2030年までの目標であるSDGsは、ゴールではなく通過点に過ぎない。
重要なのは、「ポストSDGsの未来に、どんな世界、あり方、状態、を目指したいのか?」を見据えること。では、SDGsのその先の未来とは、どのような社会か?
このイベントでは、今こそ経営者にとって必要な視点について、「日本の資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一氏の玄孫の渋澤健氏(以下、渋澤)と、Newsweekの「世界が尊敬する日本人」に選ばれたEarth Company共同代表 濱川明日香氏(以下、明日香)が対談。進行役を同じく共同代表である濱川知宏氏(以下、知宏)が務めた。その要旨を以下にまとめた。
渋澤 健 氏
濱川 明日香 氏
濱川 知宏 氏
明日香
「地球上のすべての命のウエルビーイングを向上するあり方を目指す」
渋澤
「渋沢栄一の幸せの定義は、人が持つ可能性を実現できることにあった」
知宏:まずは自身の活動について紹介してほしい。
明日香:深刻な状況が予想される2050年。その年に地球は世界人口100億人に膨れ上がり、地球に対する負荷が増えている。その結果、地球の土地の95%が荒廃し、珊瑚は絶滅。熱中症の死亡率は今の3倍となり、新たに飢餓に直面する人口は1.3億人、水没難民3億人に達しているだろう。東京では130万人に浸水被害が起こり、その中で100万種の動植物が絶滅。海では魚よりもプラスチックごみが多くなり、日本人として残念なのはお寿司が食べられなくなるほど魚が減っていくことが予測されている。
私たちが生きる社会システムは、誰かが豊かになればなるほど、どこかで、誰かが、自然が、犠牲になってしまう仕組みになっていることが恒常的な問題だと思っている。
そのためにEarth Companyでは、未来を変えるほどの類まれな大きな変革力、唯一無二のチェンジメーカー「IMPACT HERO」を1年に1人選出し、その人にフォーカスして3年間支援をするという活動を行っている。そして未来を創る人が一人でも増えるように人材育成プログラムを企業や学校に提供する「IMPACT ACADEMY」他、エシカルホテル「Mana Earthly Paradise」の運営もしている。
Earth Companyの考え方をロジカルに説明していくと今は、「EARTH1.0」という従来の世界となり、社会や環境課題を生まないと発展できないあり方が中心となっている。
そこから「EARTH2.0」というサステナブルな世界、SDGsという生んだ課題を解決しながら発展するあり方、「EARTH3.0」という課題をそもそも生み出さないサーキュラーな世界のあり方へ今、進もうとしている。Earth Companyはそういった中、さらに先の「EARTH4.0」というリジェネラティブな世界――地球上のすべての命のウエルビーイングを向上するあり方を目指している。
渋澤:2007年にコモンズ投信という金融機関グループに属さない独立系の投信会社を創業し、2008年から会長をしているが、社員からはまったく行動が予測できないため、宇宙人と呼ばれている(笑)し、自身もスーパーフリーターであると自任している。
今は、何かを創っていくことより、人と人、思想と思想が出会い化学反応を起こしていくお手伝いができることに、喜びを感じている。
世間では、私が渋沢栄一の玄孫(5代目の孫)にあたることから、さぞ遺産があるだろうと思っている方も多い。しかし栄一は子孫に財産を残すことにプライオリティーをもっていなかったようで、よって玄孫の私は一株も受け継いでいない。しかし、私はそれ(金銭的な財産)以上の素晴らしい財産を受け取っている。それは彼が遺した「言葉」だ。それらを見ると日本の市民や企業はもっと良くなれるはずだと「怒っている」ものが多い。そこに私は現状に満足しない未来志向を感じ、それを今という時代の文脈で表現することを20年くらい前から行ってきた。
知宏:渋沢栄一の現代に通用する考え方をEarth Companyの観点から捉えればリジェネラティブ(再生型)と通じるものがある。例えば大河ドラマでは渋沢栄一の母が「みんなが嬉しいのが一番」と語る場面が印象的だった。それは、リジェネラティブにあるネットポジティブ、つまり全員がポジティブな状況にあることと繋がるよう感じる。
渋澤:「みんなが幸せになる」ということは、渋沢栄一のライフワークと理解している。あらゆる人に参画の機会を与えるインクルージョンに似た考え方が彼にはあり、それは1%も取り残さないという内容になると思う。ただし、それはみんなが同じであればいいというものではなく、機会の平等になる。渋沢栄一の幸せの定義は、人が持つ可能性を実現できることにあった。つまり自己実現であり、そのための機会の平等だった。
私は、自己実現で求められるのは、制度やシステムではなく、一人ひとりの意識だと思う。制度や枠組みで考えていくと幸せにつながらないと考えている。
明日香
「経済のために人間があると思ったときから歯車が狂ってきた」
渋澤
「“豊かさとはGDP”とすることは、思考停止に近い」
渋澤:ところでリジェネラティブには、再生しながらの成長のイメージがある。Earth Companyとしては経済成長と幸福との関係についてはどう考えているか。
明日香:日本は岸田総理になり、「成長と分配」や「新しい資本主義」が発表された。しかし、成長についての考え方が定義されておらず、成長の果実とは何かを考えながら、それらの発表を見ていた。
国の成長の価値は、GDPが一般的だ。ただ、それだけでは測れないために様々な指標が出てきた。今、渋澤さんがシステムよりも一人ひとりの意識が大事と言われたが、その意識のあり方がそれらの指標にはない。豊かさの定義がなされていない中、どこに向かっていけばいいのかと考えてしまう。
私は、経済がずっと成長していればいいとは思えない。富の増大ではなく、人間の暮らしの質を価値の基準とした「裸足の経済学」を唱える、チリの経済学者であるマンフレッド・マックスニーフ氏の著書を読んだことがある。そこには人間が豊かになるには、必ずしも経済的に豊かになることではないと述べられ、これに共感した。
彼は「経済は人間のためにあるべきで経済のために人間があるべきではない」とも述べていた。人間が経済のための歯車になることは豊かさにつながらない。地球の資源が有限であるかぎり、人類の経済的成長は無限であるはずがない。
では経済的成長だけを人類の成長としないならば、どういう発展があるのか。それがちゃんと定義されていないと思う。
私は人材育成プログラムなどでいろいろな機会で話をするが、自分のありたい状態、あるいは自分の幸せとは何かを参加者によく聞く。答えは「そういったことを考えたことがない」というのが圧倒的に多い。世の中がそれを追求するものになっていないことがわかる。
渋沢栄一の幸福観である自分のポテンシャルの発揮。それができるのは最高の世界だと思う。しかし、そこに向かって一歩を踏み出す勇気や機会がなく、機会があっても勇気がない場合が多い。勇気がないというのは、自分を信じていない。自己肯定感がないということだろう。
その要因となるのは、世の中が失敗できない社会であるからでないか。たとえば一流大学に進み、一流企業に勤めるという成功の物差しが一つしかないから、自分を肯定しにくくなる。他のカテゴリーにいること自体を失敗と判断してしまうところに自己肯定感の喪失があると思う。
知宏:先ほど明日香の言葉に「経済のための人類か、それとも人類のための経済か」という目的と手段の逆転に本質があると思う。
渋澤:以前からわたしは、細胞みたいだなと思ってきた。経済的な成長を求め、地球を壊し続けてきた人類は、サーキット・ブレーカーが利かず、増殖を続ける癌細胞に似ている。
成長の指標がGDPと結論するならシンプルでわかりやすく、便利だ。しかし家事や子育てをヘルパーさんに任せたら、それもGDPに加算される。家族が行う場合、それらは単純に労働と割り切れるだろうか。人間は簡単な答えを求めたがる。「豊かさとはGDP」とすることは、思考停止に近い。どのようにすれば豊かな人生を得られるか。そのことをはかれるのか。経済的成長では見えないものがある。
明日香
「自分の行先を考えること。それが未来を変えるファーストステップ」
渋澤
「年齢によるダイバーシティがさらに重要になってくる」
知宏:今後の社会に望むものは何か。
明日香:2050年になって今を振り返ったら、あのときがターニングポイントだったと言えるものになっていてほしいと思う。
コロナ禍で世の中に変化が起き、今後も起ころうとしている。しかも、それはコロナ前から見直し、問われ、求めていたことと一致する。つまり、時代の流れとニーズが一致しているように感じる。
私は初代ミレニアム世代に位置している。Z世代とは考え方や見方がちがう。Z世代は大人が仕掛けたレールにそのまま乗ろうとはしない。社会はそのことに気づき、受け皿になるべきだ。そういった若い世代といっしょに今をターニングポイントにしなければならない。
そして、変革を助成するサポートシステムが生まれてほしい。
渋澤:まちがいなく時代の転換期を迎えている。2020年の人口動態を見れば今までがピラミッド型であったのに対し、逆ピラミッドになろうとしている。そういった中でパンデミックを体験し、ニューノーマルが起こり、グレートリセットが求められている。
今まで成功体験をつくってきた世代からこれからの成功体験をつくる世代にバトンタッチする時代が始まっていると思う。
日本社会で見たこともなかった変化がスピードを出して起きている。企業の採用も変化しなければならない。昭和の世代は自分のやってみたいことができるまで10年、20年と我慢をした。それが旧世代は当たり前だと思っている。しかし、今の世代はちがう。それに企業が気づくかどうかだ。性や人種による多様性には目をむけているが、年齢によるダイバーシティがさらに重要になってくる。
明日香:効率性についても考えてみたい。「現代人は江戸時代の一年を一日、平安時代の一生を一日で生きている」と言っていた人がいた。効率は経済的な豊かさを加速するだろう。その分、「時を過ごす」という感覚が希薄になっている気がする。幸せな時間も「過ごす」ものだろう。「過ごせない」時間は幸せなのだろうかと考えることがある。
渋澤:確かにテクノロジーは効率を高め、暮らしを便利にした。こうしてバリに行かないでも話ができる。それは、人の欲望があったから可能になった。反面、地球を破壊しているのも欲望だ。欲望の全否定ではなく、未来に繋がる欲望(飛躍できるイマジネージョン)を高めていければと思う。
明日香:Earth Companyは、今、新しいオンライン教育プログラム「IMPACT ACADEMY」を開発している。バリでやってきた研修事業が、オンラインで可能になった。
今、地球で起きている課題は、氷山の一角、その下には課題を生み続ける構造がある。
それを生み出す私たちのマインドや行動変容がないと世界は変えられない。
私たちはそのチェンジメーカーを支えながら、いろいろなところでリジェネラティブな未来を創ることができる人たち、未来を壊さない人たちを育成することを目的に「IMPACT ACADEMY」を実施している。主に民間の企業や学校をターゲットにしているが「IMPACT ACADEMY」がどのように変革を生みだしてきたかを学びながら、アクションを起こす心を動かせる人を育成していきたいと考えている。未来を変えること。それは自分がどこにいきたいかを、考えることがファーストステップになるのではないか。
次世代につなぐ未来を創る「IMPACT ACADEMY」教材づくりのクラウドファンディング
https://www.earthcompany.info/ja/impactacademy_cf/
(11月30日まで)
コモンズ投信
https://www.commons30.jp/
アーカイブ動画
https://youtu.be/oZ-KyYnQhPw