東レが印刷分野と衣料分野に環境と健康を守る新技術を提供

 東レ株式会社(以下東レ)は今年5月に発表した長期経営ビジョン“TORAY VISION 2030”の長期戦略として、事業を通じて地球環境問題や資源・エネルギー問題の解決に貢献することおよび医療の充実と健康長寿、公衆衛生の普及促進に貢献することを掲げている。
 自らの持続的な成長により、企業理念である「わたしたちは新しい価値の創造を通じて社会に貢献します」の具現化に取り組んでいく考えである。ここでは2つの話題を紹介したい。

世界初、100%VOCフリー
水なしEBオフセット印刷技術の実証に成功

VOCを排出しない画期的な印刷技術

 東レは、9月に欧州有数の食品軟包装印刷会社であるスペインのSP Group社と世界で初めて軟包装印刷分野での100%VOCフリー水なしEB(電子線)オフセット印刷技術の実証に成功した。今回実証した技術は、シャープで高精細な印刷品質という水なし印刷のメリットをそのままに、印刷時の環境負荷低減に大きく貢献することになる。
 軟包装材とは、フィルムを使ったもので、軽量性、柔軟性、加工のしやすさ、透明性、バリア性などの特長から、食品やシャンプー・洗剤の詰め替え品用など、生活に身近な幅広い商品の包装に使われている。そして軟包装用印刷には、アジアを中心にグラビア(凹版)方式が採用されていたが、有機溶剤を含むインキを大量に使うことから、人の呼吸器系に沈着して健康に影響を及ぼすPM2.5による大気汚染、および印刷オペレーターへの健康被害の原因となるVOCを多く排出することが問題視されており、欧州でもこれらに関心が高まっていた。
 VOCとは揮発性有機化合物のことで、印刷工程では、有機溶剤を含むインキや薬液を使用することで発生。光化学オキシダントや浮遊粒子状物質の主原因となるため、国内では大気汚染防止法によって規制されており、発生するVOCは燃焼処理や吸着処理などの排気処理が施されている。しかし近年では、VOC発生源付近での労働環境改善、防災対策、VOC処理のエネルギーコスト低減(CO2削減)の必要性が高まっており、VOCそのものを排出しない印刷システムが望まれていた。

各国の食品包装規制にも準拠

 東レは「東レ水なし平版」を1979年に販売開始。同商品は印刷時にVOCを含む湿し水を用いないことや、製版時にアルカリ現像廃液を出さない等の特長から環境に配慮した製品として広く認知され、今まで世界52ヶ国、1,500社以上の印刷会社で使用されてきた。
 2015年からは、インキを含めた100%VOCフリー印刷技術の開発をスタート。2017年にはVOCを発生する有機溶剤を含まない液体で印刷機のユニットを洗浄することができる水溶性UVインキを商品化した。
 今回実証に成功したのは、SP Group社の協力を得てこのために開発した水溶性EBインキを「東レ水なし平版」に適用し、EB硬化プロセスを組み合わせた世界初の100%VOCフリー水なしEBオフセット印刷によるレトルト食品包装印刷である。本技術は、インキ溶剤乾燥、有機溶剤によるインキ洗浄が不要となり、すべての印刷工程において100%VOCフリーを達成するとともに、各国の食品包装規制にも準拠している。

本技術を適用したレトルト包装サンプル

本技術を適用したレトルト包装サンプル

■優れた洗濯耐久性と着用快適性が特長の抗ウイルステキスタイル
「MAKSPEC V」を開発

スポーツウェアからメディカルウェアまで幅広く活躍

 東レは、10月に優れた洗濯耐久性と着用快適性を有する抗ウイルステキスタイル「MAKSPEC V」(マックスペック V)を開発した。
 「MAKSPEC V」は東レ独自の繊維加工技術により、抗ウイルス加工の耐久性と快適な着用感につながるソフトな風合いを実現したポリエステル素材。本素材はウイルスの外側に脂質膜(エンベロープ)のあるエンベロープ型ウイルスに対して効果を発現する。「MAKSPEC V」が持つ抗ウイルス性能により、テキスタイルに付着したウイルスのエンベロープを破壊することで、ウイルスの数を減少させることが可能となる。
 これらの特長を活かして今後はサービスウェア、メディカルウェア、ワーキングウェア、スクールウェア等各分野のユニフォーム用途から、スポーツウェア、カジュアル・ファッションウェアまで幅広い用途に向けて提案。2021年1月から販売を開始し、販売目標は2022年度に30万m、3年後の2025年は100万mを見込む。

様々な課題をクリアし、
抗ウイルス性認定(SEK抗ウイルス加工マーク)を取得

 これまで、エンベロープ型ウイルスに対して効果を発現する抗ウイルス加工をポリエステル素材に使用する場合、薬剤の繊維への固定化が難しいことから洗濯耐久性が得にくいという課題があった。そのため、薬剤の繊維への固定化が比較的しやすい綿混素材を使用したものが一般的であり、イージーケアやストレッチ性、吸汗速乾性といった合繊ならではの機能性と両立させることには限界があった。また、ポリエステル素材を使用しながら洗濯耐久性を得るためには接着成分を使用するなどの手法がとられてきたが、接着成分を使用するとテキスタイルの風合いが硬くなることから、衣料用途での展開には制限もあった。
 今回、東レは抗ウイルスの最適な薬剤の使用と、ポリエステル繊維への独自の薬剤固定化技術により、薬剤をポリエステル繊維内部まで吸尽させることに成功。このことにより「MAKSPEC V」は、(一社)繊維評価技術協議会によるエンベロープ型ウイルスに対する抗ウイルス性認定(SEK抗ウイルス加工マーク)の取得に加えて、家庭洗濯よりも厳しい条件である業務用洗濯での耐久性を実現した。また今回開発した技術は、抗ウイルス加工を施してもテキスタイル本来の柔らかな風合いを残すことが可能であり着用快適性を損なわない。さらに、一般的な衣料用テキスタイルに求められる染色堅牢度を備えている。これらの特長を合わせ「MAKSPEC V」を衣料用途に幅広く展開していく考えである。
 東レは、高い機能性が求められるユニフォーム素材の開発で培った繊維加工技術を駆使し、快適性と安全性を併せ持つ、高機能・高付加価値なテキスタイルの開発を通じて、より良い社会の実現に取り組んでいく。

「MAKSPEC V」の製品サンプル

「MAKSPEC V」の製品サンプル