2021年05月28日、「WWFジャパン エネルギーシナリオ シンポジウム ~2030年46%削減はどのように実現可能か~」が開催された。
その約1か月前に菅総理は「2030年温室効果ガス削減目標46%、さらに50%の高みを目指す」と表明している。それはけっして容易に実現できるものない。では最も重要となる産業界はどのように取り組んでいくべきか。
その絵姿を描くために今回のシンポジウムでは、昨年末にアップデートしたWWFの「脱炭素社会に向けたエネルギーシナリオ」と新たに発表した「コスト編」について紹介。さらに2050年ゼロに向けた現実的な2030年のエネルギーミックスの在り方と、「パリ協定」に再提出するべき日本の国別削減目標(NDC)について提言した。
また建設、鉄鋼、再エネ業界から先進的な企業と団体を招き脱炭素化に向けたビジョンや実践についてパネルディスカッションやプレゼンテーションを行った。
2030年には、石炭火力の廃止が可能~エネルギーシナリオ解説
システム技術研究所 所長 槌屋 治紀氏
シンポジウムの前半では、システム技術研究所 所長 槌屋 治紀氏がアップデートしたエネルギーシナリオについて以下のように解説した。
2030年には人口減少により活動度が減り、効率化が進み、これに比例してエネルギー需要も減少。紙、プラスチック、セメント、鉄鋼など材料資源を生産する産業の活動度が縮小して、エネルギー消費が小さくなる。これに対して、コンピュータ、自動運転自動車、ロボット、AI機器などを製造する知能情報機械産業の活動度が増大するなど産業構造が変化していく。
一方エネルギー供給は2030年には電力はおよそ50%を自然エネルギーから、残りをガス、石油、原子力から供給。石炭火力は廃止の方向へと進み、2050年では太陽光、風力、水力、地熱、バイオマス、 周囲熱など100%自然エネルギーを電力と熱・燃料需要への供給となることが予測される。その結果、2030年には、石炭火力を廃止でき、その不足分はガス火力+太陽光+風力で供給。電力の50%が自然エネルギーとなればCO2排出量50%削減は可能となる。
またコストについてはEV、LED照明、PV、風力などの低下が進展。省エネ+自然エネ+電力関連に、2020~2050年に必要な設備投資は254兆円、年間8.5兆円の有利な投資であり、それはGDPの1.1%に相当する。
最も重要な2030年エネミックス~WWFからの提言
WWFジャパン 専門ディレクター(環境・エネルギー) 小西雅子氏
次にWWFジャパン 専門ディレクター(環境・エネルギー) 小西雅子氏が登壇。エネルギーシナリオと「2030年宣言」と題したWWFからの提言について次のように述べた。
政府が示した2030年46%削減(50%の高みを目指す)は不可能ではない。しかし日本のこれまでの削減努力の延長線上では決して達成できる目標ではない。
企業は経営そのものを脱炭素社会に照準を合わせていく必要がある。政府の示す「グリーン成長戦略」等の”参考値“は、あくまで参考に留め、グローバルスタンダードで客観的なイニシアティブ(SBTiなど)に参加するなど、自ら情報収集して自社の方向性を検討することが重要となる。
化石燃料中で最も排出の多い石炭火力は、すみやかに廃止するべきであり、我々のシナリオでは2030年に全廃止が可能となる。ダイナミックシミュレーションの結果、現状の石炭火力を日本の10電力地域全域で2030年までに廃止しても、LNG火力の稼働率を上げることで賄え、電力供給に問題がない。また2030年自然エネルギー約50%を目標とすることは、現状の電力システムのインフラ内で実現ができる。
自然エネルギーが増大していくと、燃料費用が不要となるため、本シナリオでは、電力価格は微増後に一貫して減少していく。さらに脱炭素社会を進めるには、グリーン水素を作り、脱炭素化が難しい燃料と熱需要に使うことで、エネルギー全体を脱炭素化していくことができる。自然エネルギー由来の電力を使用した水の電気分解によるグリーン水素が化石燃料脱却への道筋となる。
近年化石燃料を使いながらも、排出された炭素を回収し、地中深くに貯蔵するCCS(炭素回収貯留)や、回収した炭素を水素と反応させてプラスチックや産業用材料などをつくり、リサイクル利用を行う(CCUS)の議論が盛んになっている。
しかし風力や太陽光などの自然エネルギーの価格が急速に低下する中、輸入される化石燃料のコストを負担しながら、まだ商業化されておらず高額なCCUSを実施することは、経済的に成り立たない。ましてや今後30年で脱炭素化を目指すには、必要とされるCO2の吸収の量的にも時間ラグから見ても無理がある。
一方で、2050年ゼロを達成したのちには、気温上昇を1.5度に抑えるためには、過去に排出されて大気中に蓄積したCO2を除去する技術がいずれ必要となってくる。そのための技術としてDAC(ダイレクト・エア・キャプチャー)の開発が世界で進められている。本シナリオではその検討も行い、2050年以後には回収した炭素の使い道としてCCUSも検討した。
2030年まであと9年。現状の技術と社会インフラの範囲で可能なことを最大限実施し、
長期に向けたイノベーション頼みだけとならないことが目標達成には求められる。
建設、鉄鋼、再エネ業界の先進企業・団体がプレゼンテーション
今回のシンポジウムでは脱炭素社会をリードする戸田建設、東京製鐵、日本風力発電協会によるパネルディスカッションを行った。ここではその中で発表されたプレゼンテーション内容を要約して紹介する。
気候変動への対応でレジリエントな企業へ
戸田建設株式会社 価値創造推進室 副室長 樋口 正一郎氏
戸田建設ではTCFD提言に2019年5月にTCFDへの賛同し、それに基づく分析を経営戦略に活用している。
2℃未満シナリオシナリオでは、再エネ電力のニーズが高まり、再エネ発電所建設工事の発注が増加 。ZEB建築が普及し、売上高の増加が見込まれる一方、ZEB技術力、設計・施工実績による受注競争が激化し、炭素税の増税により資材・燃料調達費が増加していくと考えている。
一方、4℃シナリオにおいては、建設事業で夏季の工事効率低下により工期が長期化し利益率の低下を予測。 異常気象の激甚化が進行することで不動産事業において物理的リスクが増加・物理的リスクの顕在化や対策への機運の高まりにより防災・減災工事の発注が増加していくと捉え、シナリオ分析により, 脱炭素社会を目指すことが当社の利益増にも寄与することを確認している。
当社の2019年度のGHG排出量は、スコープ1,2,3合計で 775万トン。スコープ1,2合計で約7.7万トン スコープ3が99%を占める。スコープ1,2合計の約60%が作業所の軽油由来となる。
スコープ1,2においては作業所・オフィスで排出するCO2総量を削減。スコープ3では引き渡した建物が運用中に排出する床面積あたりCO2排出原単位の削減等が求められる。
具体的にはスコープ1においては、燃料添加剤 (K-S1) を活用し、平均8.0%の燃費向上率 (発動発電機の実負荷燃費テスト)に取り組んでいる。また天然ガス由来燃料 (GTL)を活用し、排出係数8.5%減を図っている。
スコープ2ではRE100基準に適合した再エネ電力の使用 主に小売電気事業者の再エネメニューを活用していく。
現在、当社はZEB建設も加速。筑波技術研究所において、建物で使用するエネルギーをすべて自給し、かつそれ以上に発電できるビルを建設し、2024年には本社ビルをZEBで建設していく予定にある。
さらに再生可能エネルギー事業へも注力し、メガソーラー発電所を発電事業者として運営し、 国内初海に浮かぶ風力発電所の建設と事業化、水素を燃料とした船を開発している。
またESG経営を推進。役員報酬BIP信託を導入 2016年度より取締役および執行役員へのインセンティブプラン として業績連動型株式付与制度を導入。そこに2019年度からは「CO₂排出量(スコープ1+2※の合計) 削減目標の達成度」が加わり、取締役、執行役員への報酬は 当社の気候変動の実績に応じて変動する仕組みとなっている。
Tokyo Steel EcoVision 2050の達成へ
東京製鐵株式会社 取締役総務部長 奈良暢明氏
当社では、電気炉製鋼法を用いて資源である鉄スクラップを再生し電気炉で製品にしている。その観点では日本は資源国といえる。
電気炉製鋼法は、鉄鉱石や石炭を用いる高炉製鋼法と比較し、CO2排出量の少ない鉄鋼生産プロセスであり、同じ量の鉄を造る場合、CO2の排出をより多く抑制できる。
鉄のスクラップから質の高い鉄を造ることができる。鉄スクラップの高度な利用例としては株式会社リコー様において当社電炉鋼板を複合機に採用していただいている。また株式会社パナソニック様には廃家電由来の鉄スクラップの資源循環のスキームの構築をご提案いただき、実用化させていただいている。
今、建物に環境性能を求める動きが次第に広まっている。米国グリーンビルディング認証である「LEED」は建物に再生鋼材を利用していることが、その取得の最低要素となる。そういった中で当社H形鋼を約120トン採用した「ICI総合センター」と当社厚板を約4,000トン採用「日本生命丸の内ガーデンタワー」はどちらもこの「LEED」を獲得している。
電気炉で用いるスクラップはバブル期の建物が2050年に向けて解体されることで今後も増えていく傾向にあり、リサイクル鋼材の供給拡大によってスクラップの国内需要を拡大。次の世代に都市鉱山のバトンを引き継いでいきたいと考えている。また輸送によるCO2を無くすためにスクラップを発生の場所で消費していくことが重要と捉えている。
当社が使用しているエネルギーの4分の3は電力になり、再エネが拡大することは電炉鋼材がますます脱炭素になることを意味している。田原工場では日本最大級の屋根置きの発電所を設置。この夏には全工場で太陽光の発電を開始する。また春・夏など冷暖房の使用が少なることで生まれる余剰となった再エネを2018年から活用。今後、再エネで課題となる余剰電力の調整が経済的な合理性があれば可能になっていく。
当社では環境貢献へのチャレンジ謳った「Tokyo Steel EcoVision 2050」において自社の省エネと再エネの拡大を採り込み、製造時のCO2の排出をダイナミックに押し下げていく。
それと共に電気炉製鋼法が拡大していく社会全体のCO2の量を削減していく。これが我々のビジョンであり、さらに高めていくために見直し作業を続けている。
日本の風力発電の現状と将来像
一般社団法人
日本風力発電協会(JWPA) 国際部長 上田 悦紀氏
日本では2018年までは 石炭火力と原子力 が中心で風力は冷遇されてきた。しかし2020年10月の菅首相のゼロカーボン宣言で情況が一変。石炭火力発電から脱却し、再エネの最大限導入を目指している。
世界では毎年約3百万kW(投資額は約2兆円/年)以上を建設中であり、市場は、欧州1極集中から東アジア・北米へ拡大。 東アジアの最大市場は中国(本土)だが参入可能な日本市場に大きな期待が集まる。
日本での洋上風力開発は、2016年以降に急速に関連法規 とインフラ(港湾と建設船)の整備が進行中。今後は約1GW/年 ペースで2030年までに10GW(累計約5兆円)導入の見込みとなる。上手に工夫すれば、建設・保守・メンテナンスや、機器製造・ 観光(エコツーリズム)で経済を活性化し、新たな雇用を拡大できる。