東レが生み出した使用済みPETボトルを原料とした新しいリサイクル繊維ブランド「&+®(アンドプラス)」。従来の素材とは異なるその社会的価値について開発に携わってきた東レのファイバー・産業資材事業部門長、赤江宏一氏に聞いた。
東レ株式会社 ファイバー・産業資材事業部門長 赤江宏一 氏
生活者を巻き込んでいくリサイクル繊維ブランド
“素材には社会を変える力がある”という信念を掲げ、これまで世になかった価値を持つ素材を次々と創出してきた東レ株式会社(以下、東レ)。その根底には、環境問題等世界が直面する難題に対し、本質的なソリューションを提供していくという使命が脈打っている。その同社が、2019年に使用済みのペットボトルを原料としたリサイクル繊維ブランドである「&+®」を立ち上げた。このブランドは今まで開発してきた様々な先端素材とは全くちがう側面を持つ。
「東レは今までも、工場から発生するフィルム屑や糸屑などを糸や綿にリサイクルし、衣料品をはじめとする繊維製品向けに展開するエコユース®という素材を販売してきました。今回の&+®は繊維へリサイクルするという点は共通していますが大きなちがいは、一般の生活者を巻き込んだ取り組みとなっているところです」と赤江宏一氏は話す。
社会課題を解決する物語に加わり、自身の価値を上げる
&+®の原料となるのは、日本国内で分別され回収されたクリーンなペットボトルである。それらを独自の工程で「選別」「粉砕」「洗浄」し、ポリエステル繊維として再生することで、&+®ブランドの素材を使った衣料品などの繊維製品が市場に登場する。このようにその流れを俯瞰すれば生活者と関わる場面が2つあることがわかる。それは原料であるペットボトルを分別し回収する際と、完成した&+®使用の服を着るときだ。ただ、その生活者を巻き込む独自性は、そういった切り取られた場面での消費者との関係だけでは収まらず、様々な場面が連鎖していく物語にある。
「一般的な商品は、モノとしての価値に重点を置いていますから、購入時にその価値が最も上がり、やがて使用するに従って下がっていきます。しかし、&+®を使った商品は所有することで使い捨てプラスチック問題という社会課題を解決する物語に参加できるため、自分自身の価値を上げていくことにつながります」と赤江氏は生活者を巻き込む構図を説明する。
購入者の満足と社会的信頼を高める技術
しかし、それを実現することは容易ではなかった。
「まず技術上の問題があります。従来のPETボトルリサイクルでは、原料への混入異物や劣化により糸の白さが損なわれ、また、特殊な断面・細繊度の繊維の生産が困難であるといった課題がありました。これに対して東レは、パートナーである国内最大のリサイクラーである協栄産業と共同でPETボトルリサイクル原料に含まれる異物を除去するフィルタリング技術を開発、彼らの持つ高度なPETボトル洗浄技術を活用し解決しました。さらに東レの繊維生産技術と組み合わせることで従来の非リサイクル原料を使用した場合と同等の白度と品種の多様化を可能にしたのです」と述べる赤江氏。
これらの技術で消費者が満足する高品質な&+®の商品が生まれ、さらに特殊な添加剤を使用した「リサイクル識別システム」によってトレーサビリティを確立し、信頼性を高めることにも成功した。
「東京マラソン2021」への協賛で新たなムーブメントを起こす
その上で&+®は、より大きく生活者を巻き込んでいくためにペットボトルの回収から、ブランド商品の販売に至るまで“共に創る”パートナー企業の拡大に取り組んだ。
結果、株式会社セブン&アイホールディングスでは、店頭で回収したペットボトルから機能性肌着をアップサイクルし、販売していく取り組みが行われ、2020年2月から春夏向けの機能性肌着「BODY COOLER®(ボディクーラー)」が全国のイトーヨーカドー、ヨークベニマル、そごう・西武の各店舗とセブン&アイのネットショッピングサイト「オムニ7」で販売されている。また丸井グループでは、サステナブル素材にこだわったパンプスを開発し、「Kesouブランド」として2021年9月に上市。クラウドファンディングを主力とし、廃棄を減らすというコンセプトに基づき、受注・生産を前提で運営され、2022年3月には第2弾が開始された。
「これまでも&+®では賛同するパートナーを拡大してきましたが、より大きなムーブメントを起こしていくために着目したのが『東京マラソン2021』への協賛でした。これはランナーに提供した給水のペットボトルを、&+®にリサイクルし、2024大会のボランティアウェアとして生まれ変わらせるというプロジェクトです。この取り組みによって、&+®の持つ物語性に共感するファン層をさらに広げられると思います」と赤江氏は述べる。
Z世代を意識したWeb サイトをリニューアル
使用済のPETボトルの「回収」という入口から、商品の「生産販売」という出口の流れの真ん中にブランドを置き、関わるパートナー企業と共に生活者へ届けていく。その物語を社会に発信していくために&+®はWeb サイトにも妥協しなかった。
「実は、現在のWeb サイトはリニューアルされたものであり、最初は書かれているコンテンツもデザインのトーンもまったくちがっていました」と赤江氏は振り返る。
当初のWebサイトは、完成時にはある程度のアクセス数を確保したものの、以降低迷した。このため、ターゲットであるZ世代に当たる若手社員の代表に意見を求めたところ、「このWebサイトは若い世代は見ない」という厳しいコメントが返ってきた。そこで急遽、Webサイトをリニューアルする「チームZ」というZ世代の社員によるチームが結成され、制作されたものが今のサイトになる。そこにはZ世代が視覚的に楽しめるよう、ポップな印象を与えるカラフルな色使いが施され、動的な印象のページに仕上がっている。またコンテンツも顧客取材記事、イベント取材記事、顧客採用事例などが掲載され、その反響も良いようだ。
様々な変革の連鎖が未来を変えていく
PETボトルリサイクル技術から事業の拡大、そして社会への発信に至るまで&+®は、いくつものの変革を成し遂げてきた。そして、それを成し遂げることができたのは、そのネーミングが表現する通り、未来へ「+(プラス)」の価値を生み出すために、「&」という未来への想いやアクションによる繋がりがあったからだろう。シンプルでミニマルなブランドマークも同様の意味が込められている。そこには様々な変革に携わった人や企業の存在も大きい。「変えよう」とする意思の連鎖が、&+®の物語を生み出し、そこに生活者が加わることで今後新たな物語も紡がれていくことだろう。“素材には社会を変える力がある。”&+®のブランドは、この意味の重さをあらためて考えさせてくれた。