公益財団法人イオン環境財団は、東京大学未来ビジョン研究センターと2月4日、東京大学安田講堂にて「イオン東大里山ラボ 里山シンポジウム」を開催した。 両者は、自然と調和した健全な人間社会を目指し、新たな里山づくりにチャレンジすることを目的に、2022年3月に「イオン東大里山ラボ」を設立。

2回目となる同シンポジウムでは、里山の活動と年齢を重ねたことで生じやすい衰えを意味する「フレイル」の予防活動を連携させ、健康で幸福な長寿生活が地域貢献に結びつき、持続可能性を創出するモデルについて意見交換を行った。冒頭挨拶に立ったイオン環境財団理事長 岡田元也氏と、東京大学総長 藤井輝夫氏は以下のように語った。

【挨拶】(要旨)
身体と心を活性化し、フレイル等の予防や生きがいを創出する里山へ
イオン環境財団理事長 岡田元也 氏

当財団は1990年に地球環境をテーマとして国内でも最も先駆的に環境保全をテーマとする財団としてイオンの名誉会長の岡田卓也が私財を投入し、国内外の1200万本の植樹をはじめ、これまで多くのNPOあるいはアカデミアとの活動を行ってきた。そして、これまで植樹をしてきたイオンの森から一歩進め、里山の保全を通じて地球課題の解決の一助とすることを重要目標と定め、科学的知見をいただきながら志を同じくできる東京大学とのパートナーシップによってイオン東大里山ラボの設立に至った。

我々は里山を中核として人・生活・地域社会、そして事業活動をすべて持続可能な新しい関係性を構築したいと考えている。しかしながら、60年代以降、経済の成長、社会の変化の中で里山は放置されてきている。今、里山は非常に荒れている。多くは竹と笹、葛の葉、セイタカアワダチソウに侵食され、周囲の休耕田や耕作放棄地もあいまって生物多様性上も景観上でも非常に大きな影響をもたらしている。里山は人間が使うために絶妙のバランスを取るための手入れをしてきた。

その活動というのは人々の生活、地域社会、企業活動にもこれから密接に関わってくる。皆が協力しあってこれを行い、その効用も皆で共有できるものと考えている。持続可能な社会には里山が中核となると考える理由がここにある。しかしながらただ復活させるというものではない。より良い社会、生活、地球のために新しい里山の定義が必要。今回のシンポジウムではさらに新しい里山で必要となる身体的活動や地域の人々とのコミュニケーションを通じて身体と心を活性化し、問題となっているフレイル等の予防や生きがいの創出も可能になると考えている。

【挨拶】(要旨)
地域の自然にふれあい、生きがいと健康を実現していく取り組みに
東京大学総長 藤井輝夫 氏

現代の人類・社会がおかれている状況を見渡してみると、パンデミックや気候変動を含めて難問が突きつけられている時代といっていい。これに関連して世界の様々な場所で差別や分断が広がり、社会の中で非常に閉塞感が露になってきている。加えて昨年2月にはロシアによるウクライナへの軍事進攻が起こり、今も続いているという状況にある。

このように年単位で新しいことが起こり、当たり前と思っていたことが当たり前でなくなっている。私たち大学はアカデミア・学術を担っている。その役割は何か。何ができるのか、ということを考えつつ、過去から未来に向けて長い視野を持って新しい社会の構築に取り組んでいくべきであると考えている。そして、この考えに基づいて2021年の9月に東京大学の基本方針である「UTokyo Compass」を公表した。そこでは私たちが大事にすべき実践として「対話」を掲げている。東京大学はまさに知を生み出す存在として、大学と社会との間で、あるいは世界の中で対話を通じて立場や価値観が異なる人と人、組織と組織をつないでいく、そういうことを通して世界の公共性に奉仕していきたいと考えている。

イオン環境財団様と東京大学未来ビジョン研究センターは昨年3月にイオン里山ラボを設立し、日本における活力ある地域の構築を目指し、先駆的なアイデアを推進するような共同研究を進めてきた。今回、このシンポジウムは「人間と自然の共生」という大きなテーマを抱えつつも地域における高齢化問題対策や地域により異なる多様な資源の活用によるイノベーション等を考え、これら日本が世界の国々に先立って取り組んでいる課題を合わせて議論をしていく。東京大学は農林水産物といった高い付加価値を有する様々な地域資源の消費や生産、それから自然エネルギーを中心とする再生可能エネルギーの活用などにも非常に力を入れて研究開発を進めている。

一方で地域における高齢化にも目をむけて学部分野横断型で取り組むプログラム「ジェロントロジー」で総合的な老年学も推進している。さらに全国多くの自治体との連携で得られた知見を通じて、シニア世代による地域の活性化ついても世界をリードする成果をあげている。

イオンが日本中に有するネットワークを活用して地域において実践している、様々な仕組みは、東京大学が目指す社会との共創、あるいは地域連携との具体例となっている。今回のシンポジウムでは大学の研究者だけではなく、地域行政や市民活動家の皆さんとの対話の場も予定している。私たちが大事にしたい対話とは、未知なるものへと向かい合って知ろうとする実践であると考えている。未知なるものを知るためには「問い」を立てる必要がある。対話を通じてその問いを共有し、共に考えていく。その中でお互いの間に信頼の関係が構築できると思う。そして、その信頼に基づいて大学が生み出している知というものを共有していただく、あるいは知を共に生み出していくといったことができ、それがイノベーションの源泉にもなっていくと考えている。

このシンポジウムでは地域に残る素晴らしい自然にふれあい、そして生きがいを感じながら、同時に健康を実現していく取り組みが紹介される予定にある。それらを通して皆さんがチャレンジされるきっかけにこのシンポジウムがなることを祈念し、挨拶とさせていただく。

【基調講演(1)】
地域の自然を通して自分と地域の健康長寿を実現しよう!
東京大学 高齢社会総合研究機構 機構長
未来ビジョン研究センター教授 飯島勝矢 氏

基調講演に登壇した飯島氏は、我が国が抱えている「少子高齢化」という課題に言及。75歳以上の後期高齢者が激増し「健康長寿」に加え、「幸福長寿」が並行して実現できるか、否かが鍵になると述べた。その中で重要となるのは、「加齢によって体力や気力が弱まるフレイルに陥っても仕方がない」という考えからの脱却。たとえば文化活動やボランティア活動によって地域に出、人とのつながることで典型的な運動ではないが、結果的に動くことになり、フレイルリスクを軽減していると話した。

そして、ヘルスケアの分野においては地域貢献活動に積極的に関わることによる生きがい感、コミュティ連携による社会的意義・愛郷心が次の生きがいを生むこと。また定期的な農作業等により、結果的に身体活動量が多くなり、従来の健康維持への固定概念から脱却できることを訴えた。そういった中で仲間たちと自分たちの「まち」を守り、創り、健康も獲得できるだけではなく、健康な人材の増加による地域の生産性や地域力の向上にもなる里山・里海活動に期待を寄せた。

【基調講演(2)】
地球の健康は私たちと地域の健康につながっている
未来ビジョン研究センター 教授 高村ゆかり 氏

続いて基調を行った高村氏は20世紀になって以降、200超の人に感染するウィルスが発見され、年に換算すると3~4ペースとなり、近年、出現の速度が増していると述べた。そして、感染症によって人と生物も同じ生命であるというワンヘルスと地球の健康も視野に入れるプラネタリーヘルスとを考える必要性を強調。また感染症から社会の脆弱性、レジリエンスの課題が見え、現代の社会の延長線上にありたい未来はなく、実現したい未来の社会のかたちを描き、そこに至るための課題と道筋を考えることの重要性を訴えた。

また高齢化や農業従事者の減少、気候危機、生物多様性の悪化といった幾つもの危機が健康で持続可能な地域づくりと重なり、その課題は相互につながっていることに言及。問題の統合的な把握と取り組みが必要になると同時に、ネットゼロの住宅が健康を促進する例や耕作放棄地を活用したソーラーシェアリングの取り組み事例を挙げながらそこには様々な課題解決の可能性もあると語った。

また、今のままの社会の延長線上に健康で幸せで持続可能な社会にならない可能性を科学が予測していることに触れ、地域のつながりで社会の中で活動することで、こうした将来の私たちが引き継ぎたい社会と地域を創っていくことがフレイル予防になり、今、私たちがありたい未来の地域・社会像を描き、私たちの決定が将来を決めることを力説。地域にはたくさんのパートナーがいることを訴え、講演を結んだ。

「地域貢献による健康長寿・幸福長寿」をテーマにパネルディスカッション

後半のプログラムでは東京大学 未来ビジョン研究センター准教授/「プラチナ社会」総括寄付講座代表菊池康紀氏と高齢社会総合研究機構特任所助教田中友規氏をコーディネーターに「地域貢献による健康長寿・幸福長寿」をテーマにパネルディスカッションを実施。

自治体でのフレイル予防の取り組みやフレイルサポーターや企業等の活動がプレゼンテーションされた。席上、イオンモール株式会社は、歩幅計測プログラムやウォークラリープログラムなど『健康への気づき』を促す空間デザイン・プログラムなどのハピネスモールの取り組みを紹介。今まで取り組んできた1200万本の植樹活動にとどまらず、今後は地域への拡大と里山との連携という視点でさらに地域の「しあわせ」なまちづくりに貢献していきたいと語った。