サステナブルな地球のために野心的なアクションを起こす人物にクローズアップする「地球SAMURAI」。その果敢な行動は、他者へ、そして社会へ大きな波動を及ぼし、サステナブルな地球への転換点を生み出す契機となっていくことだろう。

記念すべき第一回は、気候非常事態宣言の啓発活動の最前線を走り続ける東京大学名誉教授の山本良一氏と東京大学大学院教授としてエコデザインや製品のライフサイクル工学、ライフサイクル設計分野を牽引するグリーン購入ネットワーク会長の梅田靖氏が登場。地球の危機的状況を転換するために人や企業、そして組織や社会は今、何をすべきかなどを語り合っていただいた。

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今、地球に何が起きているか

山本:本日の対談でまず私が強調したいのは、気候崩壊、そして、それが及ぼす文明崩壊を回避するための時間的猶予は、限りなくゼロに近づいているということです。

7月は月間の世界の平均気温は観測史上最高になるだろう。6月としても世界の平均気温は観測史上、最高だった。このままなら年間平均気温は過去最高になることはまちがいないでしょう。そして、2024年は2023年を上回る年間平均気温となり、早くも1.5℃を突破するかもしれない。そんな事態が世界の研究レポートから報告されています。

またパリ協定の1.5℃目標を実現するには10年で人類総体のCO2排出量を半分、年率で7%減らしていく計算になるが現状では厳しい。その上で今、空気中にある温室効果ガスだけで中長期的には10℃上がることを試算する論文もあります。

今、世界的な異変が起きている。グリーンランドや西南極大陸の氷床崩壊、ラブラドル海流崩壊など既に地球の至るところでティッピングポイント突破の可能性を窺わせる現象も見つかっている。またデンマーク・コペンハーゲン大学の研究チームは大西洋の海洋循環が早ければ2025年にも崩壊し、全世界の気候に多大な悪影響を及ぼすことを研究で予見し、警鐘を鳴らしています。地球の気候システムが別の気候システムに移ろうとし、その前に極端現象が起きている。それを我々は見ているのではないか、という疑いが濃厚になっています。


梅田:山本先生が推し進めて来られた気候非常事態宣言が、ますます現実味を帯びてきました。まさしく今、企業やそれを繋ぐグリーン購入ネットワークのような組織も「“できるだけ”リサイクルします。あるいは省エネします」といった相対的な努力目標ではなく、絶対的な持続可能性を目指す必要に迫られています。

左)山本良一 氏  右)梅田 靖 氏

ものづくりで急務なことは何か

梅田:私はサーキュラーエコノミーでの製品ライフサイクルの設計を専門として研究を続けています。その原型とも言われる循環型社会の思想は、日本が1990年代から先駆してきました。しかし、その後、ヨーロッパでは環境効率の指標のひとつであるファクター10も提唱され、EUを中心にサーキュラーエコノミーの仕組みが2010年代から生まれ、世界へ波及しています。その特徴は、環境問題の枠内にとどまらず、経済の仕組みそのものを変えようとしているように思えます。

山本:ただし、残念ながら日本のものづくりを例に挙げれば、パフォーマンスを上げることには成果を発揮しても、長寿命でリサイクルやリユースが容易な設計がほとんど施されていない。言い換えればサステナビリティを高め、サーキュラーエコノミーへ移行していくための取り組みは、まだまだできていないのではないでしょうか。

梅田:おっしゃる通りです。そして、それに加えてモノには物理寿命と価値寿命がある。壊れて捨てられるのが物理寿命、スマートフォンなどのように買い換えで捨てられるのが価値寿命と言えるでしょう。つまり、製品を設計する前に、それがどのように使われ、捨てられ、リサイクルされるのかという製品ライフサイクルを把握し、設計作業の初期段階でいかに考慮していくかも今後の課題です。

そこで求められるのは、モノの持つ機能だけを提供することにより、経済活動において資源消費量を低減させる脱物質化や一定の経済成長や便利さを維持しつつも、エネルギー消費を減らしていくデカップリングの考え方になると思います。ヨーロッパで今、加速しているサーキュラーエコノミーも絶対的デカップリングを目標としています。

山本:日本も各国も再生可能エネルギー、省エネルギーというグリーンエネルギーへシフトしていくグリーン成長戦略を取っています。そこで議論されるのがグリーン成長戦略で果たしてデカップリングができるか、ということです。しかし、その結論を出すのは早すぎる。デカップリングの努力は、いよいよこれからが社会全体へ拡大していく時だと思います。またEU各国では「Beyond Growth」を合言葉に経済的成長を超えた社会的連帯経済の考え方も加速しています。サーキュラーエコノミーを含め、地球の気候システムが変わる前に社会の様々な仕組みを変えなければいけません。

山本良一 氏

社会的ティッピングポイントは起こるか

山本:しかし、問題は企業だけではない。30年前から指摘されているのは、リバウンドエフェクトを克服できないこと。せっかく省エネを実現しても、余ったエネルギーを別の用途に使い、人類総体としてCO2が減らないという現象がリバウンドエフェクトになる。これを克服するには普通の市民の意識を変え、行動変容を起こすことが必要になります。

梅田:山本先生は、そのために社会的ティッピングポイントの重要性を発信されています。ティッピングポイントとは、物事が緩やかに進んでいるうちに、ある時点から急激に加速が始まるその転換点を意味しますが、地球温暖化などの分野ではネガティブな意味で用いられてきました。しかし、携帯電話やPCなど急速に何かが普及する社会現象のティッピングポイントは普段我々も経験し、これを脱炭素化などに応用していく研究も進められています。

山本:アメリカでは、気候変動によって2022年だけで340万人が移住させられたとの報告があります。これは気候難民と言っていいでしょう。2050年には2億人を超すとの試算もあります。この数字は日本の人口の約2倍に相当します。また、適温のところに住めるエリアのことを我々は気候ニッチと呼んでいますが、日本人200人が年間放出するCO2の量によって世界の1人の人間を気候ニッチから追い出していることになる。つまり気候変動によって家を追われ、移住を迫られる家族が急激に増えている。まずはそういった事実認識、そして電気自動車やグリーンアンモニアの義務化などの仕組みづくりが世界で断行されれば、社会的ティッピングポイントは起き、1.5℃目標達成に繋がるCO2の年間7割削減は可能になるでしょう。

気候危機に大学はどう向き合うべきか

山本:先日、東京都公立大学法人の人材募集で「気候非常事態宣言をしている。カーボンオフセットに取り組んでいるから応募した」という就活生がいたという報告が届きました。

梅田:グリーン購入ネットワークの会員企業でも同じような話を伺っています。今、働く現役世代だけではなく、社会的ティッピングポイントに欠かせないのは、次世代を担う若者たちです。そして、その中で次世代の人材を育成する大学の使命も大きくなっています。

山本:私が理事長を務める東京都公立大学法人では全国の国公立大学で初めて気候非常事態宣言を行いました。若い世代は環境に対する危機意識が高い分、それに応えていく教育機関においてまだまだ行動が必要であると痛感していますし、そのスピード感を危惧しています。変動していく気候に対して適応策も教えていく必要があると思います。しかし、私が危惧するのは大学自体の行動の鈍さです。

梅田:私もまったく同感です。カリキュラム自体が高度経済成長時代のものになっており、サステナブルな大学への改革が速やかに求められます。

山本:カリキュラムという点では気候危機の緩和策だけではなく、適応策に繋がる内容も必要であると思っています。

梅田:今の学生たちは、確かに我々以上にサステナブルなライフスタイルを実践しています。その意味でより正しい情報をインプットしていく教育に携わりながら、大学自体も様々な意味で変わる必要があると思います。

グリーン購入ネットワークはどうあるべきか

山本:気候変動、環境問題は極めて複雑です。企業や人、大学はもちろんNPO、NGOといったネットワークを総動員し、パートナーシップを組んで取り組まないとこの問題の解決はできない。1人の人間の知恵と経験は限られている。それが30年以上、気候変動や環境問題関連の組織で責任者を務めてきたことで得られた結論です。

グリーン購入ネットワークも同じ趣旨で活動しています。その発足は、滋賀県の県庁水道部がグリーン購入を始めたことがきっかけでした。その意味でグリーン購入ネットワークは、環境に配慮した製品を購入するという小さな取り組みが浸透し、社会的ティッピングポイントを超えることで生まれたと言ってもいいでしょう。

梅田:非国家アクターの行動は、民間と国の競争関係を加速させる契機にもなっています。環境配慮契約法という国の推進策と機関投資家によるゼロエネルギービルへの投資のいい意味での競い合いが生まれています。

山本:ネットワークといった自発的な動きと法律的な強制力を持つ国家のどちらも必要であることを物語っていますね。しかし、グリーン購入ネットワークはもはや巨大なネットワークです。それと比較して小さくても気候危機や様々な環境問題に野心的に取り組むグループもあります。それらにグリーン購入ネットワークがスポットを当てることで社会全体に野心的な取り組みが拡大していく。それも社会的ティッピングポイントだと思う。その意味でグリーン購入ネットワークはより一層、地球が環境問題と闘うための重要なツールとなってほしいと考えています。

梅田:社会のティッピングポイントを起こすという視点では企業の90%を占める中小企業の担う役割も大きいと思います。幸いグリーン購入ネットワークは、会員の半分を超える中小企業が自発的に活躍できる組織になっています。たとえば最近ですと「再エネ100宣言 RE Action」もグリーン購入ネットワークからスピンオフして誕生しました。これは簡単に言うならRE100の中小企業版になります。今後も社会のティッピングポイントを後押しするような取り組みを、スピード感を持って進めていきたいと考えています。