誰しもが、大同小異、心当たりがあると思うが、独りよがりで自分中心の人物って結構多いし、ときに、辟易とすることも多い。周囲に迷惑や不快感を与えていながら、利他心の欠落や解像度の衰弱ゆえに、その事態に気が付かないでいる。困ったものである。
でも、これは、なにも、個々人の人格の問題にとどまらない。むしろ、この地球と言う惑星にとっては、人類全体そのものが、独りよがりで自分中心な存在なのではないかと、うすうすと気づいている方々も結構いるのではないかと思っている。
いまや、驚くことに、海洋の野生水産資源の34%が乱獲されている。多くの陸生動物の個体数は持続不可能な利用により減少している。野生の樹種の12%は持続不可能な伐採により種の存続が脅かされている。すでに100万の種が絶滅の危機に瀕している。その背景には、急速な経済優先の国際貿易拡大がある。そのすべての加害者は、明らかに人間である。
利得目当ての、持続不可能で違法かつ無秩序な生物種の利用が問題となって久しい。野生生物の違法取引は年間230億ドル規模のビジネスとなっている。それで、一部の悪徳業者が自然や生態系を犠牲にして私利を得ている。地域先住民、地域コミュニティから、自然資源や安全な生計へのアクセスを一方的に奪っている重大犯罪である。
いままで、多くの人々が、こうした愚行を糾弾してきた。人間と自然の二元論や人間中心主義による自然支配論から卒業して、人間は、あまたの生物種の中の脆弱な一種にすぎないとういう立ち位置に謙虚に立ち帰って、人類のいままでの傲慢不遜な言動を反省し、思い切ったパラダイムシフトをしなければならない局面に来ていると指摘されて久しい。
こうした人間中心主義の人類システムへの危機感を背景に11年前に設立された「IPBES」というグローバルなPlatformがある。科学的に信頼性のある独立した最新の評価を各国政府、民間企業、市民社会に提供し、地方、国、地域、国際レベルで十分な根拠に裏打ちされたより良い政策決定と行動を可能にすることを目的として設立された。
聴きなれない名称である。科学的評価、能力開発、知見生成、政策立案支援の4つの機能を柱とし気候変動分野で進めてきたIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル;Intergovernmental Panel on Climate Change)になぞらえて、「生物多様性版IPCC」と呼ばれることもあるが、IPCCに比べて、その周知度は低い。
IPBESは、2012年4月に設立された政府間組織で、「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(Intergovernmental science-policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services)」の頭文字である。生物多様性と生態系サービスに関する動向を科学的に評価し科学と政策のつながりを強化する政府間のプラットフォームで、2022年12月現在、139カ国が参加しており、事務局はドイツのボンに置かれている。
このIPBESが去年2022年7月に発表した画期的な報告書がある。「自然及びその便益に関する多様な価値の概念化に関する方法論的評価報告書」(Assessment Report on the Diverse Conceptualization of the Multiple Values of Nature and its Benefits;以下、「価値評価報告書」と略)だ[1]。
この価値評価報告書は、人々の自然に関する価値観は多様であるにもかかわらず、従来の多くの政策立案では、市場取引で評価される自然の価値等の狭い価値観を優先し、自然と社会、また将来世代を犠牲にするとともに、先住民及び地域社会の世界観に関連する価値をしばしば無視してきたと厳しい評価をくだしている。さらに、昨今の生物多様性の減少傾向を反転するためには、背景にある人間社会のあり方、特にその根本にある、経済価値ばかりに重きを置いてしまいがちなわたしたちの価値観を問い直す必要があると、実に的確な指摘をしている。経済価値は、あまたの生物種の中の一種にすぎない人類間の約束事にすぎない。その価値観で一元的かつ一方的に自然を評価するのは、あまりに傲慢・不遜である。
この価値評価報告書の指摘を反映して、昨年2022年12月7日~19日に、カナダ・モントリオールで、「生物多様性条約第15回締約国会議第二部(COP15第二部)」が開催され、2030年までの生物多様性の世界目標である「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択された。
明らかな事実がある。いまや、自然の生命維持システムは、帳簿に載らない外部価値と化していること。そして、短期的な利益を追求するあまり、失われつつあることである。そして、われわれ人類が、このまま、自然を大切にし、意思決定において自然を考慮することを怠れば、不可逆的に自然は失われ続けるであろうことである。好い事なんて1つもない。
国連は、すでに各国の国民経済計算の基準として「環境経済統合勘定(System for Integrated Environmental and Economic Accounting;SEEA)を採択しており[2]、人と自然の関係についての再構築は、着実に前進しつつある。証拠に基づく政策対話を行うメカニズムであるIPBES報告書等を梃子にして、いかに、人間中心主義からの卒業を経て、あらたな次元にパラダイムシフトを実現できるか。これこそ、政治の最重要なミッションである。
はたして、G7議長国日本は、5月のG7会議で、こうした観点から生物多様性や気候危機問題等の喫緊の地球環境問題への取り組みについて、どこまで、真摯にリーダーシップを発揮できるのか。あるいは、軍産複合体を利するであろうきな臭いウクライナ戦争等の陳腐な軍拡の議論で終始してしまうのか、この采配如何で、議長国日本が、いかなる世界観でどこに向おうとしているのか、その国家としての水準と真価が問われている。
[1] IPBES第9回総会(2022年7月、ドイツ・ボンで開催)で承認された価値評価報告書。この評価報告書は、人々の良質な生活と地球上の生命を調和させ、持続可能な開発において相互に絡み合っている経済・社会・環境の側面をバランスよく発展させるための経路を示すガイダンスを提供している。また、様々な世界観と価値観の関係に関する理解、および価値の類型、ならびに自然の価値の評価手法と評価プロセスの設計と実施、ならびに自然の多様な価値を意思決定と政策決定に組み込むための指針が含まれており、自然の多様な価値を政策に統合するための幅広い選択肢、視点、アプローチを提供している。(出所)IPBES(2022)”Assessment Report on the Diverse Conceptualization of the Multiple Values of Nature and its Benefits” https://www.ipbes.net/the-values-assessment
[2] 1992年開催の「環境と開発に関する国連会議」(地球サミット)で採択された『アジェンダ21』第8章「意思決定 における環境と開発の統合」のD節「統合された環境・経済勘定システムの確立」が原点である。すでにわが国でも多様な環境経済統合勘定研究と並行して自治体を対象に地域版SEEAの試算が行われている。