GHG 排出量予測、経済活動(売上)をタクソノミー規則と整合させるための方針などを含む、気候変動緩和のための移⾏計画がある。

[11] 「タクソノミー(taxonomy) 」は、元々は生物を分類することを目的とした生物学の一分野を表す用語として用いられてきたが、こうした物や概念の分類を体系化する考え方を応用し、金融分野において「持続可能性に貢献する経済活動」を分類・列挙したものが金融におけるタクソノミーである。EUでは2019年12月に欧州グリーンディールを公表し、2050年までに気候中立(温暖化ガス排出量の実質ゼロ)を目指すことを表明。そのため、目標に向けた産業技術のイノベーションと並行して、それを可能にするための莫大な資金が必要になり、投資家の資金と企業の設備投資を「脱炭素化」に集中させる金融戦略として、2020年6月に「タクソノミー規則」(EUタクソノミー)を法令化した。

[12] パリ協定(世界の気温上昇を産業革命前より2℃を十分に下回る水準(Well Below 2℃)に抑え、また1.5℃に抑えることを目指すもの)が求める水準と整合した、5年~15年先を目標年として企業が設定する温室効果ガス排出削減目標。

[13] 企業が自らの事業の使用電力を100%再エネで賄うことを目指す国際的なイニシアティブ。

[14] エネルギー政策の実態は、恥ずかしいことに「羊頭狗肉」である。世界の潮流から3周遅れだとも揶揄されている。その実態は、利権への不毛な忖度によって、再生可能エネルギーやEV化の分野で、致命的に出遅れている。

次章:(4)通貨の本質と闇 ~資本主義の宿痾の根源についての考察~
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