エコ・ファースト推進協議会が環境省との共催で開催するエコ・ファーストシンポジウムが11月18日オンライン形式で開催された。今回は「生物多様性・自然資本と企業活動」をテーマに気候変動と同じく解決が急務となる生物多様性の損失に対し、地球レベルでの状況や対応策などの情報の共有を図り、ビジネスの可能性などについて議論がなされた。

設立15周年、さらに情報発信の強化と認定企業の増加を
挨拶 エコ・ファースト推進協議会議長 上田 輝久氏

挨拶に立ったエコ・ファースト推進協議会議長 上田 輝久氏(株式会社島津製作所 代表取締役会長)は、今回のテーマである「生物多様性・自然資本と企業活動」が気候変動と共に重要なテーマであることを強調。長期化する温暖化や感染症の問題は生物多様性の減少が密接に関わっていることを指摘し、脱炭素社会、循環型社会への移行と同様に同時解決が求められ、最新の科学的知見に基づいた効果的な保全策を見出す必要があることを訴えた。

また基調講演で詳しく説明されるTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)は企業や金融機関が自然関連のリスクと機会を把握管理し、情報開示していくための枠組みを示すものであり、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)とともに多くの企業が取り組む大切なイニシアティブになると述べた。
そして、エコ・ファースト制度は来年で設立から15年という節目を迎えるが、その間に世界の環境を取り巻く状況は著しく変化し、サステナブルな社会の実現に向けた環境関連の取り組みはますます重要度を増している。情報発信を一層強化するとともに、認定企業を増やしていきたいと結んだ。

エコ・ファースト推進協議会議長 上田 輝久 氏

〈講演〉生物多様性をビジネスから考える
~生物多様性の主流化に向けて~
環境省 自然環境局長 奥田 直久 氏

同シンポジウムを共催する環境省からは自然環境局長 奥田 直久氏が登壇。「生物多様性をビジネスから考える~生物多様性の主流化に向けて~」と題し、1.生物多様性とビジネス、2.生物多様性を巡る世界の現状、3.生物多様性主流化に向けた環境省の取り組みの3点について以下のように講演した。

環境省 自然環境局長 奥田 直久 氏

生物多様性とビジネスについては、世界経済フォーラムがThe Future of Nature and Business報告書2020において、世界のGDPの半分以上(44兆ドル)は自然の損失によって潜在的に脅かされていること。そして影響の大きな3分野でNature Positive Economyへの移行によって2030年までに10兆ドル/年のビジネスと約4億人の雇用を生み出すと伝え、ビジネスと生物多様性の関係が重要であることがこの報告書で示されている。

2019年3月には英国財務省がケンブリッジ大学の名誉教授パーサ・ダスグプタ氏に対し、生物多様性の経済学に関する中立かつグローバルなレビューを依頼。2021年2月に同氏は「ダスグプタ・レビュー」と題する最終報告書を公表し、人類の需要は、我々が依存している財・サービスを供給する自然の能力を大きく超過し、供給能力に対する人類の需要はおよそ1.6倍(2020年)となり、経済活動そのものが生物多様性を脅かしていることを指摘している。

生物多様性と気候変動は大きな関係がある。気候変動によって多くの種が絶滅に瀕し、生物多様性が脅かされることでCO2吸収能力が衰え、気候変動を増長するからだ。その抑制のために人間ができることは資源消費量の削減。そのための仕組みと技術の開発が求められる。

次に生物多様性を巡る世界の現状について述べる。2019年IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)報告書によれば、種の絶滅速度は過去1000万年の平均の少なくとも数十倍から数百倍でさらに加速している。また絶滅速度は過去100年間で急上昇。地球上に590万種いると推定されている陸上生物のおよそ9%(約50万種)の種は、生息地の再生なしには今後数十年の間に絶滅する可能性がある。これは第6の大量絶滅期とも言われ、地球の歴史の中でも危機的状況にある。またGBO5(地球規模生物多様性概況第5版)では生態系の保全と回復だけではなく、気候変動対策や消費と廃棄物の削減といった様々な手が必要となり、今まで通りの手法からの脱却と社会変革が必要となることを訴えている。

気候変動にはTCFDという情報開示があるように生物多様性にもTNFDという企業の情報開示の枠組みがある。また目標設定においては気候変動にSBTがあるように生物多様性にはSBTs for Natureがある。両者がうまく連携しながら企業活動のグリーン化が進んでいくと思われる。今まで体力のある企業は植樹や寄付、教育といったボランタリーな活動をしてきた。これからは本業において生物多様性に対してよい影響を与え、リスクを回避する企業活動が求められると考えている。

最後に生物多様性主流化に向けた環境省の取り組みを紹介する。今や国際社会では気候変動と生物多様性はセットで語られる。ニュースでも取り上げられているが今、COP27が行われている。そこでも生物多様性COP15 を見据えた議論が行われた。また新たな生物多様性国家戦略素案、その基本戦略3の中に「生物多様性・自然資本によるリスク・機会を取り入れた経済」がある。

またネイチャーポジティブでは2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全する30by30目標が国際的に議論され、G7を中心に実施に対する合意が現段階でなされている。これを途上国も含めた合意にしていくことが12月のCOP15 では重要となる。

健全な生態系の保全は、単なる国立公園等の保護地域の拡張と管理の質向上にとどまらずOECMと呼ばれる民間団体やNPOが守る森林などもここに含まれている。そういった中で環境省では30by30のロードマップを4月に発表した。社寺林や社有林を認定していく形で2030年までに陸域・海域ともにその保全エリアを30%にしていきたい。またこれを促進するために30by30をみんなで進めていくための有志連合「生物多様性のための30by30アライアンス」を発足した。エコ・ファースト企業においても54社中、16社が加わっている。

これからは生物多様性の保全はビジネスのオポチュニティとして考えていくことが重要ではないかと考えている。その観点から環境省では経団連自然保護協議会と環境省による「生物多様性ビジネス貢献プロジェクト」で優良事例を国内外に発信し、今後も生物多様性と気候変動をセットで考えていきたい。

〈基調講演〉TNFDの最新状況
MS&ADインターリスク総研 フェロー/MS&ADインシュアランスグループホールディングス サステナビリティ推進室TNFD専任SVP 原口 真 氏

続いてMS&ADインターリスク総研 フェロー/MS&ADインシュアランスグループホールディングス サステナビリティ推進室TNFD専任SVP 原口 真氏が「TNFDの最新状況」をテーマに大要、以下のように基調講演を行った。

MS&ADインターリスク総研 原口 真 氏

世界のGDPの50%以上が自然に中程度または高度に依存している。またダボス会議で毎年発表されるグローバルリスク課題のトップ3に「生物多様性の喪失」が決定している。自然の損失に対する危機意識は急速に共有される状況になった。気候と自然の課題は待ったなしで同時解決が必要となる。金融業界でもどのようにこの2つを解決すべきか、そこにお金をどうやって使っていけばいいか。そのための開示のフレームワークをつくってほしい、という期待が急速に高まっている。それがTNFDの誕生した背景にある。

今までは「自然にいいことをやろう」という社会貢献的な側面が強くCSOやCSRの領域だった。今は自然の損失が自社の経営リスクになりえる。それはCFOやCEOのフィールドとなる。つまり、自然の損失を全社的なリスクマネジメントにどのように統合していくか、ということが課題になる。

その中でTNFDが昨年の6月に発足した。その活動が民間主導であるところもユニークな点だろう。G7、G20など幅広く支持を得ている。またナレッジパートナーとしてCDPやGRIとコラボし、ガイタンスを作り、開示基準を検討している。今月は東京大学のグローバルコモンズセンターもナレッジパートナーに加わった。

TNFDの使命は企業や金融向けのリスク管理と情報開示のフレームワークを提供し、世界の資本の流れを自然にプラスな結果に変えるのに役立てることにある。そして、そのサポートガイダンスツールの提供を行っている。また、フレームワークのベータ版を何度かリリースし、市場からフィードバックを得ながら、パイロットテストを実施していただき、幅広いナレッジ・実践パートナーから専門的意見を得るという、オープンイノベーションの手法を取り、進化しながら2023年9月最終提言の発表を予定している。

TNFDは「市場参加者のための自然を理解するための基本」「開示項目など情報開示に関するTNFDの提言」「自然関連リスクと機会を評価するためのLEAPプロセス」をコアコンポーネントとなる3本柱にしている。「市場参加者のための自然を理解するための基本」によって市場参加者が基本的な概念や用語の定義を共有でき、自然の理解を助ける。2つ目の「開示項目など情報開示に関するTNFDの提言」は、肝となるTNFD開示枠組みの草案となる。このドラフトではTCFDと同様の枠組み、すなわち「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4つの柱を採用しながら、自然との依存関係と自然への影響というダブルマテリアリティの観点を用いている。また企業活動による影響や企業活動が依存する場所の特性を反映した評価を行うために「ロケーション」も重視した。

3つ目の「自然関連リスクと機会を評価するためのLEAPプロセス」は、企業や金融機関が自然関連リスクと機会を評価し、企業戦略やリスク管理プロセスに組み入れて報告や開示をする際に役立つ「ハウツー」ガイダンスの役割を果たす。そしてその評価を助ける「LEAP」と呼ぶ評価方法を設けている。LEAPは自然との接点の発見(Locate)、依存と影響の診断(Evaluate)、リスクと機会の評価(Assessment)、開示への対応の準備(Prepare)を意味している。

今後TNFDフォーラムを実施し、始めてみたいという企業が参加でき、意見を言える場を設けている。明年2031年6月までパイロットテストを行い、来年9月の最終提言に反映させていきたい。

基調講演に続いて企業発表(エコ・ファースト推進協議会加盟企業からの取組事例紹介)が行われ、積水ハウス株式会社ESG経営推進本部環境推進部スペシャリスト 八木隆史、株式会社ブリヂストンG環境戦略推進部部長 中島勇介氏、大成建設株式会社クリーンエネルギー・環境事業推進本部自然共生技術部 生物多様性技術室 課長 鈴木菜々子氏がそれぞれプレゼンテーションを行った。

パネルディスカッションでは日経BP日経ESGシニアエディター/東北大学大学院生命科学研究科教授 藤田 香氏をファシリテーターに、企業発表を行った3氏に基調講演で登壇した原口氏が加わり、TNFDへの開示で社会が変わる可能性などについて語り合った。

パネルディスカッションの様子