いま、日本は、将来の命運を左右する重要な分岐点の前で、立ちすくんでしまっている。
限りない拡大・成長に向かう道と、持続可能性に向かう道との分かれ道の前に立っている。
この二律背反的な2つのベクトルのせめぎ合いの時代の中、自らの進路を決められずに、当惑している。
看過できない確かなことがある。それは、いまや日本は、肝心な「幸福度」が、深刻な事態に陥っているという事実である。
そして「ウェルビーイング(well-being)」自体も衰弱してしまっている[1]。
同時に、かつては世界に誇っていた「環境パフォーマンス(environmental performance)」も、いまや、世界水準に比べて大幅に低位劣後してしまっている。
実は、日本人が自覚している以上に、事態は深刻なのである。
これは、日本が、人にも環境にも優しい国家ではないことを意味する。もはや、一流国家とは言えまい。このままでは、世界中から尊敬される国にも、羨望を受ける国にもなれないかもしれない。不本意ではあるが、日本は、なんともふがいない残念な状況に陥ってしまっているのである。
そんなことを言うと、中には、「そんな、失礼なことを言うな。」とか、「まさか、そんなはずはない。」とか「え?それって、本当なの?驚いた、そうとは知らなかった。」とか思われる方もおられるかもしれない。確かに、周知の通り、依然として世界第4位の経済大国[2]であり、世界有数の国民皆保険国であり、世界一の長寿大国[3]であるから、こうした問題提起に抵抗を覚えるのも無理はない。
美食や四季折々の風光明媚な景色等多彩な魅力もあり、さらに円安もあり、海外からinboundの観光客が大挙来訪していること自体は、嬉しいことである。これとても、日本への高い評価の表れだとも解釈はできる。しかし、それだけで浮かれて有頂天になってしまっていて良いのか。
こうした表層的なfactは、必ずしも、日本に実際に住んでいる我々の肝心な「真の幸福」を担保している訳ではない。このことに、我々は、気が付かねばならない。
いまや、人類社会は、経済成長を重視する仕組みから人間の幸福と生態系の安定を重視する仕組みに向けた歴史的パラダイムシフトの渦中にある。この地球という惑星を俯瞰すると、我々人類社会は、最も富裕な1%の億万長者の年収の合計約19兆ドルが、世界のGDPのほぼ4分の1に相当すると言う、極めて異常な事態にある。そして、その仕組み自体が、既に限界に来ている。そして、その綻びが露呈しつつある。
人類は、今、岐路に立っている。まさに今、大きな変革の時期を迎えつつある。その危機感の証左は、2015年に世界的に合意された「パリ協定」であり「SDGs」である。そして、その3年後の2018年には、世界中の238名の科学者が、「GDP成長を放棄し、人間の幸福と生態系の安定に重点を置くこと」を欧州委員会に要求した。さらに、翌年2019年には、世界150カ国以上の1万1000名を超える科学者が、「GDP成長と富の追求から、生態系の維持と幸福の向上にシフトすること」を各国政府に求める論文を発表した。
しかし、こうした世界が大きく変容しようとしている全球的な潮流の中で、いまだに、もはや賞味期限が到来している旧態依然としたGDP成長神話に固執したままで、全球的な生態系維持と幸福の向上に向けたパラダイムシフトに直面して、当惑し、躊躇狼狽して、足踏みをしている残念な国がある。
それが、日本である。
その日本が、その解像度の低さと自らの不作為の結果、いまや、肝心要の「幸福度」や「ウェルビーイング」が衰弱し、「環境パフォーマンス」が低劣な状況に陥り、深刻な事態にある。
はたして、なぜ、日本の実態がかくも深刻な事態にあるのだろうか。なぜ、日本の「幸福度」や「環境パフォーマンス」は、かくも低位水準に陥ってしまったのか。
はたして、日本は、こうした問題を克服して、真に幸福・ウェルビーイング・環境の三位一体の実現がした「持続可能な福祉社会(sustainable welfare society)」を実現できるのであろうか。「世界一幸福な未来型ウェルビーイング環境先進国」になることは、可能なのであろうか。
本稿では、こうした重い問いへの回答を試みたい。
そのために、まずは、客観的factを観察しながら、その日本の実態を総合的に検証する。その次に、こうした重い問いかけに対する「最適解」の有無と可能性について考察を試みる。そして、世界一幸福な未来型ウェルビーイング環境先進国になるための処方箋として何が肝要かを考え、その要件たる「平等度」や「幸福度」と「環境パフォーマンス」の三位一体の実現に向けた持続可能な社会構築に向けたパラダイムシフトについて何をすべきか考察する。
そして、日本が「平等度」や「幸福度」と「環境パフォーマンス」の三位一体を実装して、世界一幸福な未来型ウェルビーイング環境先進国になるための画期的な処方箋として、日本における「未来世代法」に注目し、最後に、その立法化について、ささやかな提案を、試みたい。
「未来世代法」は、今生きてる人も、これから生まれてくる未来の人も、そして地球環境も、みんなが幸せでいられる未来をつくることを目指す未来志向的な画期的な法である。
この立法の目指すところは、自分たちの幸福を満たしながら、未来世代の幸せにもつながる選択をすることで、永続的な地域社会、国、地球環境をつくっていくことができる社会である。そして、この立法は、その実効性を担保できるように、国民の総意と政治との乖離と情報の非対称性を解消すべく、評価基準の透明性と、政策遂行の検証可能性を実装している。
このささやかな提案が、将来の命運を左右する重要な分岐点の前で立ちすくんで当惑しているわが日本の背中を押して、「真の幸福」が担保された、環境と人間にや優しい持続可能な新しい日本に結実する一縷の未来への希望の礎となることを、願っている。
[1] ウェルビーイング(well-being)は、身体的・精神的・社会的に良好な状態のことを指す言葉で、1946年に世界保健機関(WHO)が設立された際に、「健康」を定義づける言葉として使われたのが始まり。
[2] IMFは2023年10月に公表した「世界経済見通し」で、日本の23年の名目GDPを4兆2308億ドル(約615兆円)、ドイツを4兆4298億ドル(約644兆円)と予測。日本の経済規模が、1968年以来初めてドイツに抜かれた可能性を指摘した。これは、為替レートの変化によるところが大きく、別の尺度を使って比較すれば、日本経済の規模は依然としてドイツより大きいとの説もある。International Monetary Fund (2023)” World Economic Outlook”
[3] 2023年の日本人の平均寿命は男性が81.05歳、女性が87.09歳。ちなみに、総人口は、2022年10月1日現在、1億2,495万人で、内65歳以上人口は、3,624万人。総人口に占める65歳以上人口の割合(高齢化率)は29.0%。65~74歳人口は1,687万人、総人口に占める割合は13.5%。75歳以上人口は1,936万人、総人口に占める割合は15.5%で、65~74歳人口を上回っている。2070年には、2.6人に1人が65歳以上、4人に1人が75歳以上。