1.地球環境にも人々の幸福にもあまり優しくない日本というシステム

日本は、残念なことに、「地球環境」にも人々の「幸福」にもあまり優しくない国になってしまっているとも言われている。しかし、はたして、その指摘は、本当に正しいのか。以下、日本の実態について、幾つかの先行研究による客観的なfactに基づいて、検証し再確認してみよう。

1.1 世界47位の低位水準にとどまる日本の「幸福度」

国連の関連組織である「持続可能な発展ソリューションネットワーク(Sustainable Development Solutions Network;SDSN)」が数年前から毎年公表している「世界幸福報告(World Happiness Report)」の直近の2023年版[1]では、幸福度の国際比較においてフィンランド(1位)、デンマーク(2位)、アイスランド(3位)、スウェーデン(6位)、ノルウェー(7位)という具合に、北欧諸国が上位に名を連ねている。ちなみに、主要7カ国(G7)は、米国(15位)、ドイツ(16位)、英国(19位)、フランス(21位)となっている。しかし、残念ながら、肝心の日本は、その「幸福度」は、47位の低位にとどまっており、不名誉なことに、主要7カ国(G7)中、最下位だった。

なぜ日本は47位なのか。その主な理由は、多くの専門家の分析によると、いまの日本社会に宿痾のごとく定着している「格差」にあると言われている。日本における格差問題の本質を掘り下げてゆくと、富の分配の不平等・不公正の問題に行き着く。以下、京都大学広井教授等の専門家による先行研究成果を参照しながら、考察をしてみたい。

社会における「平等度(equality)」あるいは「格差(wealth gap)」の度合いと、その社会に生きる人々の「幸福度」ないし「ウェルビーイング」の度合いは重要な相関関係がある。そして、この水準は、その国家や社会のあり方を評価する重要かつ基本的な指標となっている。

「平等」あるいは「経済格差」と「幸福・ウェルビーイング」との関係について、この研究分野の第一人者であるイギリスの社会疫学者リチャード・ウィルキンソン(Richard Gerald Wilkinson)は、近著『格差は心を壊す(The Inner Level)』において、社会における「格差」が一定以上のレベルを超えていくと、そこでの強い競争圧力や不安等から心理的なストレスが大きく増加し、結果的にそれは心身の健康にもマイナスに働き、全体として個人の「幸福・ウェルビーイング」を低下させていくという研究結果を公表している[2]

「格差」拡大を背景に、「金銭の多寡」が人の価値基準として重視されるにつれて、人々は、自尊心や社会的地位等の社会的評価への脅威を感じ、ストレスホルモンを急激に高め、人々の幸福感を疎外する傾向があることが、多くの心理学者による先行研究でも指摘されている[3]

その「格差」の実態を示す客観的根拠が、「ジニ係数(Gini coefficient)」である[4]。経済格差の度合いを表す基本指標を示したものである。0から1で表され、各人の所得が均一で格差が全くない状態を0、たった一人が全ての所得を独占している状態を1と表している。数字が大きいほど経済格差が大きく、数字が小さいほど経済格差が小さい、つまり平等度が高いことを示している。下図【図1】は、ジニ係数の国別比較である。

【図1】ジニ係数の国別比較

出所:OECD (2018)” Income Distribution Database”(by country;2018年時点)
   広井良典(2024)「ウェルビーイングと社会」(京都大学『未来型ウェルビーイング』)


この図をみると、左端のノルウェー、フィンランド、デンマーク、スウェーデンという北欧諸国が最もジニ係数が低いところに位置しており、「平等度」が最も高い国々であることを示している。北欧に次ぐのが、オーストリア、ドイツ、フランスといった大陸ヨーロッパ諸国である。それ以降、次第に経済格差が大きい国々として、カナダ、オーストラリアなどのアングロ・サクソン諸国そしてギリシャ、ポルトガル、イタリアなどの南欧諸国が位置している。一方で、ジニ係数が高く、格差が大きい国として、我々日本、そして、イギリスが続き、最も格差が大きい国として、米国が、一番右端にある。

ちなみに、アメリカは先進諸国の中で最も経済格差が大きい国であるがゆえに、平均寿命も低い点が気になる[5]。長寿国を誇る日本も、やがてアメリカのように低寿命国になっては困るのであるが。実は、専門家は先刻ご承知の事実であるが、日本は、昔から格差が大きかった訳ではない。日本において所得格差の拡大が問題視されるようになったのは、近年のことである。

1980年頃までは日本の経済格差は上記の「大陸ヨーロッパ」並みで、どちらかというと先進諸国の中で格差の小さい国であった。当時は、「一億総中流時代」であった。しかし、その後、1990年代半ば頃から日本の経済格差は一気に広がり、現在では先進諸国の中でもっとも格差が大きい国のグループに入ってしまっている。 

これは、明らかに政治の失敗である。

このことは、下図【図2】の日本のジニ係数推移をみると、一目瞭然である。この図の青色線は再分配前の所得推移を示しており、1980年代から所得格差の拡大が徐々に始まり、特に1990年代半ば以降は急激な格差拡大がみられる。ちなみに、オレンジ色線は、再分配後の再分配所得のジニ係数推移を示しているが、これとても、徐々に格差は拡大してきている。

【図2】日本のジニ係数の推移

出所:OECD (2023)” Income Distribution Database” 厚生労働省(2023)「所得再分配調査」(1962年以降の再分配前後のジニ係数推移)[6]
注:青色線は再分配前(当初所得)、オレンジ色線は再分配後(再分配所得)のジニ係数推移。



専門家の分析によると、従来は、日本のジニ係数の上昇は、高齢化によるとされている急激な上昇分を、社会保障の再分配によってほとんど吸収してきた。しかし、その後、富裕層向最高所得税率の大幅負担軽減や逆進性を促進するような消費税の減免措置なしの引き上げ等もあり日本の租税による富の再分配機能が弱まっていることに加え、日本の若年労働層に対する社会保障が老人に比べると少なく、またさらに、非正社員比率の増加や、養育に対する財政支援も少ない事で子育て世帯の貧困率を高めたこと等が、ジニ係数上昇を早めた要因として指摘されている[7]

下図【図3】の「人生前半の社会保障」の国際比較を見ると、日本における10~20代の若者向けの「人生前半の社会保障」が目立って低いことが確認できる。日本の「人生前半の社会保障」は、ドイツやフランスの半分にも及ばないのが実態なのである。

とりわけ1990年代終わりから、10~20代の若者たちの「人生前半の社会保障」の脆弱性という深刻な課題が大きく浮上してきている。日本では、生活上のリスクが、10~20代の人生の前半から始まり、それがやがて人生全般に広く及ぶようになっているのである。

【図3】「人生前半の社会保障」の国際比較

注:縦軸は、人生前半の社会保障の対GDP比率(%)
  人生前半の社会保障は、障害対策、家族対策、積極的雇用対策、失業対策、住宅対策、教育対策等である。
出所:OECD (2018)” Income Distribution Database”(by country;2018年時点)
   広井良典(2024)「ウェルビーイングと社会」(京都大学『未来型ウェルビーイング』)


先行研究によると、日本における「格差」拡大の背景には、他の先進諸国に比べて、とりわけ10~20代の若者向けの「人生前半の社会保障」が低く、公的教育支出も先進諸国の中で最低という現代日本特有の問題が指摘されている。

教育支援の実態を国際比較すると日本は驚くほど低く、就学前教育支援については、教育費に占める公的負担の割合は、OECD平均が80.0%であるのに対し、日本のそれは50.0%と非常に低く、高等教育期についても、教育費に占める公的負担の割合は、OECD平均が75.7%であるのに対し、日本のそれは41.2%と非常に低い[8]。そして、雇用と家族の構造が大きく崩れ、いまやもっとも失業率が高いのは高齢世代ではなく若者となっている。

こうした背景には、日本の1990年代における社会保障をめぐる論議が、もっぱら高齢者介護、高齢者医療、年金等の「高齢者」関連に集中してきた事情がある。日本では、実際の社会保障全体のうち、高齢者関係給付が66.3%を占めており(2017年度)[9]、それに対し、家族・子ども関係給付は極めて低い。

かくも社会保障の議論が圧倒的に高齢者中心だった理由は、人生の様々なリスクが退職期以降の高齢期にほとんど集中していた為であった。その背景には、日本は、日本固有の終身雇用という現役時代の生活保障を強固に支える「会社」を基盤とした「見えない社会保障」の存在があった特殊な背景がある。その「会社」を基盤とした「見えない社会保障」が、1990年代終わりから大きく崩れ、その変化に政治が対応できなかったのである。

これは、いずれも、1990年代半ば以降の日本の「再分配政策の失敗」、換言すれば、政策責任者の「不作為の罪」であり、「政治の失敗」という「人災」でなのある。むろん、この問題は、政治の問題であると同時に、いままで長年にわたってこうした政治を支持容認してきた日本人全体の責任でもある。

かくして、この「失われた30年間」とも揶揄されているこの過去30年間に、日本の「格差」が拡大し、肝心の「平等度」と「幸福度」が、急激に減衰してしまったのである。このことは、目下、日本が直面している「幸福・ウェルビーイング」という最優先の課題を解く鍵として、「平等」「経済格差」問題への処方箋として、従来型の社会保障について考えを抜本的に変える必要性を意味している。つまり、日本は、いままさに、「高齢者に傾斜した社会保障」から「人生前半の社会保障」へのシフトという、根本的な発想の転換を求められているのである。

→次章:いまこそ「未来世代法」の立法化を(3)

[1] 世界幸福報告(World Happiness Report)は、米ギャラップ社世論調査をベースにしている。各国約1000人に「最近の自分の生活にどれくらい満足しているか」を尋ね、0(完全に不満)から10(完全に満足)の11段階で答えてもらう方式で国ごとの幸福度を測定。過去3年間の平均でランク付けしている。1位は6年連続フィンランド。報告書は、1人あたりGDP、社会的支援、健康寿命、人生の選択の自由度、寛容さ、腐敗の少なさという六つの変数を使えば、国や年による幸福度の違いの4分の3以上を説明できるとしている。日本と上位の国々を比べると、健康寿命では日本が上回り、1人あたりGDPにも上位と大きな差はなかったものの、人生の選択の自由度や寛容さに課題があることが示された。Sustainable Development Solutions Network (2023)” World Happiness Report 2023”(Helliwell, J. F., Layard, R., Sachs, J. D., De Neve, J.-E., Aknin, L. B., & Wang, S. Eds.)

[2] Wilkinson, Richard G.; Pickett, Kate E.(2019)”The Inner Level”、リチャード・ウィルキンソン(2020)『格差は心を壊す 比較という呪縛』(東洋経済新報社)

[3] Sally S Dickerson(2004)”Acute stressors and cortisol responses: a theoretical integration and synthesis of laboratory research”

[4] 「ジニ係数(Gini coefficient)」は、主に社会における所得の不平等さを測る指標である。0から1で表され、各人の所得が均一で格差が全くない状態を0、たった一人が全ての所得を独占している状態を1とする。ローレンツ曲線をもとに、1912年にイタリアの統計学者、コッラド・ジニによって考案された。

[5] 世界の平均寿命を国際比較すると、米国は78.5歳、世界40位と驚くほど低い。ちなみに、コスタリカは80.8歳で30位、チリは80.7歳で31位と、中南米諸国の平均寿命より米国の方が低い。(出所)WHO(2022)World health statistics

[6] 日本のジニ係数は、当初の高齢化によるとされる急激な上昇分を、社会保障の再分配によってほとんど吸収しているが、充分ではなく、日本の租税による富の再分配機能が弱まっているために、ジニ係数の上昇を早めている。原因として、中間所得層に対する税率が、経済協力開発機構(OECD)各国に比べて低すぎること、若年労働層に対する社会保障が、老人に比べると少ないことが明らかにされ、養育に対する財政支援も少ない事で、子育て世帯の貧困率を高めている可能性があることが指摘されている。

[7] 大田英明(2015)「所得再分配と経済成長」

[8]教育世界一で国際競争力の高さで知られるフィンランドは、「すべての市民に対する社会保障、無料の学校教育等によってもたらされる市民のしあわせと社会の安定は“特許のないイノベーション”であり、福祉社会と競争力は互いにパートナー」と考えている(イルッカ・タイパレ編著『フィンランドを世界一に導いた100の社会改革』)。そして、多くのヨーロッパ諸国と同様に大学の学費が無料である。加えて、大学生に対して月額最大811ユーロ(約11万円)の「勉学手当」を支給している。日本では親の年収と大学進学率との間に明確な相関関係があるが、フィンランドのような社会では経済的理由で大学進学を断念することはない。

[9] 社会保障給付費のうち、高齢者関係給付費(国立社会保障・人口問題研究所の定義において、年金保険給付費、高齢者医療給付費、老人福祉サービス給付費及び高年齢雇用継続給付費を合わせた額)は、2017年度は79兆7,396億円で、社会保障給付費に占める割合は66.3%であった。

→次章:いまこそ「未来世代法」の立法化を(3)