学者、作家、政治活動家、ダンサーという多面的な顔を持つオーストリア・ウィーン在住のクリスティアン・フェルバー。同氏が2010年に提唱した、公共の幸福に寄与する「倫理的な市場経済のコンセプト」が『公共善エコノミー』となる。同名の著書は2018年には改訂版の文庫本も出版されるロングセラーになり、既に8か国語に翻訳され、14ヶ国で販売されている。その日本語版出版記念イベント「公共善エコノミー~未来ある経済コンセプト」が1月10日、作者のクリスティアン・フェルバー氏と翻訳者の池田憲昭氏が登場し、オンラインで開催された。ここではフェルバー氏が池田氏の通訳で行ったプレゼンテーションの概要を紹介する。

著者:クリスティアン・フェルバー 氏
翻訳者:池田憲昭 氏

エコロジカルから飢餓まで様々な課題を抱える資本主義経済

公共善エコノミーは人間の基本的な需要に基づいた考え方、コンセプトであり、人間社会の基本的価値をベースにしている。その結果、全世界から非常にポジティブなフィードバックが届いている。

私たちが持つ経済のシステム・枠組みは、一言で言うなら資本主義経済システムになる。このシステムは根本的な問題を抱えている。それはエコロジカルなものでもあり、社会的な課題でもある。それらの問題・課題を資本主義経済が解決できない、あるいはより深刻化させている状況がある。

スウェーデンの環境学者ヨハン・ロックストロームが提唱した地球の限界値を示す「プラネタリー・バウンダリー」は、9つの領域で6つがすでに限界を超えている。エコロジカルな問題だけではない。2022年、飢餓により苦しんでいる人たちは2億1千万人になる。またコロナ禍やウクライナ危機以前の2020年に行った世界的なアンケートによれば半数以上の人たちがグローバルな資本主義経済について問題意識を持っている。

そういう状況において資本主義経済に代わるオルタナティブ=代替への探求が始まっている。その意味で、公共善エコノミーというのは包括的なオルタナティブである。非常にホリスティックなモデルからなり、チェンジするための数多くの理論がある。また今、いろいろな国や地域で様々なムーブメントが起きている。

経済は一つの道具であり、自己目的化してはいけない

まず経済という概念を明確に定義すべきだと思う。二つめは、経済の目的は何か、をしっかり定義する必要がある。そしてその目標に達しているかどうかを本質的に測るための方法論を持っていなければならない。

これは学術分野の課題ではなく、政治的な課題、市民社会の課題である。私たち市民は必ず経済と関わっている。公共善エコノミーでは、経済を社会的、文化的、エコロジカルなコンテクストの中でしっかりと位置付けることを提唱している。

「経済は一つの道具であるべきだ。自己目的化してはいけない」。この考え方はちまたにある経済に関する思想とは大きく異なる。一般的な経済理論はお金を稼ぐこと、増やすこと自体が自己目的化している。多くの経済学の教科書においては、「企業というのは、利益を増やし最大化することが一つの目的である」ことしか教えていないという現実がある。

昔の経済に関する考え方はどうだろうか。アリストテレスは2300年前にエコノミーの語源となる「オイコノミア」という考え方を定義した。それは「幸せのための経済活動」である。オイコノミアにおいての目標は公共善となる。そのための手段としてお金や資本が使われる。それが逆転し、お金、または資本を増殖することが目的化してしまうと単なる金儲け「クレマティスティケ」になってしまう。そして今日、このクレマティスティケが資本主義となっている。資本主義は昔のエコノミーの定義を逆転して捉えている(手段と目的を取り違えている)。一方で、各国の民主的な憲法や条例には資本主義とまったく違うことが書かれている。つまり、私たちの経済活動というのは一義的に利益をあげることではなく、公共の幸せと福祉のためにあるべき、ということが書かれている。

最上位の目標にあるべき「公共善」

「公共善」が経済活動の最上位の目標であるべきだ。それはアリストテレスだけではなく、歴史上の様々な人物が言っている。そして、それは新自由主義が世界の潮流になる150年前までは社会的な共通認知事項だった。私たちが公共善エコノミーで提案していることは、ごく当たり前の内容であり、憲法や歴史的に言われてきた事柄を実践しているだけなのである。

公共善という目標は、生活している人が一番知っている。地球のどこに住んでいても、何が欲しいかについて、みな同じ感覚を持っている。まず一番に欲しいものは健康。それから人生の満足度。それから人間関係がうまくいくことや、さらに社会的な連帯、公正な分配、基本的な人権などになるだろう。また安定したエコシステムや気候、それから生物の多様性。そして平和もそれに含まれる。世界中、若干の温度差はあっても同じことを挙げている。

そして公共善エコノミーでは、それぞれの国で経済活動の目標が何であるかをしっかりと民主的に話し合い定義することを勧めている。目標と言えば、SDGsを連想するかもしれない。しかし、公共善の目標はトップダウンではなく、ボトムアップで決めていくものだ。

「公共善決算」の点数をすべての商品に表示

公共善エコノミーには「公共善総生産」という概念がある。これは今あるGDPを補う。重要なことは、金銭的なことを測るのではなく、人々が満足しているかどうかを測るものである。この公共善総生産を測る上では、いくつかの事柄を分類し、オペレーションしていかなくてはならない。それには中間レベルで経済活動の主体となる企業が重要になる。企業が公共善という目標を達成するためにすべきことは、公共善をマトリックス化した「公共善決算」で計測していくことだ。公共善エコノミーではそれを提唱している。

このマトリックスでは横軸が人間の基本的な価値を示し、縦軸が経済活動の様々な部門を表している。横軸の項目は「人間尊厳」「連帯と公平」「エコロジカルな持続可能性」「透明性と民主的決議」の4つである。

企業はこの公共善マトリックスによってサプライヤーからオーナーとファイナスパートナー、従業員、そして顧客と同業種企業、社会環境まで測定を行っていく。たとえば人間尊厳であれば、労働においては安全な職場や意義深い仕事が与えられているかどうか、そして労働時間がフレキシブルか、あるいは労働以外の生活がしっかりと配慮されているか否か、などが測定される。

企業は項目ごとに、点数をつけていく。公共善決算では最大点が1000点まであり、マイナス点というのもありえる。公共善エコノミーでは、すべての商品で公共善決算の結果(数字)が色別で表示され、バーコードで読み取ることができるまで行きたいと思っている。これによって市場の透明性、価格だけではなく、企業の倫理的な経営が透明になり、皆が情報を共有できるようになる。

資本主義経済のシステムエラーを解消

しかし、今日の資本主義経済のシステムエラーはこれだけでは解決できない。大きな問題点は、企業が公共善決算において高い点数を取っても価格が高くなり、逆に非倫理的な事業を行う企業の商品の価格が低くなることも懸念されることだ。

公共善に則した経営を行う企業の商品やサービスが市場でもメリットを得られなければいけない。そのためには刺激を与える枠組み、策が必要になる。たとえば公共善に寄与する企業に対しては税金を低くしたり、国際的な自由貿易を緩和したり、逆の場合は企業の税金を高くしたり、銀行の融資が難しくなるなどデメリットを与えていくことで、価格差を逆転させていくことが必要だと思っている。

このような形で気候変動を抑制し、人間尊厳を配慮した経営をする企業の商品が、そうではない企業の商品よりもメリットが出れば、資本主義経済のシステムエラーを解消することができる。

様々な「所有」を定義し、制限を付与

公共善エコノミーが目指しているものは今と同じ市場経済である。しかし資本主義市場経済ではない。

アリストテレスの言葉を借りると、それはオイコノミアになる。クレマティスティケは資本の増殖、利益が目標で、それが競争によって掻き立てられるが、オイコノミアは公共善が目標になって進んでいく経済である。

また公共善はイズム=主義ではない。資本主義でもないし、社会主義でもない。その中間にあるオルタナティブである。資本主義はすべてのものが私有化され、社会主義はすべてのものが公有化されるべきであると主張している。その中間というものがない。公共善エコノミーにおいては、公的所有、私的所有、共同所有、社会所有、所有してはいけないもの(利用権)、と多元的な所有を定義している。そして、それぞれの所有形態で制限を設けている(表を参照)。

また「自由貿易」と「保護主義」という考え方がある。自由貿易というのは経済活動の妨げとなるバリアを取り除くべきであると主張している。保護主義というのは様々な制限を与えて自国の産業の保護を目指している。しかし貿易はそれ自体に善悪はなく、またそれ自体が目標でもない。貿易というのは一つの手段であるべきである。倫理的な世界貿易は促進され、ダメージを与えるものは制限されるべきだ。

今、世界では公共善エコノミーに3000以上の企業が参加し、1000の企業が公共善決算を作成し、発表している。

続々と新しいものが生まれる公共善エコノミー

公共善エコノミーは絶えず発展していくプロトタイプである。続々と新しいものが生み出されている。スペインのバレンシア大学で公共善講座が開講され、学生たちが学んでいる。自治体においても公共善決算を行った事例がある。ドイツのニュルンベルグ大学は、大学として世界で最初にこの決算を行い、承認を受けた。スペインのバレンシア州では、公共善エコノミーを法的に明記することが最初に行われた。EUには経済社会評議会があり、ここには10ページにわたる公共善エコノミーに関する宣言文がある。

2022年には2回目の公共善エコノミー学会がスペインのバレンシアで行われた。3回目、4回目は日本で開催してはどうだろうか。