環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素に考慮したESG投資は機関投資家を中心に注目され、企業自体が経営の主軸をサステナビリティの方向へ急速にシフトしている。そういった時代を先取り、1991年の長期経営ビジョンで自社を「地球環境保護に積極的な役割を果たす企業集団」と定義し、取り組みを継続してきたのが東レ株式会社だ。ここでは7月15日に行われたIRセミナー「東レグループの地球環境問題への取り組み」での副社長執行役員 阿部晃一氏及び地球環境事業戦略推進室参事 野中利幸氏の講演をダイジェストで振り返りながら、同社の地球環境問題にR&Dで挑んできた事例やそれを可能にした企業姿勢などを探っていきたい。
材料の革新なくしては地球環境問題への
本質的ソリューションは生まれない
最初に登壇した阿部氏は「東レグループの地球環境問題への取り組み-研究・技術開発戦略を中心に」と題して講演。地球環境に関わる東レのR&D活動が1991年の地球環境研究室 設立から2018年 「東レグループ・サステナビリティ・ビジョン」の策定や2021年社長を委員長とするサステナビリティ委員会の設置に至るまで全社を挙げて持続・強化されてきたことを伝えた。
ここで阿部氏は同社が研究開発者だけではなく、経営陣が「研究・技術開発こそ明日の東レを創る」との想いを抱き、過去90年以上研究・技術開発を継続し、先端材料という新しい価値を創造してきたことを強調。また同社の研究・技術開発の基本方針が1)粘り強い忍耐力2)創意工夫3)和4)異文化融合という日本人気質を生かした日本流イノベーションにあり、それがR&Dの方向性である「超継続」や技術融合・異分野融合と直結していることを伝えた。
さらに今、直面している環境問題の本質はエネルギー、水・空気、食料にあり、それに対する緩和策と適応策としてグリーンイノベーションとライフイノベーションの2分野の取り組みが求められていることを説明。R&D戦略に基づいた重点領域と主なテーマもこの2分野に定め、グリーンイノベーションでは省エネルギー、再生可能エネルギー、水・空気浄化・環境低負荷、非化石資源の活用を、ライフイノベーションにおいてはがん治療・抗体医薬、がん早期診断ツールといった医薬・医療ヘルスケア製品、メディカル製品・部材への展開といった先端材料の展開に注力していると述べた。そして、航空機や自動車の軽量化や風力発電の効率化を実現した炭素繊維複合材料(CFRP)、海水の淡水化用RO膜、高い安全性と着用快適性で感染対策強化や医療従事者の安全性向上などを支えるLIVMOA®、がん抗体医薬TRK-950やがん早期診断ツールであるDNAチップなどの事例を挙げて解説。「材料の革新なくしては地球環境問題への本質的ソリューションは生まれてこない」ことを力説し、講演を結んだ。
「ネイチャーポジティブ」に
先駆して取り組んできた企業
次に登壇した 野中氏は、経済発展や技術開発により、人間の生活は物質的には豊かで便利になった一方で、人類が豊かに生存し続けるための基盤となる地球環境は限界に達し、すでに境界を超えるレベルに達している指標も存在するプラネタリー・バウンダリーの概念を紹介。その解決のためには経済成長と環境問題のように対立関係のものを並存させることが求められ、技術開発・イノベーションを加速させる必要があることを強調した。
同ビジョンのグリーンイノベーションにおいては、「気候変動対策を加速させる」と「持続可能な循環型の資源利用と生産」、「安全な水・空気を届ける」を課題に抽出。それぞれの課題が「地球規模での温室効果ガスの排出と吸収バランスが達成された世界・GHG排出実質ゼロの世界」、「資源が持続可能な形で管理される世界」、「誰もが安全な水・空気を利用し、自然環境が回復した世界」の2050年実現を目指し、取り組みが進められている。
野中氏はそれらについてGHG排出抑制などのカーボンニュートラルやマテリアルリサイクル・ケミカルリサイクルといったサーキュラーエコノミー、そして水処理や空気浄化などを紹介した後に「ネイチャーポジティブ」(Nature Positive)に言及。「カーボンニュートラル」「サーキュラーエコノミー」に続く国際的な潮流として、「自然資本(Natural Capital)の毀損が止まり、回復されることを指す「ネイチャーポジティブ」が次の世界目標に位置づけられつつあることを述べ、「空気」と「水」というフィールドでR&Dを積み重ねて、時代を先取りしてきた東レに対する自負の想いを語った。
また地球環境問題は個社だけでは解決できないために異分野融合や異業種連携の必要性を力説。基礎科学と産業が融合する産官学オープンイノベーションに加え、様々な業種の企業と社外連携・協業し、新たな市場を作り出してきた事例として航空機向け炭素繊維や機能性衣料を紹介した。またそれらの協業はビジョンを共有することで強固な関係が構築でき、従来の技術的な常識では有り得ない目標もパートナー企業と組むことで実現可能となることを訴えた。また新型コロナウイルスの感染拡大やウクライナ情勢で社会が大きく変わったが、そのような中で長期的な視点に立脚して貢献し続けるのが素材であり、そこに革新的なイノベーションが起こることで複雑な問題も解決できると語った。
地球環境問題への取り組みにも発揮される
東レの粘り強い挑戦
今回のIRセミナーにおいて何より印象に残ったのは、東レが地球環境問題に対して長きにわたる時間を費やして取り組んできたことだ。阿部氏が講演で述べた先端材料の開発への粘り強い取り組みである「超継続」も幾世代にも継がれてきた研究成果の融合が凝縮しているにちがいない。また事例として紹介された炭素繊維の成功には半世紀近い時間を注いで成功させたという歴史がある。RO膜も同じように研究開始から大きな市場形成まで半世紀近い歳月をかけてきたという。
講演後、機関投資家や証券アナリストから様々な質問が寄せられた。その中で阿部氏はある質問に対し、「R&Dを進めるか、どうかの基準はワクワクするかどうか」と答え、その条件の一つとして「ムードに流される時流迎合型からの脱却」を挙げていた。短期的な視点ではなく、50年先、100年先を見据えた素材研究の深化に取り組む同社の姿勢がその言葉から伺える。山積する地球環境問題。この難題に東レは、今後も蓄積された研究成果と技術を融合させながら粘り強く挑んでいくことだろう。