昨年来、Chat GPTが、世間を騒がせている。

Chat GPTは、米国サンフランシスコのOpen AI社が生み出した、2022年11月30日に公開されたばかりの最新のAIチャットボット(chatbot)[1]である。ちなみに、GPTとは、Generative Pretrained Transformerの頭文字。文章生成型(Generative)の事前学習済み(Pre-trained)の自然言語処理向けの深層学習モデル(Transformer)の意味である。

このChat GPTは、オリジナルのテキストを生成することができる人工知能ツールである対話型のサービスで、質問に答えてもらうことも、クリエイティブなプロンプトを入力することもでき、詩や歌、エッセイ、短編小説、コードなどを書いてもらうこともできる実に驚くべき優れものである[2]

なんと言っても、その魅力は、ユーザーからのあらゆる質問へ、あたかも生身の人間が向こうで書いているように、雄弁かつ見事に回答してくれる点にある。日常で人間同士が行うような会話、問いかけにも違和感なく回答してくれるのだから、ありがたい。

確かに、便利な道具が登場したものである。自分の書いた原稿を入力すると、誤字脱字のチェックから矛盾している点までを指摘してくれ、文脈から説明が足りない箇所を挙げてくれることもある。そのため、今まで数時間かかっていた作業が数分で済むようになったとの声も聴く。不快な顔を一切せず、淡々粛々と、きめ細かいサポートをしてくれる、秘書兼執事のような存在でもある。

その自然なレスポンスや使い勝手の良さもあり、加えて、無料で使える簡易さもあって、2022年11月のリリース以降、まだ3カ月もたたないのに、すでに、2023年2月7日には全世界のユーザーが1億人を突破していることには驚く[3]

確かに、すごく便利な道具の登場自体は、歓迎であるが、やや、気になる点もある。本郷の勤務先大学で、教壇に立って地球環境論を講義する際に、学生諸君に課題を与え、期中とか期末にレポートを出してらってきたが、時折Google検索結果コピペ丸出しの情けないレポートも見かけたことがあった。むろん、全文コピぺ[4]丸出しの悪質なレポートは失格であるし、過度に散見される場合、学生の担当教員と協議して個別指導が必要と判断した場合は、学生にGoogle検索結果を見せて自身のレポートと比較してもらい今後の留意を促す教育上の配慮もしたこともあった。

しかし、今後、このChat GPTの登場によって、学生諸君がChat GPTに過度に依存して、Chat GPTコピペ丸出しの情けない悪質なレポートが頻出することになるかどうか、実に憂慮している。こうなったら、教授陣と学生の「いたちごっこ(cat and mouse game)」が始まることは想像にかたくない。今後、大学教員用にChat GPT剽窃レポート用の簡易チェックソフトでも登場するかもしれない。

いずれにしても、レポートの次元にとどまらず、Chat GPT登場の問題の本質は、もっと根深いところにあろう。それは、「自分の頭で考えることの大切さ」についての認識が衰退することである。

以前から、古屋ゼミ生に限らず学生諸君には、ゼミや講義でも、よく言ってきたことであるが、自分の頭で考えることの大切さを説いてきた。そして、インターネットに埋没するのではなく、本に向き合う時間を、そして自分で静かに考える時間を増やしてほしいと思っている。

本とインターネットとの間には、本質的な大きな違いがある。前者の本の特徴は、落ち着いて思考できることである。情報が眼前に静止しており、情報量が凝縮されており、限定的であることである。そのためか、あまり、疲労感もなく、寝つきも良い。

方や、後者のインターネットの特徴は、慌ただしく、落ち着かないことである。みなさんの情報処理能力をはるかに凌駕するくらい膨大な情報量が、玉石混交で、動的に流動している。それだけに、結構、ストレスも多く、疲労感も伴い、寝つきも悪くなる。例えて言えば、本は静かに湖の辺りにたたずんでいる感じで、インターネットは、常に音を立てて流れ落ちてゆく滝の前に立っているような、感じである。

Chat GPTの普及が、さらに、インターネット依存を加速させ、「自分で考える」習慣をさらに衰弱させてしまうのではないかと、懸念している。いまこそ、自分の頭で考えることの大切さを再認識してほしい。

今日のランチとどこで何を食べるかを訪ねる程度ならまだしも、醜悪な場合、ラブレター代筆も噴飯ものだが、レポート作成や、挨拶状書き、さらには、会社での企画書作成、プレゼンの資料作りや稟議書の作成、学会での論文発表、ビジネス交信上の文章、国会での答弁、霞が関官僚の政策立案文書作成の多くが、Chat GPTに席巻される日も、近いのではないかとすら、思っている。

とりわけ、ジャーナリストにとって、Chat GPTは、使い方によっては、魔法の杖のごとく、便利な道具となろう。すでに、日常的に通信社の文章を使い回してているメディアの実態に鑑み、こうした退屈で反復的な作業をAIに任せられることでプロセスの効率化に資する部分は大きいであろう。ただし、当然のことながら、その効率化の派生として確保できた時間を、自分の頭で分析して、足で裏取りと検証をしてオリジナルな記事を書くという、本来の創造的で重要な仕事に費やすことができる訳で、それでも、良い記事が書けないジャーナリストは、Chat GPT以下だとの厳しい烙印を押される運命に陥るであろう。

これらChat GPTに関する様々な問題は、「上手に使いこなせば好いだけの話だ」とか「単に利用者のモラルの問題だ」「そりゃ自己責任の問題だ」と、簡単に片付けて済ませる問題ではなかろう。

既に欧米でも、Chat GPTの登場普及を楽観視できないとして、国家安全保障や教育への影響や、偽情報の拡散に使われるのではないかとの懸念もあり、データ保護規則違反だとの指摘[5]や、Chat GPT規制の動向もすでに出ている。また、Chat GPTで作成された論文を盗作扱いする米科学誌サイエンス等もでてきている。想像以上に、事態は深刻なのである。

また、当然の事ながら、言わずもがな、その内容の真贋についても十分慎重な留意が必要である。そもそも、AI言語モデルは、次の単語を予測することで機能するが、その意味やコンテキストについては何も知らないことを、忘れてはなるまい。つまり、Chat GPT を使用する際には、その内容と正当性について、注意深く再確認することが必要である[6]。それこそ、自己責任が問われるわけである。

かつて、グーテンベルグの印刷技術発明以降、書籍が普及した時にも、電話機が普及した際にも、自動車が普及した時にも、さらには、コンピューターやインターネットが普及している現代においても、新たなイノベーションが世の中に登場した時には、同様類似の懸念や問題提起は、大同小異議論があったと側聞しているが、今回の、Chat GPTの登場普及は、こと、人類の脳の内部の前頭葉に介入する本質的な問題でもあり、深刻度の次元が違う気がするのだが、これは杞憂なのであろうか。

人間の深い思考は、集中して、頭の中に何も余計な無駄なものを置かずに、思考のフリーハンドを確保することが必要だ。無駄な野暮用や蛇足的な雑事から一切解放されて、読書に没頭できる、じっくり考える時間が大事である。

人間は、脳の中に、短期記憶を元に情報処理するワーキングメモリーをもっており、思考の材料としての短期記憶を頭の中に並べて、その情報処理で、思考する訳であるが、深い思考をするためには、このワーキングメモリーをなるべく軽くして、無駄なく使い、集中力を確保することが、肝要である。

かのニュートンが「万有引力の法則」を発見したのは、ペスト騒動でケンブリッジ大学が閉鎖されて、大学を離れて田舎に疎開していた時期であったが、まさに、一定時間の疎開は大事である。

さあ、学生諸君も、昔、学生だったみなさんも、下世話なゴシップやニューズのフォローや、ゲームなんぞはほっぽりだして、never endingなLINE交信も、ほどほどにして、スマホの電源をオフにして、静かに本に向かいませんか?そして、思考の「行動変容」にトライしてみませんか?

p.s.ちなみに、この文章は、一切、Chat GPTを使っておりません。

[1] チャットボット(chatbot)とは、人工知能を活用した「自動会話プログラム」 のこと。

[2] Chat GPTのベースには、同社が開発したGPT-3.5シリーズが使われているが、何らかの文章を与えると、その文章の続きを予測するように学習させられているのが特徴である。しかも、無機質で定型的な回答ではなく、血の通った人間の担当者とやり取りを行っているようなトーンの回答が得られる。従来のソフトも、文法的に自然な文章は作れても、知識を上手に使った文章生成は非常に難しい技術の壁があったが。それをGPT-3.5では、膨大なデータベースとそれを効率的に扱えるTransformerという学習モデルを採用することで、従来のソフトよりはるかに多彩で流暢な章を作れるようになっている。

[3] 先行類似事例も多々ある。相当以前から、みなさんがお馴染みのLINEやFacebook、TwitterなどのSNSには、ボットが登場しており、今後は様々なサービスにチャットボットが搭載されるようになるだろうと言われている。すでに7年前の2016年に、Deepmind社が開発した「AlphaGo」は、世界最大級の広告賞であるカンヌライオンズのイノベーション部門でグランプリを獲得している。その評価は「これからのコミュニケーションのあり方を大きく変革する可能性を示した」というものである。そして、このチャットボットの発展は、プラットフォームとしての覇権争いとなってきた。しかし、こういった一連の先行事例は、現状では、本当に人間のコンシェルジュのように完璧な対応ができるまでには至っていなかった。そこに登場したのが、このChat GPTである。

[4] コピー & ペースト(Copy and Paste)の略。文字などのデータの一部を指定して複製を取り、別の場所に貼り付ける剽窃操作のこと。

[5] Chat GPTが原作者本人の同意なく大量のデータを収集することは、EUの「一般データ保護規則(GDPR)」違反だとの指摘がある。EDPB (2023)” EDPB resolves dispute on transfers by Meta and creates task force on Chat GPT” (Brussels, 13 April)

[6] 「Chat GPT」は2021年9月までのデータを元に学習しているので、最新情報は網羅していないことにも留意が必要である。ちなみに、「Chat GPT」も当初は「GPT3.5」という大規模言語モデルをベースにしていたが、現在の有料プランでは「GPT4」も利用できる。