1. クレムリンとワシントンの共同作業としてのウクライナ戦争
いまや、世界は、独裁者の狂気に満ちたきまぐれのリスクに、さらされている。すでに、あまた多くの無辜のウクライナ人が不条理に殺され、7万人超の子供が孤児となり、50万人超ものウクライナ人がシベリアに強制送還されている。そして、世界中が食料危機とエネルギー危機にさらされている。世界中の誰1人とて幸福にしないこの明らかな愚行が、白昼堂々、いまだに、無分別に、誰も止めることもできずに、果てもなく無間地獄のごとく、展開されている。
いままで試行錯誤しながら人類が地道に築き上げてきた恒久的平和構築プロセスが、かくも下劣で時代遅れな圧倒的な火器・兵器群による理不尽な一方的侵攻で、もろくも瓦解しつつある。かような戦争は、近時、民主主義国家間では、一度も起きていなかった。この時代遅れで不愉快な戦争は、「東西冷戦」の延長の断末魔だと位置づける専門家もいるが、実は、現下の資本主義システムの断末魔でもあるとの揶揄もある。
そして、今日現在も続いているこのウクライナ戦争は、「気候危機」と表裏一体である。いままさに世界が協調して脱炭素の取り組みに注力すべきこの肝心な時期に、こともあろうことか、真逆の愚行によって、人命とエネルギーが費消され、気候危機を加速してしまっている。ウクライナの上空を飛び交う戦闘機やミサイル、大地を蹂躙する戦車や軍用車は、湯水のように化石燃料を使いエネルギーを大量に消費し、兵器や兵士を搬送するトラック、破壊され燃え上がる工場施設や住宅など、すべてが燃焼し、大気中に大量のCO₂を吐き出している。これほどの愚行はあるまい。
さらに脅威は、「核」と「生物化学兵器」にある。いまや、世界中の核保有国には総計1万3000発以上の核弾頭があり、いったん核戦争が勃発すると、燎原の火のごとく、世界中で、同時多発的に核戦争が連鎖発生し、瞬く間に全世界が核のリスクにさらされる。そして、核戦争による途方もなく残忍な大量破壊や、無辜な市民の殺傷、深刻な放射線健康被害、火炎による煤と塵の太陽光遮蔽による生物大量絶滅等々、核がもたらす人類の悲劇には枚挙に暇がない。また、廉価で安易に製造販売されるようになった生物化学兵器は、国家とテロ集団のほとんどが手軽に開発・入手できる状況下にあり、有毒な化学物質が航空機から散布されたり、水道システムに混入されたりする悪夢が現実のリスクとして懸念されており、まさに、人類の命運は、断末魔の危機に晒されている。かような近未来現実だが、一触即発の人類滅亡リスクが、まさに、いまウクライナ戦争で不気味に具現化しているのでる。
この愚かなウクライナ戦争の一因については、多事総論なれども、プーチン大統領だけではなく、実は、ジョ―・バイデン米国大統領にもその責任の一端があると唱える専門家も想像以上に多い。周知の通り、すでに米国は、オバマ大統領時代に「世界の警察官」の座から降りてしまったが、プーチン大統領は、今回のウクライナ戦争に対するジョ―・バイデン米国大統領の弱腰をしっかり見抜いていた。そして致命的であったのは、今年2022年1月19日のジョー・バイデン米国大統領の「ロシアによるウクライナ侵攻が全面侵略ではなく小規模な侵攻ならば、アメリカとして制裁を見送る可能性がある」ことを示唆する不用意な発言であった※1。プーチン大統領は、その隙に付け込んで、8年前の欧米諸国が傍観していたクリミア無血占拠を念頭に、一気にウクライナ侵攻を断行したのであった※2。
本質的な問題は、今回のウクライナ戦争には、そもそも、クレムリンとワシントンの共同作業としての「確信犯」としての側面があることである。「共同確信犯」なんて、実におぞましい話ではあるが、その背景には、米国の軍産複合体(Military-industrial complex, MIC)の存在がある。軍需産業を中心とした私企業と軍隊、および政府機関が形成する政治的・経済的・軍事的な勢力の連合体を指す※3。「冷戦」終結とはいえ、その後も、ロシアも米国も、お互いに「敵」を必要としていた。そして、両国とも、お互いに、直接自国内で国民が犠牲になるような過酷な戦火を交えるのは回避したいが、自国外で「代理戦争」の形で戦争が起こることは、むしろ、お互いにとって好都合であるといった、実に姑息かつ愚劣な計算があった。実に醜悪ではある。プーチン大統領にとっても、欧米諸国によるウクライナへの積極的かつ持続的な加勢は、欧米等の脅威に対抗するという大義名分として有意であったし、ジョ―・バイデン米国大統領や軍産複合体自体にとっても、持続的に潤うウクライナ戦争の長期化は、その分、兵器供与が長期間継続できる意味でも、大いにメリットがあった。むろん、邪推に過ぎないが、万が一、上掲のジョー・バイデン米国大統領の不用意な発言が、もし、米国軍産複合体支持を念頭にした、プーチンへの誘い水としての意図的な計算があったのなら、その罪は重く、万死に値する。
そもそも、「戦争」は、人類の誰1人たりとも幸福にはしない。兵器は、百害あって一利なしである。しかし、産業革命後、工業化が進んだ19世紀、20世紀になると、戦争目的だけに開発製造する組織が必要とされるほど兵器は複雑化した。火器、大砲、蒸気船、飛行機、核兵器などの新兵器には数年がかりで開発製造に従事する必要が生まれた。それには、莫大な資本が必要となった。巨大兵器などでは計画・設計に時間がかかり、平和時にも体制を構築しておかなければならない。この軍事活動に向けた産業の繋がりは、国家=軍と産業による「軍・産協力」を生み出した。そこに軍産複合体が誕生した。1914年に始まった第一次世界大戦により、世界中で軍需産業が勃興した。特にアメリカでは国内労働力の25%が軍需関連産業に従事するようになり、一時的な経済的活況を呈した。資本主義システムが軍事産業と一体化し定常化してしまったのである。ちなみに、第41代および第43代大統領を生み出したブッシュ家は、軍産複合体を生業としてきた一家で有名である。特に,米国の巨大軍需企業は、自社製品やサービスが国防予算内に有利な条件で組み込まれるよう、軍事と権力と金融が融合し、シンクタンクやロビイストを通じてアメリカ議会議員にさまざまな働きかけを行っている。加えて、これらの企業から合法や違法を問わず献金が議員に対して行われ、政治活動資金として使用される。ここに、人々の生死や幸福に直結する「戦争」が、何ら疑問も持たれずに、臆せずに、完全に資本主義システムに組み込まれてしまったのである。そして、悲しいことに、現下の資本主義システム自体が、「戦争」の存在なくして存続しえないほどになってしまっている。
※1 ジョー・バイデンが、2022年1月19日に、ロシアによるウクライナ侵攻が全面侵略ではなく「小規模な侵攻」ならば、アメリカとして制裁を見送る可能性を示唆するような発言を行っていたことに対して、前米大統領国家安全保障問題担当補佐官ジョン・ボルトンが、1月23日付のニューヨーク・ポスト紙に1月23日付のニューヨーク・ポスト紙に意見記事の中で、ジョー・バイデン米大統領の弱腰を批判している。
※2 ただし、8年前の欧米諸国が傍観していたクリミア侵攻と同様に今回も短期決戦だと甘く見たそのプーチン大統領にとり、ウクライナのゼレンスキー大統領とウクライナ国民の粘り強い抵抗と善戦と、さらには、欧米諸国による加勢による戦争長期化は大きな誤算であった。
※3 特にアメリカ合衆国に言及する際に用いられ、1961年1月、ドワイト・D・アイゼンハワー大統領が退任演説において、軍産複合体の存在を指摘し、それが国家・社会に過剰な影響力を行使する可能性、議会・政府の政治的・経済的・軍事的な決定に影響を与える可能性を告発したことにより、一般的に認識されるようになった。現在では軍と産業に加え大学などの研究機関が加わり、軍産学複合体と呼ぶように変化してきている。この背景には軍から大学の研究費が出されるようになり、研究資金の出資元として軍が大きな割合を占めるようになってきているためである。
2. J.M.ケインズの含意
実は、資本主義の本質をみごとに喝破した86年も前のJ.M.ケインズ(J.M.Keynes)の言葉がある。
「財務省が古い瓶に紙幣を詰めて炭鉱の跡地に適切な深さに埋め、採掘権を競り落とした民間企業にレッセ・フェールの原則に基づき掘り出すことをさせれば、失業はなくなるだろう。波及効果で所得も資本蓄積も増えるだろう。もちろん、住宅などを建設する方が賢明なのだが、政治的な理由でそれが難しいのであれば、何もしないよりはその方がいい。※4」
これは、大昔に彼が書いた主著『一般理論』(1936)の10章にある言葉である。この奇妙な現実世界の金鉱とのアナロジーを描いた「穴を掘る」例は、それによる直接的な雇用増加ではなく、資本蓄積が飽和した社会においても、貨幣を所有している人に非経済的な理由での投資を促すことができれば雇用は増える、というメカニズムを説明したものである。元来、金は、適切な深さで採掘可能であるときは世界の富は急増し。それが不足するときは、富は沈滞するか減少する。金供給量の増加が、金利引き下げ効果があることに加えて、金の採掘は、他のより有意義な公共事業が実行できない場合には、まず、その賭博的な要素ゆえ、ときどきの金利水準を問わず企業に取り組んでもらえる。加えて、金は他の資本と異なり、そのストックが増えることで限界効用は減らない。例えば住宅は供給が増えることで見込み家賃が下がり、投資のうまみが比例して減るが、金の採掘にはその恐れはない。金の採掘活動にストップをかけるのは、雇用が大幅に改善して賃金が上がることしかない。実に賢い比喩である。はたして、今のご時世に、古い瓶に紙幣を詰めて炭鉱の跡地に埋める政策をとる政府は、世界中のどこの政府を探してもないであろうが、こういった有効な雇用促進策、有効需要策としては、いまでもどこの政府も実施している公共投資等がある。
ちなみに、人道的にも倫理的にも決してお勧めはできないが、この「穴を掘る」手法よりも、さらに最も有効な有効需要策が1つある。それは「戦争」だ。だれも公言しないが、暗黙の認識である。
結果的に、「戦争」は、大量の戦車・戦闘機・大砲・砲弾・車両そして化石燃料を無尽蔵に「湯水のごとく」消費し、しかも、多くの住宅・工場・橋・インフラを破壊し、再生復興需要を喚起し、そのための有効需要を爆発的に生み出す。その結果、大量に雇用を生み出し、景気を活性化する、最も直接的なインパクトが強烈で最も有効な「悪魔の有効需要策」とも呼ばれている。つまり、米国の軍産複合体にとって、その「悪魔の有効需要策」が、まさに、現在進行中のウクライナ戦争なのである。
ちなみに、ケインズは、この『一般理論』の17年前に書いた『平和の経済的帰結(The Economic Consequences of Peace)』※5(1919)で、パリ講和会議の内実を明らかにし、第1次世界大戦敗戦国ドイツに対して課された法外な賠償請求の危険性を告発したが、その最終章で,賠償金の大幅削減を提案するとともに,ロシアとの貿易が欧州経済復興に資することを念頭にドイツ企業の復興の可能性を見立てている。戦後,欧州の平和が回復後、不完全な通商・金融体制は,欧州全体の経済復興を遅らせ,そのことが新たな対立の火種になることを危惧したのである※6。まさに、現下のウクライナ戦争後の平和の経済的帰結の在り方にも、グローバリズム崩壊とブロック経済化の懸念がある中で、経済的相互依存が地域の安全保障を維持できる可能性が問われつつある国際経済秩序の議論に深い示唆を与えてくれている。
※4 (文中は意訳)If the Treasury were to fill old bottles with banknotes, bury them at suitable depths in disused coalmines which are then filled up to the surface with town rubbish, and leave it to private enterprise on well-tried principles of laissez-faire to dig the notes up again (the right to do so being obtained, of course, by tendering for leases of the note-bearing territory), there need be no more unemployment and, with the help of the repercussions, the real income of the community, and its capital wealth also, would probably become a good deal greater than it actually is. It would, indeed, be more sensible to build houses and the like; but if there are political and practical difficulties in the way of this, the above would be better than nothing. (Ch.10, p.129))
※5 第一次世界大戦後のパリ講和会議に英国大蔵省代表として参加した ケインズが賠償の内容に異を唱え会議終了を待たず辞表をたたきつけて帰国して1919年に書いたもので、欧米で大きな反響を呼んだ。
※6 ケインズは、「パリ講和会議」に臨んだオルランドオ伊首相,クレマンソー仏首相(講和会議議長),ウィルソン米大統領,ロイド・ジョージ英首相の4 巨頭の内、ドイツをできる限り弱体化させようと企む英仏の策略を巡る攻防を懸念するとともに、平和条約に欧州の経済的復興に資する条項が含まれていないことを憂えた。そして、戦後のインフレの進行により,市民の富の大部分が没収され,富の分配の不公平化につながり,資本主義の究極の基礎をなす,債権・債務者間の永続的な関係がほぼ無意味になるほど混乱してしまうことをケインズは恐れた。特に,インフレ対策として,通貨の国内購買力の幻想を物価統制により国民に植え付けることの危険性と外国貿易に対する悪影響を強く訴えた。その予言の通り、第2次世界大戦におけるナチスヒトラー登場を惹起したことは歴史が証明している。
3. 戦争促進装置であり受益者としての軍産複合体の原罪
ウクライナ戦争の本質を、どの側面から解析するかにもよるが、いまこそ深い洞察が求められている重要不可欠な論点は、戦争促進装置であり受益者としての「軍産複合体」の原罪についての解析である。
そして、この「戦争」という「悪魔の有効需要策」に依存する現下の資本主義の本質が、米国のみならず、英国をはじめとする西欧諸国や、さらには対岸の火事のごとく当事者意識が希薄な日本ですら、例外なく内包しているというおぞましき事実への謙虚な省察が肝要である。
米国の軍産複合体の成長拡大を中心とした米国の軍事費の拡大曲線は、第二次世界大戦後に、明らかに①1950年代の朝鮮戦争期(この特需の恩恵には日本も随分被ったことは周知の事実である)、②60年代のヴェトナム戦争期、③80年代レーガン政権時代の軍拡期、そして、④21世紀に入ってからのアフガニスタン・イラク戦争期の、4の大きな山を描いて、むろん、兵器調達費と右肩上がりの軍事的R&Dに膨大な資本が注入され続けている※7。そして、その膨大な資金需要に対して、巨大な国際金融資本が湯水のように注入されてきたのである。そして、一方方向に動き始めた大きな資本の歯車は、もはや逆戻りはできない。
言わずもがな、米国のみならず、人類にとって、軍産複合体は、「死に至る病」の元凶である。世界にとって無用の長物で有害な兵器を作り続け、世界最大の兵器生産国であり兵器輸出国であることは、米国にとって決して誇れるものではない。その「死の商売」を止めねばならいという良心の呵責を麻痺させつつ迷走するこの闇深い米国の病は深刻である。その闇が、現下のウクライナ戦争まで続いている。
振り返れば、米国の軍産複合体にとっての深刻な死活問題は「冷戦後」にあった。「戦争」がないのであるから。そこで、米国の軍産複合体が目を付けたのが、旧東欧の軍需産業であった。「冷戦後」しばらく眠っていた旧東欧に潜在的な「戦争」の成長市場を見出したのである※8。
そこで、いわゆる「マッチポンプ」を演出したわけである。米国には、議会向けのロビー団体があることは周知の事実であるが、中でも軍産複合体の活動は激しい。いわゆる「NATO拡大のための米国委員会」(後に「NATOのための米国委員会」と改称)」※9は、その典型である。クリントン大統領時代は、NATO加盟に対しても、この委員会を通じて、ロビー活動が積極的に展開されていた。ルーマニアとスロベニアについてはその国内民主主義の状況を理由に難色を示したクリントン大統領に対して、ブルース・ジャクソンは1996年にこの議会向けのロビー団体を立ち上げ、自ら委員長を務めてロビー工作を強化することにした。その時、議会上院で外交委員長を務めていたのがジョー・バイデンであった※10。またこの時期1997年には、米国で「米国新世紀プロジェクト(Project for the New American Century, PNAC;PNAC)」が開始している※11。そうしたロビー活動の導火線上に、すでに2013~14年ころから、当時のバイデン副大統領やヌーランド欧州・ユーラシア担当国務次官補やマケイン上院議員等も関わりながら伏線を育んできたのが、他ならぬ、ウクライナ戦争の火種が、すでにそこにあったのである。
冒頭に、「ウクライナ戦争には、そもそも、クレムリンとワシントンの共同作業としての「共同確信犯」としての側面も無視できない」と述べた由縁がここにある。
※7 ちなみに、1993年に登場したクリントン大統領は、4年間で軍事費を30%減らして2,500億ドルとする計画をかかげていた。クリントンは、経済の安定を損なわずに軍事費の削減を行うために、「軍民統合Military-Industrial Integration)」政策を展開した。しかし、何が必要かを基準に兵器のリストを積み上げていく「ボトムアップ」を採用したことで、結局、兵器産業に必要な兵器を作ることのでる企業群の離合集散が進み、結局、ノースロプ・グラマン、ロッキード・マーチン、レイセオン、ボーイング、ジェネラル・ダイナミクスの5社からなる軍産複合体の寡占体制が成立して、今日に至った。
※8 1997年6月29日付NYタイムズ記事で、米航空宇宙産業協会の国際副部長のジョエル・ジョンソンが、東欧には、「ジェット戦闘機だけで100億ドルの潜在市場がある。そのジェットには操縦シミュレーター、交換部品、電子機器やエンジンの改良版などが付いて回る。次に輸送機、多目的ヘリ、攻撃型ヘリが来る。軍事通信システム、コンピューター、レーダー、無線やその他の近代的戦闘部隊に必要な道具もだ」と語っている。
※9 「NATO拡大委員会」のブルース・ジャクソンとの共同創始者は、弁護士で後にクリントン・オバマ両政権のホワイトハウスで顧問の仕事をすることになるグレッグ・クレイグであった。ポール・ウォルフォウィッツ、リチャード・パールを委員会の理事に迎えている。
※10 ジョー・バイデンは、当時、ポーランド、ハンガリー、チェコのNATO加盟を熱心に推進し、議会の同意を取り付けるに成功させ、こともあろうに「冷戦時代の西側軍事同盟にとっての敵の面前で、かつてスターリンがこの3カ国に強制した歴史的な不正義を正すことができた。これは今後50年間に及ぶ平和の始まりである」と宣言している。
※11 1997年に設立された非営利的保守系シンクタンク。共同創始者はロバート・ケーガンとウィリアム・クリストル。ロバート・ケーガンの妻はビクトリア・ヌーランド国務次官で、ウクライナのゼレンスキー政権を対露徹底抗戦に駆り立てている張本人。議長はウィリアム・クリストル。現会員及び元会員には、ドナルド・ラムズフェルド、ポール・ウォルフォウィッツ、ジェブ・ブッシュ、リチャード・パール、ディック・チェイニー、ルイス・リビー、ウィリアム・ジョン・ベネット、ザルメイ・ハリルザド、エレン・ボーグ(ロバート・ボーグ裁判官の妻)、ジョン・ボルトンがいる。その思想とメンバーの多くは、タカ派のアメリカ新保守主義(ネオコンNeoconservatism)に依拠しており、自由主義や民主主義を重視してアメリカの国益や実益よりも思想と理想を優先し、武力介入も辞さない思想が基盤にある。1970年代以降に米国において民主党のリベラルタカ派から独自の発展をし、それまで民主党支持者や党員だったが、以降に共和党支持に転向して共和党のタカ派外交政策姿勢に非常に大きな影響を与えている。
4. 戦争促進装置であり受益者としての国際金融資本の深淵
もう1つ、看過してならないのは、軍産複合体の背後にある巨大な国際金融資本の存在である。実は、国際金融資本こそが、戦争促進装置であり、受益者でもある。資本は増殖する。資本は、右肩上がりの時間の増加関数である。巨大な国際金融資本は、軍産複合体の成長拡大に対しても、常に前年比増加の成長増殖を求める。軍産複合体にとって、有効需要の源泉は「戦争」である。「戦争」がないと、軍産複合体も国際金融資本も困るのである。
国際金融と軍産複合体とは、不可分の運命共同体であり、表裏一体である。国際金融資本は、資本増殖の属性ゆえに、軍産複合体の成長拡大に対しても、常に前年比増加の成長増殖を求める。それゆえに、軍産複合体が、有効需要の源泉たる「戦争」がないと困るのと同様、国際金融資本も、「戦争」がないと困るという意味で、同じ穴の貉なのである。
そもそも、「戦争」は、現下の新型コロナウイルス感染症や気候危機と同様、「人災」である。愚かな人類の愚行の結果であり、自業自得で、かつ致命的な「死に至る病」である。人類の生存に関わる深刻な連帯問題だ。「戦争」自体に依存している国際金融資本と軍産複合体の存在自体、人類にとって内包矛盾である。資本増殖の属性ゆえに、軍産複合体の成長拡大に対し常に前年比増加の成長増殖を求める国際金融資本は、皮肉にも、「人類の死期」を早める加速装置の役割を果たす。しかも、この地球上の太宗の人類が望まないであろう「戦争」の悲劇と不条理を引き換えに、この地球上のごく一部にすぎない国際金融機関と軍産複合体関連の投資家等の受益者だけが利得を享受するという実にアンバランスで不健全な構図が、そこに平然と横たわっている。それは、あたかも、健全な肉体に巣くって増殖する悪性腫瘍のようなものである。
皮肉にも、この地球上の太宗の人類が望まないの悲劇と不条理を引き換えに一部の投資家等の受益者だけが利得を享受するという構図は、気候危機の元凶である二酸化炭素等温室効果ガスを排出する化石燃料産業とそれに投資・融資する金融機関の利権構造にも類似している。むしろ同根だとも言えよう。
今後、国際金融と軍産複合体の在り方の本質に、国際社会が切り込み、彼らの「戦争」への加担を思い切って抑止する何らかの強制的な手立てが講じられない限り、仮に、現下のウクライナ戦争が、今回奇跡的に短期終結しても、再び、第2、第3のウクライナ戦争が、起こりうるであろう。地球環境問題に対しては、すでに、欧州を中心に気候変動問題や生物多様性問題への新たなルール作りに向けた「環境タクソノミー(taxonomy)」※12の枠組み構築が始まりつつあるあるが、「戦争」に対しても同様に、2度と忌まわしい「戦争」を再発させないための平和構築を担保するために、国際金融分野で「戦争」用兵器ファイナンスに関する厳しい制約を課した「戦争タクソノミー」を想定した国際ルールを制定することも急務であろう。
いまや、人類は、あたかも「時限爆弾」を抱え込んだごとく、「自己矛盾」を内包した容易ならざる深刻な実情に直面している。それにもかかわらず、いまだに、人類は、この期に及んでもこの明らかな危機感を共有できず、市民も刹那的な一喜一憂に明け暮れ、日々の消費活動に埋没逃避し、政治家も目先の集票活動に終始し、官民ともに偏狭な視野狭窄に陥り、その場限りの対処療法に終始し、大局観に立った思い切った行動に踏み込めないでいる。
7年前の2015年にようやく誕生した起死回生策の「パリ協定」も「SDGs」も、本来であるなら、こうした「戦争」抑止に対する有効な仕掛けであったはずにも関わらず、為政者の威勢のよい宣言とは裏腹に、いまだに、その進捗状況は、はかばかしくなく、コロナ禍が問題をさらに悪化させている。脱炭素で持続可能な社会への速やかな移行が世界が目指すべき方向であることは自明だが、それが、できていない。家の中で火事が起こっているのに、まったく消火の目途がついてないばかりか、よせばよいのに、儲け目当てで、姑息なことに、まだ燃料をつぎ込もうとしている愚かな人々すらいる始末だ。現下のウクライナ危機は、その愚行の証左である。
今、人類は、人間活動が地球環境に大きな影響を与える時代「人新世(Anthropocene)」にいる。そして、もはや不可逆的でとりかえしのつかない危険な転換点(tipping point)に立っている。もう、待ったなしだ。その破局に向かう道を、不幸なことに、「戦争」と「気候危機」が加速させている。もはや、神学論争している暇はなく、いままでの対処療法では、埒があかない。根本治療が急務だ。
※12 「持続可能な経済活動」の体系化を目指す、地球環境にとって企業の経済活動が持続可能であるかを判断する仕組みで、「EUタクソノミー」とも呼ばれている。元々生物学において「分類」を意味する用語で、サステナブルファイナンスの対象となる「持続可能性に貢献する経済活動」を分類・列挙したもの。地球環境への配慮と対応の必要性が高まるなか、その重要性が高まっている。EUは、2020年6月に「タクソノミー規則」を法令化し、6つの「環境目的」を規定している。このグリーン投資を促す民間資金誘導の基準はEU加盟国すべてに遵守が求められている。
5. グローバリゼーションの崩壊と資本主義の終焉
いまや、グローバリゼーションは崩壊しつつあり、資本主義は終焉を迎えつつある。米ダートマス大学のダグラス・A・アーウィン経済学教授は、2009年の世界金融危機以降ずっと国際貿易の伸びが鈍化してきている現象を「スローバリゼーション※13」と呼んでいるが、2008年に61.1%とピークだった世界の貿易開放度※14は、その後、低落して、グローバリゼーションは崩壊しながら今日に至る。
かつては信奉された時期もあった「自由貿易・経済的相互依存が戦争を抑止する」という「自由貿易神話」も、もはや、瓦解している。「冷戦」終結とソ連崩壊時に米国が抱えた幻想にも似たリベラル覇権戦略への慢心と自己破壊的な過剰拡張は、いまや、破綻している。
そもそも、米国のリベラル覇権戦略への慢心を背景に、金融バブルに支えられたグローバリゼーションによる経済的繁栄は、「張子の虎」であり、空虚なものであった。単なる錯覚に過ぎなかった。サブプライムローンという「画餅」を積み上げた空虚な幻想と欺瞞の上に構築された様々な華やかな金融商品群は、偽りの繁栄を虚飾演出する魔法にすぎず、いったんそのバブルが崩壊すれば、あっけなく瓦解した。人々に幸福とそれを裏打ちする経済的繁栄を保証するはずであったグローバリゼーションは、いとも脆くも崩壊した。結局、国際金融市場のグローバリゼーションも、悪夢のようなアジア通貨危機やリーマンショックを経て、深刻な貧困と所得格差という傷跡だけを残し、世界経済は停滞し、いまや、人類は、忌まわしい戦争の危機に直面している。
そして、いまや、ウクライナ戦争は、すでにリーマンショックから始まっていたグローバリゼーションの溶解プロセスを、さらに加速させている。すでに25年も前の1997年2月5日『ニューヨーク・タイムズ』紙において、ジョージ・ケナン(George Frost Kennan)が「NATO の東方拡大は致命的な失敗になり、ロシアにようやく芽生えた民主主義を台無しにし、再び西側の敵対者に追いやりかねない」と警告していたが、時のクリントン政権は、そのケナンの警告を無視し、結局、東方拡大を開始したことは周知の事実である。そして、こともあろうに、ウクライナに親米政権樹立を画策した、かつての米国国務次官補ビクトリア・ヌランド(Victoria Nuland)※15が、2021年にバイデン政権の国務次官に就任したことがプーチンを不用意に刺激し今日のウクライナ戦争に導火したことは明らかである。かくして、米国のリベラル覇権戦略の破綻の派生としてのロシアによるウクライナ侵攻は、その結果、戦争の脅威と独裁者の気まぐれに翻弄されながら、欧州の地政学的不安定化を加速させ、やがては、日本を含む東アジアの地政学的不安定化まで飛び火し、世界中のサプライチェーンを破壊し、グローバリゼーションの溶解プロセスを、さらに加速して、今日に至る ※16。そして、こうした人類の「戦争」という愚行の帰結として、深刻な気候危機は、益々加速しながら、人類の破局プロセスを、さらに加速している。
※13 ルモンド紙記者シャレル(Marie Charrel)も、最近の論説で「スローバリゼーション時代」が到来したと新造語で論じている。
※14 一国における国内総生産(GDP)に対する輸出輸入額の比率。貿易依存度とも呼ぶ。英国Paul HirstとGrahame Thompsonは、「現代グローバリゼーションは幻想に過ぎない」と批判(1999年)。その理由は,①経済国際化の歴史は古く,②多国籍企業化はまだ一般的しておらず,③資本・投資・貿易は集中と独占の傾向を見せており,④市場は結局,規制管理される,などを挙げている。
※15 オバマ政権下では国務次官補(政治担当)を務めた。2014年にはウクライナのキーウを訪問し、ビクトル・ヤヌコビッチ大統領と会談してウクライナ情勢に深く関与した。トランプ政権が誕生したことにより下野。 ハーバード大学で教鞭を取っていたが、2020年アメリカ合衆国大統領選挙でバイデン政権が誕生すると、2021年に国務次官(政治担当)に復帰した。
※16 Paul Krugman(2022)Will Putin Kill the Global Economy?
6. 人類の平和的帰結
それでは、はたして、根本治療すべき「宿痾」の根本原因は何なのか?この地球と言う惑星上の、戦争や気候危機、貧困、飢餓、格差、人種差別、性差別、過剰な交通、大気汚染、人工的な食物、貨幣制度、経済格差等々、課題山積で、実に忌まわしくやっかいな「宿痾」の根本原因は、何なのだろうか。二度と現下のウクライナ戦争のような愚かな不条理をこの地球上に再現させない「人類の平和的帰結」は何なのか?
実は、かつて、すでに、このことに気づいていて、「人類の平和的帰結」の仕組みを用意周到に装置していた存在があった。それは、宗教であった。人類は、その長い歴史の中で、人が地球環境への加害者とならないための仕掛けとして、お互いに不毛で不条理な戦争をしなくなるような仕組みを、果てしなき貪欲な振る舞いを抑制する巧妙な仕組みを、宗教というプラット・ホームに実装してきた。同源の一神教として知られる古代キリスト教や、ユダヤ教、イスラム教に底通している「金利を禁止する教義」がそれだ。いまでも、イスラム教が、「リバー」つまり増殖(利子)を禁止していることは周知の事実だ。このリバーとは、「増殖する」という意味のアラビア語ラバー(ربا rabā)から派生した語で、単なる利子の概念よりも広い範囲で、不労所得として得られる利益等すべての貪欲な振る舞いに対する抑止となった。
それでは、そもそも「金利」とは、何か?専門家のやや小難しい解説では、「異時点間交換にともなう差額の補填」であるとの説明もある。信用システムから必然的に生じる利潤が金利だと。その金利追求こそが、現代資本主義の根幹であり、同時に、諸問題の元凶でもあった。
「金利」を前提とした「通貨」の仕組みは、とっても深刻な「副反応」があった。この「古い通貨」の仕組みによって、休むことなく馬車馬のように走り続け、経済の拡大・成長を追求することを運命づけられた疲弊した社会になった。さらに、その「副反応」は、人々を疲弊させるだけではなく、「成長神話」という一種の「共同幻想」に人類を巻き込み、忌まわしき「無限ループ」の呪縛に人類は洗脳されていった。そして、大量生産・大量消費・大量廃棄を人類に強い、その結果、地球環境は汚染され、破壊され、人々の信頼や団欒を毀損し、不条理な格差を生み、性懲りもなく繰り返し忌まわしき戦争が起こった。「戦争」自体に依存している国際金融資本と軍産複合体自体の登場は、この「成長神話」という一種の「共同幻想」に人類を巻き込み、忌まわしき「無限ループ」の必然でもあった。
そもそも、「金利」は、人類が作り出した一種の「共同幻想」である。自然界は、木も花も、一般に時間の経過とともに減価し、朽ちてゆく。金利のように時間の増加関数は、自然界にはない。
むろん、「通貨」自体は、便利で有益な知恵にちがいない。「通貨」には、本来、暮らしに役立つモノやサービスと交換したときにその価値を図る「価値尺度機能」と交換の媒介としての「交換機能(決済機能)」と「価値保存機能」がある。「通貨」は、モノやサービスという効用の代理物で、効用を数値化したシンボルだ。リンゴ1個の価値は腐敗すれば消滅するが、通貨に換えておけば、リンゴ1個の価値を蓄蔵でき、将来リンゴ1個が入手可能となる。「通貨」は、人類に、交換媒体・価値尺度として利用されながら、資本主義システム内部に憑りつき、人々の日常生活に寄生しながら、交換主体に内在する欲望を刺激増殖させながら、「通貨」なしで生きてゆけなくさせて行き、あたかも癌細胞のごとく、自身を自己増殖させてゆく。しかも、困ったことに、すべてのものに値段をつけて潜在的な交換価値を付与する「通貨」は、「通貨」になりさえすれば、その「中立性」ゆえに、公序良俗に反する、どんな忌まわしいものでも、非倫理的なものでも売買可能とする不思議な魔力があった。その魔力が、麻薬のみならず、地球環境を害するものでも、戦争や人殺しの道具である兵器・弾薬をも、抵抗なく売買可能とする。この通貨の特性が、やがて「戦争」拡大の重要な加速器となる。人は、いかなる理由と事情があっても、自ら1人で、手に鋭利な刃物をもって、1対1で相手を殺人するには、相当な良心の呵責と抵抗があるものである。しかし、戦場で、銃器で、50m~100mも離れた遠距離にいる顔すら鮮明に目視確認できない相手にたいして発砲する際には、その抵抗も薄らぎ、さらに、戦闘機を操縦しながら眼下の工場や基地にいる人々を爆弾投下によって殺傷することには、あまり良心の呵責は負わなくなる傾向がある。ましてや、いまの時代は、ドローンや無人機で、遠距離の敵地上空からあたかもゲーム操縦のごとく、リモートで殺戮を行える時代になってしまっている。かくも間接性と距離が、本来人間が持っている「良心の呵責と抵抗」を減衰させるのである。この兵器の進化と同時に、「通貨」そのものも、その「中立性」と「間接性」ゆえに、公序良俗に反する、どんな忌まわしい兵器も、自ら手にして殺傷に加担しない限り、売買を可能とさせる魔力を持つ。自らは戦場において直接手を汚さないが、その金利・投資収益を獲得する目的で、平気で、無辜の市民や兵士を数万人をも殺傷するミサイルや戦闘機を購入する資金を供与する時代になってしまったのである。自分は冷房の効いたきれいな大都会のオフィスで、資金供与や投資のためにたった1枚の契約書上の署名をするだけで、自分自身は、戦場で手を汚さず、卑劣な戦争犯罪を犯しているのである。欺瞞に満ちた法律文書に多重的に保護されながら、自らが殺傷に直接加担していることに他ならない明白な事実から目をそむけ、しっかり巨利だけを得ようとする、卑劣な悪行に他ならない。そこに資本主義の「情報の非対称性」のジレンマと皮肉がある。
さらに、やっかいな問題が、通貨の属性たる「金利」である。諸宗教が「金利」を禁止したのは、通貨が「金利」を纏うことで、本来の効用を離れ、暴走し、増殖し、未来を侵食し、人々を不幸にする畏れがあったからだった。
そもそも「金利」の原資は、物質的生産から得られる利潤の一部だ。したがって資本は永遠に生産に投資し続けざるをえない。資本は、海外市場展開や新製品開発を通じてフロンティアを拡大し、一方で原料コストや労賃の引き下げなどをして利潤追求する。資本の蓄積が進むにつれて、利潤は減衰し、成長は鈍化し、市場も閉塞化し、経済成長は次第に停滞する。成熟した時代になるにしたがって、過剰資本と過剰蓄積が生まれ、投資しても利潤が得られず、利子率はさらに下がっていき、利潤が上がらなければ、金利はゼロに近づく。やがて、市場が飽和し、新製品がなくなり、コスト削減がそれ以上進まず、利潤率は下がり、経済成長は停滞し、不可避的に「成長の限界」の時が来る。その究極の苦肉の有効需要対策が、「戦争」である。「戦争」なくして、もはや生きながらえない資本主義システムの安楽死は、必然的帰結なのだ。
現下の資本主義システムに、やがて、遅かれ早かれ、不可避的に「成長の限界」の時が来るのであれば、はたして、人類が選択すべき「人類の平和的帰結」は何なのだろうか?
仮に、人類が聡明であるならば、その答えに迷いはなかろう。人類にとって最大の成長制約要因である地球環境制約を念頭に、少しでも「脱炭素社会」構築を早急に実現し、資源制約を持続可能なものに維持するための循環型経済システムにパラダイムシフトし、思い切って、地球環境資源を短期間に消耗する「戦争」を2度と再発させない仕組みの構築が急務であることは自明である。
世界人口の中のほんの極小な、軍産複合体企業や化石燃料産業の株等に投資・融資することで収益を得ている投資家や国際金融機関で利得を得る稀有な人々の貨幣的自己満足と、逆に、戦争や気候危機の直接的被害者として不条理にも自宅や仕事やかけがえのない家族を失う数えきれないほどの無辜な人々の深い悲しみや、戦争被害や気候危機被害でエネルギー・食料価格等の物価高騰や洪水・干ばつ等の理不尽な被害を受ける世界中の太宗の人々の不幸とは、とうてい比較できるものではない。世界中の多くの人々の不条理な死と不幸を天秤にかけて、「戦争」や「化石燃料産業」で利得を得るごく少人数の人々の金銭的自己満足を担保する現下の資本主義システムを正当化すべき根拠は皆無である。
むろん、資本主義システムは、原則自由競争の世界である。しかし、同時に、自分自身が勝者になれるか敗者になるのか、富者になるのか、貧者になるのかも、不確実な不安に満ちた不安定な世界である。よって、自分が、勝者ではなく、「競争力が弱く、最も弱い立場」になる可能性も充分想定できる。富の再配分原理をいかに合意形成しながら選択するかを論じた哲学者ジョン・ロールズ(John Bordley Rawls)の1971年の『正義論(A Theory of Justice)』では、「無知のヴェール(the weil of ignorance)」※17という面白い論法を使って、自分自身が勝者になれるか敗者になるのか予測不能な場合、最悪の事態を避けたいという人々の心理を論じたが、自己の利益最大化を図る利己的人間像と他者の痛みに共感できる利他的人間像というアンビバレントな要素を内包する人間が直面すべき現下の資本主義システムが直面する「人類の平和的帰結」の解法は、何だろう。おそらく、誰しもが「競争力が弱く、最も弱い立場」になる場合を想定した「誰1人取り残さない世界」を担保できる、持続可能な「脱炭素社会」の早期構築しかなかろう。まさに、7年前の「パリ協定」や「SDGs」も、この「人類の平和的帰結」の解法を、人類史上初めて国際社会の総意として合意したチャレンジングな試みであったはずである。
もはや、今後、何度も第2、第3のウクライナ戦争を繰り返してる時間的・資源的余裕は、人類には残されていない。その愚行の再現によって派生する気候危機の許容量も、すでに上限に達してしまっている。
いまこそ、「戦争」や「気候危機」の根本原因とそれを実現ならしめている主誘因を、根こそぎ、抜本的に改善し、人類自身が依拠している現下の資本主義システムそのものをパラダイムシフトするしかない。
そのためには、自己増殖機能を内包する現在の通貨の在り方の改良を含む通貨システムのパラダイムシフトが必要である。具体的に、米ドルを基軸通貨として想定している現下の国際通貨システムの抜本的な見直しと、まったく新たな国際通貨システムへの早期パラダイムシフトが必要である。その際には、すでに進行中のデジタル中央銀行通貨と仮想通貨システム、地域通貨システム、炭素通貨等の世界中のあらゆる知財を集約したオープンな議論が必須不可欠である。
同時に、すでに欧州を中心に始まりつつある気候変動問題や生物多様性問題への新たなルール作りに向けた「環境タクソノミー(taxonomy)」の枠組み構築と同様に、「戦争」用兵器等に関するファイナンスを制約する厳しい「戦争タクソノミー」を想定した国際ルールを制定することも急務である。
むろん、「新たな国際通貨システム」への早期パラダイムシフトも、「戦争タクソノミー」構築も、言うほど簡単ではない。難問山積である。しかし、絵空事ではない。もはや、問題の先送りや、できない理由を並べ挙げている暇はない。
人類は、生きなければならないのである。資本主義システムの安楽死を座して待つ訳にもいかないのだ。まさに、人類の眼前には、喫緊の課題であるコロナ禍や食料問題を始め、気候変動問題等の地球環境問題がある。もはや、戦争は、世界中のどこでも、もう2度と再発したくない。資本主義システムを安楽死させずに、人類の社会経済システムの持続可能性を担保しながら、同時に、地球環境問題を解決できる処方箋を自ら描き、即座に実行するしかないのである。「何をやったって所詮無理に決まっている」と絶望して、斜に構えて、いかにもしたり顔で、ふんぞり返っていてもしょうがない。その解決方法を他力本願に放置し、座して待っていても、それでは、1歩も前には進まないのである。自ら解法を生み、実施前進するしかないのである。いままでも、人類は、到底不可能だと言われていた難問山積を、七転八倒しながら、なんとか試行錯誤して、一歩一歩解決して、かろうじて今日まで生き延びてきたのである。
かつて「人間には3つの階級がある。見える人、見せられた時に見る人、見ようとしない人。」と喝破したのは、かのレオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)であったが、もはや、待ったなしの次がない人類にとり、戦争や気候危機のおぞましい本質を見て見ぬふりをしながら、問題の先送りの猶予はあるまい。すべては、未来のことでも地球の裏側のことでもなく、いまここにいる「自分のこと」なのだから。
※17 「無知のヴェール(the weil of ignorance)」とは、自身の位置や立場について全く知らずにいる状態を意味する。 一般的な状況はすべて知っているが、自身の出身・背景、家族関係、社会的な位置、財産の状態などについては知らない、という仮定である。 自身の利益に基づいて選ぶのを防ぐための装置だ。 それを通じて、社会全体の利益に向けた正義の原則を見いだせるようになる。