3月27日 東レ株式会社は新しい中期経営課題“プロジェクトAP-G 2025”説明会を開催し、日覺昭廣社長が説明を行った。6月付けで新しい社長に副社長の大矢光雄氏が昇格する人事を発表したばかりの同社は、新たな体制で新たな経営課題の達成に向けて進んでいくことになる。

様々な成果をあげた前中期経営課題“プロジェクトAP-G 2022”

ここでは日覺社長のプレゼンテーション内容の概要を紹介する。
企業理念「わたしたちは新しい価値の創造を通じて社会に貢献します」は、事業を通じた社会貢献という創業以来の考え方を表している。東レの強みは、革新技術や先端材料を創出する力にある。長い時間をかけて鍛えあげられたコア技術とエンジニアリング技術が強靭な技術プラットフォームを形成し、新しい価値を創造する源泉となっている。



この理念には7つの構成要素がある。そのうちビジョンは東レグループが将来に向けて進む方向を示したものであり、東レグループ サステナビリティ・ビジョンを指す。

このビジョンには、2050年に目指す「4つの世界」があり、それは私たちが直面する発展と持続可能性の両立をめぐる地球規模の課題が、解決された世界になる。これを実現するために東レグループは、①気候変動対策を加速せる。②持続可能な資源利用と生産に貢献する。③安全な水・空気を届け、環境負荷低減に貢献する。④医療の充実と公衆衛生の普及促進に貢献する。の4つの課題に取り組んでいる。



次に2020年度から3年間推進してきた中期経営課題“プロジェクトAP-G 2022” (以下AP-G 2022)の成果と課題を振り返る。なおここで示す数値はいずれも2月4日に公表した見通しの数値を用いている。AP-G 2022では、成長分野でのグローバルな拡大、競争力強化、経営基盤強化からなる3つの基本戦略とさらに全社共通課題として新事業創出、生産段階での排出削減、デジタル活用の推進、「東レ理念」の共有・発信に取り組んだ。

AP-G 2022の主な成果の1つめは、成長分野でのグローバルな拡大で推進したグリーンイノベーション(GR)事業及びライフイノベーション(LI)事業の拡大になる。GR事業では、新エネルギーに分類している風力発電用炭素繊維と水処理膜が順調に拡大。LI事業ではAP G 2022において、新たに対象を加えた「人の安全」に関連する製品の他、衛材用不織布やスポーツ関連素材の出荷が増加した。その結果、それぞれ2022年度の売上収益目標を達成する見通しとなっている。

主な成果の2つめは、全社共通課題の1つである生産段階でのGHG排出量及び用水使用量の削減となる。石炭からのエネルギー転換や排水の再利用などの取り組みによって、それぞれ2020年度目標を達成する見通しとなっている。

サステナビリティの目標達成状況については、GR製品の売上拡大に伴い、バリューチェーンへのCO2削減量や水処理貢献量はいずれも目標を達成する見通しとなっている。これらを含めてサステナビリティの目標の全項目を達成した。新しい中期経営課題では・事業拡大と収益力(利益率)の向上・サステナビリティ対応の加速・資産効率の改善(成長領域への経営資源重点化)・内部統制の充実、コンプライアンス意識のさらなる徹底の4点が対応すべき課題となる。

価値の創造を主要テーマにした“プロジェクトAP-G 2025”

ここから25年度までの3事業年度を対象とする新中期経営課題“プロジェクトAP-G 2025”(以下AP-G 2025)「革新と強靱化の経営」-価値創造による新たな飛躍―について説明していく。“AP-G 2025”では、価値の創造を主要テーマに据えている。副題である-価値創造による新たな飛躍―には社会的価値、顧客価値の創造に東レグループ全体であらためて注力することにより、さらなる高みへ到達するという意味を込めている。

事業環境は変化のスピードが速く、不確実性が高まり、多面的なリスクマネジメントが求められる一方、サステナビリティ対応の要請の高まりやデジタル技術の進化は、革新素材で社会課題の解決に貢献する東レグループにとっては、収益機会の増加を意味すると考えている。東レグループはグローバルに生産拠点を有し、それらを繋いで供給網を構築している。地政学リスクに対しては、消費地での生産を原則としつつ、安定的かつ競争力のある最適な供給体制を維持・強化していく。デジタル技術の進化は、新たな需要を目指す事業機会面と東レが誇る技術力を一層強くする競争力強化の両面で、大きな期待を寄せている。

また、価値観や就労観の多様化により人材が流動化している。個人の力を生かしつつ、組織力で大きな成果につなげていくという創業以来の考え方を受け継ぎ、多様な人材が活躍する会社にしていくことが何より重要だと考えている。それらを受けてAP-G 2025では 5つの基本戦略を掲げている。AP-G 2025では、これまでのGR事業、LI事業を引き継ぐサステナビリティイノベーション事業と、デジタル技術の進化を収益機会として捉えるデジタルイノベーション事業を柱として持続的かつ健全な成長の実現を目指す。

5つの戦略は、収益機会を捉える成長戦略である①持続的な成長の実現、②価値創出力強化③競争力強化と成長を支える経営基盤である④ 「人を基本とする経営」の深化、⑤リスクマネジメントとグループガバナンスの強化となる。これらに加えて財務健全性の維持・強化を引き続き図っていく。また、2025年度のサステナビリティ目標においては、AP-G 2022ではすべての目標を達成したため、より高い目標を掲げ、東レグループ サステナビリティ・ビジョンに掲げる目標の実現に向けた取り組みを加速していく。

SI事業とDI事業で持続的な成長を実現

5つの基本戦略について順番に説明していく。持続的な成長の実現については、東レグループでは2011年度にGR事業、2014年度にLI事業をそれぞれ成長分野として位置づけ、事業機会の取り込みを図ってきた。これらは2018年に公表した東レグループ サステナビリティ・ビジョンに掲げる「2050年に目指す4つの世界」と「グループが取り組む課題」と対応している。AP-G 2025では東レグループ サステナビリティ・ビジョンを基軸としつつ、当社の強みを発揮して収益拡大が見込める領域としてGR事業とLI事業を合わせて再定義したサステナビリティイノベーション(SI)事業と4つの世界の実現を支えるデジタルイノベーション(DI)事業を、あらためて東レグループの成長領域と位置付けた。これらの成長領域には設備投資と研究開発費を合わせて4500億円のリソースを投入し、組織横断の体制構築を行い、お客様に対する総合的なソリューションの提案や社内連携などを加速させ、連結売上収益のほぼ6割を占めるまでに拡大していく。



具体的にまず取り組むのは、サステナビリティイノベーション事業の拡大となる。気候変動対策の加速に貢献する航空機向け複合材料、水素燃料電池材料、風力発電用炭素繊維、資源循環に貢献する&+などのリサイクル材料、安全な水・空気の提供に貢献する水処理膜やエアフィルター、肥料と公衆衛生に貢献する衛生材料や医薬・医療機器などについて積極的な事業拡大を推進する。SI事業の拡大を着実に推進することで、2025年度には売上収益を1兆6000億円とすることを目指す。

ここでSI事業の成長製品を紹介する。1つめは、水素社会実現に貢現に貢献する製品となる。2020年12月に発表された日本のグリーン成長戦略では、2050年のカーボンニュートラルの実現には、再生可能エネルギーの利用拡大とともに水素の活用、とりわけ再生可能エネルギー電源から製造するグリーン水素の活用が重要と指摘している。当社は水素の製造・輸送・貯蔵・利用の各段階で幅広く基幹素材を開発している。

たとえばグリーン水素の製造に用いる水電解装置の基幹素材としてカーボンペーパー、電解質膜、触媒付電解質膜(CCM)の開発を推進している。水電解装置用電解質膜の市場規模は、2030年には1600億円になると見込んでおり、当社独自の単価水素系電解質膜の需要化を推進する。



2つめは、圧力容器用炭素繊維となる。CNGタンク、水素タンク用途で世界No.1シェアを維持している。CNGタンクは宅配業務用CNG車両およびガス輸送タンクの需要が堅調に増加。水素タンクは、燃料電池を使用する乗用車、物流トラック、鉄道、船舶などへの採用が拡大している。



3つめは、安全な水・空気を届け、環境負荷軽減に貢献する逆浸透(RO)膜となる。海水・淡水と大型プラントの建設が続く中東や環境への規制強化が進む中国を中心に、需要の拡大が進むRO膜事業で増加する事業に即応した地産地消体制を構築することにより、既に世界99か国の大型プラント100か所に納入している。グローバル生産・販売、技術サポート体制によるきめ細かいアフターサービスを継続強化と高性能な新製品開発とコストダウンの推進により世界№1を目指す。



次は、もう1つの成長領域であるDI事業について説明する。デジタルイノベーションの製品はハンドタイヤ、ディスプレイ関連で使用される樹脂・フィルム・電子情報材料などの先端材料に加えて、半導体プロセスの超純水製造に必須のRO膜や東レエンジニアリングの半導体製造検査装置、東レファインケミカルの洗浄剥離溶剤などで構成される。DI事業の拡大を着実に推進することで、2025年度売上収益2,500億円を目指す。

新事業と品質で価値創出力強化と競争力強化へ

次は基本戦略の2つめと3つめにあたる価値創出力強化と競争力強化について説明する。東レグループには、①素材を起点とするソリューション提案力、②「極限追求」「技術融合」による新技術創出力、③組織の総合力発揮による研究・技術開発力、④高品質な製品の安定供給力、⑤グローバルなバリューチェーン構築力の5つの強みがある。その強みを基盤として現場密着型のデジタル活用を推進することにより、価値創出力と競争力の強化に取り組んでいく。


価値創出力強化では、有形・無形資産を融合することにより、バリューチェーンの延伸と組織横断での価値創出によって事業の高付加価値化を推進するとともに、社会課題解決に貢献する新事業の創出を推進する。競争力強化では東レグループのブランドの礎である「品質」をさらに磨く品質力強化と 組織の総合力を活かした組織横断的コストダウン活動を推進する。



さらに基本戦略である価値創出力の強化では、新事業創出ーFTプロジェクトを引き続き推進していく。社会課題解決に貢献し、東レグループの成長ドライバーとなることが期待される大型テーマへのリソースの重点投入により、対象テーマにおける研究技術開発とビジネスモデル構築の加速を目指す。そしてそこには水素・燃料電池関連材料、バイオマス活用製品・プロセス技術、環境対応印刷ソリューション、次世代医療、次世代表示ソリューションなどが含まれ、対象テーマ全体で2020年代に1兆円規模の売上創出を目指す。

次に競争力を強化していく取り組みとして品質力強化について説明する。品質力とは、「お客様が求める製品を安定的に供給する力」であり、AP-G 2025では、品質力強化プロジェクト(QEプロジェクト)を展開し、デジタル技術を活かし、製品の工程能力を総合的に管理し、設計・開発から販売まで一貫で品質力を強化していく。これによりお客様に対し、私たちの高い品質の製品をこれまで以上にグローバルに安定的に提供できるようになるようにしていく。

また、たゆまぬ体制強化によるコスト競争力強化は永続的な課題となる。AP-G 2025においても組織の総合力を活かした組織横断的コストダウン活動を展開し、取り組み事例をグローバルに共有し、水平展開することで東レグループ全体にコスト競争力の底上げをはかる。そして、事業活動のあらゆる場面でのコストダウンを推進し、3年間累計で2,000億円のコスト削減を目指す。

私たちの価値創出力・競争力をさらに磨いていくには、デジタル技術の活用は重要な要素の一つとなる。AP-G 2025ではデジタル関連投資を200億円計画。東レグループに蓄積したデータをグループ全体で活用するためのグローバルデータ基盤、解析とシミュレーション技術の融合、バリューチェーンとの連携を加速させる。また現場起点で考える密着型デジタル活用を推進するため、デジタル人材をグループで2000人以上、育成する計画だ。これにより事業活動のあらゆる面で価値創出力、競争力を高める。

成長を支える経営基盤強化となる人材育成・リスクマネジメント・財務健全性

基本戦略の4つ目は、「人を基本とする経営」の深化。成長を支える経営基盤強化となる人材育成・リスクマネジメント・財務健全性について話す。

人を基本とする経営は、創業以来受け継ぐ経営思想になる。この戦略では、多様な人材の確保と登用により、若手、海外、高度専門人材、女性、シニアなど登用の加速・推進をはかる。人材育成については、社員が自らのキャリアを形成するための支援、強い現場力を支える人材育成を推進。東レグループで働くことの誇りにつながる環境・機会を提供し、現場の声を尊重する組織・風土を醸成することにより、働きがいと働きやすさを実現する。



基本戦略の5つ目であるリスクマネジメントとグループガバナンスの強化においては、ロシアによるウクライナ侵攻に端を発して経済のブロック化が進んでいるので経済安全保障・地政学リスク管理の徹底を図っていく。また、内部統制の強化とマネジメント力向上により健全な組織運営を実現していく。財務健全性の維持・強化についてはキャッシュ・フローやROICの観点から資産効率性を向上。事業拡大と収益性の改善の両立を図り「高成長・高収益事業」の拡大をはかっていく。

社会と自社のGHG排出量削減に果敢にチャレンジ

ここからは「東レグループ サステナビリティ・ビジョン」実現の加速するために長期視点で取り組んでいる2030年度のサステナビリティ目標について説明していく。

「東レグループ サステナビリティ・ビジョン」の2030年度目標を2020年度までの取り組みの成果により、2030年度目標を引き上げて、サステナビリティ対応を加速することとなった。



具体的な取り組みとしてまず挙げるのは、カーボンニュートラルへの取り組みだ。これはサステナビリティイノベーション事業(SI事業)を通じて社会のGHG排出量削減に貢献していく。SI事業拡大で実現した再エネ電力・水素・低カーボンフットプリント原料などを最大限利用し、自社のGHG排出量削減も推進していく。社会のカーボンニュートラル実現への貢献していくためにSI事業の各製品を拡大し、社会全体GHG削減に大きく貢献していく。

また、自社のカーボンニュートラルの実現では、事業活動に伴うGHG削減技術の導入に加え、CO2の吸収・資源化技術にもチャレンジし、2050年に東レグループのカーボンニュートラルを実現する。さらに航空機の軽量化に貢献する炭素繊維や海水淡水化プラントからCO2排出を削減する水処理製品などSI事業の拡大によって2030年度のバリューチェーンでのCO2削減貢献量を従来目標の2013年度比の8倍から25倍まで拡大することを目指す。

続いて自社のカーボンニュートラル実現――生産段階での排出削減について説明する。東レグループは、当社ならではの知見・技術を活かした施策や燃料転換を推し進め、「チャレンジ30」プロジェクトとして、生産段階でのGHG排出量を削減に取り組んできた。AP-G 2025では自社のカーボンニュートラル化・サステナビリティ対応を前倒しで実行し、2030年度の削減目標を引き上げ「チャレンジ50+プロジェクト」を展開する。これにより2030年度のGHG排出量削減として東レグループ全体のGHG排出量の売上収益原単位を40%から50%削減に引き上げ、これに加え日本国内のGHG排出量の絶対値を従来の目標の7%から40%以上削減に引き上げた。また東レグループ全体の用水使用量の売上収益原単位を従来目標の30%から50%に引き上げた。

化石資源に頼らない循環型社会の実現に貢献

循環型社会実現に向けた取り組みでは、使用済プラスチック製品のマテリアルリサイクル、ケミカルリサイクル、再生可能資源であるバイオマス由来の原料活用、大気中の燃焼排ガスから回収したCO2の資源化などの取り組みによって化石資源に頼らない循環型社会の実現に貢献していく。

AP-G 2025では資源循環の目標を新たに設定。2030年度SI事業の「持続可能な循環型の資源利用と生産に貢献する製品」の売上収益目標4,000億円、2030年度基幹ポリマーの再生資源等使用比率目標を20%に設定し、資源循環社会への貢献を加速している。

AP-G 2025では東レ理念を基調として東レグループ サステナビリティ・ビジョンに示す発展と持続可能性を巡る地球規模の課題の解決への貢献を通じた持続的かつ健全な成長の実現を目指し、その成長戦略を可能にするための価値創造、それを支える人材基盤の強化に注力し、投下資本効率、人材の面から経営基盤強化を進める。