DXが抱える地球環境課題に挑む富士フイルムのGREEN DIGITAL

 カーボンニュートラル社会の実現に向け、各国で CO₂排出量削減の取り組みが実施されている。その中で注目されているのがDXだ。しかし、そこで欠かすことのできないデータセンターのCO2排出量が問題視されている。その解決の鍵を握るLTO(Linear Tape-Open:コンピュータ用の磁気テープ技術)テープについて「富士フイルムGREEN DIGITAL説明会」を取材した。

DXの影に潜むCO2の増加

 DXは気候危機を緩和する助けになると期待されている。2020年12月には、EU理事会がDXとGX(グリーン・トランスフォーメーション)を両立し、地球にやさしい最先端技術を用いながら環境保護と経済の発展を推進すると発表した。また日本政府はこれからの成長戦略として、脱炭素につながるGXとDXの2つが柱になるとしている。
 しかし、加速するDXの影にはCO2排出量の増加が潜む。IoTやICT技術の発展、AI活用によるビックデータ解析や5Gネットワークの拡大に伴い、現在世界のデータ量は爆増。これにより、サーバーやネットワーク機器などのIT機器を収容するデータセンターは企業のデジタル化推進やデータ量の増加により、その利用と需要が拡大し続けている。結果、調査によればデータセンターによるCO2排出量は全世界の2%を占め、これは航空業界による排出量に匹敵するという。
 また2040年までにICT業界全体で最大14%という現在の米国とほぼ同じ割合のCO2を排出すると予測されている。これらのCO2排出は主に電力の消費による。COP26では11月4日、190の国・企業が石炭火力発電を段階的に廃止し、新しい石炭火力発電への支援を終了する共同声明を発表した。しかし、それはあくまでも「段階的な廃止」であり、完全にクリーンな発電に代わるには、まだまだ時間を要する。そうなると今、我々は電力消費そのものを抑えることに力を注がなければならない。それはDXにおいても同じことが言える。

  • 電力供給の遷移図 富士フイルム株式会社
    記録メディア事業部 事業部長
    武冨博信 氏

  • 電力供給の遷移図 立教大学ビジネススクール
    教授
    田中道昭 氏

「技術の棚卸」でビジネストランスフォーメーションを行う

 そういった中、データ保管時の消費電力によるCO2排出量を大幅に削減するLTOテープ「FUJIFILM LTO Ultrium9データカートリッジ」が富士フイルム株式会社から9月7日に発売された。今回の発売以前にも富士フイルムはこのLTOテープの開発と販売に注力してきた。
 11月18日に開催された「富士フイルムGREEN DIGITAL説明会」において同社記録メディア事業部 事業部長 武冨博信氏は、そこに至った経緯をこう話す。
 「富士フイルムは2000年に本業の写真フィルムがピークアウト。それからビジネストランスフォーメーションを行わざるを得なくなりました。そこで着手したのが幾つかの基幹技術の棚卸しでした。もともと写真フィルムで培った技術には、広い分野が凝縮し、それらは、写真フィルムがなくなっても残っていたのです。その一つ一つの技術の棚卸をして、既存事業の強化をしながら新たな事業を定めていきました。そこで問うたのは、その技術が今の世の中の社会課題に対して解決できるか、です。そして、そこで見いだせた事業領域の一つがLTOテープなどを扱う記録メディアだったのです 」
 では、このLTOテープはどのような社会課題の解決を果たしていくのだろうか。
 立教大学ビジネススクール教授である田中道昭氏は、同説明会において専門である企業の競争戦略という観点から富士フイルムのグリーンデジタルについて分析評価を行い、LTOテープを「データセンターにおけるCO2排出量と電力消費が大きいことが問題となる中、その最大効果ポイントに的確なソリューションを提供していることが特徴の一つ」とコメントしている。
 LTOテープを含めた磁気記録テープを古いと捉えられる傾向がある。しかし富士フイルムの武冨氏は「古いというその考えが古い」と反論する。なぜならGoogleやMicrosoftといったグローバルICT企業が続々と磁気記録テープの採用を始めているからだ。その理由は3つあると言う。
 1つめはデータ爆増を支える超高容量化。HDDやフラッシュメモリーと比べるとはるかに大きい容量が実現できている。
 そして2つめは、高信頼性。ネットワークから切り離したAir gapの状態を作りだせることと、データを正確に書き切る高度な技術によって、最後の砦としてデータを守る高い信頼性がある。
 3つめが圧倒的に電力消費量が低く、グリーンであること。ここでは特にDXとGXの両輪を実現する上で鍵となる電力消費量の低さについて掘り下げていきたい。

説明会の様子 説明会の様子

LTOテープで6億6千400万tのCO2削減が可能

 繰り返しになるがデータは爆増している。データセンターでデータをストレージするために必要とするエネルギー消費量は年率で31%上昇している。2020年と2025年では、わずか5年の間で蓄積されるデータ量が2.7倍。指数関数的に増えている状況にある。その結果としてCO2の排出にも歯止めが掛からなくなっている。
 武冨氏は、この環境負荷が目に見えないところで生じていることを危惧する。
 「例えばプラスチックを削減すること、ペットボトルを止めること、ストローを止めること。これらは環境対策で非常に大切であることは、まちがいありません。しかし、それ以外に目に見えない環境負荷がデータのストレージとなっている。爆増するデータを保存するだけに掛かる環境負荷もすでに看過できない状況になっており、そこを我々は着眼点にしたのです」
 武冨氏によればLTOテープ使用によってCO2の排出量削減がHDDと比較して約95%削減可能になるという。ただし世界の全データをLTOに移すことを富士フイルムは望んでいるわけではない。読み書きの速度が求められ、日々更新されるデータはHDDなどが適しているからだ。データはアクセス頻度が高く、よく使われるホットデータと逆にアクセス頻度が低くあまり使われないコールドデータに分けることができる。そして実際に世の中にある6割ないし、8割がコールドデータと言われている。
 ITおよび通信分野に関する調査会社のデータによればこのコールドデータのすべてをLTOテープに移せば6億6千400万tのCO2削減になる。この数字は日本が2年間で排出するCO2の量に相当する。また環境負荷の軽減という視点から述べればLTOテープはHDDと比較して長寿命であり、e-wasteと呼ばれる電子廃棄物を最大80%削減することもできる。

会社の芯から地球環境問題に対峙する

 こういった環境課題に真剣に取り組む企業とそうでない企業の差はどこにあるのだろうか。先の田中道昭氏によれば「会社の芯から地球環境問題に対峙しているか、どうか」だと言う。
 気候変動対策が世界的な課題となっている。欧米では「クライメートジャスティス」あるいは「エンバイアメントジャスティス」といった正義感によって気候変動対策・環境問題に取り組むという気運が3~4年前から生まれてきた。もはや社会貢献活動といった次元ではない。会社の芯、すなわち、本業中心に取り組まないといけないのがカーボンニュートラルという理解が日本でもようやく浸透するようになってきた。
 田中氏は、会社の芯とは経営者の本気度や使命感にも相当すると話す。そして、その流れに先駆け、事業を通じた社会課題の解決に本気で取り組んできたのが富士フイルムだと分析し、LTOテープが事業を通じた社会課題の解決の中核的な存在となっていると捉える。
 富士フイルムの武冨氏は、LTOテープのさらなる技術革新に意欲を燃やす。同社は、多岐にわたる事業領域や、社会課題解決のために挑戦し続ける企業姿勢を広く伝えるために、グローバルブランディングキャンペーン「NEVER STOP」を2018年10月より展開してきた。ここには「解決すべき課題がこの世界からなくなるまで我々は決して止まらない」という強い意志が込められているが、それはLTOテープも同じだと武冨氏は強調する。LTOテープの「NEVER STOP」はますます加速していきそうだ。