2050年カーボンニュートラルの実現に向けて グローバルリーダー・カンパニー CDPAリスト受賞企業が代表スピーチPart2

1.ケインズの予言

 コロナ禍で、本郷での対面講義も学務もなくなり、鎌倉の山奥の蟄居宅から遠隔執務する「新しい日常」が定着しつつある。思えば、驚くべき行動変容である。コロナ前だったら、日々早朝から横須賀線に乗って本郷に出勤し、講義し、各種委員会に出席して、専門家を訪問面談し、学会に参加し、本郷の研究室や図書館で書籍や資料に囲まれて論文執筆等の研究活動をしていたものだが、いまは、その学務や研究の大半は、鎌倉の山奥の自宅書斎や、行きつけの海辺のカフェで、それ相応の高質な仕事ができている。
 むろん、対面授業や人と直接会うことの重要性はいささかも減衰しているわけではないし、世の中には、なかなか行動変容が困難なcritical & essential missionのある敬意を払うべき仕事があまたあることも十分承知しているが、いずれにしても、こうしたコロナ禍という逆境下でのsecond bestの模索と試行錯誤に、実は「新しい日常」の未来志向的なヒントがあると思う。そして、明確なことが1つある。それは、もはや、世界は、コロナ前の世界には、そっくりそのまま戻ることはないだろうということである。

 今回のコロナ禍は「あぶりだし」ではなかったかと、つくづくそう思う。いままで、通奏低音のごとく、人類が、気づかずに、あるいは、気づかないふりをして、問題の先送りをしてスルーしてきた現下の人類社会システムの宿痾のごとき「矛盾」や「不条理」や「ナンセンス」を、コロナが、いとも鮮やかにあぶりだしてくれた。しかも、見事に、一瞬にして、世界同時多発的に、「誰1人取り残さずに」。コロナ禍の派生的な僥倖とでも言おうか、パンデミックの副産物として、いままで半ば暗黙の事実でもあった「裸の王様」の存在を、白日の下に露呈させてくれた。しなくてよい不毛な習慣、常識、routineがあぶりだされ、白昼堂々と、問答無用に、一気呵成に、かくも大胆な「断捨離」が全球的に、すすんでいるのだ。
 かつて、英国の経済学者のジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes)は、 いまから90年前の「孫の世代の経済的可能性(Economic Possibilities for our Grandchildren)」というエッセイで、見事な洞察を披露している。彼は、「少なくともあと100年にわたり、私たちは 自分たちや他の番人に対し、きれいはきたなく、きたないはきれいだというふりをしなければならない。というのも、きたないは便利で、きれいは役に立たないからだ。貪欲と高利貸しと用心が、もうしばらくは私たちの神であり続ける。それらだけが、経済的必要性のトンネルから太陽の下へと私たちを導けるのだから。」と分析し、加えて、「テクノロジーの進化によって20世紀末までに週15時間労働が実現しているだろう」との予言を述べ、 「だからそう遠くない日々に、人類全体の暮らす物質環境に空前の大変化が起こることを、私は心待ちにしている。」と喝破している 。残念ながら、結局、実際には、週15時間労働は実現せず、ケインズの予言は当たらなかった。その理由については、2011年のニューヨークでの「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)」抗議活動の理論的指導者として一躍有名になったロンドンスクール・オブ・エコノミクス(LSE)のデヴィッド・グレーバー教授は、「テクノロジーがむしろ無意味な仕事(Bullshit Jobs)を作り出す方向に使われた」と分析している。

 しかし、皮肉なことに、今回のコロナ禍の派生として「新しい日常」が定着しつつある中で、かのケインズの幻の予言が、あらためて、現実味を帯びてきている。なぜなら、いま、まさにケインズが予言した「人類全体の暮らす物質環境における空前の大変化」が起こっているからである。全世界的なコロナ・パンデミック禍の影響で、世界中の77億人の人類に、問答無用に、行動変容と価値変容が始まっており、経済優先・成長至上主義時代の終焉が訪れているのだ。しかもこの変容は不可逆的なのだ。むろん、かのケインズとて、さすがに、今日のコロナ禍までを予想していたわけではなかろうが、驚くなかれ、いみじくもケインズがあの講演で言及した「100年後」とは2029年であり、「孫の世代」はあと8年後である。そして「パリ協定」や「SDGs」の目標達成の大事な鍵となる年とも重なる。天才ケインズの洞察のなせる業とまでは言わないが、このタイミングの妙に、感嘆する。

1. J.M.Keynes(1930) ” Economic Possibilities for our Grandchildren ”

2.「風の谷のナウシカ」の含意

 気候変動問題が「イエローカード」なら、今回の新型コロナウイルス禍は、性懲りもなく愚行を繰り返してきた人類に対する「待ったなし」の「レッドカード」である。度重なる異常気象に垣間見れる気候変動問題や、今回の新型コロナウイルス禍は、この 自然界と人間社会の調和的バランスの不均衡への警告である。いまや、不可逆的かつ危険な転換点(tipping point)に立っている人類にとり、持続可能な地球環境との多元共生と包摂的な恒久的平和構築を担保する異次元の新しいパラダイム・シフトの実現が喫緊の最重要課題である。しかも、この潮流は、単に「脱炭素社会」構築を通じて、アフター・コロナ時代の経済復興を目指すと言う文脈で解釈すると見誤る。むしろ、目指すものは、この空前絶後のパラダイムシフトを通じて、地球環境との持続可能な共生に裏打ちされた人々の心身にも優しい「真の幸福を担保したまったく異次元の生活様式」への「トランジション・デザイン」を人類が実現することにあるのだ。これこそが、かつてケインズが予言した「孫の世代」の「新しい日常」に他ならない。

 かつて、ケインズは、こうも言っている。「苦難に陥った人々は、残された組織をもくつがえし、個人の打ち勝ち難い欲求を必死に満足させようとするうちに、文明そのものを埋没させてしまうおそれがある。これこそ今我々のあらゆる資源と勇気と理想主義とを協同させてその防止に努めねばならない危機なのである。」と 。そう、いま人類が向き合っているのは、過去300年間の異常な時代、成長幻想に憑りつかれた貪欲な社会システムの終焉であり、「直線」から「循環」へのパラダイムシフトであり、「定常型経済」への移行であり、東西に通底してきた重要で本質的な価値観の再発見であり、地球環境の一部としての人類の処し方が問われている「力の文明」から「いのちの文明」への転換点なのである。まさに、いまこそ、ケインズの言う通り「あらゆる資源と勇気と理想主義とを協同させて」現下の人類社会システムのOS(Operating System)の抜本的なグレート・リセットとバージョンアップが必要な時期なのである。
 奇遇な啓示とでも言えようか、去年2020年12月21日の「冬至」は、397年ぶりに木星と土星が大接近した日だった。占星術では、これを「グレート・コンジャンクション(Great conjunction)」と呼ぶ。この日は、18世紀末の産業革命に端を発した「土の時代」が終わり、次の時代「風の時代」へと移り変わる歴史的な日だった。金銭、物質、権威が重視され、組織、安定、所有、蓄積をエレメントとした「土の時代」から、個人、変革、共有、循環をエレメントとする「風の時代」への変化の日だった。

 個人的には、実はあの巨匠・宮崎駿の名作(1982年)「風の谷のナウシカ」の主人公ナウシカは、この「風の時代」を黙示したジャンヌ・ダルク的存在ではないかと思っている。ナウシカは、物質的なところに価値基準の中心が置かれる「土の時代」から卒業して、知性、コミュニケーション、個人等が重視される新しい「風の時代」の価値基準の世界へのパラダイムシフトを象徴する存在ではなかったのか 。既に40年前にナウシカを描いていた宮崎駿の、その慧眼には、敬意を表したい。

2. J.M.Keynes(1920) ” The Economic Consequences of the Peace ”
3. むろん、実際に物理的に木星と土星が大接近しているわけでなく、地球上からの惑星の見え方の問題で、あくまで占星術の世界の話であり、また、ナウシカ本人に、その関係性を直接聞いたわけでもないので、本論で、この真偽や因果律を議論検証するつもりもないが、実は、このタイミングがあまりに意味深で素敵なのだ。

3.バイデンの「パリ協定」復活劇

 奇しくも、その「風の時代」の幕開けとともに、今年2021年1月に、米国に新しい大統領が誕生した。ジョー・バイデン(Joseph Robinette Biden, Jr)である。彼は、35年も前の1986年に、米国連邦議会に対して気候変動に関する政策提案を最初に提出した議員、その人であった。まさに、「風の時代」が、彼を呼んだのであろうか。
 あたかも「土の時代」の終焉を象徴するようなトランプ政権が終わり、「風の時代」を象徴するバイデン新大統領が誕生した。その就任日当日早々に、「パリ協定」に復帰する署名が行われた。そして、彼の大統領就任式で、赤いサテンのカチューシャにカナリア色のコートを纏った22歳の女性詩人アマンダ・ゴーマンは、「私たちが未来を見ている時、歴史は、私たちを見つめているのだ」「光は常にそこにあるのだ、光を見るための勇気がありさえすれば、光になるための勇気がありさえすれば。」と鼓舞した。
 けだし、「風の時代」は、課題山積で前途多難な時代である。もはや一刻の猶予もない。世界平均気温の上昇を1.5℃に止めるというパリ協定の目標のために、2050年までに脱炭素を実現し、そこに至る過程として、2030年までに50%もの思い切った温室効果ガス排出削減を実行しなければならないのだ。

 かと言って、絶望は早計だ。救いと希望はある。それは、まっすぐ未来を見つめる若者たちと、気高き理念と強い意志と聡明で的確な実行力をもった多くの人々の存在だ。いまでも思い起こすシーンがある。3年前の2018年の冬、クリスマス前のことだ。筆者がポーランドで直接参加した国連気候変動枠組条約第24回締約国会議(COP24)の会場で遭遇した2つの忘れがたい光景である。1つは、かのグレタ・トゥーンベリ(Greta Ernman Thunberg)との出会いだ。奇遇にも会場に居合わせ、彼女の感動的なスピーチを直接目の前で聞き、ショックに近い感動を覚えた。同時に、その真摯な訴えに重い責任を感じた。その後、周知の通り、世界中の若者を中心に「Friday For Future」の国際的な草の根運動が燎原の火のごとく広がった。「気候非常事態宣言」と「脱炭素社会構築」のモメンタムが加速拡大し、政治を動かした。筆者も東京でグローバル気候マーチに参加した。あの日の行進の一体感と感動を忘れない。もう1つは、米国の“We Are Still In(我々はパリ協定に留まる)” との出会いだ。あのブース内の白熱した空気はすごかった。米国では、当時、気候対策に背を向けパリ協定を離脱したトランプ政権の下でも、多くの自治体、企業、市民らが、“We Are Still In”と宣言し、パリ協定の実施を率先垂範していた。そこに米国の良心の健在を感じた。そして、その種火が、今回の米国大統領選に結実した。その人々の良心と確信と行動力に、明るい希望と可能性を感じている。

 いま、バイデン政権下では、本格的なグリーン・リカバリ―政策が、急ピッチで立ち上がりつつある。「2050年までにゼロエミッションを実現する」ことを目指すバイデン新大統領は、「将来のクリーンエネルギーで米国は世界をリードする」と脱炭素の早期実現に意欲をみせ、反発する石油・ガス業界に対して「雇用を失うのではなく、我々は雇用をつくり出す」と理解を求めた。そして、コロナ禍での雇用や経済の再構築における投資を活かし、脱炭素化を加速させようと、気候変動対策へ2兆ドルを投資し、2035年には発電部門のCO2排出をゼロにすると公約している。さらに運輸部門や建築部門の取り組みも加速させ、それらの移行により雇用を創出する方針だ。すでに、1月27日には、温暖化ガスの排出削減を目指す新たな大統領令に署名し、連邦政府の管理地における新たな石油・ガス開発を規制するなど、化石燃料から再生エネルギーへの移行を後押ししている。また、新政権は上場企業に対して、オペーレーションとサプライチェーンにおける環境リスクと温室効果ガスの排気量を公にするよう求めるだろうとも言われている。トランプ政権の残した負の遺産の対応も急務だ。特に、米国環境保護局(United States Environmental Protection Agency;EPA)の人事の立て直しだ。トランプ政権時代の過去3年間に、こともあろうに、700人もの専門家が流出したが、早急に増強が必要だ。省エネ対策「国際エネルギースタープログラム」等の「環境保護と国民の健康保護」活動を推進するバイデン新政権の要だ。
 明るい材料もある。頼もしい応援団がいるのだ。すでに、昨年2020年11月には、300ページに及ぶ具体的な提案書「クライメイト21プロジェクト(The Climate 21 Project)」 が、バイデン新政権移行チームに対して提出されている。「米国国家気候会議」の立ち上げや、ホワイトハウス事務局から連邦局に至るまで11組織に及ぶ行政機関に対して、政策提言だけでなく、予算や協力機関の選定まで、時間軸も含めて具体的に詳細な動きに落とし込んだ計画書を、各機関の経験者が記している。そこに、米国の人材の層の厚さと、底力と、そして何よりも、本気度が伺える。

 あたかも、木星と土星の大接近による「グレートコンジャンクション」と同様に、既に欧州などで動き出しているグリーン・リカバリ―の動きが、こうしたバイデン新政権による米国の本格的な積極参加と結合連携することにより、世界の脱石炭・脱化石燃料、省エネと再生可能エネルギー100%への転換が、さらに大きく加速するであろう。この米国の本気度は、「パリ協定」の「温室効果ガスの排出量を2050年までに実質ゼロ」を目指す目標達成を現実的なものに確実に近づけているのである。

4. このプロジェクトを率いているのは、オバマ政権で環境品質管理担当だったクリスティー・ゴールドフス氏と、デューク大の環境政策の専門家ティム・プロフェタ氏だ。ほかに15人の運営委員が、約1年半をかけてバイデン政権が掲げる非常に「野心的な」気候対策を実行に移すためのプランをまとめている。

4.はたして日本の前途はいかがなりや?

 それでは、はたして、日本政府は、どうなのか?米国の戦列復帰によってさらに加速しつつあるこのグリーン・リカバリ―を軸とした脱炭素実現に向けた世界の潮流に対して、いかなる行動をとるのか。そして、2030年に、2050年に、世界中から尊敬と称賛を得ることができるような結果をだせるのであろうか。
 遅まきながら、日本政府も、ようやく昨年2020年7月から非効率石炭火力発電の休廃止に向けて議論を始め、10月26日には、菅首相が2050年脱炭素を宣言した。しかし、その実態は、手放しには喜べない。バイデン新政権誕生可能性を念頭にしていたかどうか不明だが、周回遅れのそしりは否めない。しかも、宣言を担保する政策自体が陳腐なのである 。宣言を画餅としないための長期的展望の裏付けがない。加えて、石炭火力発電の新設・リプレースを推進するという従来型の陳腐なエネルギー基本計画の枠内に留まっていること自体、まったく世界の潮流を理解できていないことの恥ずかしい証左である。経済優先で、環境問題は二の次の政治の寒々しい本音を世界に向けて露呈させる結果となった。ましてや、2011年の原発事故当事国でありながら、いまだ事故リスクの大きい原子力発電の選択肢を温存していること自体が致命的である。実に、恥ずかしい。これでは、国民の支持も得られない。世界から尊敬もされないであろう。世界に誇るべき技術も、人材も、資金もあるのに、こういった日本の政治の貧困と迷走は、実に、残念である。
それでは、日本政府はどうすべきなのか?答えは、自明である。
早急にすべきことは以下の2点である。①2030年までの温室効果ガス排出削減目標を「1990年比で50%以上削減」へと大幅に引き上げること、②遅くとも今年のCOP26グラスゴー会議までに国連に提出すること、この2点である。
 その目標の実現に向け、2030年までの石炭火力フェーズアウト完了を実現し、さらに省エネを徹底し、再エネ100%への転換に向けて再エネの主力電源化に必要な投資を促し、グリーンな雇用を拡大していくべきだ。それは、日本国民のためであり、日本と世界の明るい未来のために不可欠なのだ。

 かつて、ケインズは、先の90年前のエッセイで、あたかも今日の気候危機やコロナ危機を予想していたかの如く、以下のような含意ある警告もしている。「経済問題の重要性をあまり過大に考えたり、その必要性と称するもののために、もっと重要で、もっと永続的な重要性を持つ事柄を犠牲にしてはならない。」と。
 ここにきて、コロナ禍という「レッドカード」をつきつけられた人類は、もう次はないとの危機感から、「もっと永続的な重要性を持つ事柄」である気候危機解決に不可欠な脱炭素社会構築に官民一体となって注力し始めている。そして、その率先垂範役として登場したのが、「風の時代」に登場した米国バイデン新政権である。
 「パリ協定」目標実現達成に向けて戦列復帰した米国は、いよいよ本格的にトップに躍り出て、脱炭素社会構築に向けた率先垂範を果敢に始めようとしている。すでに欧州は、日本の2周先を、猛スピードで突き進んでいる。中国もインドも本気である。それは、もはや世界の不可逆的な潮流なのである。なぜなら、それが、唯一、明るい未来を担保する道であるからだ。それ以外の道はないからだ。

 日本も、こうしたグリーン・リカバリーを軸とした、持続可能な脱炭素経済構築に向けた流れに追いつく最後の機会を逸してはなるまい。人類の真の幸福を願っているのなら。かけがえのない未来ある孫たちに明るい希望を引き継ぎたいのなら。ケインズの警告を真摯に理解しているのであれば、そして、「風の谷のナウシカ」を世界に送り出した母国としての矜持があるのなら。

5. 日本政府は、「カーボンニュートラルを目指す上で不可欠な、水素、自動車・蓄電池、カーボンリサイクル、洋上風力、半導体・情報通信などの分野について、①年限を明確化した目標、②研究開発・実証、③規制改革・標準化などの制度整備、④国際連携などを盛り込んだグリーン成長戦略の実行計画を早期に策定し、全政府的に取組を拡大します。」と明言しおり、加えて、2020年12月25日には、経済産業省が、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を公表している。しかし、その目指す目標も「2050年には発電量の約50~60%を再エネで賄うそれを担保する」と消極的な水準にとどまり、実行計画の内容がまったく不十分であり、いまだに、火力発電も原子力も、引き続き最大限活用すると明言までしており、「宣言倒れ」「羊頭狗肉」の懸念がある。(2020年12月25日 経済産業省HP)(出所)経済産業省(2020)「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」