ペロブスカイト太陽電池は地球温暖化対策の切り札として期待されている。そういった中、名古屋大学大学院工学研究科および未来社会創造機構マテリアルイノベーション研究所の松尾 豊 教授、上岡 直樹 助教らの研究グループは、2,2,2-トリフルオロエタノールを添加した単層カーボンナノチューブ電極がペロブスカイト太陽電池の耐久性を格段に向上させることを見出した。
この太陽電池は、作製時に14.1%のエネルギー変換効率を示していたが、未封止・大気下で280日間保管した後も8.2%の変換効率を記録した。一方、従来の銀電極を用いた参照素子は、作製時に16.4%の変換効率を示していたが、未封止・大気下で260日間保管した時点で、銀電極下のペロブスカイト層が黄色に変色し、変換効率は0%にまで低下していた。解析の結果、2,2,2-トリフルオロエタノールを添加した単層カーボンナノチューブ薄膜を電極として使用した場合、ペロブスカイト結晶の分解が抑制されていることが明らかになった。
同研究グループではこれまで、単層カーボンナノチューブ電極がペロブスカイト太陽電池の耐久性を向上することを示し続けてきたが、フッ素系化合物をカーボンナノチューブ電極に添加することで、耐久性が一層向上することがわかった。
ペロブスカイト太陽電池の実用化において、耐久性が最大の問題となっており、厳密な封止技術が検討されている。しかし、封止なしでも耐久性があるペロブスカイト太陽電池は、封止を施すことで、さらに実用レベルの耐久性に達する可能性があると期待される。
この研究成果は、2024年7月14日付で光化学の専門誌『Photochem』のオンライン速報版に掲載された。
【同研究のポイント】
・単層カーボンナノチューブ電極を用いるとペロブスカイト太陽電池(注1)の耐久性が向上。
・電極にフッ素系化合物を添加すると、この太陽電池の耐久性がさらに向上。
・ペロブスカイト太陽電池の実用化への課題とされている耐久性の問題解決に寄与する。
【研究背景と内容】
ペロブスカイト太陽電池は、一般的に有機無機ハイブリッド型のペロブスカイト結晶構造であるCH₃NH₃PbI₃が使用されている。この材料は、優れた光吸収特性と高い電荷キャリア移動度を有するため高い発電効率を実現するが、耐久性が低く、これがペロブスカイト太陽電池の最大の課題とされている。この耐久性の低さの要因として、CH₃NH₃PbI₃が大気中の酸素や湿気に弱く、PbI₂結晶へと分解してしまうことが挙げられる。
さらに、金属電極材料も耐久性の問題を引き起こす。例えば、銀電極はペロブスカイト構造に含まれるヨウ素と反応し、ヨウ化銀を形成することでペロブスカイト構造を分解する。銀電極以外にも、金電極が頻繫に使われているが、ペロブスカイト太陽電池内部で原子状の金が拡散し、ペロブスカイト構造の分解の要因となる。このように、ペロブスカイト太陽電池の耐久性の問題を解決するためには、電極の課題を克服することが不可欠となる。
今回、金属電極の代わりに、単層カーボンナノチューブ(SWCNT)電極を使用し、SWCNT電極の性能を向上させるp-ドーパントに2,2,2-トリフルオロエタノール(TFE)を用い、耐久性の高いペロブスカイト太陽電池を開発した。従来のp-ドーパントは硝酸など強酸性であり、ペロブスカイト層に貼り付けたSWCNT電極の上に直接滴下すると容易にペロブスカイト層を破壊する。一方、TFEは弱酸性で、濃度の調整などの調合も不要、スピンコートで簡単に滴下することができる。SWCNT電極のみだと発電効率が13.0%であり、TFEを滴下することによって14.1%に上昇した(図1)。SWCNT電極の表面シート抵抗が37.4 Ω/sqから32.7Ω/sqに低下した。さらに電荷トラップ密度が9.77×10¹⁵ cm⁻³から8.64×10¹⁵ cm⁻³に低下することがわかり、光起電力特性を向上させる効果があることが判明した。
その後、大気中、未封止の環境下でセルを保管し、発電効率の経時変化を測定。その結果、30日後には発電効率9.2%を示し、TFEを再滴下すると10.3%に上昇することが確認された。このことから、再添加を繰り返すことで耐久性を維持できる可能性が示唆された。さらに、260日後に同様の環境で保管したセルにTFEを再添加したところ、発電効率8.6%を示した。TFEを滴下していないSWCNT電極だけのセルでは4.8%であり、TFEが耐久性に大きく寄与することが明らかになった。260日後のセルの状態を観察すると、銀電極を用いた参照セルでは、銀電極の周辺でペロブスカイト層が黄色化し、PbI₂結晶に分解が進行していることが確認され、発電もしなかった。それに対し、TFEを滴下したSWCNT電極を使用した太陽電池では、ペロブスカイト層が構造を維持していることがわかった(図2)。
さらに、280日後の発電効率も調査。この時点では、銀電極を用いた参照太陽電池ではペロブスカイト層が完全に分解し、全く発電しない結果となった。それに対し、TFEを滴下したSWCNT電極を用いた太陽電池では、SWCNT電極の周りでペロブスカイト層の色が維持され、発電効率8.1%を記録した。一方、TFEを滴下していないSWCNT電極を用いた太陽電池では発電効率が1.7%まで低下し、TFEによる長期耐久性の効果が実証された。
TFEとエタノール(EtOH)をそれぞれ滴下したSWCNT表面のX線光電子分光法(XPS)(注2)の測定結果では、TFEの場合、COOやCOに由来する官能基のピーク強度が減少した(図3上段)。また、30日後のX線回折測定(XRD)(注3)の結果では、TFEを滴下していない太陽電池において、12°付近にPbI₂結晶のピークが検出された。それに対し、TFEを滴下した太陽電池では、そのピークが現れていないことが確認された(図3下段左)。これにより、TFEを滴下してもペロブスカイト結晶が維持されていることが示された。このPbI₂結晶は、大気中の酸素や湿気の影響で、ペロブスカイト結晶が経時変化する際に徐々に分解して形成されたものと考えられる。TFEを滴下すると、SWCNTの添加効果によって表面シート抵抗が下がるだけでなく、表面に付着した親水性物質を取り除くことができる。さらに、TFEはペロブスカイト層の表面にも直接塗布できるため、酸素や湿気に対する分解反応を抑制する保護層として一時的に機能したと考えられる。これは、従来の強酸性p-ドーパントでは得られなかった効果であり、再添加を繰り返すことで、280日という長期耐久性を封止なしで実現することができた。
2023年1月、ヨーロッパを中心にフッ素化物質がPFAS(注4)として使用が制限されており、日本国内でもPFASに対する対応が強化されようとしている。TFEはフッ素が含まれているが、炭素鎖が短く、低沸点なため揮発性が高く、環境中の持続性や生物蓄積性が低いため狭義にはPFASに該当していない。全てのフッ素系化合物が使用できないと一括りにするのではなく、環境負荷が低く、有用なフッ素系化合物を賢く活用することが求められる。
【成果の意義】
ペロブスカイト太陽電池の実用化・市場化において最大の課題であった、耐久性について、SWCNT電極とTFEを用いることで大幅に改善することに成功した。特に、大気中での使用においても耐久性が確保され、容易な添加手法であるため産業用途への適用も可能となる。加えて、PFASとしての観点においても、慎重な対応が求められる一方で、TFEはそれに該当せず、SWCNT電極とペロブスカイト太陽電池の性能を向上する。
なお、同研究は、株式会社デンソーとの共同研究のもとで行われたものとなる。
【用語説明】
注1)ペロブスカイト太陽電池:
ペロブスカイト構造とよばれる結晶構造を持つ物質を用いて作られた太陽電池。従来のシリコン太陽電池よりも軽量で柔軟性があり、再生可能エネルギー分野における次世代太陽電池に位置づけられている。
注2)X線光電子分光法(XPS):
試料表面にX線を照射し、試料表面の元素組成や化学状態、酸化状態などを分析する技術。
注3)X線回折測定(XRD):
試料にX線を照射し、結晶性材料の同定や構造解析、結晶の方向性などの情報を得るための分析技術。
注4)PFAS:
ピーファスと読まれ、Per- and Polyfluoroalkyl Substances(ペルフルオロアルキルおよびポリフルオロアルキル化合物)の頭文字から。2023年、デンマーク、ドイツ、オランダ、ノルウェー、スウェーデンの5つの当局から提案され、フッ素化されたアルキル鎖を含むフッ素化物質をPFASとして制限の対象とした。
注5)走査型電子顕微鏡(SEM):
高エネルギーの電子ビームを試料表面に照射し、表面から放出される二次電子や反射電子を検出することで、試料の表面構造を高倍率で観察することが可能。